4 / 34
1部
第四話
しおりを挟む
次に生が目を覚ましたのは、覚えのない床の冷たさと体の違和感のせいだった。
体を持ち上げようとすると、思うように腕が動かない。
見れば、自分の腕には手錠がかかっているようだった。
隣には礼も寝かされており、同じように拘束されている。
なんとか肘で体を持ち上げ、あたりを見渡すと、そこは普段、俺たちが寝ている部屋とは別の部屋だった。
少し離れた場所に、男が二人、なにやら液体を撒いているのが見える。
たちこめるツンとした臭いから、それがガソリンだということが分かった。
燃やすのだろう、と思った。
自分たちも、この場所も。
そのことをやけに冷静に捉えることができたと同時に、脳内が冷える。
殺される。
礼が、自分と一緒に。
「生、なに。これ。」
礼も起きたようで、体を起こそうとしているのが分かった。
「ゆ、礼。逃げないと。はやく」
「どういうこと?」
「俺たち、きっと」
殺される、と言おうとして、気配を感じて目線を戻すと、一人の男が自分たちの前に立っていた。
男の、つり上がった口の端におぞましさを感じ、咄嗟に礼の前に移そうとした体は、次の瞬間、強い衝撃に打ち倒された。
蹴られたらしい、と遅れて理解し、せき込みながら体を起こそうとした背後で、発砲音が響いた。
は、と思わず零れた声のまま、ばっと振り向く。
発砲音よりもはるかに小さい、どさりという音を追いかけ、長い髪が床に落ちるのが見えた。
「おいおい、早いな。もう撃ったのかよ」
「いや、こんな機会じゃなきゃ使えないしさ。すげぇ…」
男は興奮して手を震わせ、瞳孔を開きながら「殺しちゃった、殺しちゃったよ。死んだよな、うわ、きも」と、倒れ伏した礼を足で転がし、顔を確認する。
あまりの呆気なさに頭が追い付かなかった。
撃たれた、殺された、…誰が、誰を。
礼、ゆき、ゆき、が…。
体を引きずりながら、礼に近寄ろうとした自分の頭が、男の足で床に縫い付けられる。
ゆっくりと血の海の広がる床に横たわる、目を見開いた表情の礼と目が合った。
しかし、その目は自分を映すことがなく、虚ろなままで、昨日まで俺に向けてくれていた優しいまなざしは、そこにはなかった。
信じられない、受け入れられない、これはきっと夢だ。
だって非現実だ、なにもかも。
母が俺を父の名前で呼ぶことも、俺と礼が監禁されることも、礼が知らない大人たちに傷つけられることも、いつのまにかガソリンを撒いた部屋に寝かされていることも、拳銃で撃たれて殺されることも。
だって夢でないなら、礼は、俺の妹は、
「ちょうどいい、燃やすか」
「は?」
男は手に持っていたタンクの残りを礼の上にかけた。
「やめろ、やめろやめろやめろ、やめろ、やめ」
夢でないなら、どうして俺の妹は、拳銃で撃たれ、殺され、燃料を撒かれて、燃やされないとならない。
「ゆきぃぃぃぃいぃぃぃぃ」
ぽい、と男の手からライターが落とされた。
感じる熱と香りは、俺に現実を突きつけるには十分すぎた。
彼女のガソリンで塗れた服が、波打つ豊かな髪が燃え、柔らかな肌が焼けて縮み、色が変わっていく。
美しく、可愛い彼女の外見が、おぞましく歪んでいく。
叫び声に近い咆哮が、絞り出されるように自分の口から出た。
激情というには生易しい、自分の中の全ての感情が嵐のように体中を巡るのを感じた。
渾身の力で自分の上に乗せられている足を振り払って立ち上がると、礼の前にいる男に突進する。
そのまま男と一緒に転がると上に乗りあげ、男の手から落ちた拳銃を拾う。
そして俺は何のためらいもなく男の眉間に銃口を当て、間髪入れず引き金を引いた。
体は燃えるように熱く、震えだしそうに興奮しているのに、頭の隅は酷く静かに「ああ、拳銃って案外重くて反動があるな」という感想を抱いた。
そのままさっきまで自分の頭を踏んでいた男に拳銃を向ける。
怯えた男の表情に、なんの感情も湧かなかった。
男は何かを言うために口を開こうとしていたが、さっきと同じように引き金を引くと、男は自分の頭に空いた穴に目玉を反転させ、喋ることのないまま後ろに倒れた。
そうして、残ったのは自分だけになった。
急に耳に戻る周囲の音に顔をしかめる。
銃も手錠も重い。
弾丸を撃ち切れば軽くなるだろうかと、動かなくなった男に向けて残りを撃つ。
撃つたびに衝撃で揺れる男の体に嫌悪感を覚えた。
次に手錠を外そうと男の持ち物を漁り、鍵を探す。
今更震えて思うように動かなくなってくる手から、ようやく見つけた鍵が滑り落ちた。
拾うためにしゃがみ、地面で固定しながらようやく拘束を外す。
その時、後ろから誰かが駆け寄ってくる気配がした。
反射的に、脇に置いた拳銃を握り、振り向きざま足音に向けて構える。
そこには、見慣れない少女が、目を真ん丸にして立っていた。
体を持ち上げようとすると、思うように腕が動かない。
見れば、自分の腕には手錠がかかっているようだった。
隣には礼も寝かされており、同じように拘束されている。
なんとか肘で体を持ち上げ、あたりを見渡すと、そこは普段、俺たちが寝ている部屋とは別の部屋だった。
少し離れた場所に、男が二人、なにやら液体を撒いているのが見える。
たちこめるツンとした臭いから、それがガソリンだということが分かった。
燃やすのだろう、と思った。
自分たちも、この場所も。
そのことをやけに冷静に捉えることができたと同時に、脳内が冷える。
殺される。
礼が、自分と一緒に。
「生、なに。これ。」
礼も起きたようで、体を起こそうとしているのが分かった。
「ゆ、礼。逃げないと。はやく」
「どういうこと?」
「俺たち、きっと」
殺される、と言おうとして、気配を感じて目線を戻すと、一人の男が自分たちの前に立っていた。
男の、つり上がった口の端におぞましさを感じ、咄嗟に礼の前に移そうとした体は、次の瞬間、強い衝撃に打ち倒された。
蹴られたらしい、と遅れて理解し、せき込みながら体を起こそうとした背後で、発砲音が響いた。
は、と思わず零れた声のまま、ばっと振り向く。
発砲音よりもはるかに小さい、どさりという音を追いかけ、長い髪が床に落ちるのが見えた。
「おいおい、早いな。もう撃ったのかよ」
「いや、こんな機会じゃなきゃ使えないしさ。すげぇ…」
男は興奮して手を震わせ、瞳孔を開きながら「殺しちゃった、殺しちゃったよ。死んだよな、うわ、きも」と、倒れ伏した礼を足で転がし、顔を確認する。
あまりの呆気なさに頭が追い付かなかった。
撃たれた、殺された、…誰が、誰を。
礼、ゆき、ゆき、が…。
体を引きずりながら、礼に近寄ろうとした自分の頭が、男の足で床に縫い付けられる。
ゆっくりと血の海の広がる床に横たわる、目を見開いた表情の礼と目が合った。
しかし、その目は自分を映すことがなく、虚ろなままで、昨日まで俺に向けてくれていた優しいまなざしは、そこにはなかった。
信じられない、受け入れられない、これはきっと夢だ。
だって非現実だ、なにもかも。
母が俺を父の名前で呼ぶことも、俺と礼が監禁されることも、礼が知らない大人たちに傷つけられることも、いつのまにかガソリンを撒いた部屋に寝かされていることも、拳銃で撃たれて殺されることも。
だって夢でないなら、礼は、俺の妹は、
「ちょうどいい、燃やすか」
「は?」
男は手に持っていたタンクの残りを礼の上にかけた。
「やめろ、やめろやめろやめろ、やめろ、やめ」
夢でないなら、どうして俺の妹は、拳銃で撃たれ、殺され、燃料を撒かれて、燃やされないとならない。
「ゆきぃぃぃぃいぃぃぃぃ」
ぽい、と男の手からライターが落とされた。
感じる熱と香りは、俺に現実を突きつけるには十分すぎた。
彼女のガソリンで塗れた服が、波打つ豊かな髪が燃え、柔らかな肌が焼けて縮み、色が変わっていく。
美しく、可愛い彼女の外見が、おぞましく歪んでいく。
叫び声に近い咆哮が、絞り出されるように自分の口から出た。
激情というには生易しい、自分の中の全ての感情が嵐のように体中を巡るのを感じた。
渾身の力で自分の上に乗せられている足を振り払って立ち上がると、礼の前にいる男に突進する。
そのまま男と一緒に転がると上に乗りあげ、男の手から落ちた拳銃を拾う。
そして俺は何のためらいもなく男の眉間に銃口を当て、間髪入れず引き金を引いた。
体は燃えるように熱く、震えだしそうに興奮しているのに、頭の隅は酷く静かに「ああ、拳銃って案外重くて反動があるな」という感想を抱いた。
そのままさっきまで自分の頭を踏んでいた男に拳銃を向ける。
怯えた男の表情に、なんの感情も湧かなかった。
男は何かを言うために口を開こうとしていたが、さっきと同じように引き金を引くと、男は自分の頭に空いた穴に目玉を反転させ、喋ることのないまま後ろに倒れた。
そうして、残ったのは自分だけになった。
急に耳に戻る周囲の音に顔をしかめる。
銃も手錠も重い。
弾丸を撃ち切れば軽くなるだろうかと、動かなくなった男に向けて残りを撃つ。
撃つたびに衝撃で揺れる男の体に嫌悪感を覚えた。
次に手錠を外そうと男の持ち物を漁り、鍵を探す。
今更震えて思うように動かなくなってくる手から、ようやく見つけた鍵が滑り落ちた。
拾うためにしゃがみ、地面で固定しながらようやく拘束を外す。
その時、後ろから誰かが駆け寄ってくる気配がした。
反射的に、脇に置いた拳銃を握り、振り向きざま足音に向けて構える。
そこには、見慣れない少女が、目を真ん丸にして立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる