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プロローグ

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*ちょっと長いプロローグになりました*


「やっぱり、あいつら許せない!」
 
 車を運転をしている兄の薫に、読んでいた小説の文句を言っていた梨沙は思わず大声を出してしまい、薫を驚かせた。

「大きな声出さないでくれよ。びっくりするじゃないか。それでそこまで梨沙がエキサイトする小説ってどんな話なんだよ」
 
 兄の薫に聞かれて梨沙は小説の内容を説明し始めた。

「『真実の愛』は“ざまぁ”も何もない胸糞悪い小説なのよ。きっと最後にアンジェラと王太子は酷い目に合うのだろうと思って、最後まで読んだのに、沢山の人を不幸にし、アンジェラと王太子は幸せになったの。あ~腹立つわ。作者! よくこんな小説書いたな。イライラするわ」

「だから、落ち着きなさい。あらすじとかを話して」

 ひとりでエキサイトする梨沙に薫は呆れて笑う。

「『真実の愛』はこんな話なの」

 梨沙は薫にあらすじを話し始めた。

「スルピレッド王国の王太子ランディは美しい伯爵令嬢のミレーヌに恋をした。すでに婚約者のいるミレーヌと結婚したいと国王である父親に泣きつき王命を出させたの。王太子のランディはミレーヌと婚約者のレナードとの仲を引き裂き、無理矢理にミレーヌを自分の婚約者にしたのよ」
 
 梨沙はどんどん話にのめり込んでいく。

「ミレーヌとレナードはミレーヌが学園を卒業したら結婚するはずだったの。それなのに、王太子のランディはミレーヌを無理矢理に自分の婚約者にしたのよ。それからすぐ夜会で会った男爵令嬢のアンジェラと恋に落ちたの。王太子は真実の愛を見つけたと言い、邪魔になったミレーヌをアンジェラに嫉妬し、亡き者にしようとしたと無実の罪を着せて捕らえ、処刑したの」

 薫は首を捻った。

「なんでミレーヌが嫉妬するの?」

「そうでしょう。ミレーヌが愛しているのはレナードだけなのに、嫉妬する訳がないよね! 他の令嬢と真実の愛を見つけたのなら婚約解消すればいいのよ! ほんとに腹立つ!」

「ほんとだな。酷い奴らだな」

 梨沙はイライラが止まらないが薫も同調してくれたことに気を良くし、あらすじを話し続けた。

「王太子が男爵令嬢と結婚するには何か事件がないと無理でしょ。ふたりはミレーヌを利用し、踏み台にしたのよ。レナードはミレーヌが無実だと主張し、色々調べていたけど、突然馬車の事故で死んだの。絶対、邪魔になった王太子とアンジェラに殺されたのよ! 腹立つ~」

「レナード気の毒だな」

 気の毒なんてもんじゃないと梨沙は自分の事のように怒っている。

「そのあと、王太子はミレーヌの実家の伯爵家に娘の罪滅ぼしをしろとアンジェラを養女にする様に命令したの。めちゃくちゃだよね」

「男爵令嬢では王太子妃にはなれないからか? 身分が低いから?」

 薫の質問に梨沙は大きく頷く。

「そうなの。それにアンジェラはすでに王太子の子供を身籠もっていて、王太子に甘い国王はミレーヌの実家が養女にするならと結婚を認めたの。もちろんミレーヌの実家は不本意ながら王命なので仕方なく養女にしたけど、後ろ盾になるつもりはなかったんだけどね」

「そりゃそうだよな。自分の娘を陥れた奴の後ろ盾になんてなる訳ないよな」

 梨沙の話を聞き、薫もだんだん腹が立ってきたようだ。梨沙はそれが嬉しくなり、よりエキサイトしてきた。

「当たり前よ。大事な娘を無実の罪で殺されて後ろ盾になどなる訳がない!」

 梨沙は拳を握りしめる。

「そりゃそうだ。でも梨沙がそこまで怒らなくても……」
 
 薫は苦笑している。

「強い後ろ盾のない王太子は、母親の実家の力が強い第2王子のカインロッドが力のある侯爵家の令嬢のリンジーと結婚したら、自分の地位を脅かすかもしれないと思ったのよ。王太子はまたもや父親の国王に『側妃が欲しい。側妃はリンジーにするので王命を出して欲しい』と泣きついた。王太子に甘い国王はリンジーが、第2王子のカインロッドの恋人だと知っていたが王太子の側妃になるように王命を出したの。そして王太子はリンジーを人質に取り父親の侯爵を脅したのよ。自分の後ろ盾になるようにと。父親はリンジーを外国に逃そうとしたが見つかり、リンジーは王宮に連れて行かれ無理矢理側妃にされたの。息子のレナードを事故に見せかけて殺された上に娘のリンジーまで人質に取られ侯爵の腹は煮えくりかえっていたわ」

 梨沙は一気にあらすじを話した。

「私の腹も煮えくりかえってるわ。レナードとミレーヌを引き裂いた上に何の罪もないミレーヌを処刑し、レナードまで事故に見せかけて殺した糞王太子と糞アンジェラを許さない! レナードの妹のリンジーまで巻き込むな! 腹立つ! 伯爵! 侯爵! 一緒に復讐してくれ~!」

 薫は完全にヤバいやつを見る目をして梨沙を見ている。

「梨沙、大丈夫か? ちょっとのめり込みすぎだぞ」

 確かにこの小説に関しては自分でものめり込みすぎていると梨沙は思う。

「そうね。のめり込んでるわね。まぁ、乗りかかった船だと思って、最後まで聞いて」

「わかったよ。俺も、もうすっかり読んだつもりになってるし、最後まで聞かせてくれ」
 
 梨沙は続きを話し始めた。

「リンジーは謁見の間で隠し持っていた刃物で王太子を刺し、控えていた騎士に返り討ちにされたの。王太子は重傷を負ったけど一命はとりとめた。リンジーの実家の侯爵家はこの件で責任を取らされ取り潰されたのよ」

「王太子は助かったのか? リンジー頑張ったのに報われないな」

「そうでしょう! もう! 腹立つ! なんで作者はこいつらをのさばらせているのよ」

「普通ならここからざまぁだな。リンジーの恋人のカインロッドは何もしなかったのか?」

「しなかったわけじゃないんだけどね……」

 梨沙はカインロッドのことを思い出し、ちょっと気が滅入った。

「王太子とアンジェラはカインロッドに謀反の罪をでっち上げ処刑したの。そして、自分達の邪魔になる者はみんな無実の罪を着せ処刑していったのよ。それから王太子とアンジェラは、無理矢理に恋人のいる侯爵令嬢を王命で別れさせて自分の息子の婚約者にしたの、やっぱり後ろ盾がいるから力の強い侯爵家に白羽の矢を立てたんだけど、その令嬢は恋人と別れて王家に嫁ぐのが嫌で恋人とふたりで心中したわ」

 梨沙はペットボトルの水をごくんと飲み、話を続ける。

「そしたら、不敬だと言って令嬢の家も恋人の家も取り潰したのよ。自分達は真実の愛とか言って好き勝手したくせにね。息子を国王にしてからも、アンジェラ達は民から取った重い税で贅沢の限りを尽くし幸せな一生を終えた。そこで話は終わったの」

 一度読み終えたが、梨沙はイライラが止まらなかった。

「あ~、胸糞悪い。こんな小説読むんじゃなかった。星ゼロで胸糞悪いクソ小説だから読まない方がいいとレビュー書いてやる」

「そうだね。そもそも俺が王太子だったらアンジェラは選ばないな。ミレーヌに横恋慕もしない。もっと自分を磨いて良い王太子、良い国王になるようにするな」

 兄が糞王太子? 梨沙は薫が王太子になっているところを想像してニヤけている。

「兄ちゃんなら糞王太子じゃなく、良い国王になると思うよ」

 兄の薫は真面目で優しい人だし、しっかりしていて頼りになると梨沙は思っている。

「それにしても、私だったらもっと上手くやると思う。みんな揃ってざまぁしてやる」

「梨沙はリンジーに感情移入してるんだな。リンジー視点で読んでいるけど、違う登場人物の視点で読むとまた違う感じ方をするかもしれないよ」

 兄はそんなところに目を向けたのか? 私とは視点が違うと梨沙は思った。

「そもそもの悪は王太子だろう? アンジェラに出会う前にミレーヌを無理矢理、婚約者にしたのも王太子だし、レナードを殺したのも王太子だろ? 案外アンジェラは王太子に振り回されただけのただの男爵令嬢なのかもしれないな。男爵令嬢が王太子に逆らえる訳ないし、贅沢したと言っても王太子が買い与えただけかもしれない。当事者になってみないと分からないもんだよ」

 「兄ちゃん、読みが深すぎる」

「ミレーヌやレナードだってもっと違う動き方があったかもしれない。カインロッドだって、兄の動きを見ていたなら、自分に火の粉が降りかかるのはわかっていただろうしな。王太子のランディだって悪気はなかったのかもしれない」

 そんなことを言われてしまっては私の怒りはどこに行けばいいのかわからなくなると梨沙は思った。

「梨沙はリンジー目線で読んだけど、次はアンジェラ目線で読んでみても面白いんじゃないか? 表には出てないアンジェラの設定を自分で作りながら読んでみろよ。案外アンジェラも被害者かもしれないぞ」

「確かにそれも面白いかも」

 梨沙は納得がいかないけど、それもありかもしれないと思い始めている。兄はやっぱりすごい。いつも冷静沈着で公明正大。偏った見方を嫌がる。

 王太子とアンジェラを地獄に落としてやりたいと思い込んでエキサイトしていた梨沙の熱量はす~っと下がり平熱に戻った。


「でも私、絶対に悪い奴にはざまぁしたい。悪の根元をざまぁして、みんなで幸せになりたいの」

 梨沙は平和主義だ。何ごともなくのんびり平和に幸せに暮らしたい。そして薫はいつもそれを叶えてやりたいと思っている。


キィーッ 

 急に凄い音と眩しい光を感じた。

 トラックだろうか? 

 なんで前から来るの? 

 おかしい、 逆行してる? 

 梨沙はパニックになった。

「危ない!」

 薫が叫び、ハンドルを切ったが、無理だと悟ったのか薫は守るように左腕で梨沙を押さえた。

 スローモーションで正面からトラックが突っ込んできた。

 ドン! 
 
 大きな音が聞こえると同時にものすごい衝撃が走った。

 
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