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結章
結章 第五部 第一節
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「ティエゲ!」
「分か、ってんよっ!」
「君は虫!」
ティエゲが織り上げる魔術の構成を見て取った彼が、追い上げるようにして術式を重ねてくるのを感じる。破壊の大舞台に投網を投げるように、二人の声が重合し―――破壊を手招く祝詞を成した。
「大なる虫、わめき絶えなく臓腑を喰む!」
「教えにて―――八股九尾に、百舌の捌也贄!」
ごうっ! と一帯の空気が上下に回転し、その風波に巻き上げられた石片や破片を、ティエゲの生んだ圧力波で撃ち出す。殺傷力の高い無数の雨霰の殺到をすべて防ぎ切るなら、正面にいる敵は、防御の障壁を魔術で作り上げるしかない。その隙に、必殺の距離に踏み込む―――つもりだったのだが。
問答無用で積算を席巻し、圧倒してきた相手の魔力を察知し、ぞっとするままティエゲは虫の知らせに従った。叫ぶ。
「数えにて、一二三五指十指十四指!」
「君は御手―――腕へ招く、抱く蛇腹児!」
ふたりしてその場から一歩も動けないまま、同様に二重の光の障壁を立ち昇らせた。再度、透明な白蛇の蜷局に呑まれたような空間が、きょうだいを包み込んだ―――
直後だった。
「厭くる 天空へ お前は美しい!!」
またしても、解き放たれた光熱波に焼き尽くされる。
純白の波浪に蹂躙されるのは二度目だが、二度目なりに冷静になれる部分はあった。数秒で焼き切られた一重目の光鎖に舌打ちして、デュアセラズロが吐き捨てる。
「こうまで……跳ね除けて、終わりかっ!」
「マジモンで蛙の面に小便。こりゃまた魔術における典型的な防戦一方だぁね。火力ケタ違い過ぎだけど」
「消耗戦から、挟撃・連撃まで繋げる状況に持ち込まないと―――競り負けて終わる。ふたりでも」
そして、間際で輝く円筒も、光熱波が過ぎ去る頃には崩れ落ちた。
途方もない激甚を含まされた神蛇の腹は、無残なまでに破裂し、打ち捨てられた往年の遺跡群じみた様相を呈していた。さながら、石の墓場だ。火孔の噴火のごとくぶち抜かれた上階は、その縁から大小の瓦礫をアトランダムに欠け落としては、悪意なくこちらの頭蓋骨を狙ってくる。なにより、落石に打ちのめされ続けている床については、嫌な予感しかしなかった―――ただでさえ、極限まで炙られた空間を夜気が引っ掻き回す都度、ぱきぱきと自壊の罅を増やしているのだ。この階層は三階である。碌な自負もない人生を送ってきたにせよ、そのオチが足元を踏み抜いてからの転落死とあっては、死んでも死にきれたものではない。
皮肉なことに、もうもうと立ち込めた粉塵が流れる頃には、その破滅の主の無傷が露わとなった。ジルザキア・ヴァシャージャー・アーギルシャイア―――あれだけの威力を叩き出しておきながらさほど消耗した様子もなく、ただただ禍々しく面頬を歪めて、真逆にのっぺりとした無表情の魔神と共に凝立している。
(焦って今こっちが二手に分かれたら、個別撃破されて相手のアガリ―――急いては事を過つとは言え、余力があるうちに、どうやって食い込む?)
概ね魔術は防御系よりも攻撃系の方が扱いづらく、しかも術として展開する際に改変予定の積算を読まれてしまうので、魔神の爵位も含めた相当な練達差が開いていなければ、魔術だけの勝負は十中八九膠着状態に縺れ込む。今の状況がまさにそれで、こちらが凌げている以上、決着打にならない。別口からのアプローチが切り札となる。
(武器に暗器の使い方、無手の殴りっこ、こかして踏んづける搦め手から裏技まで、ひととおり齧っちゃきたけどさ)
きょうだい揃って掌サイズのナイフだけは携帯してきたが、そもそも侵入するつもりもなかった手前、それだけだ。武装らしい武装どころか、耐刃繊維の肌着すら身に着けていない。不遇の展開だけに敵もそうだと信じたいところだが、まったく見当がつかない。もとより‘公爵’級の魔神を召喚した時点から反則技と言えるのだから、お次が正攻法で来るなど信じるのも愚かしい。
と。
「ふたり、でも」
「デュアセラズロ?」
不意の独り言に、なんの気なく訊き返す。
次には、小声は呼びかけへと変転していた。聞くしかない。
「ティエゲ」
「なに?」
「僕は奴を殺せる。奴は君を殺せる。それが機だ。作るから逃げて」
閉口して、ティエゲは彼のせりふを見送った。
やや右手前にいるデュアセラズロは横目すら振り返らせることなく、真っ直ぐに敵―――ジルザキアとやらに邪視を突き刺している。ぱりぱりと……発動直前まで折り込まれた積算が、帯電したようなプレッシャーを空気に発生させて、なめらかな頬の曲線に産毛を浮き立たせていた。今ばかりは彼の小脇に控えたジュサプブロスも減らず口を叩かず、受諾すべき主命を待っている―――緻密過ぎる精度に影響され、その長髪はいつの間にか細やかに編み込まれたポニーテールへと変化し、かと思えばその編み込み模様から浮き上がった白銀の鱗が次々と組み合わさって、装甲へとすげ替えていく。それは甲冑となり、瞬く間に襟足から頤を覆い、首を跨いで胴を埋めた。
その中から、確かに―――こう聞こえた。
「うん。そだよ。ならね。タぅヰゑで」
そして、数秒。
沈黙していたことに意味を求めるなら、彼女はジルザキアを注視していた。次手を打つ気配を探っていたし、まがりなりにも戦闘の構えを調整していた。右半身を前に左足を引いて腰の位置を下げ膝を落とした―――半歩前にいる弟とよく似た姿勢ではあったが、後衛として前攻の補佐を全うできるよう、やや緩やかに手足を拡げている。その格好から……
「あたしに向かって、なんだそのせりふ。格好つけやがって。格好いい」
かくんと首を折りがてら、ティエゲは嘆息した。呆れ果てて。
「だから、ゼッテェきいてやんない」
即座。
ジルザキアの新たな魔術の構成が、積算を折り変えてくる!
「数えにて、一二三五指十指十四指!」
「くそ―――君は御手! 腕へ招く、抱く蛇腹児!」
今一度、足元から渦巻いた障壁の光が、頭上まで囲い上げた。刹那、
「翔けよ 天獄は お前へ明け渡す!!」
ジルザキアの呪文を追い抜いて、破滅が襲い来る。
衝撃波だ―――ただし、単純な一撃が、またもや尋常な威力ではない。一閃された大気の振動に、木端微塵に砕け散った石材が吹き飛ばされた。光熱波と違って白光の怒涛が無い分、力圧による薙ぎ倒しが……不可視の破砕流が荒れ狂うのが、目に見える。途端。
じゃぎ! と霜を圧し拉いだような断末魔を残して、またしても光塵の檻が四散させられる。ただし一枚目だ。二枚目は耐え抜くだろう。その二枚目を制御するデュアセラズロは、そう読んでいるはずだ―――敵と同様に。更に言うなら、敵はティエゲのことを敵視すらしていない。それこそが隙だ。隙。
(ザクラプフェムノなら、突ける)
デュアセラズロの後方で、ティエゲは口の端を吊り上げた。なにひとつ面白くも可笑しくもないが、こんな景気づけのひとつでもなければ発破も喝破も出来そうにない。上ずらせた声で、引き攣り固まった唇を、一気に割る。
「もーう、いっちょ!」
と、ぎょっと息を呑んだ前攻を尻目に、立て続けに。
「数えにて、一二三五指十指十四指!」
衝撃波が薙ぎ払った空間へ、ティエゲの魔術が展開した。防御となる、光の障壁。
ただし、自分たちの周囲に限定していた口径を、最大まで一気に広げた。
光の鎖が円弧を描き、五メートルを駆け――― 十メートル先までも、瞬時に膨れ上がる。連鎖は薄まるだけ防御力が落ちる……としても、それでいい。防御を目的として展開したのではない。
弾性ある物理力が、まるで水底から巨大な気泡を浮き上げたように―――ジルザキアの身体を魔神や瓦礫と一緒くたに、足元から宙へと跳ね上げる。
トランポリンに思い切り弾かれた構図で……ただし、前触れない地表からの押し出しに姿勢を崩して、ジルザキアはこちらへ意識を向けるどころではなくなってしまっていた―――動転に呑まれ、言葉を失い身を捩る。となると、こちらから目線すら外れる。図星だ。
(魔神はさて置き、育ちは在野!)
人間は―――常に重力で地面に縛られているノーマルの人間は、縦の動きに弱い。
「颯天にて!」
ぱんっ! と防壁が自爆する直前を狙い澄まして、ティエゲは纏わり付くザクラプフェムノごと両手を振り上げた。
(ここで構成を―――絞る!)
筋力強化の術式から内分泌まで制御するほど精密な折り成しに触発されて、銀の‘伯爵’から狼の横顔がせり上がる。あたかも外套留めのように、彼女の肩口から気高く咆哮しようとする孤狼の牙が見えた。それを代弁するかのように、大音声で天を射る。
「千鳥千隼の嘴、琥珀!」
ごボンっ! と、巨大な落石が着弾したかのような衝突音を蹴り離して、ティエゲは空中へ飛び出した。
剛力任せの滑空で一直線に、落下の軌道に入りつつあったジルザキアへと、蹴足を突き込む。彼女の身体は桁外れの膂力に委ねるかたちで中空でくるりと脚線を振り上げていたので、その勢いのまま足底から敵の鳩尾を狙った……のだが、既に両肘両膝を腹の前に揃えて、防護姿勢を固められている。それが見えたが、構わずそのまま靴底をねじ込んで―――蹴り離す。
彼女がパワーを払ったのは、あくまでジャンプの方だ。蹴足らしい痛みは与えたろうが、残るほどの痛手とはなっていないだろう。それでいい。とうにティエゲは、構成に魔力を乗せ終えていた。空中で引っ繰り返りながらも、ジルザキアを巻き込む声量で呪文を編む。
「百足生う!」
と聞かれる頃には気付かれるだろうが、構いはしない。
蹴りによる振動が浸透している領域は、内臓から毛先までもれなくティエゲの術中にある。
「万冬億凍、冬虫夏草!」
ティエゲの生み出した破裂が、ジルザキアを腹部から爆散させた。
悲鳴もない。ただただ両者とも自然落下によって地上に引き戻され、ぼろぼろの石床に着地する―――放物線を描いて降り立つまま前転し、しゃがみ込んだ格好で静止したティエゲと対照的に、ジルザキアは斜めに落下したベクトルに引きずられ横ざまへバウンドした。ツェラシェルイシィ・アムアイニが、主人の動きについて行けずに、ふらふらと髪を揺らして煙のように地表近くを漂っている。
(やっぱ素人!)
ジルザキアが嬲る笑みを脱ぎ捨てた横顔を撓ませて、腹を押さえる指に覚えた己の臓物の感触に打ち震えるまま輪郭を愴然に染めた。その瞬間を待っていた。
膝を屈しているその場から、わざと声高らかに声を掛ける。
「知ってる? こーんな爆竹くらいの爆発でもさ。パーの上なら火傷どまりで済むけど、グーの中でなら手首から先っちょ全部バラバラに出来んの」
「貴様あァア!!」
這いつくばってなお悪鬼となりゆく形相が、こちらを睨み上げた。その油断を―――
「君は不死!」
五、六メートルほど横手から、デュアセラズロの一声が劈く。
「死ありき不死―――姑獲鳥雄叫び咲ける産声!」
駆け抜ける衝撃波が、ジルザキアを轢断した。
死角を求めて移動したのであろう暗がり―――そこから撃ち出された振幅波に打擲された男の肢体が、跳ね上がる。ただし、その攻撃にダメージを受けてのことではなく、己で盾のように固化させた空気の圧力に押されて、だ。呪文は聞こえなかったが、高密度の空気の圧縮を成した折り目が解読できた……あれも、難易度が低いだけに素早い展開が可能なものの、本来の防御力ならば投擲された武器を弾くくらいが関の山の魔術である。石をも粉砕する空間振動を防ぎ切るとは、やはり弩級の魔神と言わざるをえない。
(伊達じゃないね!)
臍を噛む思いではあったが。なおも素直に、歓喜がそれを上回る。
(でも使い手は伊達。激昂に駆られて治癒を忘れた。出し抜いて……押し勝てる! このまま!)
最高の一手とは、最大の火力ではなく、最大限に有効となる一手を最適の好機に送り込むことだ。練成魔士としてのその訓練と経験値は、まず間違いなく大陸連盟にて教育を受けた自分たち―――あの先公どものサディズムっぷりに幸あれだ―――の方が上だろう。そう確信し、ティエゲは呪文を先走らせた。
「紅葉射て! ―――」
のみならず、次のアクションを取ろうとした……矢先に、気付く。
屈身から踏み出した右足が、まったく力まない。
「え?」
―――と。
なすすべもなく横倒しになってから、意識が激痛に追いついた。
生まれた時からこうでしたとでも言いたげに、一本の短剣がぶっすりと、右大腿の内股付け根へと突き刺さっている。筋肉の引き攣りに揺さぶられた柄がびくびくと、哄笑を堪える肩線のように跳ねていた。
「あ。は……?」
「四本投げたが。そうか。それだけ当たったか」
独りごちたジルザキアが、立ち上がる。それが聞こえたし……見えもした。
忌々しいことに、その頃には腹どころか衣服まで完治していた。ツェラシェルイシィ・アムアイニにより、治癒術を終えたらしい―――が、失った血液まで取り戻す腕前は無いようだ。土気色の肌を月光に蒼褪めさせた幽鬼の相好をこちらへ向けるなり、そのまま邪悪に目鼻を蠢かせてくる。
「唇と舌に遅れて、指先が痺れてきたんじゃないか? 唾が変な味だと感じるかもな。知覚が麻痺し終えたら……動かなくなるぞ」
毒だ。刃物を媒体に、致命毒を射ち込まれた。
思わず、腿にあるナイフの柄へ手を掛ける―――
「ねえさん抜くな―――抜く方が死ぬ!!」
デュアセラズロの制止は手遅れだった。激痛と悲鳴を食い殺すべくティエゲが歯列を閉ざした時にはもう、白刃を肉から引きずり出し終えてしまっている。勢い任せに抛り出した刃物が石の床に弾かれて、ちん―――と場違いに清んだ鈴の音を奏でた。
つまりはその、鈴がひと鳴きするくらいしか余地のない瞬間に、ツェラシェルイシィ・アムアイニは荒れ狂った。
「厭くる 天空へ お前は美しい!!」
吼え猛る熱波が、白光の土石流のように、デュアセラズロの声の出所を襲う。それが見えた。
光鎖の障壁一枚しか織り成せなかった―――その、彼の魔術が張り裂かれたことまでも、見通せた。
なのにティエゲは、微動だに出来なかった。まだ熱い石畳に押し付けた右の頬で、流れ落ちた汗が焦がされるのを感じても、横転したまま太腿を両手で押さえているしかなかった。おもむろに蛇口を捻ったかのように……ただし心臓の拍動に合わせてどくどくと、創部からの出血が始まっていた。
(深部動脈を……傷つけてた!)
筋肉の痙攣だと思い込んで、血管からくる律動を見落としていた。毒ならば数十分の余裕もあったろうが、このままだと十分足らずで死ぬ。確実な死だ。
(毒を臭わせたのは、これを狙っての……方便かっ!)
血流不足を酸素不足と勘違いした身体が、肺臓と喉笛を急速に過活動へと縒り上げていく。あえぎで呪文が唱えられないどころか、痛痒で術式を折り上げる集中力がまとまらない。術者の異変に、左の二の腕に巻き付いていたザクラプフェムノが変形する―――スライムじみた銀の塊が、ランスの尖端のような円錐に固まった……
「ねえさん、と言っていたな。あの裏切り者は。貴様のことを」
言うなり、ジルザキアは値踏みする眼差しに興味を絡めて、ティエゲへと下ろした。
かつ、かつ……と、隠すこともなく―――ただし砕けた石を噛んだ長靴の踵に、微妙に砂利同士を擦り合わせるような擦過音を混ぜ込んだ靴音を響かせて、歩み寄ってくる。その間に、どん! と床を跳ね上げる轟音が挟まったところで―――へし折られた上階から相当な大物が身投げしてきたようだ―――、迷いも躊躇いもなく、こちらへ到達しようと。どうにか命乞いではない眼力を宿し終えた眼球を上向けて、それを睨め付け……ティエゲは、気付いた。ジルザキアに付き従うツェラシェルイシィ・アムアイニの皮膚が、ざわざわと波立っている。鳥肌ではない。一枚皮の皮膚が、そうなっているのではなく……大小さまざまな大きさの人・人・人が全裸で密着し、入り乱れては組み合わさって、その魔神の全身を成していた。鼻梁を成すのは、土下座する少年の脊梁。眼窩に詰め込まれているのは、億千万の目玉。複眼。その上でそよぐ眉は、老いた指、幼い指、若い指、指、指、指――――
悪夢だった。
(‘伯爵’じゃ一瞬で沸騰させられる)
最悪なことに、激痛にすら慣れ出したティエゲは、どうにか震える唇を噛んで叱咤を済ませると、呪縛を編み上げた。
「騙らうべくは蟒蛇の……語りし木霊、‘伯爵’ザクラプフェムノ」
ふう―――と、吹き消された蝋燭の火の火影が失せるように、ザクラプフェムノが現世から隔離される。のこされた手元の武器は、懐のナイフだけだ。扱おうにも、余力が無い。そして、
「ツェラシェルイシィ・アムアイニ―――」
ひと言……本当に、ただ名前を呼んだだけで、こともなげに魔神の封緘を終わらせた、その男が―――
「雌雄はもとより型も違えど、貴様もまたフラゾアインとのハイブリッドか?」
ふと思い出したはずみのように、倒れ込んだままでいるティエゲの手前で立ち止まってみせる、その―――ジルザキア・ヴァシャージャー・アーギルシャイアに。
ただただ、憤怒を吐き捨てるしかない。
「殺したな……あの子を! 殺しやがって!」
対するジルザキアは佇立したまま、負傷した右腿を下に右半身から倒れ込んでいるティエゲを、乾いた目線で撫でてくるだけだ。出血創から腿肉の稜線を上になぞり、尻から腰を渡ると、乳房を辿って未成熟な喉仏で留まる。そこに好色な気配でもあれば付け入る隙も生まれたのだろうが、彼はただただ検分すべきことをし終えたなりに、砂よりも無味乾燥とした評隲を降らせてくるのみである。それこそ、唐突な黄砂のように―――それ自体には悪意もなく、害意すらないとしても、なお災厄でしかない……そのような言葉が、にべもなくやって来る。
「まずお目にかかることのない稀少サンプルだな。またと捕獲できまい。貴奴の上なら少々古いが、大目に見ても余りあろう。決めた。次のアーギルシャイアの臍帯にする」
「な、……ん?」
「無論のこと数年後だ。刺激耐性や痛点精度など、すべての観察と実験を済ませてからになる。臓器や筋骨の個数・配置・機能などに常人と差異があるかも比べたい。人間種族的にニュートラルな性交で妊娠するのかも調べる必要がある。猫のように雄の男根に生えた逆棘による生殖帯刺激で排卵し、蛇のように多数で数日かけての乱交の末に年月を跨いで受精卵を孕まんとも限らない。体つきからして、経産婦ではなかろう? その方が実験する手間が省けたが、まあ片手間だ。こなせば済む。豚、犬、馬、人―――試験期間を定めて切り替えよう。発情期の雄などどこにでもいる」
そつなく、あっさりとジルザキアは告げ続ける。決定済みのスケジュールに過ぎないからだ。それを悟る。
ツェラシェルイシィ・アムアイニへ感じた畏怖などすっかり失って、ティエゲは呆然と大口を開けていた。魔神など目ではなかった―――本物の人でなしに比べれば、足元にも及ばなかった。この男は、五臓六腑から四肢の尖端に至るまで人でありながら、人ではない。
「ひとまずは目鼻と声帯を摘出し、四肢の神経を切断した上で、全抜歯を施してからだ。正気を失調すると寿命が縮むので、味覚だけは残す。適正体重を保つ範囲で絶品の美食を与え、その都度話しかけることを保証しよう。貴様の名前は?」
「あたしの―――……なま、えは、」
聞き取ろうとしたジルザキアが、片膝をついてきた。ティエゲの前で、上背を屈めてくる。
顔が上がらなくなっていたので、丁度いい。べっ、とその長い黒髪へ唾を吐き捨てる。
正直、失血しゆく身体に収まった口内に余分な体液など残されていなかったし、痛みに昂ぶった神経が喉を干上げているのも事実だったが―――それでも譲れず、ひゅうひゅうと息を高鳴らせる咽喉を咳き込ませながらも、啖呵を切った。
「アンタに呼ばれるくらいなら、墓碑に刻まれた方がなんぼかマシだ。ド変態が」
「そうか。ではひとまず悶絶しろ」
言うなりジルザキアは、右の拳から立てた示指と中指を、ティエゲの刺し傷へ突っ込んだ。庇う彼女の手など、あっさり左手で引き剥がして。
割れんばかりの叫声の中、宣告は続く。
「それから癒してやる。どうせ死なん」
情け容赦ない痛撃は、執拗に繰り返された。男の指先は、押し込まれたかと思いきや更なる圧力で捻じ込まれ、引き抜かれた矢先に挿入される。深く―――浅く、浅く、深く……手首を捻らせがてら、泡立つ血を溢れさせる生肉の感触を味わうように、抽挿は続く。
「どうでもいいが。勝利の予感に胸躍るまま勝気に輝いていた女の押し殺した笑みが、一瞬にして絶望に犯され能面のうめんのように呆ほうける様は、これ以上なく魅力的だ。惚れ惚れするのも悪くない」
淡々と読み上げるだけのジルザキアの声は絶叫にすり潰され、ティエゲには聞き取れない。ただただ芯まで貫通を繰り返す激痛に凌辱され、泣き叫ぶ。身悶えし、目蓋を見開いて涙を跳ねのけ、鼻水を吹きながら悲鳴を嗄らし―――
その最中で、ジルザキアの背後に着地するまま彼の右の首元へと埋められる刃物を―――それを振り下ろした人影を、見失わずにいた。
縦に垂直に、一直線に。祈りの仕草で絡め合わされた掌に逆手に掌握されたナイフは根元まで右の襟首に突き立てられると、固められた拳がジルザキアの鎖骨にぶち当たるかたちで進行を止めた。打突の威力に引きずられて右側へ倒れかかったジルザキアの指がティエゲの腿から外れるより、そのナイフが抜かれるほうが早い―――そのまま横薙ぎの軌跡を描いて顎下周りを掻っ切りざま、柄から離れた左手がジルザキアの頭部を抱えた。否、その唇を、左肘関節の内側に押さえ込んだ。
それより先に、断ち切られた頸動脈からの放血は始まっていた。バケツの水を引っ繰り返したように一気に噴き出した鮮血が、ジルザキアの正面に身を投げ出したままのティエゲへとぶちまけられる。
「忘れていたよ―――全部。これが死だと」
血の雨の雨音の中に、デュアセラズロの囁きが混ざり込んだ。
掻っ切られたジルザキアの喉笛は、しゅう―――しゅう、と流血を押しのけて息を吐くが、声にはならない。まるでその隙間へ吹き込むかのような独白がやってくるのを、遮ることはなかった。
「もうお前は思い出しもしない。ああそうだとも。然様なら、だ」
「語りて騙る蟒蛇の……口喰む木霊、‘伯爵’―――ザクラプフェムノ」
転機と激痛に踏ん切りをつけたティエゲは、どうにかこうにかスパークし尽していた理性を掻き集めて、立て続けに呪文を紡いだ。
「一重より―――二重三重四重、天使羽衣」
目の前に招聘された魔神は、生き物を真似るどころか、奇妙な手拭いのようにでろりとティエゲの首根っこに引っ掛かるのが精一杯の有り様だったが、それでも治癒術を発動すると もったりと動きはした―――ただしそのうねりは、魔術の対象がデュアセラズロであることに抗議してのざわつきのようにも思えた。
その頃にはデュアセラズロも、ティエゲと鏡合わせになるように横ざまに倒れてしまっていた。ジルザキアを挟んで川の字になるように並んで、彼はなおも片肘だけはジルザキアの頭部に極めたまま、敵の命数の減少―――もがこうとしていた腕の萎え、呼吸数の変化、皮膚温の低下、昏睡―――を、次第に弱まっていく血液の迸りと共に冷厳にカウントダウンしていたのだが、向かい合ったその黒瞳に煩しげな感情が棘を立てる。そして彼は、喘鳴する喉に咳を持て余しながら……それすら腹立たしさの上塗りとなったと隠しもしないささくれた目線を、ティエゲに刺してきた。
「腿。見えるんだから、自分から……治しなよ」
「噎せる前に強がれ。吹いた泡赤すぎ。喀血。折れた肋骨が肺を傷つけてる」
黙り込んだデュアセラズロに、ティエゲは畳みかけた。凝固し始めていたジルザキアの血液が唇に粘つく感触と生臭さに、もう一度唾を吐き捨てて―――あぶら蝦蟇の反吐にキスした気分だ―――から、ぎっと歯を剥く。
「自分の真下に障壁を差し込み身体を跳ね上げ四階層へ脱出するのがギリチョン過ぎた勢い余って、そのまま四階の床か天井に全身ブチ当てた。要は逆・投身自殺。そこからここまで二回目の投身自殺キメたことで足腰から死にかけ。違う?」
「投身自殺って……逃げ切ってからの急襲が、魔術を使うことによる積算への侵入や宝石の発光からバレるくらいなら、石の上でもんどり打って挫傷から擦過傷までコンプリートするのも、そこからの自由落下も、しょうがないじゃない。でしょう?」
「一重より―――二重三重四重、天使羽衣」
一応の全快を得て、ありありと不承不承を物語る渋面で話をすり替えにきたデュアセラズロを無視して、今度こそ魔術の矛先を自分自身へ向けてから、ティエゲは続けた。太腿の傷口から黴のように湧いて出た肉の表面を、新たな皮膚が覆っていくのを見やりつつ、あくまで相手に向けて叱責を研ぐ。
「投身自殺でしょ。自殺行為でしょ。え? あたしが涙ちょちょ切れさせてなくって敵の居場所が把握できないまま、あんたが四階で動く物音だけコイツに知られてたら? どうすんの。どうしてたって? これ以上の命知らずやらかしてたっての?」
「どうするって―――どうにかする」
「どうかしてたの間違いだ馬鹿!」
「……―――」
「こんな時くらい、まもられてなさいっての……ジューのっ、馬鹿」
―――つと。
叱りつけた弾みで零れ落ちた呼びかけに目を泳がせたデュアセラズロが、不服で口を衝いてくる。
「ちゃんと呼んでくれないかな……懐かしいから」
「るっせーるっせー。ジューの馬鹿ったれ。じゅあせあずろーい」
やりこめられて眉をしょげさせたデュアセラズロが、ため息で会話を打ち切る頃には、ジルザキアの流血も終息を見せていた。
正面から死相を見ているティエゲより、医学を修めているデュアセラズロの方が、絶命を察するのは早かったろう。それでも念を入れて、もう二分ほど拘束を続けてから……ようやっと、緊張を抜くのが分かった。彼はこちらへ目配せ―――頼んだよ、後衛―――を終えると、ジルザキアの亡骸を手放して、地面から上体を起こした。それから、肘固めを解いた左腕を回して無傷を確認すると、その手で頭を手櫛するようにして耳裏に結わえてある宝石を確かめつつ、ずりずりと躄って移動し始める。
そうやって、狙っていたのだろう岩―――へし折れた石塔の横腹らしきものに肩口から凭れかかって、そのまま背凭れにするデュアセラズロを見ながら、死体に見切りをつけたティエゲもまたそちらへとにじり寄った。まだ頭を上げて眩暈を起こさない自信が無かったので、匍匐前進で……べっとり付いてしまった血が少しでも刮げてくれやしないものかとついでに願いながら、布巾代わりに顔を拭かせた腕を、罅だらけの石畳になすり付けつつ、進む。ザクラプフェムノの気配は、肩甲骨あたりに感じていた―――どんな有り様かは見当もつかないが、こちらを視界に入れているデュアセラズロの目付きに変化はなかったので、悪態を吐かせたくなるほどの醜態は晒していないのだろう。それか、見るも無残過ぎてリアクションも出ないか。あるいは、右手のナイフを懐に納める方へ意識を裂いていたのか。
大した距離でもなかったはずなのに、彼の左隣に肩を並べて座り込む頃には、大息を繰り返さねばならなかった。遠く聞こえてくる警笛を、吹き込む外気の音が擦り取っていく中で、これまた瓜二つに汚れきった格好で同じように両足を床へ投げ出して、ぽっかり空いた大穴からの月光浴を決め込みながら、ティエゲもまた己の魔神の無事を確認する―――折り返した左手首の手套の陰に縫い込まれた宝石を包み込むように右手を被せると、その両手を置いていた右腿の上へとザクラプフェムノが垂れてきた。ぷるぷると銀色の湖面を揺らがせて、落ち着かない風情を見せている。警戒環四杖点の石碑には及ばないが、それでも容易に一抱えには出来ない大きさの石塔―――芸術品か記念品かは知らないが―――が根元から折れてしまうような現場で小休止するしかない窮状に追いやられ、まだ居心地良くいられる場所へ落ち延びてきたようにも見える。真逆に、ますますの活躍を夢見て武者震いを堪えきれずにいるようにも見える。その両者が正逆であろうとも、どうであれ現実は変わらない。魔神は、練成魔士が世界を矯正する際に媒介とする無機抽象である。それ以上でもそれ以下でもない。
(だとしても……―――それでも、さ。分かりたいって時も、確かにあるんだ)
物憂くティエゲは、ザクラプフェムノを見詰めた。
その時だった―――デュアセラズロもまた、まるで待ち合わせ場所に行き着いたかのように、ティエゲの魔神に目を留めていることに気付いたのは。その上、その魔神を素通りして、更なる深淵を覗き込むような透き通る目をしていることにまで気付いたのは。
おもむろに、口を開いてくる。
「てんし、はごろも―――か」
「なに?」
「小さい頃から、ずっと考えてたことがある」
「なにを?」
「ゴタクを」
「ご?」
「天使は。神からの御使いは、誰が為に―――……人にそっくりでありながら、人を超える神の御業を、人に遣わすのか?」
御託。託された言葉。
ティエゲはそれに、耳を傾けていた。
「それは、人が犬猫を愛玩するのとは絶対的に意味が異なる。人が犬猫を愛玩するのは、短絡的に、可愛いものを可愛がるだけで気持ちよく都合のいい満足が得られるからだ。人間と動物では外見・内面の一切合切に共通項が存在せず、食欲や衝動欲のような原始的欲求のみが通じている……だからこそ、一方通行の思い込みの美化と擬人化を、満遍なく叶えてくれる。うってつけの恋だ。いずれ時代は人が犬を飼うと言う意味を、猟犬や番犬といった役目から解放し、家族としての愛へとすげ替えるだろう。リスクヘッジ・ネットワークは原罪だ。人と人が家族となるよりも、易しく優しい安く廉い愛だ。合性よく相哀れむ―――憐れな、間だ」
「……―――」
「だから御使いも本来は、外見から内面に至るまで人にそっくりであってはならない。何故なぜならば人は、人に近しいものほど愛憎する。すれ違い、理想へと到達しない現実に絶望する。ひいては、ゆるせなくなり、遅かれ早かれ殺しにいく。遅ければ一生殺さず無辜の民として終えるし、早ければ生涯殺し尽して戦地の英雄か市街地の殺人鬼となるだろうけれど、それは個人の心身と環境とタイミングだ。まあそれについては、どうでもいい―――いずれ紐解かれる本に書かれてあることで、その頃には誰もが読んでしまっている文字だろうから」
そこで、浅くかぶりを振って……デュアセラズロが、己の左腿に乗せていた左の拳を、ゆるりと開いてみせた。汚れ、体液を含んで皺を深めた二枚重ねの手套を伸ばすように弛ませた五指のなかから、さらに二本指をザクラプフェムノへ伸ばしてみせる。動物を指招きするような、特にどうとない仕草だと思えたが、その場に塗り込められていく口ぶりは殊更に神妙で―――まるで聖印を切ってからの祈りを耳にしているような錯覚を覚えたのも事実だった。
「かつて僕とジュサプブロスのことを、天使だと涙した老婆がいた。未開化なりの浅慮だと―――指を差すことが、僕には出来なかった。致命傷から黄泉帰ることは、生命体にとって奇跡だ。であらば、奇跡を齎した僕は……御使いと言うことになる。行きつく先は―――神ということになる」
そしてこれもまた事実だが。そういった説法は鼻につくので、茶々を入れるか鼻で笑うかしたくなってくる。
ティエゲは、口を挟んだ。そそくさと右肩あたりに移っていった魔神を、つつつと眦で追い駆けながら、
「詭弁にしたって妄想だ。練成魔士じゃなくたって、治癒と治療は医者の生業。あんたの専売特許じゃないし、神様の奇跡でもない」
「医の限界は、その時代と風土に既定されているだけでしかない。年々、死を引き剥がす技能は向上している。心停止・呼吸停止・瞳孔の散大という三兆候すら、いずれ死から解脱するだろう。その時、またしても生と死の等価が到来し……その最果てにて、生きる鬱屈から死を選ぶ少年と、死を選ばなければ生を鬱屈と思う少女を現出させようとも、螺旋を行く巨人は、失われた逆世の楽園をすげ替える。そして得る不死は……まだ、いい。恐ろむべくは、予てより訪れる失楽園を、更に凌駕して―――魔神と魔術が存在しているこの世が、我々の現実ということだ。これはなんなのか……終末を得る楽園は失われた、その意味が僕には理解できてしまう。掴めてしまうんだ。星が―――」
「デュアセラズロ、あんたトンデモ論理武装はそこまでにして―――」
「デュアセラズロ?」
―――と、やおら彼は自分の左手二本指をくいっと翻して、己自身の胸倉へ差し向けた。
それを見咎めたなりに彼女が真横へ頭を上げると、とうに知った顔が向き直ってきている。真顔で。
「これのどこが?」
と、問うてくる。
「例外はあるけれど、人間の体細胞はおよそ七年で全身のこらず代謝する。君の言うデュアセラズロは、とうにすげ替わり終えた。ゼラ・デュアセラズロ・アーギルシャイア・イェスカザ・アブフ・ヒルビリは魔王だ。君も。誰しも。誰であれ」
彼の瞳に―――真暗の闇に映り込んだ己の姿を見ながら、彼女はその問いを聞いた。
「はじまってしまった。これは病か? システムは病んでいるのか? いずれ神をすげ替える魔王、超人を上回る巨人ならば土足を突き込むしかない混沌の螺旋は終端において正逆に堕し、仮初のうちに鋏を入れる。符牒は示されている―――それが割れているだけで誰もが気づかない振りをゆるされるから、皆が素知らぬ顔をして踏み歩いていくだけの。生まれ落ちた胎児と違ってしまったのは、ここにいるこの己だ……狂ってしまっていないとこの世界を指差せたなら、それこそ気狂いではないのか。天を仰いで地下を掘り、水を潜って風を掻こうとも、この世しかここにありはしない。嘆け孤児、それでも生きていけると人は証明された―――いやしくも、いみじくも、それでも終わらせなくていい仮病があると。これ以上の裏切りがあるか? 愛があるか? ひとでなし、ひとではないもの……それは何だ。人か。擬人化され語られる、人そっくりに化けた神か。それは化け物が神を騙ることと異なるのか。化け物、化けたモノ。どこが? 何が? 誰か人間に見えるか―――」
そんなことは、こたえるまでもない。正逆なことに、それがこたえだとしても。
彼女は、息を吸った。吸いながら顔と首を反らしつつ、目を閉じる。その全部が限界に達したところで―――
その振りかぶった脳天を、相手の額めがけて正面から思いっきり叩きつけた。
がん! と衝撃音を聞くよりも先に、衝撃そのものが脳を吹き荒んだ。次いで、痛み。ついには、味―――鼻筋から口元まで打ち付けたせいか、己のものではない臭味の体液が、なんとはなしに舌の根で蟠る。その不愉快さすら煮沸消毒してくれるほど茹で上がった激情が吹き上がるまま、ティエゲは怒鳴り散らした。
「だからどうした……あたしは、あんたのねーちゃんだっ! 名前も知らないあんたに『ねえさん』って呼ばせたあの日から! どーしたって、ねえさんだ!」
かっと目を見開いて、三角眼でデュアセラズロを捕らえる。
身構えも心構えもないところに頭突きを食らって、だるま落としのようにすこんと物思いがすっ飛んだらしい―――あんぐりと開けた口の上で、回りかかる目をしばたいて、ただただ彼は蹲りながら眼前にいた。無力な姿で……赤子のような無力さで。
その手を捻るなど、ティエゲにとっては造作もないことだった。へばりつく血で指先を滑らせながらも、両手で彼の胸倉に掴みかかる。しっかと真ん前からその両目にガンを付け、ひくつく小鼻のむずがゆさまで八つ当たりする心地で、怒号を連投した。
「名乗りを上げる魔王だ化け果てた怪物だと、ナニサマのつもりだ弟の分際で! ねーちゃんに逆らえるとでも!? ねーちゃんだぞ! 馬鹿か! 馬鹿ったれが!」
「―――いや。そうか。はい。どうも」
とだけ口にして、かくんと肩を落とすデュアセラズロ。
ティエゲは、ますますいきり立つしかない。
「またそーやって独り上手に腑に落ちる! 独り合点に思い上がって独壇場に上がられたら、落っこちてきた時に迷惑どころか傍迷惑かも分かんないんだから、ちゃんと話しとき! あたしだきゃあ聞いてやるから!」
「ええと。なんて言うか。やっぱ女の子じゃなくてよかったんじゃないかなぁーと。しみじみ」
「誰が!?」
「話すと長くなるから……」
「手短にっ!」
「うーんと。じゃあアレだ。ねえ、僕のこと好き?」
「いんや。ぜんっぜん」
ぴた、と口調と半眼を冷たく固まらせて断言すると、ますますデュアセラズロはため息を深めた。立て続けざまに、しみじみと呻く。
「だよねさっきも言ってたし。ならやっぱりまだマシだったんじゃないかなあ多分きっと。てか究極ホント諦めることでしか折り合い着かないよねこの世に生まれちゃったことからしてさぁ」
「なんなんだってば、だから! とほほって勝手に凹んで! ぺしゃんこか! べっこりか! ハートのお腹と背中がくっついたか!」
「くっついたら、かえてもいいかなぁ……背と腹。かえられないよねぇそーいった次元の話じゃないもんなぁコレ。ごめんハートのお腹と背中ってどこだよ的なツッコミするの忘れてたハートのお腹と背中ってど」
「遅いわウスノロがボケ役への恥かかせの刑に処すっ!」
がっくんがっくん前後に揺さぶっていた骨身を突き放すと、しょげていたデュアセラズロも後ろ手に手をついて姿勢を持ち直した。そのまま意気まで立て直したということもないのだろうが、それでも瞬きを重ねるごと双眸に計算高い暗算を潜めながら、顔を上げる。見慣れてしまってとうに鼻につくことすらなくなった、一丁前を気取る小生意気な顔だ。
ただしそれが味方であるうちは、頼もしいところもある―――認めざるをえず、ティエゲはこっそりと胸を撫で下ろして、口火を切った。
「万事休す。立て直し優先。死体の始末は―――」
彼女が言うまでもなく、デュアセラズロは先読みしているだろう。いつものように。いつものことだ。そう思えていた。その時までは。
その時だった。
デュアセラズロの顔が、目の前から消える。下に。うしろから突き飛ばされたように、忽然と。
「え?」
ティエゲのその呟きが、引き金ではなかった。としても。
ごハ! とでも例えられそうな激音を爆発させて、途端に床が崩落したのは事実だった。
抜け落ちた―――ぽつんと床に点が開いたかと思いきや、巨大な蟻地獄が鳴門を巻くようにして、一挙に抜け落ちた。均衡を破ったのは、上階か屋根からの落石による一撃だったのだろう……だが、その落石に連れ立って落ちてきた破片群が、直前にデュアセラズロの頭から肩からぶち当たっていった。
反射的に、つんのめるように上体を崩したデュアセラズロを抱きとめる勢いのまま、背にしていた石塔へ抱き付く。と同時に、内臓まで抜け落ちそうな落下感が、胴から下を襲った。
「ぐ、う……」
歯を食いしばって両足を石塔に引き付け、全力でそれに抗う―――のだが、失神しかけて脱力したデュアセラズロの身体が、ティエゲの右腕からじわじわと抜け落ちていく。腰帯でも掴めていたらよかったのだが、左手と両足を石塔に引っ掛けておくだけで精一杯の現状で、片腕一本でその背を抱え直すなど出来ようはずもない。
どうにか首を回して、ティエゲは状況を確認した。
幸運なことに、崩落はいったん収まったようだ。そして更に幸運なことに、自分たちを釣り上げている石塔の大半は崩落の範囲外にあったようで、きょうだいもろとも心中してくれる雰囲気もなく、どっしりと横たわって揺らがない。悪運もあった挙句、ザクラプフェムノは解放したままでいたし、ついでに瓦礫の渦が死体を挽き肉にして階下へ片付けてくれた。ティエゲが魔術さえ発動できれば、ふたりで脱出してしまえる。はずだ。魔術さえ―――
「デュアセラズロ! デュアセラズロ起きて! お願い起きて、握り返して―――血糊で滑る! これじゃ魔術に集中できない!」
叫ぶ。呼びかける―――こたえは、ない。
デュアセラズロは、ぼたぼたと血染めになりゆくうなじを項垂れさせて、ぐにゃりと昏倒している。あらたに体液を吸わされた服と肌が一層にぬるついて、ずるりとデュアセラズロの胸郭がずり落ちかけた。いや、もうずり落ちてしまっている。ティエゲの股の間を抜けて、重い体幹が、下に落ちる。落ちた―――
「デュアセラズロ!」
ティエゲは反射的に、引っ掛かってきた彼の右の肘を、右手で鷲掴みにしていた。
宙吊りだ―――それも、保ってあと何秒かの。肘だったのが、もう手首までずり抜けにかかっている。抜けた。ので、彼の手袋ごと、手を握るしかない。絡め合わせた中指同士に、痛いくらい指輪の感触を覚える。いずれこの指は指先からも解け、小指すら外れてしまう。離れる。別れる。またしても。再び。あの声が、……ただしデュアセラズロの声音で、脳裏にぶり返す。
―――うん。そうだよ。ならね。ティエゲ。
「デュアセラズロぉおオオオ!」
ぞっとする痛切に耐えかねて、ティエゲは叫び続けた。
「ねえ起きて! あたしはここ! ここだよ! ここなの! ここだから、ここから、まだ……また……いかないでぇ―――デュアセラズロ……の、影でも、アブフ・ヒルビリでも、なんでもいいから! いかないで―――」
疾呼する。
疾呼は、続く―――
□ ■ □ ■ □
誰にも届かなかった手が、掴まれた。それを、感じた。
(―――なぁんだ)
悟る。
(伸ばしさえすれば、よかったのか)
小指すら握れない今になって、それを悟る。
皮肉だ。出来過ぎの皮肉だった。こんなことですら、早過ぎて置き去りにしていた。手遅れにしてしまっていたのだ、自分は。それでも―――
それでも、届いた。
もしかしたら、祈りすら。
だとするなら、おそらくそれは―――三年より前から。届いていた。星明かりのように、億光年前から届いていた。自分だけで絶望せず……のぞみさえすればよかったのだ。
「よかったんだ。だから、ねえさん―――もう、大丈夫」
そうではなかった。正確には、ずっと大丈夫だった。
ティエゲとすげ替わるように、肩を並べて同じ風景を【のぞ】んでくれていた者たちの名前を憶えている。
ひとつ、ふたつ、みっつと、それを数え上げることが出来る。【のぞ】むべくもない失楽園で、それがどれほど愚かしい行いであろうとも―――数え上げることが、今は出来る。それが、こたえだ。こたえていた……こたえだ。ならば、もう大丈夫だ。
「もう大丈夫―――もう、いい」
だからまずは、意識から手放して―――
「もうこんな高さ、ちっともこわくない」
【わら】って、魔王は眠りについた。永遠に。
「分か、ってんよっ!」
「君は虫!」
ティエゲが織り上げる魔術の構成を見て取った彼が、追い上げるようにして術式を重ねてくるのを感じる。破壊の大舞台に投網を投げるように、二人の声が重合し―――破壊を手招く祝詞を成した。
「大なる虫、わめき絶えなく臓腑を喰む!」
「教えにて―――八股九尾に、百舌の捌也贄!」
ごうっ! と一帯の空気が上下に回転し、その風波に巻き上げられた石片や破片を、ティエゲの生んだ圧力波で撃ち出す。殺傷力の高い無数の雨霰の殺到をすべて防ぎ切るなら、正面にいる敵は、防御の障壁を魔術で作り上げるしかない。その隙に、必殺の距離に踏み込む―――つもりだったのだが。
問答無用で積算を席巻し、圧倒してきた相手の魔力を察知し、ぞっとするままティエゲは虫の知らせに従った。叫ぶ。
「数えにて、一二三五指十指十四指!」
「君は御手―――腕へ招く、抱く蛇腹児!」
ふたりしてその場から一歩も動けないまま、同様に二重の光の障壁を立ち昇らせた。再度、透明な白蛇の蜷局に呑まれたような空間が、きょうだいを包み込んだ―――
直後だった。
「厭くる 天空へ お前は美しい!!」
またしても、解き放たれた光熱波に焼き尽くされる。
純白の波浪に蹂躙されるのは二度目だが、二度目なりに冷静になれる部分はあった。数秒で焼き切られた一重目の光鎖に舌打ちして、デュアセラズロが吐き捨てる。
「こうまで……跳ね除けて、終わりかっ!」
「マジモンで蛙の面に小便。こりゃまた魔術における典型的な防戦一方だぁね。火力ケタ違い過ぎだけど」
「消耗戦から、挟撃・連撃まで繋げる状況に持ち込まないと―――競り負けて終わる。ふたりでも」
そして、間際で輝く円筒も、光熱波が過ぎ去る頃には崩れ落ちた。
途方もない激甚を含まされた神蛇の腹は、無残なまでに破裂し、打ち捨てられた往年の遺跡群じみた様相を呈していた。さながら、石の墓場だ。火孔の噴火のごとくぶち抜かれた上階は、その縁から大小の瓦礫をアトランダムに欠け落としては、悪意なくこちらの頭蓋骨を狙ってくる。なにより、落石に打ちのめされ続けている床については、嫌な予感しかしなかった―――ただでさえ、極限まで炙られた空間を夜気が引っ掻き回す都度、ぱきぱきと自壊の罅を増やしているのだ。この階層は三階である。碌な自負もない人生を送ってきたにせよ、そのオチが足元を踏み抜いてからの転落死とあっては、死んでも死にきれたものではない。
皮肉なことに、もうもうと立ち込めた粉塵が流れる頃には、その破滅の主の無傷が露わとなった。ジルザキア・ヴァシャージャー・アーギルシャイア―――あれだけの威力を叩き出しておきながらさほど消耗した様子もなく、ただただ禍々しく面頬を歪めて、真逆にのっぺりとした無表情の魔神と共に凝立している。
(焦って今こっちが二手に分かれたら、個別撃破されて相手のアガリ―――急いては事を過つとは言え、余力があるうちに、どうやって食い込む?)
概ね魔術は防御系よりも攻撃系の方が扱いづらく、しかも術として展開する際に改変予定の積算を読まれてしまうので、魔神の爵位も含めた相当な練達差が開いていなければ、魔術だけの勝負は十中八九膠着状態に縺れ込む。今の状況がまさにそれで、こちらが凌げている以上、決着打にならない。別口からのアプローチが切り札となる。
(武器に暗器の使い方、無手の殴りっこ、こかして踏んづける搦め手から裏技まで、ひととおり齧っちゃきたけどさ)
きょうだい揃って掌サイズのナイフだけは携帯してきたが、そもそも侵入するつもりもなかった手前、それだけだ。武装らしい武装どころか、耐刃繊維の肌着すら身に着けていない。不遇の展開だけに敵もそうだと信じたいところだが、まったく見当がつかない。もとより‘公爵’級の魔神を召喚した時点から反則技と言えるのだから、お次が正攻法で来るなど信じるのも愚かしい。
と。
「ふたり、でも」
「デュアセラズロ?」
不意の独り言に、なんの気なく訊き返す。
次には、小声は呼びかけへと変転していた。聞くしかない。
「ティエゲ」
「なに?」
「僕は奴を殺せる。奴は君を殺せる。それが機だ。作るから逃げて」
閉口して、ティエゲは彼のせりふを見送った。
やや右手前にいるデュアセラズロは横目すら振り返らせることなく、真っ直ぐに敵―――ジルザキアとやらに邪視を突き刺している。ぱりぱりと……発動直前まで折り込まれた積算が、帯電したようなプレッシャーを空気に発生させて、なめらかな頬の曲線に産毛を浮き立たせていた。今ばかりは彼の小脇に控えたジュサプブロスも減らず口を叩かず、受諾すべき主命を待っている―――緻密過ぎる精度に影響され、その長髪はいつの間にか細やかに編み込まれたポニーテールへと変化し、かと思えばその編み込み模様から浮き上がった白銀の鱗が次々と組み合わさって、装甲へとすげ替えていく。それは甲冑となり、瞬く間に襟足から頤を覆い、首を跨いで胴を埋めた。
その中から、確かに―――こう聞こえた。
「うん。そだよ。ならね。タぅヰゑで」
そして、数秒。
沈黙していたことに意味を求めるなら、彼女はジルザキアを注視していた。次手を打つ気配を探っていたし、まがりなりにも戦闘の構えを調整していた。右半身を前に左足を引いて腰の位置を下げ膝を落とした―――半歩前にいる弟とよく似た姿勢ではあったが、後衛として前攻の補佐を全うできるよう、やや緩やかに手足を拡げている。その格好から……
「あたしに向かって、なんだそのせりふ。格好つけやがって。格好いい」
かくんと首を折りがてら、ティエゲは嘆息した。呆れ果てて。
「だから、ゼッテェきいてやんない」
即座。
ジルザキアの新たな魔術の構成が、積算を折り変えてくる!
「数えにて、一二三五指十指十四指!」
「くそ―――君は御手! 腕へ招く、抱く蛇腹児!」
今一度、足元から渦巻いた障壁の光が、頭上まで囲い上げた。刹那、
「翔けよ 天獄は お前へ明け渡す!!」
ジルザキアの呪文を追い抜いて、破滅が襲い来る。
衝撃波だ―――ただし、単純な一撃が、またもや尋常な威力ではない。一閃された大気の振動に、木端微塵に砕け散った石材が吹き飛ばされた。光熱波と違って白光の怒涛が無い分、力圧による薙ぎ倒しが……不可視の破砕流が荒れ狂うのが、目に見える。途端。
じゃぎ! と霜を圧し拉いだような断末魔を残して、またしても光塵の檻が四散させられる。ただし一枚目だ。二枚目は耐え抜くだろう。その二枚目を制御するデュアセラズロは、そう読んでいるはずだ―――敵と同様に。更に言うなら、敵はティエゲのことを敵視すらしていない。それこそが隙だ。隙。
(ザクラプフェムノなら、突ける)
デュアセラズロの後方で、ティエゲは口の端を吊り上げた。なにひとつ面白くも可笑しくもないが、こんな景気づけのひとつでもなければ発破も喝破も出来そうにない。上ずらせた声で、引き攣り固まった唇を、一気に割る。
「もーう、いっちょ!」
と、ぎょっと息を呑んだ前攻を尻目に、立て続けに。
「数えにて、一二三五指十指十四指!」
衝撃波が薙ぎ払った空間へ、ティエゲの魔術が展開した。防御となる、光の障壁。
ただし、自分たちの周囲に限定していた口径を、最大まで一気に広げた。
光の鎖が円弧を描き、五メートルを駆け――― 十メートル先までも、瞬時に膨れ上がる。連鎖は薄まるだけ防御力が落ちる……としても、それでいい。防御を目的として展開したのではない。
弾性ある物理力が、まるで水底から巨大な気泡を浮き上げたように―――ジルザキアの身体を魔神や瓦礫と一緒くたに、足元から宙へと跳ね上げる。
トランポリンに思い切り弾かれた構図で……ただし、前触れない地表からの押し出しに姿勢を崩して、ジルザキアはこちらへ意識を向けるどころではなくなってしまっていた―――動転に呑まれ、言葉を失い身を捩る。となると、こちらから目線すら外れる。図星だ。
(魔神はさて置き、育ちは在野!)
人間は―――常に重力で地面に縛られているノーマルの人間は、縦の動きに弱い。
「颯天にて!」
ぱんっ! と防壁が自爆する直前を狙い澄まして、ティエゲは纏わり付くザクラプフェムノごと両手を振り上げた。
(ここで構成を―――絞る!)
筋力強化の術式から内分泌まで制御するほど精密な折り成しに触発されて、銀の‘伯爵’から狼の横顔がせり上がる。あたかも外套留めのように、彼女の肩口から気高く咆哮しようとする孤狼の牙が見えた。それを代弁するかのように、大音声で天を射る。
「千鳥千隼の嘴、琥珀!」
ごボンっ! と、巨大な落石が着弾したかのような衝突音を蹴り離して、ティエゲは空中へ飛び出した。
剛力任せの滑空で一直線に、落下の軌道に入りつつあったジルザキアへと、蹴足を突き込む。彼女の身体は桁外れの膂力に委ねるかたちで中空でくるりと脚線を振り上げていたので、その勢いのまま足底から敵の鳩尾を狙った……のだが、既に両肘両膝を腹の前に揃えて、防護姿勢を固められている。それが見えたが、構わずそのまま靴底をねじ込んで―――蹴り離す。
彼女がパワーを払ったのは、あくまでジャンプの方だ。蹴足らしい痛みは与えたろうが、残るほどの痛手とはなっていないだろう。それでいい。とうにティエゲは、構成に魔力を乗せ終えていた。空中で引っ繰り返りながらも、ジルザキアを巻き込む声量で呪文を編む。
「百足生う!」
と聞かれる頃には気付かれるだろうが、構いはしない。
蹴りによる振動が浸透している領域は、内臓から毛先までもれなくティエゲの術中にある。
「万冬億凍、冬虫夏草!」
ティエゲの生み出した破裂が、ジルザキアを腹部から爆散させた。
悲鳴もない。ただただ両者とも自然落下によって地上に引き戻され、ぼろぼろの石床に着地する―――放物線を描いて降り立つまま前転し、しゃがみ込んだ格好で静止したティエゲと対照的に、ジルザキアは斜めに落下したベクトルに引きずられ横ざまへバウンドした。ツェラシェルイシィ・アムアイニが、主人の動きについて行けずに、ふらふらと髪を揺らして煙のように地表近くを漂っている。
(やっぱ素人!)
ジルザキアが嬲る笑みを脱ぎ捨てた横顔を撓ませて、腹を押さえる指に覚えた己の臓物の感触に打ち震えるまま輪郭を愴然に染めた。その瞬間を待っていた。
膝を屈しているその場から、わざと声高らかに声を掛ける。
「知ってる? こーんな爆竹くらいの爆発でもさ。パーの上なら火傷どまりで済むけど、グーの中でなら手首から先っちょ全部バラバラに出来んの」
「貴様あァア!!」
這いつくばってなお悪鬼となりゆく形相が、こちらを睨み上げた。その油断を―――
「君は不死!」
五、六メートルほど横手から、デュアセラズロの一声が劈く。
「死ありき不死―――姑獲鳥雄叫び咲ける産声!」
駆け抜ける衝撃波が、ジルザキアを轢断した。
死角を求めて移動したのであろう暗がり―――そこから撃ち出された振幅波に打擲された男の肢体が、跳ね上がる。ただし、その攻撃にダメージを受けてのことではなく、己で盾のように固化させた空気の圧力に押されて、だ。呪文は聞こえなかったが、高密度の空気の圧縮を成した折り目が解読できた……あれも、難易度が低いだけに素早い展開が可能なものの、本来の防御力ならば投擲された武器を弾くくらいが関の山の魔術である。石をも粉砕する空間振動を防ぎ切るとは、やはり弩級の魔神と言わざるをえない。
(伊達じゃないね!)
臍を噛む思いではあったが。なおも素直に、歓喜がそれを上回る。
(でも使い手は伊達。激昂に駆られて治癒を忘れた。出し抜いて……押し勝てる! このまま!)
最高の一手とは、最大の火力ではなく、最大限に有効となる一手を最適の好機に送り込むことだ。練成魔士としてのその訓練と経験値は、まず間違いなく大陸連盟にて教育を受けた自分たち―――あの先公どものサディズムっぷりに幸あれだ―――の方が上だろう。そう確信し、ティエゲは呪文を先走らせた。
「紅葉射て! ―――」
のみならず、次のアクションを取ろうとした……矢先に、気付く。
屈身から踏み出した右足が、まったく力まない。
「え?」
―――と。
なすすべもなく横倒しになってから、意識が激痛に追いついた。
生まれた時からこうでしたとでも言いたげに、一本の短剣がぶっすりと、右大腿の内股付け根へと突き刺さっている。筋肉の引き攣りに揺さぶられた柄がびくびくと、哄笑を堪える肩線のように跳ねていた。
「あ。は……?」
「四本投げたが。そうか。それだけ当たったか」
独りごちたジルザキアが、立ち上がる。それが聞こえたし……見えもした。
忌々しいことに、その頃には腹どころか衣服まで完治していた。ツェラシェルイシィ・アムアイニにより、治癒術を終えたらしい―――が、失った血液まで取り戻す腕前は無いようだ。土気色の肌を月光に蒼褪めさせた幽鬼の相好をこちらへ向けるなり、そのまま邪悪に目鼻を蠢かせてくる。
「唇と舌に遅れて、指先が痺れてきたんじゃないか? 唾が変な味だと感じるかもな。知覚が麻痺し終えたら……動かなくなるぞ」
毒だ。刃物を媒体に、致命毒を射ち込まれた。
思わず、腿にあるナイフの柄へ手を掛ける―――
「ねえさん抜くな―――抜く方が死ぬ!!」
デュアセラズロの制止は手遅れだった。激痛と悲鳴を食い殺すべくティエゲが歯列を閉ざした時にはもう、白刃を肉から引きずり出し終えてしまっている。勢い任せに抛り出した刃物が石の床に弾かれて、ちん―――と場違いに清んだ鈴の音を奏でた。
つまりはその、鈴がひと鳴きするくらいしか余地のない瞬間に、ツェラシェルイシィ・アムアイニは荒れ狂った。
「厭くる 天空へ お前は美しい!!」
吼え猛る熱波が、白光の土石流のように、デュアセラズロの声の出所を襲う。それが見えた。
光鎖の障壁一枚しか織り成せなかった―――その、彼の魔術が張り裂かれたことまでも、見通せた。
なのにティエゲは、微動だに出来なかった。まだ熱い石畳に押し付けた右の頬で、流れ落ちた汗が焦がされるのを感じても、横転したまま太腿を両手で押さえているしかなかった。おもむろに蛇口を捻ったかのように……ただし心臓の拍動に合わせてどくどくと、創部からの出血が始まっていた。
(深部動脈を……傷つけてた!)
筋肉の痙攣だと思い込んで、血管からくる律動を見落としていた。毒ならば数十分の余裕もあったろうが、このままだと十分足らずで死ぬ。確実な死だ。
(毒を臭わせたのは、これを狙っての……方便かっ!)
血流不足を酸素不足と勘違いした身体が、肺臓と喉笛を急速に過活動へと縒り上げていく。あえぎで呪文が唱えられないどころか、痛痒で術式を折り上げる集中力がまとまらない。術者の異変に、左の二の腕に巻き付いていたザクラプフェムノが変形する―――スライムじみた銀の塊が、ランスの尖端のような円錐に固まった……
「ねえさん、と言っていたな。あの裏切り者は。貴様のことを」
言うなり、ジルザキアは値踏みする眼差しに興味を絡めて、ティエゲへと下ろした。
かつ、かつ……と、隠すこともなく―――ただし砕けた石を噛んだ長靴の踵に、微妙に砂利同士を擦り合わせるような擦過音を混ぜ込んだ靴音を響かせて、歩み寄ってくる。その間に、どん! と床を跳ね上げる轟音が挟まったところで―――へし折られた上階から相当な大物が身投げしてきたようだ―――、迷いも躊躇いもなく、こちらへ到達しようと。どうにか命乞いではない眼力を宿し終えた眼球を上向けて、それを睨め付け……ティエゲは、気付いた。ジルザキアに付き従うツェラシェルイシィ・アムアイニの皮膚が、ざわざわと波立っている。鳥肌ではない。一枚皮の皮膚が、そうなっているのではなく……大小さまざまな大きさの人・人・人が全裸で密着し、入り乱れては組み合わさって、その魔神の全身を成していた。鼻梁を成すのは、土下座する少年の脊梁。眼窩に詰め込まれているのは、億千万の目玉。複眼。その上でそよぐ眉は、老いた指、幼い指、若い指、指、指、指――――
悪夢だった。
(‘伯爵’じゃ一瞬で沸騰させられる)
最悪なことに、激痛にすら慣れ出したティエゲは、どうにか震える唇を噛んで叱咤を済ませると、呪縛を編み上げた。
「騙らうべくは蟒蛇の……語りし木霊、‘伯爵’ザクラプフェムノ」
ふう―――と、吹き消された蝋燭の火の火影が失せるように、ザクラプフェムノが現世から隔離される。のこされた手元の武器は、懐のナイフだけだ。扱おうにも、余力が無い。そして、
「ツェラシェルイシィ・アムアイニ―――」
ひと言……本当に、ただ名前を呼んだだけで、こともなげに魔神の封緘を終わらせた、その男が―――
「雌雄はもとより型も違えど、貴様もまたフラゾアインとのハイブリッドか?」
ふと思い出したはずみのように、倒れ込んだままでいるティエゲの手前で立ち止まってみせる、その―――ジルザキア・ヴァシャージャー・アーギルシャイアに。
ただただ、憤怒を吐き捨てるしかない。
「殺したな……あの子を! 殺しやがって!」
対するジルザキアは佇立したまま、負傷した右腿を下に右半身から倒れ込んでいるティエゲを、乾いた目線で撫でてくるだけだ。出血創から腿肉の稜線を上になぞり、尻から腰を渡ると、乳房を辿って未成熟な喉仏で留まる。そこに好色な気配でもあれば付け入る隙も生まれたのだろうが、彼はただただ検分すべきことをし終えたなりに、砂よりも無味乾燥とした評隲を降らせてくるのみである。それこそ、唐突な黄砂のように―――それ自体には悪意もなく、害意すらないとしても、なお災厄でしかない……そのような言葉が、にべもなくやって来る。
「まずお目にかかることのない稀少サンプルだな。またと捕獲できまい。貴奴の上なら少々古いが、大目に見ても余りあろう。決めた。次のアーギルシャイアの臍帯にする」
「な、……ん?」
「無論のこと数年後だ。刺激耐性や痛点精度など、すべての観察と実験を済ませてからになる。臓器や筋骨の個数・配置・機能などに常人と差異があるかも比べたい。人間種族的にニュートラルな性交で妊娠するのかも調べる必要がある。猫のように雄の男根に生えた逆棘による生殖帯刺激で排卵し、蛇のように多数で数日かけての乱交の末に年月を跨いで受精卵を孕まんとも限らない。体つきからして、経産婦ではなかろう? その方が実験する手間が省けたが、まあ片手間だ。こなせば済む。豚、犬、馬、人―――試験期間を定めて切り替えよう。発情期の雄などどこにでもいる」
そつなく、あっさりとジルザキアは告げ続ける。決定済みのスケジュールに過ぎないからだ。それを悟る。
ツェラシェルイシィ・アムアイニへ感じた畏怖などすっかり失って、ティエゲは呆然と大口を開けていた。魔神など目ではなかった―――本物の人でなしに比べれば、足元にも及ばなかった。この男は、五臓六腑から四肢の尖端に至るまで人でありながら、人ではない。
「ひとまずは目鼻と声帯を摘出し、四肢の神経を切断した上で、全抜歯を施してからだ。正気を失調すると寿命が縮むので、味覚だけは残す。適正体重を保つ範囲で絶品の美食を与え、その都度話しかけることを保証しよう。貴様の名前は?」
「あたしの―――……なま、えは、」
聞き取ろうとしたジルザキアが、片膝をついてきた。ティエゲの前で、上背を屈めてくる。
顔が上がらなくなっていたので、丁度いい。べっ、とその長い黒髪へ唾を吐き捨てる。
正直、失血しゆく身体に収まった口内に余分な体液など残されていなかったし、痛みに昂ぶった神経が喉を干上げているのも事実だったが―――それでも譲れず、ひゅうひゅうと息を高鳴らせる咽喉を咳き込ませながらも、啖呵を切った。
「アンタに呼ばれるくらいなら、墓碑に刻まれた方がなんぼかマシだ。ド変態が」
「そうか。ではひとまず悶絶しろ」
言うなりジルザキアは、右の拳から立てた示指と中指を、ティエゲの刺し傷へ突っ込んだ。庇う彼女の手など、あっさり左手で引き剥がして。
割れんばかりの叫声の中、宣告は続く。
「それから癒してやる。どうせ死なん」
情け容赦ない痛撃は、執拗に繰り返された。男の指先は、押し込まれたかと思いきや更なる圧力で捻じ込まれ、引き抜かれた矢先に挿入される。深く―――浅く、浅く、深く……手首を捻らせがてら、泡立つ血を溢れさせる生肉の感触を味わうように、抽挿は続く。
「どうでもいいが。勝利の予感に胸躍るまま勝気に輝いていた女の押し殺した笑みが、一瞬にして絶望に犯され能面のうめんのように呆ほうける様は、これ以上なく魅力的だ。惚れ惚れするのも悪くない」
淡々と読み上げるだけのジルザキアの声は絶叫にすり潰され、ティエゲには聞き取れない。ただただ芯まで貫通を繰り返す激痛に凌辱され、泣き叫ぶ。身悶えし、目蓋を見開いて涙を跳ねのけ、鼻水を吹きながら悲鳴を嗄らし―――
その最中で、ジルザキアの背後に着地するまま彼の右の首元へと埋められる刃物を―――それを振り下ろした人影を、見失わずにいた。
縦に垂直に、一直線に。祈りの仕草で絡め合わされた掌に逆手に掌握されたナイフは根元まで右の襟首に突き立てられると、固められた拳がジルザキアの鎖骨にぶち当たるかたちで進行を止めた。打突の威力に引きずられて右側へ倒れかかったジルザキアの指がティエゲの腿から外れるより、そのナイフが抜かれるほうが早い―――そのまま横薙ぎの軌跡を描いて顎下周りを掻っ切りざま、柄から離れた左手がジルザキアの頭部を抱えた。否、その唇を、左肘関節の内側に押さえ込んだ。
それより先に、断ち切られた頸動脈からの放血は始まっていた。バケツの水を引っ繰り返したように一気に噴き出した鮮血が、ジルザキアの正面に身を投げ出したままのティエゲへとぶちまけられる。
「忘れていたよ―――全部。これが死だと」
血の雨の雨音の中に、デュアセラズロの囁きが混ざり込んだ。
掻っ切られたジルザキアの喉笛は、しゅう―――しゅう、と流血を押しのけて息を吐くが、声にはならない。まるでその隙間へ吹き込むかのような独白がやってくるのを、遮ることはなかった。
「もうお前は思い出しもしない。ああそうだとも。然様なら、だ」
「語りて騙る蟒蛇の……口喰む木霊、‘伯爵’―――ザクラプフェムノ」
転機と激痛に踏ん切りをつけたティエゲは、どうにかこうにかスパークし尽していた理性を掻き集めて、立て続けに呪文を紡いだ。
「一重より―――二重三重四重、天使羽衣」
目の前に招聘された魔神は、生き物を真似るどころか、奇妙な手拭いのようにでろりとティエゲの首根っこに引っ掛かるのが精一杯の有り様だったが、それでも治癒術を発動すると もったりと動きはした―――ただしそのうねりは、魔術の対象がデュアセラズロであることに抗議してのざわつきのようにも思えた。
その頃にはデュアセラズロも、ティエゲと鏡合わせになるように横ざまに倒れてしまっていた。ジルザキアを挟んで川の字になるように並んで、彼はなおも片肘だけはジルザキアの頭部に極めたまま、敵の命数の減少―――もがこうとしていた腕の萎え、呼吸数の変化、皮膚温の低下、昏睡―――を、次第に弱まっていく血液の迸りと共に冷厳にカウントダウンしていたのだが、向かい合ったその黒瞳に煩しげな感情が棘を立てる。そして彼は、喘鳴する喉に咳を持て余しながら……それすら腹立たしさの上塗りとなったと隠しもしないささくれた目線を、ティエゲに刺してきた。
「腿。見えるんだから、自分から……治しなよ」
「噎せる前に強がれ。吹いた泡赤すぎ。喀血。折れた肋骨が肺を傷つけてる」
黙り込んだデュアセラズロに、ティエゲは畳みかけた。凝固し始めていたジルザキアの血液が唇に粘つく感触と生臭さに、もう一度唾を吐き捨てて―――あぶら蝦蟇の反吐にキスした気分だ―――から、ぎっと歯を剥く。
「自分の真下に障壁を差し込み身体を跳ね上げ四階層へ脱出するのがギリチョン過ぎた勢い余って、そのまま四階の床か天井に全身ブチ当てた。要は逆・投身自殺。そこからここまで二回目の投身自殺キメたことで足腰から死にかけ。違う?」
「投身自殺って……逃げ切ってからの急襲が、魔術を使うことによる積算への侵入や宝石の発光からバレるくらいなら、石の上でもんどり打って挫傷から擦過傷までコンプリートするのも、そこからの自由落下も、しょうがないじゃない。でしょう?」
「一重より―――二重三重四重、天使羽衣」
一応の全快を得て、ありありと不承不承を物語る渋面で話をすり替えにきたデュアセラズロを無視して、今度こそ魔術の矛先を自分自身へ向けてから、ティエゲは続けた。太腿の傷口から黴のように湧いて出た肉の表面を、新たな皮膚が覆っていくのを見やりつつ、あくまで相手に向けて叱責を研ぐ。
「投身自殺でしょ。自殺行為でしょ。え? あたしが涙ちょちょ切れさせてなくって敵の居場所が把握できないまま、あんたが四階で動く物音だけコイツに知られてたら? どうすんの。どうしてたって? これ以上の命知らずやらかしてたっての?」
「どうするって―――どうにかする」
「どうかしてたの間違いだ馬鹿!」
「……―――」
「こんな時くらい、まもられてなさいっての……ジューのっ、馬鹿」
―――つと。
叱りつけた弾みで零れ落ちた呼びかけに目を泳がせたデュアセラズロが、不服で口を衝いてくる。
「ちゃんと呼んでくれないかな……懐かしいから」
「るっせーるっせー。ジューの馬鹿ったれ。じゅあせあずろーい」
やりこめられて眉をしょげさせたデュアセラズロが、ため息で会話を打ち切る頃には、ジルザキアの流血も終息を見せていた。
正面から死相を見ているティエゲより、医学を修めているデュアセラズロの方が、絶命を察するのは早かったろう。それでも念を入れて、もう二分ほど拘束を続けてから……ようやっと、緊張を抜くのが分かった。彼はこちらへ目配せ―――頼んだよ、後衛―――を終えると、ジルザキアの亡骸を手放して、地面から上体を起こした。それから、肘固めを解いた左腕を回して無傷を確認すると、その手で頭を手櫛するようにして耳裏に結わえてある宝石を確かめつつ、ずりずりと躄って移動し始める。
そうやって、狙っていたのだろう岩―――へし折れた石塔の横腹らしきものに肩口から凭れかかって、そのまま背凭れにするデュアセラズロを見ながら、死体に見切りをつけたティエゲもまたそちらへとにじり寄った。まだ頭を上げて眩暈を起こさない自信が無かったので、匍匐前進で……べっとり付いてしまった血が少しでも刮げてくれやしないものかとついでに願いながら、布巾代わりに顔を拭かせた腕を、罅だらけの石畳になすり付けつつ、進む。ザクラプフェムノの気配は、肩甲骨あたりに感じていた―――どんな有り様かは見当もつかないが、こちらを視界に入れているデュアセラズロの目付きに変化はなかったので、悪態を吐かせたくなるほどの醜態は晒していないのだろう。それか、見るも無残過ぎてリアクションも出ないか。あるいは、右手のナイフを懐に納める方へ意識を裂いていたのか。
大した距離でもなかったはずなのに、彼の左隣に肩を並べて座り込む頃には、大息を繰り返さねばならなかった。遠く聞こえてくる警笛を、吹き込む外気の音が擦り取っていく中で、これまた瓜二つに汚れきった格好で同じように両足を床へ投げ出して、ぽっかり空いた大穴からの月光浴を決め込みながら、ティエゲもまた己の魔神の無事を確認する―――折り返した左手首の手套の陰に縫い込まれた宝石を包み込むように右手を被せると、その両手を置いていた右腿の上へとザクラプフェムノが垂れてきた。ぷるぷると銀色の湖面を揺らがせて、落ち着かない風情を見せている。警戒環四杖点の石碑には及ばないが、それでも容易に一抱えには出来ない大きさの石塔―――芸術品か記念品かは知らないが―――が根元から折れてしまうような現場で小休止するしかない窮状に追いやられ、まだ居心地良くいられる場所へ落ち延びてきたようにも見える。真逆に、ますますの活躍を夢見て武者震いを堪えきれずにいるようにも見える。その両者が正逆であろうとも、どうであれ現実は変わらない。魔神は、練成魔士が世界を矯正する際に媒介とする無機抽象である。それ以上でもそれ以下でもない。
(だとしても……―――それでも、さ。分かりたいって時も、確かにあるんだ)
物憂くティエゲは、ザクラプフェムノを見詰めた。
その時だった―――デュアセラズロもまた、まるで待ち合わせ場所に行き着いたかのように、ティエゲの魔神に目を留めていることに気付いたのは。その上、その魔神を素通りして、更なる深淵を覗き込むような透き通る目をしていることにまで気付いたのは。
おもむろに、口を開いてくる。
「てんし、はごろも―――か」
「なに?」
「小さい頃から、ずっと考えてたことがある」
「なにを?」
「ゴタクを」
「ご?」
「天使は。神からの御使いは、誰が為に―――……人にそっくりでありながら、人を超える神の御業を、人に遣わすのか?」
御託。託された言葉。
ティエゲはそれに、耳を傾けていた。
「それは、人が犬猫を愛玩するのとは絶対的に意味が異なる。人が犬猫を愛玩するのは、短絡的に、可愛いものを可愛がるだけで気持ちよく都合のいい満足が得られるからだ。人間と動物では外見・内面の一切合切に共通項が存在せず、食欲や衝動欲のような原始的欲求のみが通じている……だからこそ、一方通行の思い込みの美化と擬人化を、満遍なく叶えてくれる。うってつけの恋だ。いずれ時代は人が犬を飼うと言う意味を、猟犬や番犬といった役目から解放し、家族としての愛へとすげ替えるだろう。リスクヘッジ・ネットワークは原罪だ。人と人が家族となるよりも、易しく優しい安く廉い愛だ。合性よく相哀れむ―――憐れな、間だ」
「……―――」
「だから御使いも本来は、外見から内面に至るまで人にそっくりであってはならない。何故なぜならば人は、人に近しいものほど愛憎する。すれ違い、理想へと到達しない現実に絶望する。ひいては、ゆるせなくなり、遅かれ早かれ殺しにいく。遅ければ一生殺さず無辜の民として終えるし、早ければ生涯殺し尽して戦地の英雄か市街地の殺人鬼となるだろうけれど、それは個人の心身と環境とタイミングだ。まあそれについては、どうでもいい―――いずれ紐解かれる本に書かれてあることで、その頃には誰もが読んでしまっている文字だろうから」
そこで、浅くかぶりを振って……デュアセラズロが、己の左腿に乗せていた左の拳を、ゆるりと開いてみせた。汚れ、体液を含んで皺を深めた二枚重ねの手套を伸ばすように弛ませた五指のなかから、さらに二本指をザクラプフェムノへ伸ばしてみせる。動物を指招きするような、特にどうとない仕草だと思えたが、その場に塗り込められていく口ぶりは殊更に神妙で―――まるで聖印を切ってからの祈りを耳にしているような錯覚を覚えたのも事実だった。
「かつて僕とジュサプブロスのことを、天使だと涙した老婆がいた。未開化なりの浅慮だと―――指を差すことが、僕には出来なかった。致命傷から黄泉帰ることは、生命体にとって奇跡だ。であらば、奇跡を齎した僕は……御使いと言うことになる。行きつく先は―――神ということになる」
そしてこれもまた事実だが。そういった説法は鼻につくので、茶々を入れるか鼻で笑うかしたくなってくる。
ティエゲは、口を挟んだ。そそくさと右肩あたりに移っていった魔神を、つつつと眦で追い駆けながら、
「詭弁にしたって妄想だ。練成魔士じゃなくたって、治癒と治療は医者の生業。あんたの専売特許じゃないし、神様の奇跡でもない」
「医の限界は、その時代と風土に既定されているだけでしかない。年々、死を引き剥がす技能は向上している。心停止・呼吸停止・瞳孔の散大という三兆候すら、いずれ死から解脱するだろう。その時、またしても生と死の等価が到来し……その最果てにて、生きる鬱屈から死を選ぶ少年と、死を選ばなければ生を鬱屈と思う少女を現出させようとも、螺旋を行く巨人は、失われた逆世の楽園をすげ替える。そして得る不死は……まだ、いい。恐ろむべくは、予てより訪れる失楽園を、更に凌駕して―――魔神と魔術が存在しているこの世が、我々の現実ということだ。これはなんなのか……終末を得る楽園は失われた、その意味が僕には理解できてしまう。掴めてしまうんだ。星が―――」
「デュアセラズロ、あんたトンデモ論理武装はそこまでにして―――」
「デュアセラズロ?」
―――と、やおら彼は自分の左手二本指をくいっと翻して、己自身の胸倉へ差し向けた。
それを見咎めたなりに彼女が真横へ頭を上げると、とうに知った顔が向き直ってきている。真顔で。
「これのどこが?」
と、問うてくる。
「例外はあるけれど、人間の体細胞はおよそ七年で全身のこらず代謝する。君の言うデュアセラズロは、とうにすげ替わり終えた。ゼラ・デュアセラズロ・アーギルシャイア・イェスカザ・アブフ・ヒルビリは魔王だ。君も。誰しも。誰であれ」
彼の瞳に―――真暗の闇に映り込んだ己の姿を見ながら、彼女はその問いを聞いた。
「はじまってしまった。これは病か? システムは病んでいるのか? いずれ神をすげ替える魔王、超人を上回る巨人ならば土足を突き込むしかない混沌の螺旋は終端において正逆に堕し、仮初のうちに鋏を入れる。符牒は示されている―――それが割れているだけで誰もが気づかない振りをゆるされるから、皆が素知らぬ顔をして踏み歩いていくだけの。生まれ落ちた胎児と違ってしまったのは、ここにいるこの己だ……狂ってしまっていないとこの世界を指差せたなら、それこそ気狂いではないのか。天を仰いで地下を掘り、水を潜って風を掻こうとも、この世しかここにありはしない。嘆け孤児、それでも生きていけると人は証明された―――いやしくも、いみじくも、それでも終わらせなくていい仮病があると。これ以上の裏切りがあるか? 愛があるか? ひとでなし、ひとではないもの……それは何だ。人か。擬人化され語られる、人そっくりに化けた神か。それは化け物が神を騙ることと異なるのか。化け物、化けたモノ。どこが? 何が? 誰か人間に見えるか―――」
そんなことは、こたえるまでもない。正逆なことに、それがこたえだとしても。
彼女は、息を吸った。吸いながら顔と首を反らしつつ、目を閉じる。その全部が限界に達したところで―――
その振りかぶった脳天を、相手の額めがけて正面から思いっきり叩きつけた。
がん! と衝撃音を聞くよりも先に、衝撃そのものが脳を吹き荒んだ。次いで、痛み。ついには、味―――鼻筋から口元まで打ち付けたせいか、己のものではない臭味の体液が、なんとはなしに舌の根で蟠る。その不愉快さすら煮沸消毒してくれるほど茹で上がった激情が吹き上がるまま、ティエゲは怒鳴り散らした。
「だからどうした……あたしは、あんたのねーちゃんだっ! 名前も知らないあんたに『ねえさん』って呼ばせたあの日から! どーしたって、ねえさんだ!」
かっと目を見開いて、三角眼でデュアセラズロを捕らえる。
身構えも心構えもないところに頭突きを食らって、だるま落としのようにすこんと物思いがすっ飛んだらしい―――あんぐりと開けた口の上で、回りかかる目をしばたいて、ただただ彼は蹲りながら眼前にいた。無力な姿で……赤子のような無力さで。
その手を捻るなど、ティエゲにとっては造作もないことだった。へばりつく血で指先を滑らせながらも、両手で彼の胸倉に掴みかかる。しっかと真ん前からその両目にガンを付け、ひくつく小鼻のむずがゆさまで八つ当たりする心地で、怒号を連投した。
「名乗りを上げる魔王だ化け果てた怪物だと、ナニサマのつもりだ弟の分際で! ねーちゃんに逆らえるとでも!? ねーちゃんだぞ! 馬鹿か! 馬鹿ったれが!」
「―――いや。そうか。はい。どうも」
とだけ口にして、かくんと肩を落とすデュアセラズロ。
ティエゲは、ますますいきり立つしかない。
「またそーやって独り上手に腑に落ちる! 独り合点に思い上がって独壇場に上がられたら、落っこちてきた時に迷惑どころか傍迷惑かも分かんないんだから、ちゃんと話しとき! あたしだきゃあ聞いてやるから!」
「ええと。なんて言うか。やっぱ女の子じゃなくてよかったんじゃないかなぁーと。しみじみ」
「誰が!?」
「話すと長くなるから……」
「手短にっ!」
「うーんと。じゃあアレだ。ねえ、僕のこと好き?」
「いんや。ぜんっぜん」
ぴた、と口調と半眼を冷たく固まらせて断言すると、ますますデュアセラズロはため息を深めた。立て続けざまに、しみじみと呻く。
「だよねさっきも言ってたし。ならやっぱりまだマシだったんじゃないかなあ多分きっと。てか究極ホント諦めることでしか折り合い着かないよねこの世に生まれちゃったことからしてさぁ」
「なんなんだってば、だから! とほほって勝手に凹んで! ぺしゃんこか! べっこりか! ハートのお腹と背中がくっついたか!」
「くっついたら、かえてもいいかなぁ……背と腹。かえられないよねぇそーいった次元の話じゃないもんなぁコレ。ごめんハートのお腹と背中ってどこだよ的なツッコミするの忘れてたハートのお腹と背中ってど」
「遅いわウスノロがボケ役への恥かかせの刑に処すっ!」
がっくんがっくん前後に揺さぶっていた骨身を突き放すと、しょげていたデュアセラズロも後ろ手に手をついて姿勢を持ち直した。そのまま意気まで立て直したということもないのだろうが、それでも瞬きを重ねるごと双眸に計算高い暗算を潜めながら、顔を上げる。見慣れてしまってとうに鼻につくことすらなくなった、一丁前を気取る小生意気な顔だ。
ただしそれが味方であるうちは、頼もしいところもある―――認めざるをえず、ティエゲはこっそりと胸を撫で下ろして、口火を切った。
「万事休す。立て直し優先。死体の始末は―――」
彼女が言うまでもなく、デュアセラズロは先読みしているだろう。いつものように。いつものことだ。そう思えていた。その時までは。
その時だった。
デュアセラズロの顔が、目の前から消える。下に。うしろから突き飛ばされたように、忽然と。
「え?」
ティエゲのその呟きが、引き金ではなかった。としても。
ごハ! とでも例えられそうな激音を爆発させて、途端に床が崩落したのは事実だった。
抜け落ちた―――ぽつんと床に点が開いたかと思いきや、巨大な蟻地獄が鳴門を巻くようにして、一挙に抜け落ちた。均衡を破ったのは、上階か屋根からの落石による一撃だったのだろう……だが、その落石に連れ立って落ちてきた破片群が、直前にデュアセラズロの頭から肩からぶち当たっていった。
反射的に、つんのめるように上体を崩したデュアセラズロを抱きとめる勢いのまま、背にしていた石塔へ抱き付く。と同時に、内臓まで抜け落ちそうな落下感が、胴から下を襲った。
「ぐ、う……」
歯を食いしばって両足を石塔に引き付け、全力でそれに抗う―――のだが、失神しかけて脱力したデュアセラズロの身体が、ティエゲの右腕からじわじわと抜け落ちていく。腰帯でも掴めていたらよかったのだが、左手と両足を石塔に引っ掛けておくだけで精一杯の現状で、片腕一本でその背を抱え直すなど出来ようはずもない。
どうにか首を回して、ティエゲは状況を確認した。
幸運なことに、崩落はいったん収まったようだ。そして更に幸運なことに、自分たちを釣り上げている石塔の大半は崩落の範囲外にあったようで、きょうだいもろとも心中してくれる雰囲気もなく、どっしりと横たわって揺らがない。悪運もあった挙句、ザクラプフェムノは解放したままでいたし、ついでに瓦礫の渦が死体を挽き肉にして階下へ片付けてくれた。ティエゲが魔術さえ発動できれば、ふたりで脱出してしまえる。はずだ。魔術さえ―――
「デュアセラズロ! デュアセラズロ起きて! お願い起きて、握り返して―――血糊で滑る! これじゃ魔術に集中できない!」
叫ぶ。呼びかける―――こたえは、ない。
デュアセラズロは、ぼたぼたと血染めになりゆくうなじを項垂れさせて、ぐにゃりと昏倒している。あらたに体液を吸わされた服と肌が一層にぬるついて、ずるりとデュアセラズロの胸郭がずり落ちかけた。いや、もうずり落ちてしまっている。ティエゲの股の間を抜けて、重い体幹が、下に落ちる。落ちた―――
「デュアセラズロ!」
ティエゲは反射的に、引っ掛かってきた彼の右の肘を、右手で鷲掴みにしていた。
宙吊りだ―――それも、保ってあと何秒かの。肘だったのが、もう手首までずり抜けにかかっている。抜けた。ので、彼の手袋ごと、手を握るしかない。絡め合わせた中指同士に、痛いくらい指輪の感触を覚える。いずれこの指は指先からも解け、小指すら外れてしまう。離れる。別れる。またしても。再び。あの声が、……ただしデュアセラズロの声音で、脳裏にぶり返す。
―――うん。そうだよ。ならね。ティエゲ。
「デュアセラズロぉおオオオ!」
ぞっとする痛切に耐えかねて、ティエゲは叫び続けた。
「ねえ起きて! あたしはここ! ここだよ! ここなの! ここだから、ここから、まだ……また……いかないでぇ―――デュアセラズロ……の、影でも、アブフ・ヒルビリでも、なんでもいいから! いかないで―――」
疾呼する。
疾呼は、続く―――
□ ■ □ ■ □
誰にも届かなかった手が、掴まれた。それを、感じた。
(―――なぁんだ)
悟る。
(伸ばしさえすれば、よかったのか)
小指すら握れない今になって、それを悟る。
皮肉だ。出来過ぎの皮肉だった。こんなことですら、早過ぎて置き去りにしていた。手遅れにしてしまっていたのだ、自分は。それでも―――
それでも、届いた。
もしかしたら、祈りすら。
だとするなら、おそらくそれは―――三年より前から。届いていた。星明かりのように、億光年前から届いていた。自分だけで絶望せず……のぞみさえすればよかったのだ。
「よかったんだ。だから、ねえさん―――もう、大丈夫」
そうではなかった。正確には、ずっと大丈夫だった。
ティエゲとすげ替わるように、肩を並べて同じ風景を【のぞ】んでくれていた者たちの名前を憶えている。
ひとつ、ふたつ、みっつと、それを数え上げることが出来る。【のぞ】むべくもない失楽園で、それがどれほど愚かしい行いであろうとも―――数え上げることが、今は出来る。それが、こたえだ。こたえていた……こたえだ。ならば、もう大丈夫だ。
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だからまずは、意識から手放して―――
「もうこんな高さ、ちっともこわくない」
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