文字の大きさ
大
中
小
20 / 34
2巻
2-3
「どこの馬の骨か知らないけれど、その使えないヤツをこちらに渡しなさいっ」
しかしタニア王女の高圧的な叫びを聞いて、せっかく落ち着いてきた神獣様の体がビクンと大きく震えた。私でも怖いと感じるのだから、神獣様が怖がってしまうのも無理はない。
少しでも落ち着けばいいと私はふわふわの丸い体を抱きしめた。
「渡しません。なぜあなたに渡す必要があるのですか? あなたはこちらの方に触ることも許されないのに」
「諦めて帰りな、あばずれ王女様。ここにいる全員があんたの秘密を聞いちまってるし、神獣様に真実はバレてるようだぜ?」
カールさんも加勢してくれて、タニア王女はじりじりと後退っていく。
「お引き取りくださいませ!」
さらには大勢の神官さんが間に入ってくれたことで、タニア王女との距離はどんどん広がっていく。神獣様は神殿の皆さんに愛されているみたいで、本当に良かった。
恐怖で逆立った神獣様の羽毛が少しずつ落ち着いてくる。
大丈夫、大丈夫ですよ、皆あなたのことが大好きです。そんな思いを込めて白くてふわふわした体を優しく撫でた。
「タニア王女、とにかくお帰りください。あなたがここにいては神獣様が怯えるばかりです。聖女がいなければ神獣様が成長できないかと思いご足労願っておりましたが、どうやら逆効果のようだ」
「な、なんですって!? 聖女である私がいないとそいつが一人前になれないと言うから、わざわざこんな所まで来てやっているのに、何よっ」
「あなたがいなくともこちらのレッセルバーグからの方々のお力添えがあれば……いえ、とにかくあなたの存在は神獣様に悪影響があります!」
「お、覚えてなさいよっ」
タニア王女の声はことさら大きくなり、私は怖くてぴくりと身体を震わせる。そのたびにアーサーが大丈夫だよと笑いかけてくれた。でも、私が怖がると神獣様にも恐怖が伝わってしまうから、それは避けたくて、神獣様ににっこりと笑いかけ続けた。
神官さんたちに押し出され、タニア王女は護衛と共に部屋から外に出されていく。廊下からはまだ喚き散らす声が聞こえていたけれど、少しして完全に聞こえなくなり、やっと安堵のため息が漏れた。
「マーガレッタ、頑張ったね」
「あ、ありがとう……アーサー」
いつものように明るい笑顔で労ってくれたアーサーの視線は、私と、私の腕の中にいる白くてほわほわした神獣様に注がれた。
「その子、可愛いね」
「ええ、とっても! あら」
どうやら私は緊張のあまり少し強めに神獣様を抱きしめていたらしい。アーサーに声をかけられて、やっと腕の力を少し抜くことができた。
神獣様はもそもそと少し身じろぎしたあと、可愛らしい真っ黒でつぶらな目をこちらに向けて瞬きをした。
「おでこに緑の豆がついてるな? それに、シュー・ア・ラ・クレームっていうより、ただの白いぽわぽわだ」
《ボクはぽわぽわじゃない! シューでもないよっ》
「ふふっ、アーサー。神獣様が怒っているわよ」
私には神獣様の声が言葉として聞こえるが、アーサーにはそうは聞こえないはず。それでもアーサーは笑いながらゆっくり手を伸ばして神獣様の頭を撫でた。神獣様に嫌がっている様子はない。むしろ撫でてもらって嬉しいようだ。
「よし、お前の名前は……シロだ!」
《なっ!?》
「だって白いし」
《変な名前を付けないでよっ! ああっ、名前が固定しちゃったじゃないかー! ばかばか、アーサーのばかあ!!》
黒いお豆みたいな目をちょっと吊り上げて、神獣様は抗議の声を上げたけれど遅かったようだ。
「えっ! 本当に名前がシロになっちゃったんですか!?」
〈そうだよ~! 今までだれも名前をつけてくれなかったの。だからマーガレッタにかっこいい名前をつけてもらおうと思ったのに、アーサーが勝手に~〉
「滅茶苦茶可愛いよ、うん! 白いから、シロ。分かりやすいし」
《白いからシロなんて、適当だよ~。わーんばかばか、手を突いてやるぅ!》
アーサーの指先をつんつん突きながら神獣様――シロ様は怒り始める。でも端から見ると、助けてくれたアーサーに懐いているように見えるし、一緒に遊んでじゃれついているようにしか見えなかった。
◆◇◆
私たちは神殿からお願いされたこともあって、王都の宿ではなく神殿の一室に泊まることになった。
タニア王女と対峙した翌朝。私は応接室で、シロ様を膝に乗せてポーションを飲ませていた。
《甘くておいしいねえ、このジュース》
「お口に合って何よりです。栄養たっぷりですから、たくさん飲んでくださいね」
《うん!》
シロ様はかなり力が足りずに疲弊していたようだから、持ってきた滋養強壮の効果があるポーションをいろいろと飲んでもらっていたが、その中の一つがとてもお口に合ったようで、小さな体なのに人間用のポーションを丸々一瓶飲み切った。
「あ、おはようございます。カールさん」
「おうおはよう……って、マ、マママママーガレッタさん!? その白毛玉に何飲ませてんだ!?」
頭を掻きつつ欠伸をしながら応接室に入ってきたカールさんは、私を二度見したのち目を見開いで叫んだ。
結構大きな声だったのに、シロ様はあまりびっくりされずに不思議そうな顔をしてカールさんを見上げている。カールさんのことは怖くないみたい。
「えっと、ポーションですよ。元気がなかったので飲ませてあげたのですが、シロ様のお口に合ったみたいで一本まるっと飲んじゃいました」
「そ、それ! アンタが作る中で最高級の特級ポーションじゃねえか!」
「ええ、そうですね。甘くて美味しかったんですって。特級ポーションは中々売れないから、こういう時に役に立って本当に嬉しいです」
「そりゃあんだけバカ高かったら、誰でもホイホイ買えるもんじゃねえよ! ソレ、瀕死の人間も治すとかいうやつだろ!? なんでそんな超貴重品を、そんな白毛玉に!」
「えっ……取っておくより使ったほうが良いじゃないですか……」
「それ一本で国が買えるって値段だろオオオオオ!?」
さすがにそれは誇張しすぎだと思う。でも、何年も保管庫で埃をかぶっているより、美味しいって飲んでもらえるほうがポーションも喜ぶだろう。
「うわっ! 現物なんて初めて見ました。伝説のアイテムじゃなかったんですねぇ」
「ホント! 国王だって持ってないとかいうやつでしょ? ギルドマスターが若い頃に一度見たことがあると言っていたのは聞いたことあるけど、本当に実在してたんだ」
カールさんの後から入ってきたトリルさんとメリンダさんも、私たちを見てヒソヒソと話している……だからそんなすごいものじゃないですってば。
するとシロ様が小首を傾げて短く鳴いた。
《マーガレッタ、これすごく高いの? ボク飲まないほうがいい?》
「いいえ、私が作ったんです。ちょっと手に入りにくい材料も使いましたが、普通のポーションとさほど変わらないと思いますよ」
「変わるよおおおおっ! 俺だって欲しいよおっ!」
カールさんは泣きながらその場に頽れる。ポーションならいくらでも作れるから、そんなに泣かなくても……
《カール、おもしろい、おもしろい》
そんなカールさんの様子を見たからなのか、ポーションのおかげなのか、少し元気を取り戻したシロ様は、小ぶりな羽をぱたぱたと動かして私の膝の上から飛び立つと、カールさんの頭の上にちょこんと座る。それを見てトリルさんは手を叩いて満面の笑みを浮かべた。
「綺麗に着地しましたねぇ! シロちゃん!」
「シロちゃん可愛いわよねえ~~……あたしとトリルは触れないけど。うふふ」
「にしてもカールさんがねえ……」
「黙れっ!」
「うふふ、あんまり怒るとシロちゃんがびっくりするわよお~?」
「そうですよ、カールさん。カールさんのせいでシロちゃんの元気がなくなったら、特級ポーションの無駄遣いですよ~」
《みんなおもしろい! もっとやってもっとやって!》
「お前らいい加減にしろーっ」
少し離れた場所からカールさんを揶揄うトリルさんとメリンダさんは、昔恋人がいたとかでシロ様に触らなかった。
カールさんは頭にシロ様を乗せたまま、揶揄ってきたメリンダさんとトリルさんを追いかけ回し、部屋にはシロ様の笑い声が響いている。
元気になったシロ様を見て、私は頬が緩んだ。
「私たちはナデナデしてあげられないけれど、護衛とかできるからね、任せてシロちゃん」
《わぁいありがとう~》
「そして誰ともお付き合いしたことがないカールさんは、シロ様と遊ぶ権利があったという訳ですね」
「う、うるさい! 悪いかっ」
「悪くないですよねー? マーガレッタさん」
悪戯っぽくトリルさんにそう聞かれたけれど、特に何か悪いこととは思わない。
「もちろん! 貴族だとそれが当たり前の所もありますから」
「ということは、あのタニアとかいう王女サマ大丈夫なのか? 王女で聖女だったのにまずいんじゃねえ?」
「……たしかに……」
さっきまで楽しく笑いあっていたのに、カールさんの言葉で場の空気がずんと重くなる。それを見てシロ様は不思議そうな顔をした。
《どうしたの? おなかいたい?》
「大丈夫だ、シロ坊主。大人って大変だなって話だよ」
《そっか~、大人ってたいへんだね》
カールさんは頭の上にいるシロ様に手を伸ばして、喉の所をちょいちょいと撫でてあげている。カールさんにシロ様の言葉は分からないはずだけれど、きちんと意思疎通している所がとても微笑ましい。
シロ様は普通の鳥と違って表情が分かるから、注意してみていれば何を考えているのかきちんと分かるのだ。
私はシロ様の様子を見ながら朝食を終えると、シロ様を連れて部屋を出た。
廊下にはすでに仕事を始めている神官さんたちが歩いており、シロ様はその間をぴょんぴょんと飛び回り、時には弾むように床を歩いている。
《マーガレッタ、お散歩しよ!》
「良いですよ、どちらへ参りましょうか」
《んー……あっち!》
神官さんたちは神殿内の危険なものは排除したと言っていたけれど、少し心配だったので、私はシロ様のお散歩について歩いた。すれ違う神官さんたちに撫でられたり祈られたりして、シロ様はとても楽しそうにしている。
「部屋にいないと思ったらシロと散歩中かい? マーガレッタ」
「あ、アーサー」
後ろから声をかけられて振り返ると、神官長と話し合いをしていたアーサーが立っていた。
《アーサー!》
「シロ~、元気になったなあ」
シロ様はぱたぱたと羽ばたいて、アーサーの真っ赤な髪の毛の上にちょこんと座る。どうやらシロ様は背が高い人の頭の上に乗るのが好きなようで、カールさんとアーサーの頭の上によく乗っている。
《アーサー! 昨日内緒でくれたクッキーちょうだい!》
「ん~……シロ。それは『マーガレッタには内緒にするんだぞ』、って渡したクッキーのことかい?」
《そうだよ! サクサクしてておいしかったぁ》
「それはマーガレッタの前で言っちゃ駄目なんじゃないかなあ?」
《あっ……》
お夕飯前にクッキーを渡した犯人はあなただったのね、アーサー。
それにしてもアーサーにはシロ様の言葉は小鳥の声に聞こえているはずなのに、どうして完全に意思疎通ができているんだろう?
「シロ様。いくら神獣様とはいえ、お夕飯前におやつを食べてはいけません。それとアーサーもそういうのを隠れてやるのはやめて」
「うっ、ごめんね……ほら、シロも謝って」
《ごめんなさい、マーガレッタ……》
「今後は許しませんからね?」
「了解です」
《はいっ》
その様子をアーサーと一緒にいた神官長様も見ていたらしく、微笑んでいらっしゃった。
シロ様と散歩してみてわかったのだが、ここはとても居心地の良い神殿で、神獣であるシロ様が降りてきて力を蓄えるのに最適な場所だ。
皆さん、シロ様を撫でるたびに自分の中にある神聖力を注いでいるし、触れない人たちも祈りを欠かさない。シロ様の気持ちもすぐに落ち着いたし、ボロボロになっていた羽にもすぐに艶が出てきた。
王女一人いなくなっただけでこんなに素晴らしい場所になるなんて。
このままシロ様が真の神獣の力を取り戻すまで、穏やかに過ごせるようになってほしい……
私はシロ様を撫でながらそう祈った。
◆◇◆
「私たちはヘーラクレールの冒険者に声をかけてみるわ」
「私はついでに酒場なんかを回ってきますね。お任せください、吟遊詩人の情報収集能力の高さを見せてあげますよ」
メリンダさんとトリルさんは、神殿にいてもシロ様のためにできることがないため、街へ向かうことになった。
《お歌のお兄さん、戻ってきたら新しいお歌、聞かせてね》
「お任せくださいませ~~♪」
やけに美声な別れの言葉を発したトリルさんを、シロ様は名残惜しそうに見ていた。
シロ様はトリルさんの歌をすごく気に入っているようで、よく一緒に歌っている。
トリルさんもシロ様に天上におわす神様たちのお話を聞くのが好きみたいで、目を輝かせながら聞いている。
というか、トリルさんもシロ様の言葉がわからないはずなのに、きちんと会話が成立している。やっぱりシロ様は普通の鳥ではないからなのだろう。神官さんたちともなんとなく意思の疎通ができていて、お水を貰ったり、散歩に連れて行ってもらったりと何不自由なく暮らしている。
ハッキリとした言葉はわからないみたいだけど、ニュアンスはわかっているのかもしれない。シロ様が力を取り戻しはじめたからだろうか。
「お姉さんもシロちゃんのために頑張ってくるわねぇ~! 夜には戻ってくるから、良い子で皆と遊んでるのよ~~」
《絶対戻ってきてね! お姉さん~》
シロ様はメリンダさんのことも大好きだ。撫でたり触ったりできないだけで、こうやって様子を見たり会話をしたりするのには何の問題もない。
「シロ様はこんなに無邪気で活発な方だったのですね」
「神官長様……」
街へ向かう二人を門の側まで見送るシロ様を、神官長様は目を細めて見守っている。
「私たちが来るまでは違ったのですか?」
「……シロ様が地上に降りられた時、すでにタニア王女がいらっしゃったので……」
「ヘーラクレール王国の聖女の方、ですよね?」
神官長様は小さくため息をついてから、私のほうを見て小さく頷いた。
「ええ。このヘーラクレール王国では、代々王家のご息女が必ず一人は聖女として神殿に入られると決まっております。神殿で指名した王家以外の聖女も一人在籍していたのですが、彼女が老衰でこの世を去ってから、国はヒュドラの封印を御しきれていないのです」
「あの……新しい聖女様はおられないのですか?」
神官長は悲痛な面持ちで首を横に振った。
「八方手を尽くし探しているのですが、適任者がおらず……。タニア王女が聖女として在籍しているから何とかなるだろうと、様子を見ていましたが、やはりダメなのでしょうね。私どももタニア王女の聖女としての力は疑問に思う所がありましたが、『聖女は王家より選ぶ』という決まりですから」
《ボクがお父さんから聞いたお話とちょっと違うよ?》
トリルさんとメリンダさんのお見送りが終わったシロ様が、私の足元までぴょんぴょんと跳ねて戻ってきて、可愛らしく首を傾げた。
「シロ様。お父様に聞いたお話とは何のことでしょうか」
《んーとね……》
しゃがんで腕を伸ばすとシロ様はぴょんと飛び込んでくる。
私はシロ様を抱きかかえて、顔を覗き込んだ。
「たしか、毒竜ヒュドラとの戦いに勝利したヘーラクレールだったけれど、完全に消滅させることができなかった。遺骸と毒は大地に残り続け、それを見守り封印するための長いお役目をするものが必要になった……それがヘーラクレール王国の王族の始まりでしたよね?」
《うん、そんな長くて大変なお役目をみんなにさせるわけにいかないから、自分たちでなんとかするってへーラクレールは言ったんだ。でも何かあったら助けてほしいな、っていうのも言ってたの。だから別に、聖女は王家の人じゃなくてもいいんだよ》
「じゃあ聖女の力がない王女に、無理やり聖女の役目をさせなくていいということですか?」
《そうだよ。力がないのに聖女なんてできないでしょ~? 聖女がいなくてこの国は毒がいっぱいになっちゃったから、ボクが助けにきたんだよ》
「そうだったんですね……」
シロ様のお話は神官長様も一緒に聞いていた。とはいえニュアンスしかわからないので、私はシロ様の話をなるべくそのまま神官長様に伝える。
すると、神官長様の眉間に深い皺が刻まれてしまった。
「……近年、聖女は救いの主であるように崇め奉られておりました。特に王家から選出される聖女はそれこそ神の如く神聖であるかのように扱われておりましたが、シロ様のお話では、聖女とは過酷なお役目を担うがゆえに民の負担とならないよう、王家より遣わす……と初代ヘーラクレール王はお決めになったのですね」
《そーなの。だからヘーラクレールの王族は勉強して、いつでもヒュドラをやっつけられるくらい実力を磨かないといけないから、いっぱい頑張らないといけないんだよって、お母さんが言ってた》
「ヘーラクレール王族は常に己を律していらっしゃるんですね」
そう神官長様に話しかけるが、肯定の言葉は一つも返ってこず、神官長様の顔色は悪くなり深いため息をついてしまった。
「……初代様の高い志は一体どこへ行ってしまわれたのでしょうか……嘆かわしい」
この国の内情にあまり詳しくない私でも、今の言葉で、この国の王族がどうやらあまり勤勉ではないということがわかってしまった。
《ボクのお父さんは、ヘーラクレールを乗せていっぱい活躍したんだよ! だからボクも勇者を乗せて活躍するんだ!》
「まあ、素敵ですね」
黒いつぶらな瞳をキラキラさせて未来の活躍を語るシロ様は、この国に向かう途中の馬車で英雄の活躍を聞き、目を輝かせていたカールさんやアーサーと似ている。
男性というより、元気な男の子みたい……うん、これは良い傾向だ。かなり元気になってきた証拠にシロ様はぱたぱたと羽ばたいて私の周りを一周した。
力もしっかり回復して調子もよさそう。この調子で行けばシロ様は立派にお役目を果たせるようになるだろう。
「でも今のままじゃ人は乗せられないぞ、シロ。もっといっぱいご飯を食べたほうが良いんじゃないか?」
「アーサー!」
ふいに後ろから腕が伸びてきたかと思うと、シロ様の頭を大きな手が撫で始めた。
《ボクはもっともっと大きくなるもん! アーサーだって乗せられるくらいになるんだからっ》
「頑張るんだぞ。……マーガレッタたちがこっちにいるって聞いて、迎えにきたよ。……神官長、招かれざる客が来たぞ。マーガレッタもシロも……城から王女と王太子が来た」
やってきたアーサーは最初こそシロ様に笑いかけていたが、後半は苦々しい顔つきでそう口にした。
恐ろしくなったのか、シロ様は慌てて私の胸に顔を埋める。それをしっかり抱きしめて、私は神官長様とアーサーを見た。
二人とも表情は硬かったけれど、力強く大きく頷いてくれた。
◆◇◆
「何あいつ! 何者なの!?」
私はタニア・ヘーラクレール。このヘーラクレール王国の第一王女であり、誉れ高き聖女のお役目を全うする、素晴らしき者。
それなのに私の神殿でどこぞの馬の骨とも分からぬ地味な女に罵倒され、追い出されてしまった。あの神殿は聖女である私の物なのに!
爪を噛みながら馬車で王城へ戻ると、お兄様と出くわした。
「おや、我が麗しの妹姫はご立腹だね?」
「お兄様っ、聞いてくださいませ!」
私は自分の中から沸き立つ怒りをお兄様に訴える。なんとかしてあの無礼な一団をこの国から追い出さなければ気が済まない!
「ふむ。神殿にレッセルバーグ国から特使が来ると小耳に挟んだけれど、もしかしてそれかい?」
「特使……? レッセルバーグなんて名前を聞いたこともありません。だから無礼なのねっ」
私が知らないということは、どうでもいいちっぽけな国なのよ!
「無礼って一体何が起こったんだ?」
「地味女が聖女である私を神殿から追い出したのよ! それにあの役立たずと話ができるからって、神官共は地味女の味方をするし、もう最低よ!」
「役立たず……あの神獣を騙る丸い変な鳥か。我がヘーラクレールの神獣ならば初代英雄様と所縁が深い天馬が現れるはずなのに、小鳥では見栄えも悪い」
「本当に! それなのに神官共もあんな役立たずを持ち上げて! 腹が立つ!」
しかも……汚れてるって何よ、汚れてるって!!
だって聖女は夫を得ても構わないのよ。この間までいた婆さん聖女だって孫がいたもの。私だっていずれ地位の高い夫を得るんだから、それまでちょっとくらい遊んだって許されるのよ。神官長がダメと言っても、私が許されるって言ったら許されるんだから。
「それなのに……あの役立たず! また鳥籠に入れて躾けてやるわ!」
何の力もないくせにジージー、ジージーうるさいのよ、あの鳥!
それにしても頭にくるっ! イライラのあまり、綺麗に塗られた爪をかじってしまう。
「そうだわ、お兄様も一緒に来てよ、私一人だからあんなならず者に舐められるのよ、王太子であるお兄様が一緒なら心強いわ!」
「ふむ……そうだね。可愛い妹のお願いだ、聞いてやらんこともないな。タニアに無礼を働いた地味な女も見てみたいし」
「なら早速行きましょう! 今度は騎士もたくさん連れていくわ。地味女たちに痛い目を見せてやらなきゃ」
そして私がこの国の唯一の聖女だって認めさせるのよ。
全員私の言うことを聞けばいいのだわ!
そうして私はお兄様とたくさんの兵士を引き連れて、もう一度神殿へ乗り込むことにした。これだけいればあいつらも私に平伏するでしょうよ!
感想 356
あなたにおすすめの小説
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
由香【全一話完結】
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
「役立たず」と離婚された侯爵夫人ですが、実家が世界一のお金持ちでした
由香「役立たず」と言われ、愛人のために離婚を突きつけられた侯爵夫人エレノア。
だが、夫は知らなかった。
彼女の実家が、王国どころか世界一の財閥だったことを。
離婚と同時に援助は打ち切られ、侯爵家はあっという間に崩壊。
破産寸前となった元夫は土下座で復縁を懇願するが…。
「申し訳ありません。そのお願いは、お断りします。」
これは、支える側だった令嬢が本当の幸せを手に入れる、痛快ざまぁストーリー。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
熾星婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
「お姉様の刺繍は素人ね」と笑った義妹の婚礼衣装——裏地を見た女官十二人が、一斉に針を置いた
歩人(あゆと)「お姉様の刺繍は、素人の手習いに見えますわね」――王太子妃となる異母妹アデリーナは、王宮女官たちの前で姉ローゼを笑った。翌週の婚礼の朝。式典装の最終確認のため、十二人の女官が衣装の裏地を検めた瞬間――一人、また一人と、針を置いた。裏地に縫い込まれていたのは、女官たちが十二年間ずっと探していた一筆の銀糸。即位式の絹外套、二人の王女の婚礼ドレス、亡き王太后の弔意の喪服。王家儀礼衣装のすべての裏地に、同じ手で、同じ糸で、同じ銀の花が縫い込まれていた。「アデリーナ様、これは――あなた様の手では、ございません」縫い手は、ずっと一人だった。それを十二年間、誰の名でも呼べなかっただけのこと。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
凱旋した英雄は聖女を選びました。~冬の補給路を守っていた私は静かに軍を去ります~
握夢(グーム)「君は後方にいただけだ」――
凱旋した英雄の婚約者からそう切り捨てられた私は、
静かに軍を辞職しました。
――冬の補給路管理。
――兵糧配分。
――医薬品輸送。
――損耗率管理。
全部、私の仕事だったのですが。
三週間後、
王国軍は補給崩壊。
「なぜ食糧が届かない!」
「なぜ兵が飢える!」
……逆にお聞きしますが、
今まで“なぜか全部上手く回っていた”理由を、
一度でも考えたことはありましたか?
これは、
誰にも評価されなかった兵站官(へいたんかん)が、
隣国の辺境伯にだけ価値を見抜かれ、
人生を取り戻す物語。
今更「戻ってきてくれ」と泣きつかれても、
私は隣国の最高機密ですので――!
「今なら妹も許してくれるから、きちんと謝ろう」夫が優しく謝罪の強要をした日、侯爵夫人をやめて家を出ました~デラミネーションによる夫の終焉~
水上侯爵夫人であるサフィアには、常に優しい笑みを浮かべる夫がいる。
ある日、夫の妹の行動によって、多額の損害が出る事態が起きる。
それを論理的に批判するサフィアだったが、夫は妹を庇い、さらに……。
「今なら妹も許してくれるから、きちんと謝ろう」
あろうことか、夫は諭すような優しい笑みを浮かべ、サフィアに謝罪の強要をした。
その瞬間、彼女はすべてを悟った。
「あなたのその優しさや気遣いは、私にとっては劇薬でしかありません」
その日、サフィアは侯爵夫人をやめて家を出た。
さらにその後、あることがきっかけで、夫の笑顔の仮面が剥がれ落ち始め……。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
由香【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。