テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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エリザベスの訪問

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夕刻、エリザベスの帰還へ向けて、屋敷の大体の人間が大凡の支度を終わらせようとしていた。

カスパルも皆への指示で駆け回り、ジェーンは軽い挨拶を皆に終えた後は来賓用の馬車に乗り込んだきり姿を表さなかった。

テューリンゲン夫婦も玄関前に立ち、支度で慌ただしい我が家を見守っていた。
主人グリアムは始終笑顔で上機嫌なのが遠くからでも分かるのとは対照的に、夫人はとても暗い表情をしていた。

夫人はもう母としての自分を責め、とてもジェーンの乗る馬車の方に目を向けることが出来ずにいた。




アベルはシムのシの字も出さず、黙々と馬の調整を続け、その作業ももう終わろうとしている。

アベルの横顔はいつものひょうきんな顔とはかけ離れ、固い表情を崩さずそして無駄口の一つも発さなかった。
そんなアベルに、周りもその尖った空気に当てられたのか、無意識に緊張感のある空気が漂っていた。

アベルは立ち上がり馬の背を叩く。

「全ての馬の調整、終わりました!」

「こっちも、荷は全て固定しました!」

「数合ってます!」

アベルの声を筆頭に続々と終わりの報告を掛け合い始める。
作業が終わった者は、馬から離れ正門の端に並び、腕を前で組んだ状態で待機する


途中何人かの召使があれ、シムは?と言ったが誰かからその答えが返ってくる事もなかったので自然と噤んだ。


カスパルはよし、と待機する者達に一つ頷き屋敷に目を向ける。
いよいよエリザベスを馬車に乗せ出発という段階まで来た。
もう辺りは夕日の余韻を残す青紫の暗い空へと変化していた。


カスパルはテューリンゲン夫妻に駆け寄り軽く一礼をする。

「これより王妃陛下をお迎えに行って参りますので。」

召使が2人で屋敷の大きな扉を開けると、カスパルは背筋を伸ばしてその中へ姿を消した。









エリザベスは客間の大きな窓から、暗くなり朧げにしか見えなくなった庭をそっと見つめていた。

シムはきっと今日共には来ないだろう。
その予感はどうやら的中していたのか、その窓からシムの姿は一度も見て取れない。

出来ることなら今日シムを連れて行ってやりたかったと思う。
きっと召使いや夫人等の好奇心や期待、あまり良くない感情をぶつけられてしまうのではないか。

そして、ジェーン。

あの子は世間をまだまだ知らないために、必要以上に大変な思いをさせてしまったら、とずっと考えていた。

エリザベスは王妃である以前に女であるということだけで弱い立場にある。守るにも限界があるのだ。

普段男女差別に苦しむ宮廷暮らしのエリザベスにとって、この北の大地で男女関係なく力を合わせて日々暮らす人々の姿はエリザベスの大きな癒しとなった。
まだまだここにいたかったというのはエリザベスの本音だった。


「王妃陛下、準備が整いました。」

不意にカスパルの声が扉の外から聞こえる。
その言葉に行きます。と返事をし、薄暗い闇夜ですぐに王妃であることが判明されないよう、念の為の濃紺のレースを顔に掛ける。

扉を開けるとカスパルが跪きエリザベスに一礼をする。
それをエリザベスはニコッと口角を上げ歩き出す。

「もうあなた一人だけの出迎えではなくなるのね。」

カスパルは立ち上がりエリザベスの後ろにつく。

「王妃陛下は皆の者に囲まれてご移動なさりますからね。
人気者です。」

「侍女にお世話係、警護に執事に貴族のご令嬢。
一人の方がどんなにいいか」

人気者なんて、どちらかといえば真反対ね、と心で呟く。



「王妃陛下、シムのことで少しお願いがあるのですが」


ふいにかかったカスパルからの声にエリザベスは顔を上げる。

「シムは今夜共には参りません。
そこでシムが入廷する際、王都に入った辺りからでもいいので私があいつの護衛をしたい。」

その言葉にシムを心配するカスパルの気持ちはよく伝わる。しかしエリザベスはすぐに顔を縦に振らない。

「それは私の独断では決められないわ、貴方だって暇な立場ではないでしょう。」

我儘が通じるものか、と渋る。
カスパルもそう言われることを想定していたのだろう、渋い顔をする以外にアクションはあまりなかった。











広い階段を降り玄関を通ると、そこにはエリザベスとカスパルの支度が整うのを待っていた召使いや子息、屋敷の者たちが姿勢を正して待機していた。

エリザベスはすぐに公的な笑顔を作り、周りの顔を見ながら軽く膝を降り別れの挨拶をした。

「こんなに急がしてしまって申し訳ないわ。
けれどとても楽しませて頂きました。
どうもありがとう。」

そう言いながらエリザベスは馬車へ近づいていく。
テューリンゲン夫妻もそれに続き馬車の扉へと進んだ。

「いえいえ滅相もございません。こちらこそ、大変お騒がせ致しました。ジェーンをよろしくお願い致します。」

テューリンゲンの主人は手のひらをこすり合わせ撫でた声でエリザベスとカスパルへと視線を送る。



「シムも、ジェーンも、良き入廷となるように計らいましょう。
またお会い出来る事を祈っておりますので、どうか御元気で」

カスパルは、手をすり合わせる主人グリアムからエリザベスをどこか遠ざけるように、エリザベスを誘導し馬車に手早く乗せてしまう。


ジェーンはエリザベスとカスパルの乗る王妃専用の馬車の後ろに置かれた来賓用の馬車の中にいるが、当然この挨拶も出てくることはなかった。



「レグランドの繁栄が続きますように!」

「王妃陛下万歳!」


召使いや屋敷のもの、町の者の声でいよいよ馬車を引く馬の群れ達は王都の方角へと足を蹴り始めた。

その馬の重なる足音の凄まじい轟音の中で、すっかり元気のなくなった夫人は微かに口を動かす。そしてその言葉を偶然にも聞いてしまったアベルは、静かに夫人を睨みつける。

その眼差しに気付く者はその場には誰もいなかった。




「シムを、シムを早く行かせなきゃ…」









エリザベスの訪問.終
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