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35 二百十三日目 -5/10
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次の日、授業を終えた後にホームセンターに寄る。
アウトドアコーナーで、黒の折りたたみナイフを手に取った。
(サイズと機能性と値段ではこの辺が無難か……)
黒のナイフは切れ味が良さそうで、畳めばポケットにも入るサイズだった。
それを購入して、まず自分のアパートに行く。
リュックから包丁を出して、台所に戻す。
ポケットには折りたたみナイフを入れている。
(よし……)
今日も時雨の家に帰った。
玄関を開けると、すぐにパタパタと時雨がやって来る。
「おかえりなさい!」
「あぁ、ただいま」
「夕飯まだなので、お風呂先にどうぞ」
「あ、あぁ。ありがとう」
匡伸は一度、自分の部屋に行って着替えを持って風呂に行く。
台所の時雨を覗き見ると、彼は鼻歌まじりに天ぷらをあげていた。
エプロンを着て、料理を作る時雨の様子を見ると、どうしても包丁男のイメージは薄らぐ。
(おまえ、そのままでいろよ)
彼の変化が無い事を祈りつつ、風呂に入った。
時雨が丹精込めて作った夕飯を食べて、一緒に皿を片付けたら就寝の準備をした。
(俺も家事をやらないとな……)
ずっと時雨にご飯を作って貰っている。
一緒に住むのなら、家事は分担すべきだろう。
そう思いつつ、枕の下にナイフを隠して寝た。
物音が聞こえた気がして飛び起きる。
「はっ、はっ、はっ」
すぐにナイフを手に取って、周囲を見渡す。
暗い室内を必死に見る。
紐をひいて、明かりをつける。
そこには……誰もいなかった。
「はっ、はっ、はっ……」
荒い呼吸、心臓はどくどく鳴っている。
匡伸はそっと立ち上がり、廊下に出る襖を開いた。廊下にも人の気配は無い。
耳を澄ませて、音は聞こえない。
廊下をひたひたと歩き、明かりを一部屋ずつつけていく。
台所にも、風呂場にも、トイレにも、倉庫にも、居間にも、誰もいなかった。玄関前に立ち、上に続く階段を見る。
生唾を飲む。
物音をたてないように、そっと階段をあがる。
二階には、まだ行った事が無い。
特に用も無かったので、行く必要が無かった。
階段を上がってしまうと、まず暗い廊下が目に入る。突き当りに窓がある。左右に合わせて四つの扉がある。
匡伸はまず右側の手前の部屋のドアの前にたつ。耳をすます。
物音は聞こえない。
ドアノブを回せば、鍵はかかっていないようだった。
中を見ると、そこは倉庫のようだった。いろいろな物が置かれている。
しかし別段不審な場所ではない。
ドアを閉じて、隣の部屋に行く。
ドアノブを回す。しかし扉は開かない。
鍵がかかっているようだ。
周囲の部屋で音がしないか警戒する。
物音はしない。
左側の部屋を開ける。
「!」
目に入ったのは、植物の影だった。
六畳ほどの広さの部屋に、観葉植物が大量に置かれている。
人の気配は無い。
闇の中に広がる異様な部屋にひるみつつ、扉を閉じる。
最後に残った部屋の扉を見つめる。
生唾を飲み、そっとドアに手をかける。
鍵は閉まっていない。
中から、人の気配を感じる。
暗い部屋の中を覗くと、ベッドの上に乗る足が目に入った。
時雨が、大きなベッドの上で横になっている。
部屋に入り、そっと近づいて、時雨の様子を見る。
じっと見て、耳をすますと、規則正しい呼吸音が聞こえる。
寝ているようだ。
(良かった……)
その事にほっとする。
ゆっくりと部屋を出て、ドアを閉める。
物音をたてないように階段を下り、自分の部屋に戻る。
「はぁ……」
震える右手に持っていたナイフの刃を折りたたみ、枕の下に置いた。
(寝よう……)
緊張した体を弛緩させながら、目を閉じた。
つづく
次の日、授業を終えた後にホームセンターに寄る。
アウトドアコーナーで、黒の折りたたみナイフを手に取った。
(サイズと機能性と値段ではこの辺が無難か……)
黒のナイフは切れ味が良さそうで、畳めばポケットにも入るサイズだった。
それを購入して、まず自分のアパートに行く。
リュックから包丁を出して、台所に戻す。
ポケットには折りたたみナイフを入れている。
(よし……)
今日も時雨の家に帰った。
玄関を開けると、すぐにパタパタと時雨がやって来る。
「おかえりなさい!」
「あぁ、ただいま」
「夕飯まだなので、お風呂先にどうぞ」
「あ、あぁ。ありがとう」
匡伸は一度、自分の部屋に行って着替えを持って風呂に行く。
台所の時雨を覗き見ると、彼は鼻歌まじりに天ぷらをあげていた。
エプロンを着て、料理を作る時雨の様子を見ると、どうしても包丁男のイメージは薄らぐ。
(おまえ、そのままでいろよ)
彼の変化が無い事を祈りつつ、風呂に入った。
時雨が丹精込めて作った夕飯を食べて、一緒に皿を片付けたら就寝の準備をした。
(俺も家事をやらないとな……)
ずっと時雨にご飯を作って貰っている。
一緒に住むのなら、家事は分担すべきだろう。
そう思いつつ、枕の下にナイフを隠して寝た。
物音が聞こえた気がして飛び起きる。
「はっ、はっ、はっ」
すぐにナイフを手に取って、周囲を見渡す。
暗い室内を必死に見る。
紐をひいて、明かりをつける。
そこには……誰もいなかった。
「はっ、はっ、はっ……」
荒い呼吸、心臓はどくどく鳴っている。
匡伸はそっと立ち上がり、廊下に出る襖を開いた。廊下にも人の気配は無い。
耳を澄ませて、音は聞こえない。
廊下をひたひたと歩き、明かりを一部屋ずつつけていく。
台所にも、風呂場にも、トイレにも、倉庫にも、居間にも、誰もいなかった。玄関前に立ち、上に続く階段を見る。
生唾を飲む。
物音をたてないように、そっと階段をあがる。
二階には、まだ行った事が無い。
特に用も無かったので、行く必要が無かった。
階段を上がってしまうと、まず暗い廊下が目に入る。突き当りに窓がある。左右に合わせて四つの扉がある。
匡伸はまず右側の手前の部屋のドアの前にたつ。耳をすます。
物音は聞こえない。
ドアノブを回せば、鍵はかかっていないようだった。
中を見ると、そこは倉庫のようだった。いろいろな物が置かれている。
しかし別段不審な場所ではない。
ドアを閉じて、隣の部屋に行く。
ドアノブを回す。しかし扉は開かない。
鍵がかかっているようだ。
周囲の部屋で音がしないか警戒する。
物音はしない。
左側の部屋を開ける。
「!」
目に入ったのは、植物の影だった。
六畳ほどの広さの部屋に、観葉植物が大量に置かれている。
人の気配は無い。
闇の中に広がる異様な部屋にひるみつつ、扉を閉じる。
最後に残った部屋の扉を見つめる。
生唾を飲み、そっとドアに手をかける。
鍵は閉まっていない。
中から、人の気配を感じる。
暗い部屋の中を覗くと、ベッドの上に乗る足が目に入った。
時雨が、大きなベッドの上で横になっている。
部屋に入り、そっと近づいて、時雨の様子を見る。
じっと見て、耳をすますと、規則正しい呼吸音が聞こえる。
寝ているようだ。
(良かった……)
その事にほっとする。
ゆっくりと部屋を出て、ドアを閉める。
物音をたてないように階段を下り、自分の部屋に戻る。
「はぁ……」
震える右手に持っていたナイフの刃を折りたたみ、枕の下に置いた。
(寝よう……)
緊張した体を弛緩させながら、目を閉じた。
つづく
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