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32 大切な人がいるから

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「喋る!喋る喋る喋らせてくださいいいいいい!痛いの嫌、嫌ああああああ!」
「叫ぶ前に使った材料を言うんだね」
「ヒイイイイ!ど、毒ニンジンの根っこ、大陸朝顔の種……」

 シェリリアは鼻水とよだれを垂らしながら材料を言い始める。その中には息をのむ物も多くそんなものを飲ませていたのかとドン引くものも多い。シェリリアの言葉が止まりそうになるたびに彼女の痛み中枢を刺してやると、続きを語り出す。早く喋ってしまえば良かったのに。

「……なんだ、これ……?」
「ん?」

 彼女の頭の中の一角が真っ黒く変色している。黒い……殿下の病気はどぶ沼色だったのに、これは黒い……?触ってはいけないと本能が警告した。

「なにか、黒いモノが……黒いんです……病気じゃ、ない……?」

 俺が何なのか分かりかねていると、シェリリアはとんでもない材料を口にし始めた。

「こ、子供ォ……悪魔に、さ、捧げられた子供のぉ……しんぞ……ウッ!」
「ッ!?やばい!」

 頭の中にこびりついてた黒いモノがぶわっと広がった。俺は慌てて糸を引っこ抜く。

「離れて!」
「?!」

 宰相さんを引っ張って後ろへ下がる。

「グガ!グガガガガ!」

 シェリリアから黒いモヤが噴き出して、ソレは彼女の口に吸い込まれる。

「あがっ!がっ!!」
「喉に、つまった?!」

 モヤのはずなのに、口……いや、喉に詰まったのか、苦しそうに声が漏れる。これは、窒息する?!でもアレに触っちゃいけない!

「……!……!」

 叫び声も上げることができなくなったシェリリアは呆然と俺達が見守る中、息が吸えずに死んだ。苦しんで苦しんで血泡を吐いていた。
 シェリリアの動きが完全に止まり、確実に死んだ頃、黒いモヤは消えていた。

「な、なん、だった……」
「分かりません……でも不味いものであることは確かでしょう……」

 そして浮かぶ言葉。

「口封じ……」

 誰かが、彼女が秘密を漏らそうとした瞬間、ソレを阻止するために仕掛けた。そんな気がしてならない。
 シェリリアは死んでしまった。

「っ……これでは薬の成分が……」

 すべて分かったかどうか。

「やろう。彼女の尊厳を踏み躙ろうが、私は彼女より殿下の方を大切に思っている」

 俺は死んだシェリリアに入り込んだ。そしてもう黒いモヤがないことを確認して、彼女の記憶を盗み見る。人の秘密を覗き見ることは今まで一度もしたことがない。でも、俺はやった。治って欲しい人がいるから。

 彼女の人生は恵まれたものでは無かった。まず、彼女は男爵家の子供じゃなかった。男爵が悪魔の生贄にと集めさせた子供の中でたまたま生き残った娘だった。
 悪魔……男爵は悪魔と契約をしていた。何人もの大人も子供も犠牲になっている。あの家の秘密の地下室には気が遠くなるほどの犠牲者が詰め込まれているようだ。

 吐きそう、気持ち悪い。

 それでも俺はシェリリアの記憶を見た。彼女の18年の記憶は壮絶だったが、途中で壊れたシェリリアは進んで悪魔の所業に手を貸していたようだった。
 そうしなければ生き残れなかったのかも知れないけれど、同情できなかった。

「……紙を」

 俺はシェリリアの死んだ体から戻ってきた。死にたては記憶が残っている。ソレを見てきた。分かったことを紙に書いて行く。薬の成分は粗方判明したから、すぐさま医療チームに手渡して対応して貰う。

「男爵は悪魔と契約をしているようです……」

 俺は物凄く疲弊していたけれど、知った事実を話さなければならない。何とか語り終えた後に気を失ってしまったようだった。


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