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16 研究者の目
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わたしの名はゾルナ・ヴァシュ・ミャグレフ博士。南銀河帝国・異文化行動生態研究局所属、階級は上級補佐官。だが今この姿は、鬣のある猫だ。本来の姿でリリ子さんに接したいがどうしてもこの姿となってしまう。
昨夜は思いがけず幸運だった。対象個体「ターマ・シャグラン殿下」、地球では「タマ」と呼ばれているその存在がわたしを導いてくださったのだ。
殿下の機嫌は最低最悪だったが・・・
「リリ子さんだ。失礼のないように」
殿下が可愛げのない顔で言う。
はいはい、わかりましたよ!
「まぁ、タマちゃん。お友達かしら?」
彼女は驚くどころか微笑みさえ浮かべて、わたしたちを「上がって」と招き入れてくださった。わたしは深く礼をし(もちろん猫語で)家屋に足を踏み入れた。
柔らかな光。木の香り。布の手触り。
これが、地球人が「家庭」と呼ぶ空間なのか。
お皿に、見事に盛られた「カリカリ」が運ばれてきた。これがこの惑星の食文化?
「いただきます」
わたしたちは言葉にならぬ猫語で礼を述べ、味わった。
旨い。未知の穀物と動物性たんぱくの絶妙な調和。これは報告書に載せなければ、だが、それ以上にわたしの目を惹いたのは、リリ子という地球人女性だった。
彼女の行動には計算を超えた親切と優しさがあった。寝床にと、古いタオルを敷いてくれた時、思わず胸が熱くなった。ターマ様がこの惑星に留まり続ける理由が、少し理解できた気がした。
「おやすみなさい」とリリ子さんが言い、部屋を出ていった。わたしたちは、感動を口にせずにはいられなかった。
翌朝、快い目覚め。程よい空腹。幸せを感じていた。
「ニャーー」(さぁ出てけ!)
背後で鳴いたその声には、殺気すら感じられた。振り返ると、ターマ・シャグラン殿下が、寝椅子の上で仁王立ちしていた。
「どうなさいました。その・・・おはようございます」と我々は礼儀正しく挨拶をした。
返事が返って来なかった。
「わたしのリリ子さんが、おまえの頭を撫でた」
「わ、わたしは対象の・・・」と三毛猫が吃る。
「撫でられて喉を鳴らしたな?」
「その、つい反射で」と金眼、銀眼が後ずさりしながら、答える。
その時だった。殿下の右前足が音を置き去りにして、空を裂いた。
「バチーーン!!」
「御託はいい。出て行け」「パッチーン」
わたしたちは、一目散に外に出た。しばらく走ると女性がいた。
話しかけてみた。
「ニャーーー」
「あら、どうしたの。猫さんに犬さんまで・・・みんな可愛いわね」
「ニャー」
「お腹はどう?何かたべる?」
小百合さんにご馳走になったのは、ご飯に鰹節を乗せたものだった。こちらはカリカリではなく、もちもちとしていて美味しかった。
わたしたちは、小百合さんの家や畑でゴロゴロ過ごして、夕方になるとリリ子さんの家に行って「ニャー」「ミャーヌ」「ワオン」とか鳴いた。
するとリリ子さんが出て来て
「タマちゃん。お友達よ」と言った。
「にゃーー」(うっとおしい。そいつらは友達じゃないですよ)と言いながらターマ様が出て来た。
「ナーー」(ほっといていいですよ)
「そうね、上がって貰いましょうね」とリリ子さんが言った時の、あの人の顔。
我々は研究者冥利の環境を手に入れたのだった。
昨夜は思いがけず幸運だった。対象個体「ターマ・シャグラン殿下」、地球では「タマ」と呼ばれているその存在がわたしを導いてくださったのだ。
殿下の機嫌は最低最悪だったが・・・
「リリ子さんだ。失礼のないように」
殿下が可愛げのない顔で言う。
はいはい、わかりましたよ!
「まぁ、タマちゃん。お友達かしら?」
彼女は驚くどころか微笑みさえ浮かべて、わたしたちを「上がって」と招き入れてくださった。わたしは深く礼をし(もちろん猫語で)家屋に足を踏み入れた。
柔らかな光。木の香り。布の手触り。
これが、地球人が「家庭」と呼ぶ空間なのか。
お皿に、見事に盛られた「カリカリ」が運ばれてきた。これがこの惑星の食文化?
「いただきます」
わたしたちは言葉にならぬ猫語で礼を述べ、味わった。
旨い。未知の穀物と動物性たんぱくの絶妙な調和。これは報告書に載せなければ、だが、それ以上にわたしの目を惹いたのは、リリ子という地球人女性だった。
彼女の行動には計算を超えた親切と優しさがあった。寝床にと、古いタオルを敷いてくれた時、思わず胸が熱くなった。ターマ様がこの惑星に留まり続ける理由が、少し理解できた気がした。
「おやすみなさい」とリリ子さんが言い、部屋を出ていった。わたしたちは、感動を口にせずにはいられなかった。
翌朝、快い目覚め。程よい空腹。幸せを感じていた。
「ニャーー」(さぁ出てけ!)
背後で鳴いたその声には、殺気すら感じられた。振り返ると、ターマ・シャグラン殿下が、寝椅子の上で仁王立ちしていた。
「どうなさいました。その・・・おはようございます」と我々は礼儀正しく挨拶をした。
返事が返って来なかった。
「わたしのリリ子さんが、おまえの頭を撫でた」
「わ、わたしは対象の・・・」と三毛猫が吃る。
「撫でられて喉を鳴らしたな?」
「その、つい反射で」と金眼、銀眼が後ずさりしながら、答える。
その時だった。殿下の右前足が音を置き去りにして、空を裂いた。
「バチーーン!!」
「御託はいい。出て行け」「パッチーン」
わたしたちは、一目散に外に出た。しばらく走ると女性がいた。
話しかけてみた。
「ニャーーー」
「あら、どうしたの。猫さんに犬さんまで・・・みんな可愛いわね」
「ニャー」
「お腹はどう?何かたべる?」
小百合さんにご馳走になったのは、ご飯に鰹節を乗せたものだった。こちらはカリカリではなく、もちもちとしていて美味しかった。
わたしたちは、小百合さんの家や畑でゴロゴロ過ごして、夕方になるとリリ子さんの家に行って「ニャー」「ミャーヌ」「ワオン」とか鳴いた。
するとリリ子さんが出て来て
「タマちゃん。お友達よ」と言った。
「にゃーー」(うっとおしい。そいつらは友達じゃないですよ)と言いながらターマ様が出て来た。
「ナーー」(ほっといていいですよ)
「そうね、上がって貰いましょうね」とリリ子さんが言った時の、あの人の顔。
我々は研究者冥利の環境を手に入れたのだった。
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