青眼の烏と帰り待つ羊

鉄永

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6部

終わりに、もしくは始まりに

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 曰く、自分の父は、昔「ちょっとやんちゃしてた」らしい。
 一緒に風呂に入ったり、着替えの時に見える体に残る傷跡のことを聞けば、「度が過ぎるとこうなるんだよ、気を付けような」などと言って自分の頭を撫でてくれたものだった。
 しかし、自分が大きくなってから冷静に考えると「あれはやんちゃどころのモンじゃないのでは」と流石に気付いた。
 明らかに普通の喧嘩程度ではできないような傷が多すぎるのだ。
 父は年中、頑なに肌を見せる服装にならないのだが、それは傷跡を隠すためだろう。(たとえプールへ行ってもラッシュガードで見えない)
 もしかしてカタギでは無かったのでは?という疑いさえ持ってしまう。
 しかし、あのほにゃほにゃと腑抜けた顔で笑い、ふわふわと癖毛を揺らしては母に直されている父がヤンキーやヤクザだったかもしれないなんて、全く想像がつかない。
 むしろ路地裏に連れ込まれて搾取される側ではないだろうかとさえ思える。
 そして、「やんちゃ」などとは無縁の人生を過ごしてきただろう母に、父のやんちゃ時代のことを知っているか聞いてみても「うーん、私もよく知らないの…でもすごかったんだってぇ」と、ざっくりとした情報しか得られなかった。
 そして、子煩悩な両親の英才教育により、自分は、「やんちゃ」をすることよりも「まあ平凡に暮らせたらいいか」と思う子どもに育て上げられたのだった。
 弟はいささか自分よりも好奇心が強いが、方向性は「誰かとやんちゃする」よりも「一人でやんちゃする」タイプだ。
 おかげで昔から迷子になりやすく、そのたびに捜索能力が高い父に確保されている。
 そして、確保されてきた弟に母がぱたぱた走り寄り「おかえりなさい」を言われるまでがセットだった。
 ちなみに、比較的学校から真っすぐ帰ってくる自分でさえ、連絡無しに帰りが遅くなり、玄関で母を待たせることになって罪悪感に苛まれた経験がある。
 そんな父と母のなれそめを聞いてみたことがある。
 父と母は揃ってうーんと唸りながら首を傾げる。
「えっとねー、子どもの頃ね、ゆき…パパの妹の人とね、私がお友達だったの。そのあとパパと会ってねー」
「うん。俺は高校行かずに働き始めて、ちひろとは20歳過ぎくらいに再会した。で、仲良くなって」
「それでねーえっとね、パパ、その時から凄くかっこよかったよ」
「まあでも、付き合うまで長かったな。元々は親愛の様なものだったから。気持ちが変化して、それを受け入れて、相手に伝えられるまで時間がかかった」
「でも、会えたの嬉しくて、会ってすぐに一緒に暮らしてたよね」
「うん。今思い出しても、もっと早く付き合う決断をしろと思うな。きみらもあんまり尻込むなよ、幾らだって取り返しの付け方はあるんだから」
「むりやりはダメだよー、でもねー、こう、頑張って口に出さないと伝わらないからねー。パパ、全然ママに告白してくれなくて、ママから告白したんだよ」
 出会ってすぐ同棲…?しかも母から告白…?と驚きながら、とりあえず頷く。
 意外と自分の親は恋愛ごとに関して積極的なタイプだったのだろうか、と今まで抱いていた親のイメージが崩される。
 デートとか、どこか遊びに行ったりは?と聞いてみる。
「一緒に散歩行ったり…?」
 言いながら首傾げる母に、どうして疑問系なんだ…という突っ込みを飲み込み、続く言葉を待つ。
「あとはゆき…パパの妹さんの所に遊びに行ったり…」
 どうしてデートで父の妹に会いに行くんだ…と再び脳内で突っ込みを入れる。
 雨の日の休日はだらしなくソファに伸びて母につつかれている父は、実は色んな意味でヤバいやつだったのだろうか。
 父を見ると、母さんのことを「かわいいなぁ」という顔で微笑みながら眺めていた。
 もしかしなくとお互いにベタ惚れな自分の親の様子にお腹がいっぱいになり、教えてくれてありがとう、とお礼を言う。
「どう、たーくん。参考になった?」
 ほにゃほにゃと笑う母によく分かった、と頷いて、生とちひろの長男…『たから』は口を開いた。
「つまり、母さんは世間知らずのおっとりで、父さんは恋愛下手のヘタレってことね」

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