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幕間1.魔女と満月

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 人間なんか嫌いだ。いつからかあたりまえになっていた感情。きっとその根源にあるのは、母を奪われたときの悲しみ、悔しさ、そして恐怖だろう。

 自分と同じ、真っ黒な毛並みの母さんは、グリーンの優しく美しい瞳でいつも笑いかけてくれた。兄さんは白斑、姉さんは真っ黒だけど、足先だけが靴下を履いたみたいに白い。似ているようで少し違う子どもたちを母さんは等しく愛してくれていたと思う。

 それなのに、母さんと同じグリーンの瞳を持てなかったことをいつも不満に思っていた。生まれてすぐは自分も兄さんたちもブルーの瞳だった。けれど、成長するにつれ、兄さんと姉さんは美しいグリーンの瞳に変わっていったのだ。当然自分も同じだと思っていたのに、兄さんに「お前は黄色い目だ。きっと母さんの子じゃない」と言われた。水面に姿を映し、自分の姿を見て、ショックを受ける。ぎょろりとした瞳だけが浮いているようで、醜く見えた。その日から、いつも泣いては母さんを困らせた。

「お月さまみたいで綺麗よ」

 そう言って、母さんはいつも体を優しく舐めてくれた。嬉しかったけれど、兄さんに言われた『母さんの子じゃない』という言葉がいつまでも心を縛り、虚しくさせた。母さんは否定してくれたけれど、本当のところはわからない。それでも母さんのことは大好きだった。


 ある日、母さんは傷だらけで帰ってきた。

「表には出ちゃだめよ。特にあなたは」

 母さんはこちらをじっと見て言った。いつも優しい母さんの瞳は、悲しみと怒りの色が混ざっているような気がした。

「黒猫は嫌われやすいの。だから、人間には近づいてはだめ。ここから遠くに逃げて。強く生きて」

 母さんはそれだけ言うと、眠るように目を閉じてしまった。何度呼んでも、揺すっても、もう目を開けてくれることはなかった。温かかった体が少しずつ冷たくなっていって。兄さんと姉さんは静かにそこから離れていった。それからはもう、どこに行ったかも知らない。

 せめて自分だけはずっと母さんのそばにいてあげようと思っていた。けれども、母さんは連れていかれてしまった。突然現れた黒い服を纏った人間が、まるでゴミでも扱うみたいに母さんの体を鷲掴みにして袋に入れたのだ。

「母さんに何をする!」

 人間の足にしがみついて母さんを取り戻そうとする。けれど、簡単に振り飛ばされた。

「おい、こいつ俺のこと引っかいたぞ。変な病気持ってたら最悪。捕まえて保健所に入れてやる」
「どうせこれの子どもだろ。ガリガリだし、放っておいても死ぬだろ」
「死んだらまた俺たちが処分しなきゃいけないの、だりぃじゃん」
「それもそうだな。捕まえるか」

 人間の目がぎらりと光る。

『ここから遠くに逃げて。強く生きて』

 ようやく母さんが言ったことの意味を理解し、慌てて駆け出した。生きなきゃ。母さんのためにも。

 それからはいろいろな場所を住処にした。母さんの言いつけ通り、できるだけ人間に見つからないように慎重に生活していた。
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