テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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エリザベスの訪問

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馬小屋からカイはカスパルと共に足を踏み出す。
カイは久しい夕日の光に目を細めながら足を進めた。

馬小屋付近で作業を行っていた者も、手を休めカスパルとカイを見つめる。

「将軍様の馬だ……」
「なんて美しい黒馬なんだ……」

カイの毛並みは夕日の光で艶のある身体を一層際立たせている。
唯一隣立つことを許された馬とその主に皆見惚れたのだった。



白の正面口に向かう途中で、召使いの男が2人がかりでトランクや木籠を運ぶ姿が見えた。

あの荷物の多さはエリザベス王妃かとカスパルは目を見開いたが、エリザベスの荷物番はきちんと任を仰せつかった子息たちが行なっているはずなため、この屋敷の者を使うはずがない。

となるとこの荷物の持ち主は一人しか思い浮かばなかった。

カスパルはカイを引きながら荷物の重さに悪戦苦闘する2人に歩み寄り声をかける。

「ラザフォード隊長!」

二人はカスパルに動揺し大きな荷物が揺れる。
カスパルは即座に片手を添えて荷物を安定させた。

「この荷物はテューリンゲンのお嬢さんのか?」

その問いに2人は支えてもらったことに謝罪を言いつつはい、と頷く。

「ジェーンお嬢様も今夜の出発と伺っております。」

そうか、と呟く。
カスパルは一人の大人としてやはり先程のエリザベスの言葉は胸に残っており、自分が出来うる限り守らなければという思いが蘇る。

シムが土産てくれたロニーを見るとこの花に恥じぬような男でいたいとも思う。


しかしジェーンはまだ殆ど会話をしていないカスパルでさえ、ジェーンには少し世間を知らないところがあると感じている。悪く言えばまだ自分の我儘が通ると思っているのではないかと感じる節がある。

宮廷には宮廷のルールがある。
少しでも適応出来るような助言は、やはり今のジェーンには必要だと感じていた。

「お嬢さんはもう下に降りてくるのだろうか」

「今は夕方の日課の、お茶を召し上がっている時間かと思いますので、お降りになるのはまだもう少しかかるかと…」


ティータイムという訳か。一応これから宮廷まで共に同行する我らに挨拶なしにかと思い、すぐに首を横に振り今の考えをすぐに消す。
分かった、支度を続けてくれと告げ、再びカスパルはカイを連れて歩き出した。








ジェーンは一人も召使を側に付けず、一人で気持ち良さそうにテラスで茶を飲みチョコレートを舐め食べていた。

テラスの先にはシムの渾身の花たちが一斉に咲き乱れた見事な花壇が広がっている。

しかしジェーンほ物心着いた頃からこの景色で彼女にとっては当たり前の光景なので、無感情に花達を視界に入れていた。


ジェーンはこれから待っている自分の世界に胸を踊らせていた。


全て自由、自分次第でどんな身分にもなれる夢の宮廷。
自分が何を言おうと何を欲しがろうと誰も言わなくなる地位を築き、この家と縁を切れるようになるチャンスが眠っているはず。

さらにジェーンには自信があった。

可憐な顔立ちは自覚している。
これからは過敏な程に口うるさい両親にも、泥まみれの汚い庭師にもそうそう会わなくなるのだ。やっと自分の素晴らしい時が来たのだ。

ジェーンは先程シムの手の甲を踏みにじった足を、再び確かめるようににじるような動作をしてみる。

ジェーンは未来の階段を踏んでるような気分であった。
あの男に制裁を与える権利のある自分を、とても高貴だと酔い、ジェーンはどこか誇らしげに微笑んだ。




コンコン、と不意に後ろのガラス戸が鳴る。
ジェーンが振り向くよりも前に扉の開く音がした。

「テューリンゲン嬢、少しよろしいか?」

その声にジェーンは今度こそ振り向く。

「カスパル様、どうかさいました?
よろしければご一緒に如何ですか?」

ジェーンは可憐な笑顔でカスパルを見やる。
カスパルもまたジェーンを見やり、そしてテーブルに広げられたチョコレートと紅茶を見渡して「いや」と短く答えた。

「宮廷に踏み入れてしまったら、もう話すこともあまり出来なくなるのでな、少し私の話を聞いてくれないか」


ジェーンは、一度自分の色仕掛けを無碍にした憎たらしいカスパルを流し見た後、椅子に座り直した。


「あら、それは宮廷ではラザフォード様が会いに来てくださらないから会うことがない、という意味でしょうか?」

「そうではない。
役職や立場でだ。
宮廷にはもっと細かく、誰が足を踏み入れていいのか悪いのか住み分けられているからな」


カスパルは明らかに棘の含むジェーンの言葉に、嫌われたものだ、と内心ため息を吐くが大人として冷静を保ち話を続けた。

「私にも君にも十分該当することだ。
宮廷はここよりもずっと不自由な場所だ。
発言も所作も、全て誰かが見ている。」

しかし、と続ける。

「私の手が届く範囲では助力出来るよう努力をする。もちろん王妃陛下も気にかけてくださる。
だから君は、何か迷う事があったらまず王妃陛下に相談されたらいい。」

ジェーンはつまらなさそうにクッキーをつまみ、息が詰まりそうな口調と言動に長い溜息をつく。

「はぁ、説教しにいらっしゃったのですか?」


その一言に、カスパルも溜息が出かかる。
言葉で言ってきかせられる従順な少女とは思ってはいないが、その一言で今の自分の言葉が全くジェーンの心の隙間にすら入っていないのが痛い程分かった。

カスパルも出発の準備がない訳ではないので長居はできない。
しかし彼女に何と言えばいいのか検討もつかず、更に14という歳の離れた人間の心の機微を察する事が難しく心で唸る。

そっと剣に飾られたロニーの花を見やり、シムだったら何と考えるのだろうと思った。


否、彼は表裏の無い男。言うことは決まっているだろう。

「私は君を心配しているんだ。
…下で待っている。」







カスパルが去った後もつまらなそうに、クッキーを頬張る。

今のカスパルの言葉に関しては、カスパルの立場だから不自由に感じるのであって、私は不自由ではないかもしれないじゃないかという思いが拭えない。
大人というものは自分の見える範囲しか信じず、自分の器でしか何かを測れないことをジェーンは知っている。

時間の無駄だった……とジェーンは呟き席を立った。













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