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27 ミツアキの体と魂
しおりを挟むそれから一時間後、執事エルドさんが血相を変えた様子で部屋に飛び込んで来る。
「大変ですアデーレ様!! ミツアキ様の姿がありません!!」
「んん……」
「ん……」
アデーレが体を起こす。
「おはようエルド……」
「おはようございます……」
俺も眠い頭で挨拶する。
(あぁ……しまったぁ……ねちまったぁ………)
もはや、後の祭りである。
それを見たエルドさんは、ほっとした顔をする。
「あぁ、アデーレ様のところにいらっしゃったんですか。良かった」
「すいません、お騒がせして」
「いえいえ、私こそ突然起こしてしまい、申し訳ありません」
エルドさんが頭を下げる。
「では、朝食はお二人ともこちらで食べますか?」
「うん、そうするよ。ミツアキの着替えの服も持って来て貰って良いかな?」
「はい、ご用意いたします」
そう言いながら彼は椅子にかけられた俺の汚れた服を手に取る。
「あっ!?」
俺が素っ頓狂な声をあげると、彼は穏やかに優しくほほえんだ。
「大丈夫ですよ、ミツアキ様」
彼は全てをわかっているような、自愛に満ちた表情をしていた。
エルドが部屋を出て行く。
「あとはエルドに任せておけば大丈夫だよ。とても優秀な執事だから」
アデーレが俺の頬にチュッチュッとキスをする。
「顔、元に戻って良かったね」
「ん? あぁ」
俺は自分の顔を撫でる。
「けど、なんで元に戻ったんだろうな。突然」
「うーん」
アデーレが唇に手を当てて考える。
「ミツアキはこの世界に来て獣化したんだよね?」
「あぁ」
「なら可能性は三つある。
一つは君に元々、そう言う素養があった可能性だ。
それが偶然異世界転移でその才能が出て来た。
もう一つは、この世界に来てすぐに誰かに呪いをかけられた可能性。
人狼は、呪いによってなるって言われているんだ。
そして三つめは、この世界に来る際になんらかの接触事故にあった可能性」
俺は耳をピンと立てる。
「俺に獣化する素養なんて無いぞ。そもそも俺の居た日本は、魔法とかの神秘がカケラも無い世界だ」
「ふむ、それじゃ一つ目の可能性はナシか。それじゃ、呪いは?」
「……俺、気づいたら町に倒れててこの姿になってたんだよなぁ。それ以前に誰かに会った記憶はないなぁ」
「そうか……まぁ、そもそもミツアキは人狼では無いしね」
アデーレは確信を持って、きっぱり言う。
「そうなのか?」
「人狼伝説にもいろいろあるんだけど、共通しているのは満月の夜に異常な興奮をする事にある」
「へぇ」
「けどミツアキ、満月の日も特に変わらないだろ?」
「うーん、言われてみれば」
この世界に来て、満月の日だからと言って、暴れた記憶は一度もない。
「だから人狼でもない。となると、可能性は三つ目だ」
「接触事故……」
「実は、異世界から来た人達の文献を集めて読んでみたんだ。その中の事例のいくつかに、ミツアキと同じように姿の変わった人が居た」
俺はごくりとツバを飲む。
「とある文献、それは高名な魔法使いが研究レポートとして書いた物だったんでけど……彼の推測ではこう書いてある……」
アデーレはベッドから下りて、本を抱えて戻って来る。
『異世界から何かが来る時、召喚される場所によっては近くに居たモノと合体してしまう場合があるようだ。
これは異世界転移の際、周囲の時間軸が停止、無理やり互いのマナ同士が結合するせいだろう。
以前、壁の中に埋まって死んだ異邦人の死体を見つけた事がある。これは転移座標に失敗した結果と憶測する。
また、人と人同士、人と獣同士が合体した事例もある。
しかしそれらはだいたい、二つの相反する意思によって精神崩壊を起こす事が多い。
どちらかが、どちかの意識を食い殺さない限り日常生活を送るのは難しいようだ。
また、無理な合体によって身体に不具合をきたす者も多く、短命な者が多い。
これらの結果は大変興味深く、今後も新たな事例を見つけ次第観察をして行きたい……』
俺はアデーレとそれを読んで、ぶるっと寒気がする。
「ねぇ、ミツアキ。体に不具合とか感じないかい?」
アデーレが俺に近づいて来る。
「む……まぁ、モフモフはしているが……別に不便はないな」
「それじゃ、頭の中で変な声は聞こえない?」
更に顔が近づいて来る。
「それは……」
『いけー! そこだー! アデーレ様のお口をペロペロするんだぁ!』
(ん……?)
何か小さい声が聞こえた。
俺は視線だけで、周囲を探す。
すると、ベッドの下から何かがピヨンと見えている事に気づく。
犬の耳に見えるし、それはほんのり光っていた。
「どうしたの? 何かいる?」
「いや……」
『いないふり、いないふり』
(グレー……!!!!!!!)
それは間違いなく、幽霊犬グレーの声である。
そこに、ノック音がする。
「失礼します。朝食をお持ちしました」
執事のエルドさんが入って来る。
「おぉ、これはこれは。お取り込み中でしたか?」
俺とアデーレは顔を近づけて大接近している。
「え!? いや!! 大丈夫です!!」
俺は慌てて離れて、居住まいを正す。
「ふふふっ。では、準備しますね」
ベッドの上に、朝食ののった台が置かれる。
美味しそうなスクランブルエッグと、ベーコンによだれが出る。
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます!」
手を合わせて、俺は早速スクランブルエッグを食べる。
「ミツアキ様、お顔が元に戻られたんですね」
エルドがにっこり笑う。
「あ、えぇ! そうなんですよ! なんでかわからないんですけど!!」
「ねぇミツアキ。私はやっぱりなんだか不安になって来たよ。今度、お医者様にしっかり精密検査して貰おう? ね?」
「むぅ? まぁ、そうだな」
(それでアデーレが安心するなら受けるか)
俺はもぐもぐベーコンを食べながら頷いた。
つづく
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