青眼の烏と帰り待つ羊

鉄永

文字の大きさ
16 / 34
3部

さいごのまえに

しおりを挟む
「私がホスクラを経営してキャストのお前を馬車馬のごとく働かせたら、二ヶ月で早期FIREできる気がするんだけど、どう思う?」
「馬車馬は嫌なので難しいです」
 ソファにだらりと体を預けた女の問いに、パチン、パチンと爪切りの音を響かせながら男は答えた。
「なんだよ、我儘なやつだな。大丈夫、刺された時のためにちゃんと保険に入らせてやる」
「受取人は」
「そりゃ保護者になるよな」
「うーん、俺は我儘なやつで結構です」
「おかしいな、そんな子に育てた覚えはないんだけど」
「まともな親が子どもを使って生命保険含めて二ヶ月で億以上稼がせようとするもんですか」
「何言ってるんだ、宝くじより確実で現実的だろ」
「俺の命は金で買えませんよ」
 女の座るソファの前のテーブルには、女が先ほどまで整備をしていた、今晩の仕事道具が広げてある。
 それは、幼くも見える小柄な体躯の女には似つかわしくない、黒い金属製品やポケットの付いたベストなどで、今まさに切り終わった爪にヤスリをかけ始めた上背の男のものだと言われた方がしっくりくる物ばかりだった。
「あ~働きたくない。律日、働きたくない」
「喫茶店でも行って気分転換してきたらどうですか、ソファ席で本読むとか」
「…フラペチーノバニラシロップチョコソーストッピング、ミルクをソイに変更」
「ドーナツは?」
「ドーナツよりほらあれ、なんかクッキーみたいなやつ」
「…シフォンケーキ?」
「それはケーキだろ」
 ふんわりとした記憶に基づいた女の要望に男は真面目に答えるが、女は「何を言ってるんだ」と言わんばかりに、じっとりとした目線を男に向けた。
「大きめのクッキー?」
「クッキーじゃないんだって」
「…スコーン?」
「多分それ」
「それかぁ」
 女の目線に気を悪くするでもなく、のんびりと会話を続け、男はヤスリをかけた指先を軽くこすって粉を落とした。
「温めてもらいましょう」
「うん。…よし、仕事なんてやめたやめた。そうと決まればさっさと行こう」
「はぁい」
 女はソファから反動をつけて起き上がり、男は手袋をつけて立ち上がった。

 男が少年だったころ、女に拾われたのは偶然だった。偶然とは言いつつ、女は少年のことを探していたので、路地裏に転がっている少年を見つけたとき、女は自分の引きの強さに感心したわけだが。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...