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10 服を着て山にお散歩

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『私はお風呂は嫌いです』
「やっぱ、おまえの影響か……」
 俺はベッドに寝転がって、幽霊犬のグレーと話す。最近、毎晩彼と話している。
「つうか、俺あいつに撫でられるとたまに人間の言葉が出て来なくなる時があるんだけど、これって獣化が進んでるって事じゃないよな……?」
 いずれ完全に人の言葉を忘れてしまいそうで、ぞっとする。
『どうでしょうか? 私もアデーレ様に撫でて貰った時は興奮して、もう犬語ですらない言葉をうわ言で吠えてましたけど』
「まじか……俺のあれもうわ言なのか……」
 俺は遠い目をする。
『アデーレ様にナデナデされるの気持ちいいから仕方ないですね!』
 俺は小さくため息をつく。
「やっぱ、あいつに撫でないように頼もうかな……」
 言葉が通じるのだから、言えば彼も聞き入れてくれるかもしれない。アデーレのゴッドハンドで、撫でられなければ、俺も正気を失う事はない。
『え、そうなんですか……私、アデーレ様にまた撫でて貰えて嬉しかったんですけど……』
「あ……」
 失念していた。グレーは死んでいて幽霊なのだ。本当はもうアデーレに撫でて貰える機会など無い。それが俺と合体したおかげで、俺と一緒に頭を撫でて貰えるのだ。そう考えると胸が痛い。
「……今のナシだ」
『本当ですか!』
「あぁ」
(まぁ、こいつの為にちっとくらいは撫でられてやっても良いか)
『やったー! またアデーレ様に撫でて貰えるぞう!』
 グレーは嬉しそうに部屋の中を駆け回る。

***

「君に洋服を作ってみたんだ」
 アデーレが俺にたたんだ服を差し出す。
「服?」
「いつまでも、その布のような服じゃ嫌だろ?」
「まぁな」
 俺は貰った服を広げる。
「私は後ろを向いているから着てみてくれ」
 俺は白い服を脱ぎ捨て、渡された服を着る。半ズボンにはちゃんと尻尾を出す穴が開いている。シャツを着てボタンを締め、ベストを着る。謎の白い布が余る。
「おい、これなんだ?」
 アデーレが振り向く。
「うん? あぁ、それはスカーフだよ。首に付けるんだ」
 彼が近づいて来て、首に付けてくれる。
 彼は離れて、俺を上から下まで見る。
「うん、良いね。すごく良い」
 彼が何度も頷く。
「そうかよ、ありがとな」
 俺は照れ隠しに頭をばりばり掻く。
「けど、これ窮屈だな」
「え、サイズが合ってなかったのかい?」
「いや、サイズはあってる……でも窮屈だ」
「うーん。獣は普通、服を着ないもんね」
 彼はうんうんと頷く。
「わかった、別のデザインを考えて来るよ」
「あぁ、頼む」
「けど、せっかく着替えたんだし、散歩に行かないかい?」
「散歩? 庭に出るのか?」
「うんうん、屋敷の裏の森に行くんだ。あそこも私の家の土地だからね」
(山一個がまるっと自分の土地なのかよ……貴族って凄いな)
 俺は驚きつつ、彼と一緒に山に行った。

 屋敷を出て、山の中に入る。しばらく、二人でゆっくりと歩く。
「……なぁ、あの犬達は連れて来なくて良かったのか?」
 彼らも山に来たら喜んだだろう。
 するとアデーレの頬が赤くなる。
「今日は君と二人で来たかったんだ。本当はよくないんだけどね……みんな平等じゃないとさ……」
 俺はそんな彼の様子を見て、胸が高鳴る。
(妙にドキドキするけど。これはたぶん獣側の俺の方が喜んでるって事だよな)
 彼を独り占め出来て、獣の俺は嬉しいらしい。しかし人間の俺はそれを必死で押さえつける。
「あれ、なにかいる」
 アデーレが声あげる。
「ん?」
 俺は彼と同じ方を向く。
「リスだな」
「本当に? ミッチーは、目が良いね」
「うーん、たしかに前よりよくなってるな」
 二百メートル以上離れた木の虫すら、俺には見えている。
 歩いていると、斜面の道がある。
「山道は危ないから、手を繋いで行こうね」
 彼が俺と手をつなぐ。すると、また胸が高鳴る。
(いや、だから違うって)
 俺は必死に自分の興奮する気持ちを押さえ付ける。
 チラリとアデーレを見る。するとまた心臓が高鳴る。
(落ち着け俺!!!)
「ミッチーは、向こうでは何をやってたんだい?」
 アデーレの唐突な質問に俺は驚きつつ、答える。
「俺か? 俺はただの学生だよ」
「学生かぁ。若かったんだね……それじゃ、この世界に来て、とても辛かったね」
 彼が俺の手をぎゅっと握る。
「私は最近考えるんだ。君がどれ程、大変な思いをしているのかって」
 彼の手はあたたかい。
「知らない世界に突然連れて来られて辛いよね……しかも姿まで変わってしまって……!」
  彼は言いながらぐすっと泣き始める。
「想像するだけで辛いよ……! それに君は向こうの世界に大切な物を置いて来たんだろ!」
 彼は涙を溜めた目で見上げて来る。
「ま、まぁな……」
 家族と友人達の顔が浮かぶ。
「私に何か出来る事があったら、遠慮せず言ってくれ……!」
「あ、あぁ。わかったよ。ありがとう、アデーレ」
 俺は指で彼の涙を拭う。すると彼が目を見開く。
「あ……」
「ど、どうしたんだ?」
 目の玉が落ちそうな程、見開いてる。
「名前を呼んでくれた!!」
 言われてみれば、初めて読んだ気がする。
「そういや、そうだな」
「えへへ、ねぇミッチー。私と友達にならないかい?」
「友達……」
「嫌かな?」
 俺は首を横に振る。
「嬉しいよ」
 俺は笑みを浮かべる。
「そうか! それじゃあ、よろしくミッチー!」
 彼にぎゅーっと抱きしめられる。
 俺の尻尾は我慢出来ずに、パタパタ揺れていた。



つづく
  
  
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