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 葵は基本、寝室で寝起きしてその隣の部屋で勉強を教えて貰っていた。これが、葵の生活圏内である。食事も部屋でとるし、トイレもお風呂もここで済ませる。部屋には、イルブランドと機械仕掛けっぽいメイドしか基本入って来なかった。以前、一度見た白銀の騎士はあれ以来見ていない。そんな葵に、昼過ぎにメイドが驚くべき要件を告げる。
「今夜、晩餐会への招待をイルブランド様より頂いております。ドレスに着替えた後、テーブルマナーをお教えします」
 葵は戸惑いつつドレスに着替え、運ばれて来る料理を前にメイドの指示に従って料理を食べる。なんとなく、現代のテーブルマナーと似ているので覚えるのは簡単だった。そこまで、堅苦しい物でも無いらしく、そこそこ綺麗に食べればOKと言うくらいの感じである。テーブルマナーを覚えながら昼ごはんを食べ終わる。
「晩餐会まで、お部屋でお待ちください」
 メイドが頭を下げて出て行った。葵は、部屋に残される。
「はぁ」
 窓を覗いて、庭を見る。
(晩餐会への招待なんて、どんな心境の変化かしら)
 けしてこの部屋から外には出さないように、していたと思うのだが。葵が逃げないと判断したのだろうか。
(いや、逃げる気マンマンですけどね)
 葵は虎視眈々と、彼の魔の手から逃れる手段を考えている。しかし、言葉を教えて貰っているのでひとまずはしばらくココにいるだろう。その時、窓の下にイルブランドの姿を見つける。全身真っ黒なので、とても目立つ。彼は庭に向かって歩いており、黒い髪や服がひらひらと風になびいていた。そんな彼の後ろから、白銀の鎧を着た騎士が追いかけて来る。前に見た、金髪碧眼の彼である。彼は、イルブランドに声をかけ二人は共に庭に向かった。葵はその光景に釘付けになる。彼らは共に庭園に入って行って、見えなくなる。葵は、しばらく庭を監視して彼らが再び姿を見せるのを待つ。三十分もした頃だろうか、二人が庭から出て来る。白銀の騎士は薔薇の花束を紙に包んで抱えている。イルブランドは、薔薇を一本持っている。注目すべきは、何故か白銀の騎士が耳に薔薇を差している事だ。
(ちょっ、中で何があったの!! ていうか、二人はどんな関係なの!)
 ただの上司と部下と言うには、距離が随分近いように思える。二人並んで歩きながら、穏やかな笑みを浮かべている。その姿を網膜に焼き付け、二人が見えなくなった後に葵は机に向かって今しがた見た光景について、漫画を描いた。八ページの漫画ができた。
「うわぁ、白銀の騎士の名前知りてぇ! てか、彼の鎧の構造がわからん! 近くで見たい!!」
 葵は萌をぶつけた紙を前に頭を抱える。新世界で新たな、萌を見つけてしまった。

 晩餐会に招待された葵は、長いテーブルの向こうでイルブランドが食事を摂っているのをじっと見る。そして扉の前に控える、白銀の騎士を見る。
「葵、彼が気になるか」
 あまりにもチラチラと見ていたので、イルブランドも気づいたらしい。
「は、はい」
「彼は私の直属の騎士のルーセルと言う男だ。仕事熱心な良い男だ。常に私の側で警護をしている」
「そ、そうなのですか!」
(ルーセル、ルーセルって言うのね!)
 葵は騎士を見る。すると、騎士も葵の方を見てじろりと睨んだ。前の時と同じ、敵意の篭った目である。
(めっちゃ嫌われてる! そりゃそうよね。怪しい異世界人が魔王に取り入ってるとなったら、警戒するのも仕方ないわ! それにしても顔が良い!)
 葵は睨まれながら、彼の顔の作りを記憶する。つい、睨む彼ににんまり微笑んでしまったので彼は不審げな顔をして目を逸らした。葵は、食事をしながら何度も彼の横顔を見た。欲を言えば、もう少し近づいて鎧の形を見たい。
「葵」
「……は、はい!」
 彼の姿形を覚えながら、食事をとりつつ、頭の中でネームを組むと言う分裂思考をしていたら反応が遅れてしまう。
「疲れているのか?」
「い、いえ。そんな事はありませんよ」
「そうか……いつもなら、料理の感想でも言っている頃だと思うのだがな」
 イルブランドはやや不安そうだった。葵は、慌ててイルブランドに集中して食事を始める。
「りょ、料理とっても美味しいです!」
「それは良かった。おまえの満足する量を用意している。遠慮なくおかわりをしてくれ」
「はい!」
 葵はもぐもぐ料理を食べる。
「あの、最近絵本が読めるようになったんですよ!」
「文字の練習が捗っているようだな。良い事だ、本が読めるようになればこの世界の知識も学べるだろう」
「とても楽しみです!」
「うむ」
「ところで、この世界って、物語とか無いんですか?」
 葵は気になっていた事を聞く。ヤスパースにもらった絵本は物語では無く、言葉を覚える為の例文を書き連ねたような教科書だった。
「無論あるぞ。神話を元にした劇や、悲恋を語る詩人、架空の歴史を語る小説などだな」
「わお」
 思いの他、物語が作られているらしい。
「この国の人間は娯楽を好むからな。自然と、そう言った物も発展して行く」
「是非、この世界の物語に触れたいです」
「……劇の観覧の手配をしておこう」
「ありがとうございます!」
 その提案に葵は大いに喜んだ。やはり、物語は心の栄養である。こっちに来て、それが摂取できなくなった事に悲しんでいたので、少しでも物語に触れられる所に行きたかった。

 晩餐会が終わると、イルブランドはまた仕事に戻るらしい。魔王様と言うのも忙しいものだ。葵は、何故かルーセルに連れられて部屋に戻る。白銀の騎士はわかりやすく、への字口をして葵の前を歩く。無言のまま、葵の部屋まで辿り着き、扉を開けて中に葵を促す。扉が閉まる音がしたのだが、振り向くと彼は部屋の中にいた。敵意の篭った目で葵を睨む。
「娼婦、俺はおまえが嫌いだ」
 彼からは、葵に対する嫌悪が見える。
「しょ、娼婦だからですか……?」
 体を売るのがよくないと言う話だろうか。
「違う、おまえがイルブランド様に相応しくないと言っているのだ」
 葵は固まる。そりゃ、そうだろうとしか思えない。あんな超絶美形で、しかも魔界を統べる魔王様の女が異世界から来た地味女じゃ部下だって戸惑うはずだ。
「えっと、たまには嗜好が変わる事もあるんじゃないでしょうか」
「なに?」
「ほら、もの凄く美味しい一級料理ばかり食べてると、たまにはB級グルメが食べたくなる的な?」
 言いながら葵は首を傾げる。翻訳機を通しているので、彼らのわかる言葉に直されている事を願う。
「おまえの……言わんとする事はわかる。だが、イルブランド様が囲っている女はおまえ一人だ」
 その言葉に葵の方が驚く。
「一人! 私一人ですか!!」
「あぁ」
 いくら買ったばかりの娼婦とは言え、毎夜毎夜相手をしてくれるのを不思議に思っていたのだ。よもや、魔王の女が葵一人だけだったとは。想像では、少なくとも十人はいると思っていた。だから、一人くらい平凡な女が混ざっていても良いのだろうと考えていたのだ。
「な、なんでですか! 魔王様ならもっと、女性を囲えるでしょう! 私より美人な!」
 ブスでは無いが、自分の事を美人だとは思っていない。言うなれば、普通の容姿なのだ。
「それが許されぬ立場だから、お可哀そうなのだ……そしてよりによって、抱ける女がおまえとは」
 ルーセルが葵を睨む。
「え? え? え?」
 葵は情報を整理する。イルブランドは女を葵一人しか囲っておらず、イルブランドが抱ける女は葵一人だけらしい。
「他の女性だと抱けない理由があるんですか?」
「……おまえは本当に無知なのだな」
 ルーセルが腕を組む。
「いや、だって別の世界から来ましたから……まだ、勉強中です」
「良いか、イルブランド様は強い魔力を持った魔王だ。それゆえ、イルブランド様に近づける者は少ない」
 葵は首を傾げる。
「近づけないんですか?」
「あぁ、弱い者ではイルブランド様の側にいれば強い魔力に当てられて吐き気を催し、目まいを覚え気絶する」
 葵は目を見開く。以前、彼が街に下りたった時、葵を襲っていた連中が泡を吹いて倒れていた。
「だから、この城のメイドは全て機械仕掛けなのだ。普通の魔族では、イルブランド様のお側に近寄れないからな」
「ルーセルさんは大丈夫なんですか?」
「俺は、強いからな」
 彼は胸を張る。実力あっての、自信なのだろう。
「イルブランド様の側に寄れるのは、魔力にあてられれないだけの力を持った者達だ……それなのに」
 再び、彼が葵を睨む。
「それなのに、何故おまえのような弱い物がイルブランド様の側にいる!」
 指さされて葵は、彼の手元の甲冑の構造を見る。
「えっと、もしかして私が彼の側に居ても平気なのって、私が魔力ゼロなのと関係してますか?」
 彼は指を下ろして目を反らす。
「そうだ。おまえは魔力ゼロゆえに、イルブランド様の巨大な魔力の影響を受けないんだ。この世界の者ならどんな弱い者も持っている、魔力袋を一切持たないおまえは、イルブランド様の魔力を検知できないのだからな」
 もの凄く怖いおばけが居ても、霊感無くて見えなかったら平気って話だろうか。
「なるほど」
 ルーセルの解説のおかげで、自分の置かれている状況を理解する。
「イルブランド様は、私が魔力にあてられないから、私を側に置く事にしたんですね」
 ルーセルが眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。
「そう言う事だ」
 そして彼が葵を嫌うのは、平凡な人間だからだろう。
「ルーセル様はイルブランド様が本当にお好きなんですね」
「なっ」
 ルーセルの顔が瞬時に赤くなる。
「違いましたか?」
「違うわけあるか! 好きに決まっているだろう! あれ程、完璧なお方など魔界を見渡してもイルブランド様一人だ! おまえは知らないだろうが、イルブランド様は本当に素晴らしい方なのだぞ!」
 ルーセルは顔を真っ赤にして、イルブランドについて語ってくれる。 
「ふむふむ、ではルーセル様はイルブランド様とご関係は長いんですか?」
「い、いや。私はイルブランド様に仕えてまだ百年程しか経っていない……」
 普通の人間の葵にとっては、それでも十分長いと思うのだが、彼にしてみればそうでも無いらしい。
「魔界の人って長生きですよね」
「おまえ達は違うのか」
「私のとこは、百年くらいですね」
「虫の如き寿命だな」
 この世界の虫、百年も生きるのか、こわっ。
「それじゃ、ルーセルさんの方が年下なんですか? おいくつなんですか?」
「百二十五歳だ……」
 彼が若干、恥ずかしそうに言う。イルブランドが三百二十二歳なので、およそ二回り違う。
「ほぉ」
 葵の頭の中で、わんこ騎士の年下攻か、年上魔王受かの会議が瞬時に開かれる。
(リバも可!)
「ルーセル様は、イルブランド様のどこが具体的にお好きなんですか?」
「それは……やはり、強いからだ。魔界は強さこそ絶対の指針だからな。そんな魔界で、三百年近く頂点に立ち続けるあの方を憧れ尊敬するのは当然の事だ」
 イルブランドの事を語るルーセルの頬は、ほんのりと赤い。葵はにんまりと笑みを作る。
「そうですね、そうですね。では、そんな尊敬するイルブランド様にお仕えできて幸せなんですね」
「あたりまえだ! 長い修業の末に、あの方の直属の騎士になれたのは我が生涯においてもっとも誉れ高き事だ!」
「それで、常に付き添っているんですね」
「主君を守る騎士として当然の義務だ。まぁ、あのお方に万が一の事などは無いのだろうが……」
 魔界最強の魔王様ならば、そうだろう。それでも彼は、イルブランドの隣に立つのだ。物思いにふける顔をした後、彼は顔を上げる。
「はっ、なぜ私はおまえにこのような話をしているのだ!」
「それは、物を知らない私にルーセル様が、イルブランド様の素晴らしさを教えてくださったからですよ。ありがとうございます」
 ついでに、巨大な萌もありがとうございます。
「口の上手い女だ。とにかく、イルブランド様におまえは相応しく無い事はわかっただろう。理解したのなら、あまり大きい顔はせずに大人しく抱かれていろ」
 その言葉に葵はきょとんとした顔をしてしまう。
「城から出て行けとは言わないでんすね」
「あの方から抱ける女を奪うのは、あまりにも忍びない。それゆえ、不満ではあるが出て行けとは言わない。だた、もう少しイルブランド様に敬意を払え」
「敬意?」
「褥の場では口を閉じろと言っているんだ」
 葵は自分の顔が途端に熱くなるのがわかった。
「なんで知ってるんですか!」
「イルブランド様に相談されるんだから、仕方がないだろう!」
 葵は顔を両手で隠して唸う。
(イルブランドーーーー!!! 部下に、褥の相談をするんじゃない!!!)
「毎回、毎回イルブランド様に手間をかけさせているのは知っているぞ!!良いか!! 今後は敬意をはらって大人しく抱かれるのだぞ!!」  
 そう言って、彼は部屋から出て行った。
「うひゃーー」
 他人に自分の性事情がバレるのは死ぬほど恥ずかしいのだとわかった。
「こ、この恥ずかしさをバネに漫画描いてやるぅ」
 転んでもタダでは起きない葵は、机に向かってじっくりと観察したルーセルの顔や鎧を紙に描く。ルーセルと、イルブランドの二人の馴れ初めを妄想しながら漫画を一本描いて満足した。



つづく

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