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第2話 魔法世界その1
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「ついた、ついたー!」
世界樹の大きな枝の更に先にある枝を潜り、光る輪っかから出てくるとそこには一面に広がる湿地帯があった。
明らかに日本ではないし、風はぬるく、湿度が高い。赤道付近だろうか、大学生の頃に行った東南アジアを感じさせる風土だった。
昴くんは久しぶりに実家に帰ったように伸びをしている。
「ここは……?」
「僕が生まれた世界だよ。まぁ、両親は僕が小さい頃に死んじゃったらしいし、親族はいないんだけどね」
その言葉に私が黙っていると、昴くんは微笑むように声をかけてきた。
「別にそれはこの世界では普通のことだよ、黒江ちゃんの世界だってもっと昔の時代はそうだったでしょ? この世界もそれくらいの時代なんだ。だから、そういうのは気にしなくていいんだよ」
まるで私の心を読まれているかのようだった。
確かに、私のいた世界だって五百年も遡れば上流階級以外はいつ死んでもおかしくない時代だったんだ、自分の尺度で憐れむのはおこがましい話だろう。
「この世界に来たのはね、ボクを親代わりに育ててくれたお師匠様に結婚の報告に行こうと思うんだ」
「親代わりのお師匠様っていうのは、絵を描くお師匠様?」
「残念、僕の絵はオリジナル。僕には魔法のお師匠様しかいないよ」
魔法のお師匠様って一体どんなことを教えてもらうんだろ……。
私も子供の頃に習字をおじいちゃんに習っていて、お師匠様っていう感じだったけど、そんなのとはきっと全然違うんだろうな。
「うーん、魔法って一人一つしか持てないんだよね。でも、僕が持っている魔法とお師匠様が持っている魔法は全く違うから、厳密に師弟の関係っていうわけではないんだ。どちらかと言えば使い方を上達させてくれたって意味で、勝手に僕がお師匠様って呼んでいるだけかな?」
習字の先生にボールペン字を習っていたって感じなのかな。
それなら確かにジャンルが違ってもお師匠様って言うのもわかる気がする。
「そもそも魔法っていう言い方もこの世界での言い方なだけで、別の世界では超能力とか神通力とかサイコリライトシステムとか、色々と別の言い方もあるしね」
「よくわからないけど、そうなんだ」
本当によくわかっていない。
というより、私は崖に落とされる直前から何もわかっていないと言っても過言ではない。
唯一わかっているのは、昴くんにプロポーズされて、それに私が応じたという事実だけだ。
追加で言うなら、少なからずお互いに好意があることくらいだろうか。
「それじゃあ行こうか、歩いて大体一ヶ月くらいかなぁ」
「い、一ヶ月!? ご飯とか泊まる所とかはどうするの!?」
「あぁ、僕たちは幽霊だからご飯もいらないし、トイレにも行かないし、夜は眠れないし、身体の疲れもないよ。だから一日中ずっと歩き続ければいいだけだよ」
「そ、そうなの……?」
「そうだよ」
昴くんは嘘をつかない。嘘をつかない……。
嘘――だと良かったなぁ……。徒歩一ヶ月かぁ……。
簡単に計算しただけでも、東京から中国の北京くらいまで行けるくらいの距離かなぁ……。
東が北に変わっただけだから大したことないと思うしかないかなぁ……。
「じゃあ、行こうか」
「う、うん……!」
◇ ◇ ◇
本当に一ヶ月近く歩いた頃、ちょうど昼過ぎくらいに一つの村へ着いた。
「ここ、ここ! 懐かしいなぁ、ここが僕が育った村なんだ。ヨカヨカ村って言うんだけど、凄く良い村って意味でね――」
「……ふぅ」
思わず膝を付いてしまった。
いや、肉体的には疲れていない。でも、何故か疲れている。
これが昴くんの言っていた精神が疲れるっていう状態なんだろうか……。
一ヶ月間ずっと似たような景色を見ながらひたすら歩き、やることは昴くんと会話するだけ。
別に昴くんと会話するのが退屈だったというわけではない。
実際に道中にある植物や動物なんかを説明してくれたり、立ち寄った村の紹介なんかをしてくれたりした。
ただ、上っ面な会話だけで、彼のことを何か知れた気がしなかった。
昴くんが私の家に来てからの一ヶ月は仕事があったからあっという間だったけど、この並行世界に来てから昼夜問わず歩き続けての一ヶ月は恐ろしく長く感じた……。
だからだろうか、村に着いて緊張感が解けた瞬間に、一気に疲労感が襲ってきた。
「ど、どうしたの!? 黒江ちゃん!?」
「ごめんね、昴くん。ちょっと疲れちゃったみたいで……」
笑顔で村の紹介をしていた昴くんが、青ざめた顔で私のもとへ飛んできた。
「だ、大丈夫!? ごめん! 僕、全然気が付かなくて……!!」
「うん、大丈夫だから、気にしないで」
「気にするよ! 僕が黒江ちゃんの世界で倒れていたみたいに、精神が疲れるっていうのは僕たち幽霊には致命的な問題なんだから!」
こんなに鬼気迫る昴くんは初めて見たかもしれない。
少なくとも、彼にとって私という存在はそれだけ大きいのだろう。
ありがたい話ではある。
自分を大事にされないっていうのが当たり前だったから、人に大事にされるということにはなかなか慣れない。
私は昴くんに大事にされているんだ。物凄く今更かもしれない。
彼に聞くまでもなくわかる、これは嘘じゃない。
「私の方こそごめんね。次からは辛くなったら、必ず言うね」
「絶対に言って! 二人で生きていくって言ったでしょ! 幽霊だけど!」
そうだった、これは新婚旅行だったんだ。
二人が共に歩んでいくための最初の一歩。
……でも、一歩目にしては少し距離が長い気がしないでもないけど。
世界樹の大きな枝の更に先にある枝を潜り、光る輪っかから出てくるとそこには一面に広がる湿地帯があった。
明らかに日本ではないし、風はぬるく、湿度が高い。赤道付近だろうか、大学生の頃に行った東南アジアを感じさせる風土だった。
昴くんは久しぶりに実家に帰ったように伸びをしている。
「ここは……?」
「僕が生まれた世界だよ。まぁ、両親は僕が小さい頃に死んじゃったらしいし、親族はいないんだけどね」
その言葉に私が黙っていると、昴くんは微笑むように声をかけてきた。
「別にそれはこの世界では普通のことだよ、黒江ちゃんの世界だってもっと昔の時代はそうだったでしょ? この世界もそれくらいの時代なんだ。だから、そういうのは気にしなくていいんだよ」
まるで私の心を読まれているかのようだった。
確かに、私のいた世界だって五百年も遡れば上流階級以外はいつ死んでもおかしくない時代だったんだ、自分の尺度で憐れむのはおこがましい話だろう。
「この世界に来たのはね、ボクを親代わりに育ててくれたお師匠様に結婚の報告に行こうと思うんだ」
「親代わりのお師匠様っていうのは、絵を描くお師匠様?」
「残念、僕の絵はオリジナル。僕には魔法のお師匠様しかいないよ」
魔法のお師匠様って一体どんなことを教えてもらうんだろ……。
私も子供の頃に習字をおじいちゃんに習っていて、お師匠様っていう感じだったけど、そんなのとはきっと全然違うんだろうな。
「うーん、魔法って一人一つしか持てないんだよね。でも、僕が持っている魔法とお師匠様が持っている魔法は全く違うから、厳密に師弟の関係っていうわけではないんだ。どちらかと言えば使い方を上達させてくれたって意味で、勝手に僕がお師匠様って呼んでいるだけかな?」
習字の先生にボールペン字を習っていたって感じなのかな。
それなら確かにジャンルが違ってもお師匠様って言うのもわかる気がする。
「そもそも魔法っていう言い方もこの世界での言い方なだけで、別の世界では超能力とか神通力とかサイコリライトシステムとか、色々と別の言い方もあるしね」
「よくわからないけど、そうなんだ」
本当によくわかっていない。
というより、私は崖に落とされる直前から何もわかっていないと言っても過言ではない。
唯一わかっているのは、昴くんにプロポーズされて、それに私が応じたという事実だけだ。
追加で言うなら、少なからずお互いに好意があることくらいだろうか。
「それじゃあ行こうか、歩いて大体一ヶ月くらいかなぁ」
「い、一ヶ月!? ご飯とか泊まる所とかはどうするの!?」
「あぁ、僕たちは幽霊だからご飯もいらないし、トイレにも行かないし、夜は眠れないし、身体の疲れもないよ。だから一日中ずっと歩き続ければいいだけだよ」
「そ、そうなの……?」
「そうだよ」
昴くんは嘘をつかない。嘘をつかない……。
嘘――だと良かったなぁ……。徒歩一ヶ月かぁ……。
簡単に計算しただけでも、東京から中国の北京くらいまで行けるくらいの距離かなぁ……。
東が北に変わっただけだから大したことないと思うしかないかなぁ……。
「じゃあ、行こうか」
「う、うん……!」
◇ ◇ ◇
本当に一ヶ月近く歩いた頃、ちょうど昼過ぎくらいに一つの村へ着いた。
「ここ、ここ! 懐かしいなぁ、ここが僕が育った村なんだ。ヨカヨカ村って言うんだけど、凄く良い村って意味でね――」
「……ふぅ」
思わず膝を付いてしまった。
いや、肉体的には疲れていない。でも、何故か疲れている。
これが昴くんの言っていた精神が疲れるっていう状態なんだろうか……。
一ヶ月間ずっと似たような景色を見ながらひたすら歩き、やることは昴くんと会話するだけ。
別に昴くんと会話するのが退屈だったというわけではない。
実際に道中にある植物や動物なんかを説明してくれたり、立ち寄った村の紹介なんかをしてくれたりした。
ただ、上っ面な会話だけで、彼のことを何か知れた気がしなかった。
昴くんが私の家に来てからの一ヶ月は仕事があったからあっという間だったけど、この並行世界に来てから昼夜問わず歩き続けての一ヶ月は恐ろしく長く感じた……。
だからだろうか、村に着いて緊張感が解けた瞬間に、一気に疲労感が襲ってきた。
「ど、どうしたの!? 黒江ちゃん!?」
「ごめんね、昴くん。ちょっと疲れちゃったみたいで……」
笑顔で村の紹介をしていた昴くんが、青ざめた顔で私のもとへ飛んできた。
「だ、大丈夫!? ごめん! 僕、全然気が付かなくて……!!」
「うん、大丈夫だから、気にしないで」
「気にするよ! 僕が黒江ちゃんの世界で倒れていたみたいに、精神が疲れるっていうのは僕たち幽霊には致命的な問題なんだから!」
こんなに鬼気迫る昴くんは初めて見たかもしれない。
少なくとも、彼にとって私という存在はそれだけ大きいのだろう。
ありがたい話ではある。
自分を大事にされないっていうのが当たり前だったから、人に大事にされるということにはなかなか慣れない。
私は昴くんに大事にされているんだ。物凄く今更かもしれない。
彼に聞くまでもなくわかる、これは嘘じゃない。
「私の方こそごめんね。次からは辛くなったら、必ず言うね」
「絶対に言って! 二人で生きていくって言ったでしょ! 幽霊だけど!」
そうだった、これは新婚旅行だったんだ。
二人が共に歩んでいくための最初の一歩。
……でも、一歩目にしては少し距離が長い気がしないでもないけど。
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