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15 母星からの訪問者
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庭の木々が、夜気に揺れている。
わたし——いや、正しくは『ニャンダート・ターマ・シャグラン殿下』たるこのわたしが、
この古い家の裏庭で彼らの到着を待っているなんてことを、いったい誰が予想しただろう。
母星からの連絡は突然だった。
「地球での滞在記録を、実地観察として確認したい。とても現実とは思えない」と言うのが彼らの建前だ。
実際は、わたしのリリ子さんを実際に、見てみたいだけだろう。
母星の研究者たちは好奇心旺盛だ。とりわけ、この惑星の『人と猫』という関係性に
異様な執着を示してようだ。
木の枝の影が揺れ、ひとり、またひとりとあいつらが集まってくる。
最初に現れたのは銀色の目の三毛猫。こいつはまた来たのか。
続いて、片目が金色でもう片目が銀の白猫がふわりと芝を踏む。
そして、体の大きな鬣のある白銀の猫が枝を軋ませながら降りてきた。
あいつは獅子獣人。こう変わるのか!
最後に、垂れ耳の可愛らしい犬の姿で控えめに尻尾を振る一匹。なるほどイッヌだ。
彼らも皆、わたしと同じように、この惑星に適応するための姿に変わっている。
「ターマ様、観察の進捗はいかがですか?」
銀の目の三毛がわたしの真横に座り、低く問いかけてくる。
「随時、報告しているが」
わたしの声の冷たさなど気にした様子もなく
「猫カフェとは魅力的ですなぁ」とすまして続けた。
「そうそう、身近で細かく観察したいですね」と鬣が言うと頷きあっている。
好きにしろ、わたしの許可などいらぬだろ。
「いえ、ターマ様、作戦遂行に当たって指揮をとって頂かねば・・・」
「許可できぬ」と短く答えると口々に不満の鳴き声をあげた。
「ヌアー」「ニャッ」「ニャーヌ」「ワォ」
「まぁまずはリリ子さんとターマ様も関係を細かく観察しようではないか」
リリ子さんは、わたしがこの星で『タマ』として生活していることに一片の疑いも持たない。
亡くなったはずの猫が戻ってきた。そう信じている。
わたしは、以前のタマを同じように扱われている。優しく名前を呼ばれ、抱かれ、撫でられる。
「他の知的種族にはない事象ですね」と銀の目の三毛が笑う。
「生物間の依存、再生、疑似転生、転生。あらゆる神話のようだと。母星でも意見が白熱しています」
「我々は知るべきだ。この星の『死と再生』の概念をな」と鬣が低く唸った。
金目銀目がで庭を見渡しながら
「ターマ様の経験は非常に貴重です。しばらく、実地に観察させていただきたいです」と言った。
わたしはふっと鼻を鳴らした。
「いいだろう。だが、決して彼女の邪魔をするな」
「殿下は随分とお優しく」
鬣が、茶化して言った。
「黙れ」
その時だった。
「タマちゃん?」
低く、穏やかな声。リリ子さんが縁側の灯りを背に立っていた。
その視線は、わたしだけでなく背後に連なる銀目の三毛、白銀の鬣猫、金目銀目の白猫、
そして犬の姿にも向けられている。
彼女は何も驚いた様子を見せず、少しだけ微笑んだ。
「お友達かしら?」
「違う厄介者たちだ」と返事したが、「ニャーニュ」と変な声が出た。
母星の科学者たちは一斉に尻尾を振り、気取った礼をする。
まるで宮廷の晩餐に招かれた客人のように。
ネッコとイッヌのくせに・・・
わたしは胸の奥がむずがゆくなるのを誤魔化すように、足元の芝を引っ掻いた。
「タマちゃん、上がってもらったら?」
そう言いながら、リリ子さんは家の戸を少し開けてくれた。
三毛猫が得意顔で
「ありがたいお申し出ですな。観察の場としては最適でしょう」と言ったが
「ニャーーオォ。ミャーーーニュ」と聞こえた。
リリ子さんには変な猫の声として聞こえただろう・・・いい気味だ。
でも、わたしは小さくため息をつきながら頷き
「入っていい」と声をかけると縁側を抜け、居間に入った。
リリ子さんはいつものようにわたしの皿を取り出して
カリカリを盛りつけてくれた。
「タマちゃんは晩御飯を食べたから少しね。あなたたち晩御飯は食べたかな?」
「まだです。リリ子さんいい匂いですね」と三毛が答えた。
リリこさんは首を傾げて、わたしの分より多めに盛り付けると全員の前の置いた。
あいつら、最初は上品に食い始めたが、ガツガツ食って皿まで舐めてやがる・・・
彼らは、この星のカリカリの味を母星に報告するつもりだろうか。
滑稽だが、悪くない光景だ。
リリ子さんは小さく笑いながら言った。
「タマちゃん、いいお友達ね。みんないい子だわ。お水足りるかしら」
その言葉が、胸に染みた。この惑星は未熟で、文明水準も低い。
けれど、この温かさは、わたしの母星にはないものだ。
「泊まっていったらいいわ」と言うとリリ子さんは古いタオルを納戸から出してくれた。
「おやすみさない」と去っていくリリ子さんをあいつらは惚けて見送っていた。
わたし——いや、正しくは『ニャンダート・ターマ・シャグラン殿下』たるこのわたしが、
この古い家の裏庭で彼らの到着を待っているなんてことを、いったい誰が予想しただろう。
母星からの連絡は突然だった。
「地球での滞在記録を、実地観察として確認したい。とても現実とは思えない」と言うのが彼らの建前だ。
実際は、わたしのリリ子さんを実際に、見てみたいだけだろう。
母星の研究者たちは好奇心旺盛だ。とりわけ、この惑星の『人と猫』という関係性に
異様な執着を示してようだ。
木の枝の影が揺れ、ひとり、またひとりとあいつらが集まってくる。
最初に現れたのは銀色の目の三毛猫。こいつはまた来たのか。
続いて、片目が金色でもう片目が銀の白猫がふわりと芝を踏む。
そして、体の大きな鬣のある白銀の猫が枝を軋ませながら降りてきた。
あいつは獅子獣人。こう変わるのか!
最後に、垂れ耳の可愛らしい犬の姿で控えめに尻尾を振る一匹。なるほどイッヌだ。
彼らも皆、わたしと同じように、この惑星に適応するための姿に変わっている。
「ターマ様、観察の進捗はいかがですか?」
銀の目の三毛がわたしの真横に座り、低く問いかけてくる。
「随時、報告しているが」
わたしの声の冷たさなど気にした様子もなく
「猫カフェとは魅力的ですなぁ」とすまして続けた。
「そうそう、身近で細かく観察したいですね」と鬣が言うと頷きあっている。
好きにしろ、わたしの許可などいらぬだろ。
「いえ、ターマ様、作戦遂行に当たって指揮をとって頂かねば・・・」
「許可できぬ」と短く答えると口々に不満の鳴き声をあげた。
「ヌアー」「ニャッ」「ニャーヌ」「ワォ」
「まぁまずはリリ子さんとターマ様も関係を細かく観察しようではないか」
リリ子さんは、わたしがこの星で『タマ』として生活していることに一片の疑いも持たない。
亡くなったはずの猫が戻ってきた。そう信じている。
わたしは、以前のタマを同じように扱われている。優しく名前を呼ばれ、抱かれ、撫でられる。
「他の知的種族にはない事象ですね」と銀の目の三毛が笑う。
「生物間の依存、再生、疑似転生、転生。あらゆる神話のようだと。母星でも意見が白熱しています」
「我々は知るべきだ。この星の『死と再生』の概念をな」と鬣が低く唸った。
金目銀目がで庭を見渡しながら
「ターマ様の経験は非常に貴重です。しばらく、実地に観察させていただきたいです」と言った。
わたしはふっと鼻を鳴らした。
「いいだろう。だが、決して彼女の邪魔をするな」
「殿下は随分とお優しく」
鬣が、茶化して言った。
「黙れ」
その時だった。
「タマちゃん?」
低く、穏やかな声。リリ子さんが縁側の灯りを背に立っていた。
その視線は、わたしだけでなく背後に連なる銀目の三毛、白銀の鬣猫、金目銀目の白猫、
そして犬の姿にも向けられている。
彼女は何も驚いた様子を見せず、少しだけ微笑んだ。
「お友達かしら?」
「違う厄介者たちだ」と返事したが、「ニャーニュ」と変な声が出た。
母星の科学者たちは一斉に尻尾を振り、気取った礼をする。
まるで宮廷の晩餐に招かれた客人のように。
ネッコとイッヌのくせに・・・
わたしは胸の奥がむずがゆくなるのを誤魔化すように、足元の芝を引っ掻いた。
「タマちゃん、上がってもらったら?」
そう言いながら、リリ子さんは家の戸を少し開けてくれた。
三毛猫が得意顔で
「ありがたいお申し出ですな。観察の場としては最適でしょう」と言ったが
「ニャーーオォ。ミャーーーニュ」と聞こえた。
リリ子さんには変な猫の声として聞こえただろう・・・いい気味だ。
でも、わたしは小さくため息をつきながら頷き
「入っていい」と声をかけると縁側を抜け、居間に入った。
リリ子さんはいつものようにわたしの皿を取り出して
カリカリを盛りつけてくれた。
「タマちゃんは晩御飯を食べたから少しね。あなたたち晩御飯は食べたかな?」
「まだです。リリ子さんいい匂いですね」と三毛が答えた。
リリこさんは首を傾げて、わたしの分より多めに盛り付けると全員の前の置いた。
あいつら、最初は上品に食い始めたが、ガツガツ食って皿まで舐めてやがる・・・
彼らは、この星のカリカリの味を母星に報告するつもりだろうか。
滑稽だが、悪くない光景だ。
リリ子さんは小さく笑いながら言った。
「タマちゃん、いいお友達ね。みんないい子だわ。お水足りるかしら」
その言葉が、胸に染みた。この惑星は未熟で、文明水準も低い。
けれど、この温かさは、わたしの母星にはないものだ。
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「おやすみさない」と去っていくリリ子さんをあいつらは惚けて見送っていた。
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