青眼の烏と帰り待つ羊

鉄永

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1部

第四話

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 次にいくが目を覚ましたのは、覚えのない床の冷たさと体の違和感のせいだった。
 体を持ち上げようとすると、思うように腕が動かない。
 見れば、自分の腕には手錠がかかっているようだった。
 隣にはゆきも寝かされており、同じように拘束されている。
 なんとか肘で体を持ち上げ、あたりを見渡すと、そこは普段、俺たちが寝ている部屋とは別の部屋だった。
 少し離れた場所に、男が二人、なにやら液体をいているのが見える。
 たちこめるツンとした臭いから、それがガソリンだということが分かった。
 燃やすのだろう、と思った。
 自分たちも、この場所も。
 そのことをやけに冷静に捉えることができたと同時に、脳内が冷える。
 殺される。
 礼が、自分と一緒に。
「生、なに。これ。」
 礼も起きたようで、体を起こそうとしているのが分かった。
「ゆ、礼。逃げないと。はやく」
「どういうこと?」
「俺たち、きっと」
 殺される、と言おうとして、気配を感じて目線を戻すと、一人の男が自分たちの前に立っていた。
 男の、つり上がった口の端におぞましさを感じ、咄嗟とっさに礼の前に移そうとした体は、次の瞬間、強い衝撃に打ち倒された。
 蹴られたらしい、と遅れて理解し、せき込みながら体を起こそうとした背後で、発砲音が響いた。
 は、と思わず零れた声のまま、ばっと振り向く。
 発砲音よりもはるかに小さい、どさりという音を追いかけ、長い髪が床に落ちるのが見えた。
「おいおい、早いな。もう撃ったのかよ」
「いや、こんな機会じゃなきゃ使えないしさ。すげぇ…」
 男は興奮して手を震わせ、瞳孔どうこうを開きながら「殺しちゃった、殺しちゃったよ。死んだよな、うわ、きも」と、倒れ伏した礼を足で転がし、顔を確認する。
 あまりの呆気あっけなさに頭が追い付かなかった。
 撃たれた、殺された、…誰が、誰を。
 礼、ゆき、ゆき、が…。
 体を引きずりながら、礼に近寄ろうとした自分の頭が、男の足で床に縫い付けられる。
 ゆっくりと血の海の広がる床に横たわる、目を見開いた表情の礼と目が合った。
 しかし、その目は自分を映すことがなく、虚ろなままで、昨日まで俺に向けてくれていた優しいまなざしは、そこにはなかった。
 信じられない、受け入れられない、これはきっと夢だ。
 だって非現実だ、なにもかも。
 母が俺を父の名前で呼ぶことも、俺と礼が監禁されることも、礼が知らない大人たちに傷つけられることも、いつのまにかガソリンを撒いた部屋に寝かされていることも、拳銃で撃たれて殺されることも。
 だって夢でないなら、礼は、俺の妹は、
「ちょうどいい、燃やすか」
「は?」
 男は手に持っていたタンクの残りを礼の上にかけた。
「やめろ、やめろやめろやめろ、やめろ、やめ」
 夢でないなら、どうして俺の妹は、拳銃で撃たれ、殺され、燃料を撒かれて、燃やされないとならない。
「ゆきぃぃぃぃいぃぃぃぃ」
 ぽい、と男の手からライターが落とされた。
 感じる熱と香りは、俺に現実を突きつけるには十分すぎた。
 彼女のガソリンで塗れた服が、波打つ豊かな髪が燃え、柔らかな肌が焼けて縮み、色が変わっていく。
 美しく、可愛い彼女の外見が、おぞましく歪んでいく。
 叫び声に近い咆哮ほうこうが、絞り出されるように自分の口から出た。
 激情というには生易しい、自分の中の全ての感情が嵐のように体中を巡るのを感じた。
 渾身の力で自分の上に乗せられている足を振り払って立ち上がると、礼の前にいる男に突進する。
 そのまま男と一緒に転がると上に乗りあげ、男の手から落ちた拳銃を拾う。
 そして俺は何のためらいもなく男の眉間に銃口を当て、間髪入れず引き金を引いた。
 体は燃えるように熱く、震えだしそうに興奮しているのに、頭の隅は酷く静かに「ああ、拳銃って案外重くて反動があるな」という感想を抱いた。
 そのままさっきまで自分の頭を踏んでいた男に拳銃を向ける。
 怯えた男の表情に、なんの感情も湧かなかった。
 男は何かを言うために口を開こうとしていたが、さっきと同じように引き金を引くと、男は自分の頭に空いた穴に目玉を反転させ、喋ることのないまま後ろに倒れた。
 そうして、残ったのは自分だけになった。
 急に耳に戻る周囲の音に顔をしかめる。
 銃も手錠も重い。
 弾丸を撃ち切れば軽くなるだろうかと、動かなくなった男に向けて残りを撃つ。
 撃つたびに衝撃で揺れる男の体に嫌悪感を覚えた。
 次に手錠を外そうと男の持ち物を漁り、鍵を探す。
 今更震えて思うように動かなくなってくる手から、ようやく見つけた鍵が滑り落ちた。
 拾うためにしゃがみ、地面で固定しながらようやく拘束を外す。
 その時、後ろから誰かが駆け寄ってくる気配がした。
 反射的に、脇に置いた拳銃を握り、振り向きざま足音に向けて構える。
 そこには、見慣れない少女が、目を真ん丸にして立っていた。
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