幸福な檻 ―双子は幻想の愛に溺れる―

花籠しずく

文字の大きさ
5 / 24
第一章

5 学園

しおりを挟む
 フィオナが思うより、自分たちの家は裕福だ。彼女はこの家をそこそこの身分としか認識していないようだが、実際は違う。
 いや、身分の認識はあっている。このアイオライト家が伯爵であるのは長い間変わっていない。ただ、伯爵のくせに流れる金の量がおかしいという話だ。
 まず、父も母も王族の側近だ。これは彼等が自らの親たちから受け継いだものではなく、富への執心からもぎ取ってきたものだ。他者を蹴落とし、汚い金を使いと、ろくでもない過程を踏んでのし上った。そしてその地位を維持し、あわよくばより上に昇るために、彼等は多額の金を落とし、賄賂を受け取り、悪事に手を染める。

 もともとこの一族は純粋潔癖を評価されるような家だったと聞いている。どこで狂ったのかは一目瞭然だが、セシルはそんな自分の一族を恥と思ったことはなかった。
 いずれ父の立場は自分に引き継がれる。多額の金が自分の手元に入ってくるのは確実だ。そうなればフィオナにより多くのものを与えることができるし、上手に立ち回れば自由にしてやることもできる。自分の望みを叶える手段が目の前に転がっているのだ。決して褒められた方法ではないが、それを手離してもいいと思うほど、自分は美しい生き方をしていない。

 他者を蹴落とすのを厭わない両親から生まれ、その血を濃く継いだ。目的のためなら人を殺める。もう何度も殺めた。今更綺麗に取り繕おうなんて思いはしない。ただ、フィオナの前でだけは、優しくにこやかな人でいたいと思う。この家の汚い話も、彼女は知らない。フィオナの周りだけは、美しく優しい世界が広がっていてほしいのだ。その世界を守ることは、彼女に生かされている自分にできる、数少ない返礼なのだと思う。

 学園の生活も、父から頼まれる「仕事」も面白いことなんかない。だけどその両方をこなし、今だって生真面目に教室の机に座っているのは、フィオナに優秀だと思われたいが故だ。

「セシルは夏休み、どう過ごすの?」

 フィオナ以外の人間のほとんどはどうでもいい。だから学友には大した興味もないけれど、フィオナには「学友と楽しく過ごしている弟の話」を聞かせてあげたい。年頃の子どもがどこでどのようにして遊ぶのかを教えたい。だからクラスメイトに好かれるように愛想良く振る舞い、「年頃の子どもらしい付き合い」をする。

「課題をさっさと終わらせて、あとは鍛錬かな。レイは?」
「ん、さすがセシル。僕はまず遊ぶかな」

 遊びに出かける学友はこの学園には何人かいる。この学園には貴族しかいないため、皆それなりの身分だったり金持ちだったりするのだが、目の前で微笑んでいる彼は特別だ。

「王子様なんだからもっと見本になりそうなことしなよ」
「終わればいいんだよ、課題なんて」

 レイが笑って、その目が細くなった。王家の証の、緑と金のオッドアイが隠される。

 普通、一国の王子相手にこんな軽口は叩けないだろう。勿論元からこのような関係だったわけではなく、セシルも最初のうちは恭しく接していた。しかしそれを嫌がったのはレイだ。きっかけはセシルの両親が彼の家に仕えているおかげで親近感が湧いたことだろうが、軽口まで許されているのは気が合ったが故である。彼はセシルが内側に入れる数少ない人間の一人だ。

「そうだ、僕の家の別荘で泊って遊ぼうよ。皆でさ」
「何だっけ、湖のすぐ近くって言ってた」
「そう、それのこと」
「あんた、王子様なのに危機感ないよな」
「だって僕強いから。自分のことも皆のことも守れるよ」

 一見すると自信家としか思えない台詞だが、実際彼にはその実力が伴っている。実技試験でどうしてもセシルが勝てない相手の一人が彼だ。反論はできない。

「あとセシルが来てくれたら百人力」
「そうやってにこにこしてるから、レイは女子受けがいいんだよな」
「セシルも女子受け良いよ?」
「知らないよ」

 とにかく別荘での泊りには来てくれるよね、と彼に念押しされてセシルは頷いた。決して乗り気というわけではないが、嫌々参加するわけではない。
 友人と泊りにいくなんて言ったら、フィオナはきっと顔を歪ませる。羨ましいという表情を浮かべて、それを隠すように「いってらっしゃい」なんて言うのが想像がついて、レイに見つからないように唾を飲んだ。そんな可愛らしい様子、見ないなんて損だ。

 フィオナは可愛い。可愛いなんて言葉では足りない。美しくて愛らしくて、いつもいつもその全てを喰らいたくなるような衝動に襲われる。
 月光を溶かし込んだ金髪に、夜空の色を一滴混ぜ込んだ菫色の瞳。セシルと似ているようで、ずっと柔らかい顔出ち。痩せた身体は抱きしめると折れそうなほどに細いけれど、触れた場所は溶けそうなほどに柔らかい。ただ、セシルから笑いかけることは何度もあっても、彼女から笑いかけてくれることはない。セシルが微笑み、彼女が喜ぶような言葉を紡げども、彼女の瞳に浮かぶものは困惑からくる何かだ。そういう時彼女は、元から明るいとは言えない表情を曇らせ、そっと目を伏せる。そしてセシルから静かに目を逸らし、小さく小さく息を吐くのだ。

 セシルは自由の身の上であることをフィオナが恨めしく思っているのには、とっくに気が付いている。憎しみや苛立ちを覚えているのだって知っている。フィオナが劣等感にまみれて生きているのも、そうだ。こんな彼女の様子を可愛いと感じるのはおかしいのだろうけれど、彼女のそういった感情に触れていると、「愛されている」と錯覚できるのだ。
 もっと、可愛い表情をさせたい。愛されていると思わせてほしい。だから貪欲に、「学園生活が充実している弟」の皮を被る。

「楽しみだね。夏休み」
「うん。その前に試験乗り切らないとね」
「セシルは成績良いから心配ないね」
「あんたもな」

 あと一週間もすれば座学の試験が始まって、成績の返却まで終われば夏休みだ。休暇の間は適度に遊んで、課題をやりながらフィオナに勉強を教えたい。それから薬草作りに励んで、あとは二人でだらだらと過ごすのが理想だ。

 これからしばらくの空想に想いを馳せていたその日。クラスに転校生がやってきた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...