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20 九〇日目 -10/10
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今日も今日とて、時雨は匡伸のアパートに来ている。
外では、雨がしとしと降っている。
七月に入ったと言うのに、梅雨はまだ終わりそうになかった。
「そう言えば、あのバンドの曲を聴きましたよ」
時雨が口を開く。
「あのバンド……もしかして、メメント・モリか?」
「はい」
時雨が頷く。
「どうだった?」
「『別れ歌』と言う曲が好きでした」
「あー、一番売れてる奴な」
メメント・モリは、ちょっと悲しい曲を歌う事が多いバンドだった。
匡伸は昔からのファンで、よく聴いている。
「匡伸さんはどの曲が好きなんですか?」
「俺は、『亡霊の里帰り』かな」
「それはまだ聴いた事ないですね」
「CD貸そうか?」
「え、良いんですか!」
時雨が目を輝かせて喜ぶ。
(あ、つい、趣味の話が楽しくて、言っちまった)
「ちょっと待ってろよ」
(けど今更、やっぱ貸さないって言うのも変だよな)
棚からCDを取り出す。
最近はCDが売れないらしいが、CDの中には特別な応募券が付いている事が多いので、なるべく買っている。
「ほら」
「ありがとうございます」
時雨が大事そうに受け取る。
「ライブDVDあるけど観るか?」
棚からついでに持って来た。
「あ、是非!」
時雨が喜ぶ。
(時雨が今、喜んでるのは俺に対してなのか、このDVD見る事に対してなのか、どっちなんだろうな)
匡伸は、DVDをノートパソコンに入れて起動する。
そうすると、男二人で隣りあって画面を見る事になる。
(俺、今、自分の首を自ら絞める状況にいないか?)
真っ暗な画面に歓声と共に、ギターの音が響く。
(いや、けど、こいつと『話す』って事は『友人』になるって事なんだよな……)
耳に心地よい、ボーカルの声が聞こえる。
(ちらっと時雨を見る)
時雨は大人しくDVDを見ている。
(こいつが俺の事を『殺さない』なら、普通の友人として扱えるんだけどなぁ……いや、しかし、水永の件では本気で俺の事を心配してたみたいだし……愛情の空回り方が凄いんだよな……)
出そうになるため息をぐっとこらえる。
時雨と一緒にいると、よくため息をついてしまう。
「匡伸さん、そう言えば八月にメメント・モリのライブがあるの知ってますか?」
「あー、夏のライブな」
知ってはいる。しかし、時雨関連で四月からずっとゴタついていたので、ライブに行くのは諦めていた。
(引っ越しで余計な出費もあったしな)
「実はチケット申し込みしたので、一緒に行きませんか?」
「へっ!?」
突然の申し出に匡伸は動揺する。
時雨は真っ直ぐこちらを見ている。
彼の目は澄んでいて、緊張の様子も見てとれた。
(これ、断ったら、絶対にヤバイ奴だよな)
断った瞬間に時雨の目はいっきに淀むだろう。
「ライブっていつだっけ」
「七月二〇日の日曜ですよ」
日曜なら匡伸は仕事が休みだった。断る理由は無い。
生唾を飲む。
(か、覚悟を決めろ、俺)
時雨から逃げないと決めたのなら、もう徹底的に付き合う覚悟が必要だった。
「……わかった。行くよ」
ぐっと腹に力を入れて言う。
「本当ですか! やったー!」
時雨はやわらかい笑顔を浮かべて喜んだ。
(絶対に生きて帰るぞ)
匡伸はテーブルの下でぐっと、拳を握った。
つづく
今日も今日とて、時雨は匡伸のアパートに来ている。
外では、雨がしとしと降っている。
七月に入ったと言うのに、梅雨はまだ終わりそうになかった。
「そう言えば、あのバンドの曲を聴きましたよ」
時雨が口を開く。
「あのバンド……もしかして、メメント・モリか?」
「はい」
時雨が頷く。
「どうだった?」
「『別れ歌』と言う曲が好きでした」
「あー、一番売れてる奴な」
メメント・モリは、ちょっと悲しい曲を歌う事が多いバンドだった。
匡伸は昔からのファンで、よく聴いている。
「匡伸さんはどの曲が好きなんですか?」
「俺は、『亡霊の里帰り』かな」
「それはまだ聴いた事ないですね」
「CD貸そうか?」
「え、良いんですか!」
時雨が目を輝かせて喜ぶ。
(あ、つい、趣味の話が楽しくて、言っちまった)
「ちょっと待ってろよ」
(けど今更、やっぱ貸さないって言うのも変だよな)
棚からCDを取り出す。
最近はCDが売れないらしいが、CDの中には特別な応募券が付いている事が多いので、なるべく買っている。
「ほら」
「ありがとうございます」
時雨が大事そうに受け取る。
「ライブDVDあるけど観るか?」
棚からついでに持って来た。
「あ、是非!」
時雨が喜ぶ。
(時雨が今、喜んでるのは俺に対してなのか、このDVD見る事に対してなのか、どっちなんだろうな)
匡伸は、DVDをノートパソコンに入れて起動する。
そうすると、男二人で隣りあって画面を見る事になる。
(俺、今、自分の首を自ら絞める状況にいないか?)
真っ暗な画面に歓声と共に、ギターの音が響く。
(いや、けど、こいつと『話す』って事は『友人』になるって事なんだよな……)
耳に心地よい、ボーカルの声が聞こえる。
(ちらっと時雨を見る)
時雨は大人しくDVDを見ている。
(こいつが俺の事を『殺さない』なら、普通の友人として扱えるんだけどなぁ……いや、しかし、水永の件では本気で俺の事を心配してたみたいだし……愛情の空回り方が凄いんだよな……)
出そうになるため息をぐっとこらえる。
時雨と一緒にいると、よくため息をついてしまう。
「匡伸さん、そう言えば八月にメメント・モリのライブがあるの知ってますか?」
「あー、夏のライブな」
知ってはいる。しかし、時雨関連で四月からずっとゴタついていたので、ライブに行くのは諦めていた。
(引っ越しで余計な出費もあったしな)
「実はチケット申し込みしたので、一緒に行きませんか?」
「へっ!?」
突然の申し出に匡伸は動揺する。
時雨は真っ直ぐこちらを見ている。
彼の目は澄んでいて、緊張の様子も見てとれた。
(これ、断ったら、絶対にヤバイ奴だよな)
断った瞬間に時雨の目はいっきに淀むだろう。
「ライブっていつだっけ」
「七月二〇日の日曜ですよ」
日曜なら匡伸は仕事が休みだった。断る理由は無い。
生唾を飲む。
(か、覚悟を決めろ、俺)
時雨から逃げないと決めたのなら、もう徹底的に付き合う覚悟が必要だった。
「……わかった。行くよ」
ぐっと腹に力を入れて言う。
「本当ですか! やったー!」
時雨はやわらかい笑顔を浮かべて喜んだ。
(絶対に生きて帰るぞ)
匡伸はテーブルの下でぐっと、拳を握った。
つづく
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