急いで戻って来た猫

朝山みどり

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13 母星からの迎え

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ある日の夜、タマ。いや、本当の名をニャンダート・ターマ・シャグランと言う貴公子は、ひとつの影に気づいた。
古い木の枝の上に、月の光を受けて鈍く銀色に光る瞳があった。リリ子が寝息を立てる静かな家の庭に、そいつはすべり込むように姿を現した。

その姿は、ターマがここに来た時と同じ、猫の姿だが、愛嬌のある三毛猫だ。

背筋を伸ばし、尻尾をきちりと揃えたその佇まいに、ターマは自らの記憶の奥に眠っていた皇帝宮廷の光景を重ねる。
姿は小さな猫でも、その瞳の奥の輝きは間違いなく、帝国の高官たちが纏う威厳の色だった。

「随分と、くつろいでいらっしゃいますね、シャグラン様」


その感情のない声はターマをいらただせた。

「この姿に驚かれましたか?」
猫は銀の目を細めて微かに喉を鳴らす。
「仕方のないことです。この惑星に直接干渉するためには、この適応が必要でして。何せ次元のズレを跨ぐのです。通信を通すだけで技術水準が五段階は上がりました」

『次元のずれ?』とターマは内心驚いた。

小さな誇らしさを滲ませるその言い回しに、ターマの尻尾がぴくりと動いた。
それは母星の技術陣の誇りでもある。ここまでの膨大な時間を、裏で支えてくれた忠実な部下たちの存在が、彼の胸に柔らかく響いた。

「次元を跨ぐ指標が偶然、リリ子と言う存在です。とても貴重なお方です」

「指標?」

「はい、指標です。もう少し研究したいですね」

ターマの問いに、銀の目の猫は首を傾けると、わずかに地面を踏む仕草をした。
「一つは報告です。次元越えの現象は未だ完全には解明できておりません。しかし、連絡回路の安定化には成功しました」

「連絡はいつでも取れます。これを」と言いながら銀の目の猫は、前足を振った。

影の猫の足元の空気が微かに揺れた。そこに、薄く光る歪みが生まれる。
銀色の粒子の輪がターマの頭を取り巻いた。彼の脳に送受信用の装置が埋め込まれた。

「これで母星との連絡は可能です。おまけとして、リリ子さんと夢の中で接触できます。本当の姿で」
銀の目の猫の声音に少し茶目っ気が混じった。

「正しく、利用して下さい」


「母星では殿下がこの星の潜入任務をしているということになっています。さすが勇敢なお方だと・・・まぁ科学者たちは喜んでおります。適時報告をお願いしますね」

ターマは、草の上に座り込むと、小さく息を吐いた。

「なるほど。リリ子さんへの影響は?」
「ありません。安心なさって下さい」

ターマはかすかに微笑んだ。

「わかった。諸君らへは期待している」

銀の目の猫は頭を下げた。

「そろそろ戻ります。ご武運を」

猫の足元に銀の輪が広がり、猫の姿は消えた。


そのとき、月明かりのなか、古い家の窓がわずかに揺れた。
リリ子の寝息が、ほんの少しだけ変わる気配を、ターマは敏感に捉えた。


家の中で、眠りの淵をさまようリリ子の夢。
そこには、少し大きく成長した、しかしどこかで見覚えのある若き青年の姿が立っている。
漆黒の髪に青の瞳。小さな猫ではなく、優雅に礼服を纏ったターマの本当の姿。
笑みを浮かべて、ゆっくりとリリ子に手を差し伸べた。

銀の目の青年が、宇宙船の連絡通路を歩いている。

今、別れたばかりのターマのことを考えている。あのターマがあんな柔らかい表情を浮かべるとは。
あのリリ子さんの力と言うか影響力はこちらで計算したよりも大きい。

次元を超えて二人が出会ったのは、必然。

ターマは本当に、何もかも手に入れるやつだ・・・


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