【本編完結】神に捨てられた糸くずの俺は愛される~不幸な物語なんて変えてやるから安心して

鏑木 うりこ

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23 横向いて口笛を吹く勢いだな

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 残ってた顔見知りの侍女ちゃん達が涙涙で語った話によると、やっぱりあの男爵令嬢はとんでもない女だったらしい。

「あの男爵令嬢が王太子殿下に違法な劇物を盛っていたんです!」
「へえ……」

 学園を卒業して本格的に王太子の仕事をし始めた頃から、ホルランド殿下は頭痛を感じるようになったらしい。それで城の医師から処方された痛み止めを飲んでいたのだけれど、頭痛はどんどん酷くなっていったんだって。

「そこであのクソ女がきて、あの酷い薬を殿下にお渡しし始めたんです。最初は頭痛が収まったらしいのですが、良くない成分が多く含まれいて、現在は頭痛に加えその薬による中毒症状と、幻覚など、見るも耐えない状況でして……本当に、本当に申し訳ないのですが、聖女と名高いシャルトリア殿下におすがりするしか」

 ホルランド様の症状は驚いたけど、それ以上に引っかかる単語が紛れてきて、俺はつい話の途中で口を挟んでしまった。

「聖女って何……?」
「お国の方でそう呼ばれていると北帝国まで噂は広がっておりますよ? 慈愛の聖女シャトルリア様と。」

 一緒についてきてくれた宰相さんをバッと音がする程の速さで振り返り見るとこちらもものすごい勢いでとサッと目を反らした。なんじゃいそれ、俺、男だっつーの!

「シャトルリア様が色々な人間を癒したり、陛下を死の淵から救ったことが国民に知れ渡りまして、シャトルリア様の教えを受けた教会の神父が言い出したそうでございますよ、その件に関しては私は関与しておりません」

 神父……あいつか、悪党に毎日やられてたあいつだろ!〆たろか……。そして宰相さんは知ってて黙ってたな?関与してないって広めもしなかったけど、止めもしなかったってことだよな? 何かと便利な噂だから放置して拡大するのを見守ってたんだろ、それ!

「本当に本当に失礼なことだとは承知いたしております。しかしおすがりできる方がシャトルリア様しかいないのです!」

 そう泣きつかれて流石に見知った侍女ちゃんを振り払うことは躊躇われた。
 ふーん……そっか。俺がいなくなった後、そんなことが起こってたんだ。俺は話を一通り聞いてから、勝手知ったる王宮の中、何度も通った王太子ホルランド様の部屋へ通じる廊下を歩く。子供の頃はここをホルランド様と走って良く怒られたっけな……。帝国を去る頃には近寄りもしなかったけど、懐かしい思い出は消えてはいなかった。ホルランド様はシェリリア男爵令嬢をずっとそばに置いてたし、嫌われている人に無理に近寄って嫌な顔をされるのもやだったしな。
 それでも二人でやんちゃして凹ませた壁の跡や、こっそり落書きして怒られた柱なんかを久しぶりに見ると楽しかった頃が思い出されて複雑な気持ちになる。

 ……封印したもうどうしようもない思いなのに。

 もう一度しっかり蓋をして封印し直す必要があるだろう、終わったことなんだから。

「シャトルリア様がお付きになりました!」
「おお、王太子妃様!! ホルランド様、ホルランド様! シャトルリア様が来てくださいましたよ」
「……しゃと……しゃと……いや、シャト、はこない……わたしは……シャトを……」

 なんかすげー死にそうな声が聞こえてきたぞ。マジやべーのか? あんまりにヨレヨレな声に俺は度肝を抜かれてしまった。たくさんの医者や侍女達に囲まれているホルランド様のベッドは昔と変わらない場所にある。何度も遊びに来て、小さかった頃には大きいこのベッドで二人で寝たこともある。とにかく顔を見てみようと声をかける。久しぶりにホルランド様と顔を合わせるのは何だかとても緊張する……最後に見た顔が憎々しげに俺を見下ろして、婚約破棄を叫ぶ怖い顔だったせいもある。

「殿下、シャトルリアでござ……ッ!?」

 なるべく冷静に冷静に近づいて行ったけれど、俺は流石に息をのんだ。ひ、ひでえ!なんじゃこりゃ!?ホルランド様、だよな……? 俺はやけに大きなベッドに横たわる人の姿を見て何も言えなくなった。
 
 まず顔色が人間の色じゃない……ゾンビ色だ! そして目の周りが真っ黒で落ちくぼんだ中にぎょろりと青い眼球が埋まっているけれど瞳に光がない。きっとこれ、見えてないぞ!? 鼻はあるけど、唇はカサカサで割れて割れてひびだらけなのに血が出ていない。髪の毛も一応あるけどフサフサって感じじゃなくてパサパサ……引っ張ったら全部抜けちゃいそう。頬は痩せこけて頬骨だけがぼこんと出てる……死にかけのおじいちゃんみたいなんですけど!?
 こ、これが……ホルランド様!? 俺の5歳上だから今23歳のはずだけど、どう見ても80過ぎのおじいちゃんみたいだ! 手も首もしわしわのガリガリに痩せていて、俺が掴んだだけでもポッキリ折れちゃいそう…‥‥な、なにこれ!?

「シェリ……がシャトは、シャトはシェリで……いや、シェリはシャトじゃなくて、私はシャトに会いたい……でも私はシャトを傷つけ、シェリは、シャト? シャトはシェリ、ああ、シャト、シェリ、違う私は、シャトに……」

 もう何を言っているのか分からないうわごとを繰り返している。クソなんだこれ。こんなのを治せってのか? 常識的に考えて無理だろ。俺は一度目を閉じてふう、と息を吐いた。どんなに手を尽くしたってこの状況の人間を何とか出来るわけないじゃないか。お断りして国へ帰ろう。何せここを訪れた理由だってきて欲しい、と言われたから来ただけだ。助けられるとは言ってない。

「ホルランド様……ホラン、僕だよ、シャトだよ」

 でも俺の口から出たセリフはなんか違った。おかしいな、こんなこと言うつもりはまったくなかったのに。
 ホルランド様のベッドの横にいた医者が場所を開けてくれる。俺の体はあれこれかんがえるより先にそこに移動して優しい声を紡いでいた。

「ホラン、僕ね、ホランに会いたくて廊下を走っちゃったの。そしたらヒッコリー夫人がね、怒ったんだよ、怖いから一緒に謝りに行ってくれない?」

 骨と皮のホルランド殿下の手を慎重にそっと握る。すっきりと長くてしなやかな指も、ちょっとだけ冷たくてふくふくした子供の頃の指もなくて、カサカサに干からびて爪も剥げ落ちそうな枯れ枝がそこにあるだけだった。

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