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特異の入廷者
2-4
しおりを挟む王都を守る大門の真下に、長身の男が一人黒の制服をきっちりと身に纏い、静かに佇んでいた。
男はこの国では見たこともない涼しい顔立ちをした東人で、釣りあがった目は芸術品のようでもあり冷酷的な刃のようでもあった。
大門を行き交う人々は東人の彼を、大変物珍しそうに誰もが盗み見る。しかし男はその視線を全く気にせず大門の先を見つめていた。
懐から銀の小さい懐中時計を取り出し時刻を確認するともう18時を超えようとしていた。
男は今日の夜、ここに到着する予定の北からの入廷者を護衛し、手続きの補助をする任務を任されていた。
しかしもう辺りも暗くなり大門もあと少しで閉じられる時間になるというにも関わらず、それらしい人物は現れていない。
テューリンゲン家の屋敷のある町から距離的に考えて多く見積もっても、この時間には流石に到着する筈と見込んでいた男は、何処かでその人物が道中で止まっているのだろうかと思案する。
東の男がその場でじっと思案していると、同じ黒い制服をピシッと着こなした男が不思議そうに東の男に近づいて来る。
彼等の黒い制服は憲兵のものだった。
「こんな所で何してるんだ?
今日は門の番じゃあないのに。」
同僚の男の言葉に特に表情を変えず目線だけ送る。
「ただの面倒な野暮用だよ。」
そう短く言い捨てると、涼しい顔のまま門の右端に備え付けられた監視室の方へと体の向きを変えた。
中へ入れば、門で立っている憲兵とは別に入都者を監視する同僚が腰掛けていた。
「ようキンバリー、事件か?」
座り続けて散々退屈を凌いできた疲れ顔の同僚が男を見る。
「いや、伝書鳩借りるぞ。」
そう言って同じ制服を着た男を通り過ぎ、奥にある机で小さな羊皮紙に羽筆を走らせていく。
”テューリンゲンからの入廷予定者の庭師本日も到着せず。
本日は定刻通り閉門し、明日の出迎えで可能か否か確認を求む。
憲兵第三部隊キンバリー・オーデッツ”
憲兵の男キンバリーはささっと走り書きしたものを、大門に備え付けられている鳥籠から一羽の鳩を選び足首に手紙を括り付け、窓から羽ばたかせた。
伝書鳩の速さならば人間の足よりも遥かに早く宮廷に報せることが出来る。
恐らく数時間もしないうちにこの手紙はレグランド国の護衛軍の元へ渡るだろう。
「はぁ…」
キンバリーは近くにあった木の椅子に腰掛けて気怠げに制服の帽子を外した。
今日までに到着するだろう人物が、がこの国の王妃が招いた北の地方の庭師、シムという者だという情報しかキンバリーも与えられていなかった。
女か男かも報されていない。
そもそもただの田舎からやってくる入廷予定者の護衛と手続きの補佐など、一階の憲兵などに頼むなと心で毒づく。
その妙な手厚い待遇が不思議だ。
そこまで気にかける人物ならば自分の資金で従者でも護衛でも雇うだろうに、たった一人に憲兵をわざわざ使わす護衛軍は一体何を考えているのか予測が難しい。
流石に田舎から来る予定の者のために大門の閉門時刻をずらすなんてことはあり得ないが、上が妙に神経質なので伝書鳩で報せておいて損はないとして、こちらも神経質に対応を余儀なくされたのだった。
「やる事がないなら帰れよ、そもそもお前非番だし。」
同僚が茶化すように声をかけてくる。キンバリーもあと数時間経ったらそうしようと腕を組み頷いた。
数時間後、窓がコツコツと鳴る音でキンバリーは顔を上げた。
そして窓の向こうに佇むものに目を見開く。
鷹の伝書とは…
窓の向こうでは首元に手紙をぶら下げた鷹がこちらに目を向けていた。
この国で最も早い伝報手段は鷹の速達である。
主に、時間の短縮が急務な場合に飛ばされる事が多く、そう多くは飛び交っていない手段であった。
北からたった一人で来る者に鷹を飛ばすとはますます不思議な事態である。キンバリーは一抹の嫌な予感を胸に感じつつ窓を開け鷹の首元の手紙を受け取る。
鷹は手紙が外された後も飛び立たずそこに佇み、返事が括り付けられることを待っている。
キンバリーは一つ息を吐いて手紙を開いた。
”本日捜索せよ。
到着次第鷹連絡求む。
護衛軍 連絡本部”
緊急の事件ではない限り、街の規律を正し犯罪を食い止めるのが任務である憲兵の外出はそうそうない。
ないのだが、捜索の追加任務の文字にこの”野暮用”の重要性がキンバリーの中で高まるのを感じる。
庭師一人にそこまでするというのか。
全く読めない上層の考えに、キンバリーも表情は変えずとも緊張が高まっていく。
椅子に退屈そうに仰け反り座る同僚の肩を軽く叩く。
マントと馬借りるぞ、と短く言い残し監視室を後にする。
マントの紐を結びながら、門の前に広がる広い道とそのすぐ先から広がる暗い森を冷めた目で見渡す。
春とは言っても夜はまだまだ寒かった。
宮廷の前に建つ灰レンガの塔は、レグランドの護衛軍本部の中枢であった。
その一階に座る護衛軍本部の連絡本部は、たった今ここから大分離れた大門へ鷹の伝書を飛ばした。
護衛軍の若い男はいくつかの扉を抜け裏手の玄関まで走ると、愛馬の側で身なりを整える上司へ敬礼をする。
若くして護衛軍を統括する武人、カスパルは駆け寄ってきた部下に厳しさが表れる厳格な目だけをよこした。
カスパルは今夜ここを出発し、近隣諸国との定例会議の護衛をしに行く準備をしていた。
この任務は半年前からもう既に決まっていることだった。
カスパルは辺鄙な田舎から帰って来て以来、疲労なのか何なのか原因は不明だが、どこか機嫌があまり芳しくないようだと護衛軍の部下達はこの4日間特に気を使っている。
「先程門番から連絡が入り、今晩までに入都する予定だった北の庭師がまだ見えないと…」
その言葉に自分の愛剣を納めた鞘を腰に巻いていた手が止まり眉間に皺を寄せた。
「……何?」
その小さな一言に部下は震え上がるような緊張を感じる。
「…誰にその任務任せてあるんだ。
措置はどうする、いくらなんでも遅過ぎる…。」
予想していなかった程のカスパルの真剣な表情に、これから来る筈の庭師はカスパルとの面識があるだろうことが感じられた。
「は、はい、憲兵第三部隊のオーデッツという者に命じております。
一応、すぐ捜索に出るよう鷹を飛ばしたところでして…」
オーデッツ…貴族の名だが知らないな、とカスパルは呟き、眉に思い切りシワを寄せたまま何かを考える仕草をする。
何かを言おうとしたのか口を少し開けた時、出口の方からまた別の護衛軍の部下が駆け寄りカスパルに向けて敬礼をする。
「失礼致します!国王陛下のご出発の準備が整いました!」
その言葉にカスパルは軽く頷く。
若干硬い表情のままで連絡本部の男の方へ振り向く。
「指示はお前に任せる。
くれぐれもよろしく頼む」
そう言うと愛馬であるカイの綱を引き進み始める。
その横顔は悔しさが滲み出たような苦悩の顔で、まるで自分がすぐに行けたならと顔に書いてあるようであった。
「か…畏まりました!」
どんどん遠くなる上司の背中に遅れて返事をするも、カスパルはもう振り向かなかった。
カスパルの背負うものは国のことに直結しているせいか、その後ろ姿は大きかった。
盗賊に襲われたあの夜から幾ばくかが経とうとしていた夜、シムはようやく重たい瞼を開いた。
シムは夜に意識を無くし夜に目が覚めたためか、体感としては意識を失っていたのはほんの少しという感覚だった。
まるで傷を癒すためかのように、冬眠する動物のように本当に長い時間シムは意識を閉じていた。
ただ、意識が戻ったところでシムはまだ夢の中にいるような、まだまだふわふわとした感覚から抜け出せないでいた。
まず腕が動かないことに気づき、体も動かないことに気付いてから意識を失う前の記憶をぽろぽろ思い出し始める。
目の前に焚き火があった場所は大量の木の葉の山になっている。
もしかしたらまだ木の葉の中で熱さは失っていないのだろうか、木の葉からは白い煙がもうもうと未だに立ち昇っていた。
シムはぼ霞がかった頭で、草の水蒸気か、などとぼんやり考えている。
馬も、着ていたマントも失い、一言も発さず木に括り付けられている今の状況は、最早森の一部になったかのようだ。
だんだんと遥か遠くの空が紫へと色を変えて、また新しい朝が来る予兆を感じさせるようになってきている。
この景色にシムはとても覚えがあった。
毎朝、庭から見ていた朝が来る景色。シムはこの空の色が大好きだった。
シムは、空に見入っているせいで全く気付かなかった。
徐々にだが確実に肌寒い澄んだ夜明けの空気に馬の駆ける音が徐々に近づいてくるとことに。
「君は北の庭師か?
君がシムか。」
突然聞こえた人の声に、シムは久しぶりに心臓が動き出したかのように鳴った。
瞬間的に声のした方へ驚き振り返る。
そこには見たこともない薄い顔立ちをした、漆黒の長いマントを見に纏った男、キンバリー・オーデッツが朝の明るくなり始めた景色の中で自分を見下ろしていた。
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