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64 一体なにをしたというのか
しおりを挟む「何故、私が王太子の座から退かねばならない?! これは父上もご存じのことか!」
激昂するカイン殿下だが、誰もその意見に同調しない。
「陛下は当然ご存知です。聖女との結婚を取るなら廃太子止むなし、その時はキーエ殿下を新しい王太子とするようにとのお言葉です」
「何故だ!」
何故と周りに聞くのか、この方は。深いため息をもう一つ追加し、義務と職務から宰相は口を開いた。
「カイン殿下。あなたは王としての素質が低い。それなのに勉学も懸命に学ぶこともなかった……それでも我が子可愛さに陛下は素晴らしい婚約者をご指名した……貴方の無能を補ってくれる素晴らしい婚約者を。だが、あなたはその婚約者を捨てた」
「は? 素晴らしい婚約者はナディティアのことか?」
「そうでございます」
この場にソラウ公爵の姿も見える。ソラウ公爵はただ静かに目を閉じていた……かの公爵はカイン殿下が王の器でないことを知りながら大切な娘を差し出したのだ。そして王配として足るべき厳しい教育を施し、淑女として完璧な女性に育て上げたのに……突如現れた聖女という訳のわからぬ者にその座を追われたのだ。
王太子に捨てられた女性に次の縁談などある訳もなく……それでもナディティア嬢は逞しく、今は商人としてこの王都で一二を争う資産家だ。表面上、実家であるソラウ家と交流をたっているようだが、家族仲はそれ程拗れてはいないようだった。
「あなたに才覚がなければ、それを補う伴侶があれば……王はそれを望んでおりましたが、その伴侶も拒否されたのでは王太子を続けていただくわけには参りませぬ。幸いにもキーエ殿下は勤勉であり、婚約者のコリンヌ嬢も語学に明るく、諸国の情勢にも通じております。なんの問題もございません」
「エリーゼはダメだというのか! エリーゼは聖女なのだぞ!」
「聖女、といいますが何か素晴らしき功績がありますかな?」
「うっ……」
カイン殿下は声を詰まらせる。リンカが聞かせてくれた元の小説「エリーゼのために」であれば、聖女エリーゼは大変素晴らしい聖女らしい働きをした。怒れる守護竜を宥めたり、洪水で投げ出された人々を救ったり、疫病から人々を守ったり、世を騒がす怪盗を止めたり。そんな功績があれば聖女として王妃として……たとえマナーが悪くとも、国のことが分からずとも人心は掴めよう。だがどうだ? 聖女エリーゼは何もしていない。
「エリーゼ嬢では王太子の婚約者として諸国にお披露目することもままなりません。マナー講師も匙を投げる始末。そのような方ではあなたの補佐など務まりますまい」
「し、しかし、しかしエリーゼは聖女なのだ! 守護竜と語らいその力を借りることもできるはずだ!」
必死のカイン殿下の叫びにアスガン宰相は私の方を向く。私はリンカが嫌っているエリーゼに力を貸すことはない。緩く首を横に振ると、宰相に意志は伝わった。
「無理でしょうな。エリーゼ嬢は黒の守護竜殿に好かれておいでではない」
「そんなはずはない!」
そう叫ぶカイン殿下を擁護するようにキーエ王太子達が入った後閉められていたはずの扉が乱暴に開いた。
「そうよ! 私のいうことをアリアンは聞いてくれるはずだわ! それにカインが王太子じゃなくなるってどういうこと?! 絶対そんなの許さないんだけど!」
聖女エリーゼが呼んでもいないのに会議室にズカズカと乗り込んできた。
何故、あんな無礼な女にアリアンの名を呼ばれねばならぬのだ!? 反吐が出る。抑えたつもりだったが、私の怒りの波動で会議室の温度はぐっと低くなってしまったらしい……大き過ぎる力というのも扱いが難しいものだ。
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