子爵令嬢は溺愛前に罠を仕掛ける。

鏑木 うりこ

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11 無駄ではなかったのね

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「素晴らしかったです」
「ええ、本当に……でも本当のことをいうと、ああやってただ眺めるより適度な時期に刈り取って香料やら染料へ加工したほうがいいのではないか、なんて思ってしまいました」

 そう苦笑するリオネル様の言葉を聞いて、私はハッした。この方は……ただの貴族の三男ではない。私はリオネル様の素性をほとんど知らない……信頼のおけるアレックスとステンが進めるからありがたくお話を受けさせて貰ったけれど、この方は一体何をしていらっしゃる方なんだろう。
 植物園を観覧し終わり、休憩に立ち寄ったティーサロンでふとそんな疑問に囚われてしまった。そしてその疑問はどうやら態度に出てしまっていたらしく、リオネル様にも伝わってしまったようだった。

「パトリシア嬢。私はあなたのことを良く知っている……でもあなたは私のことを良く知らない。私のことを語ってもいいでしょうか?」
「……はい」

 遅かれ早かれ、聞いておかなくてはいけないことだ。私はリオネル様の言葉に素直に頷いた。リオネル様はお茶のお代わりを頼んでから

「長くなりますが」

 と、前置きをしてからお話を始めました。

「私の名前は知っているね? 私はリオネル・フォルブラウ。侯爵家の三男だ。レーゼン家で侯爵家の名前を出すと色々厄介かと思って口にはしなかった」
「もちろん分かっております」

 それに随分と手紙でやり取りした仲だから、間違えようはずもない。

「そして……フォルブラウ家からは金は貰わなかったけれど、一つ貰ったものがあってね。それは爵位なんだ。フォルブラウ家でいくつも持っていた爵位と領地を貰ったんだ……お金は貰わなかったから嘘はいっていない」
「そういえば、あの人達はお金の話しかしていませんでしたものね」
「事前にアレックスにいわれていた通りだったので、上手くいきすぎてびっくりしたよ」
「まあ……そうでしたか」

 だからあんなに大袈裟にお金のことをいったんだ。あの二人……とくにサリーさんはお金に目がない。元々平民であまり裕福ではない暮らしをしていたらしい。その時の反動でお金を使うことに快楽を覚えるようになってしまったとか……迷惑極まりない人だった。

「だから今の私の名前はリオネル・カランザという。実はパトリシアの叔母上がお住いのミズリー領に隣接している領なんだ」
「えっそれは初耳でした」

 リオネル様はそこで笑みを深くした。多分、私はどんな話を聞かされるかと思って緊張した面持ちだったんだろう。そして隣国で頼ろうと思っていた相手、叔母様のことが出てきて、緊張が少しほぐれたんだと思う。それにあんどしてくださったようだった。

「実はね、カランザ領はフォルブラウ領から見ると飛び地になっていて、管理がしづらく……ちょっと荒れてたんだ。ミズリー領にもかなり迷惑をかけてて……それの謝罪とこれからの協力要請にミズリー領主のレイモンド・ミズリー伯爵の所に出向いたら、パトリシア嬢、君が来ていた」
「レイモンド叔父様の所……初めてお会いした日のことですね」
「ああ、そうだよ、覚えていてくれて嬉しいな」

 リオネル様と初めて会った日のことを私はしっかり覚えていた。お父様がいなくなり、経営状態の悪いレーゼン家を立て直そうと必死で勉強し、あちこちに出向いていた……その中で一番良くして頂いたのがレイモンド叔父様だった。
 レイモンド叔父様はお母様のご実家のミズリー家へ婿入りされた方で、ミズリー家の皆様は私をとても可愛がってくださった。特に叔父様は何度も何度もレーゼン家を捨てて、ミズリー家へ来るように言ってくれたとても優しい方だ。
 あの日も助けを求めてミズリー領へ来ていた……そして、リオネル様にお会いした。初めてみる素敵な方にとても緊張しながらご挨拶をした……かっこいいな、と思ったけれど、態度に出さないように必死だった。

「その時に私は一目で君を好きになっちゃったんだけど……私より小さなパトリシア嬢が一人でレーゼン家を立て直そうと奮闘していると聞いてね……私も負けていられない頑張らなくちゃって思えるようになっていったんだ、そういう意味でもパトリシア嬢には感謝してもしきれない」
「そ、そんな……私はただ必死でやっていただけです」
「その、ただ必死っていうのがどれほど大変でどれほど尊いか、私はカランザ領を立て直す際に身に沁み、思い知ったんだ。パトリシア嬢、君は本当にすごいよ」
「そ、そんな……私……わたし……」

 私はレーゼン家の立て直しに失敗した……それでも私のやってきた努力をリオネル様に褒めて貰えるなんて。すべてが無駄じゃなかった、やってきてよかった……思うように行かないことばかりで悲しい日々だったけれど、こうして認めてもらえるなんて……胸の奥がぐっと熱くなる。

「パトリシア嬢……? 泣いているのかい」
「え……あ、あの……ごめんなさい、嬉しくて」

 何とか堪えようとしたけれど、涙が溢れてしまった。人前で涙を流すのはマナー違反だけれども、止まらなかった。認められるってこんなに嬉しいことだったんだ。



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