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特異の入廷者
2-10
しおりを挟む庭は教会を囲むように広がっている。筈であった。
かつて庭だった場所は、誰かに刈り上げられたのか草の一つも生えていない寂しく色の悪い土が顔を出している。
これを庭とは呼べない有様にシムは言葉をつまらせる。
潔癖な建物との相違があまりに大きく、口を手で抑えられずにいられなかった。
「ミシアさん、これは、…」
「放棄したのはドリー、草を刈ってしまったのはここの神父様なのよ。」
シムは眉を寄せてミシアを見る。
幾ら何でも刈るとは、酷い所業ではないのか。
ドリーが手塩にかけて育てた草花を誰かに刈られてしまうなんて、もしも自分が同じことをされたらと思うだけで想像を絶する。
そんなに庭が気に食わないというのか。
「お、俺に、務まるでしょう、か」
ミシアは不安を隠さないシムの言葉に、少しの時間を空けて応じる。
「無理だと思ったらドリーのように辞めていいの。
彼女も、ここを放り投げても庭師を続けているようにね。
貴方なりに、この場所のことを考えてみてくれない?
だって寂しいでしょう。
神に祈る建物の前がこんな有様では…。」
ミシアはゆっくりと皺の深く刻まれた顔を動かし告げる。
そんなミシアの穏やかさに、どこか言い表せない不安が募ったシムの心も少しだけ軽くなった。
ミシアの言ったように、神父や建物に教わるのではなく、この大地に自分は教わるのだと。
「やって、みます。
俺、やってみます。」
ミシアは嬉しそうに一つ頷いて微笑んだ。
シムにとってもそれが十分力になり、彼女にとってもシムの短いたったの一言で十分力になった。
ミシアはシムに言った。
神父様にお会いになる時は必ず裏の小さな扉から入ること。
間違って正門から入ってしまうと、それは高名貴族と肩を並べる行為に等しく、位の低い庭師がそのような事をしでかせば処罰されるからである。
シムはその話を聞き終わった後、早速教会の側へと歩み寄った。
近寄れば近寄る程建物と下に広がる無残な庭の跡との相違が見て取れる。
蔦の一つも這わない白い建物にシムはそっと手を添えた。
石造りの壁から伝わる冷たい壁に手を置いたままゆっくりと裏側の方へと足を運んだシムは、その建物には些か簡易な木製の小さな扉を捉えた。
「……よし」
シムは一つ息を吐き、意を決して取ってに手をかけた。
少し音を立てて扉は開く。
しかし中はとても薄暗く暗闇に全く慣れていないシムには真っ暗に見える程だ。
「ろ、蝋燭が、ない?」
あまりにも意外な暗さにシムは扉を少し開けたまま動揺した。
しかしそこに立ち続ける訳にもいかないので、恐る恐る右足を踏み入れた。
「ど、どなたか、いませんか…。
あの、どなた、か」
遠慮がちなか細い声で暗闇に向かってシムは口を開く。
それと同時に程近い位置から物音がし、シムはぎょっとその方向へ顔を向けるも、未だ暗闇に慣れないその瞳に何かを捉えることが出来なかった。
「何用だ。
貴様は誰なんだ!」
暗闇の近い場所から聞こえた声はしわがれ、固く、威嚇しているかのような厳しい老いた声だ。
その強い声色にシムは動揺から恐怖に変化していくのを感じた。
シムは冷や汗をかきながらも震える口を小さく開ける。
「…この、度、こ、ここの庭を、することに、なりました。
シム、と…申しま」
「庭だと…!?貴様庭師だな!」
シムの振り絞る自己紹介を遮りその老人の強い声は言葉を重ねる。
それと同時に暗闇から一人の老人が現れた。
老人は腰が折れ曲がり子ども以外の者を見上げる様な背の低さだが、シムを激しく睨みつけ、まるで庭師そのものに嫌悪し軽蔑しているかのような目線だった。
シムは下から突き上げられる様な憎悪の視線に言葉を続ける気が失せてしまい、驚愕と動揺の表情でその老人を見つめる。
「ここに庭はいらん、庭師は帰れ。
この低俗風情が!」
皺の深い顔をもっと皺深くさせてシムに向かって怒鳴り散らす。
それと同時にシムの手元をふと見やり目を見開きながら「貴様…!」と呻く様に言葉を続ける。
「神の近いこの神聖な建物の中に手袋をつけて土地を跨ぐなど…!
無礼にも程がある…!なんたる不敬な…!」
老人は怒りと焦りの混ざった様な顔でシムを睨み汚れを拭う様に、右足のみ入ったシムの身体を外へと手で押して追い出す。
シムは逆らう間もなくあっという間に追い出されてしまい、無情にも小さな扉はすごい音を立てて閉まった。
ただ立ち尽くし、もう開く事のない扉を見つめる。
あの方が恐らく草木を刈り上げた例の神父で間違いなさそうだ。
どうしてそこまで庭を嫌うのか、アベルから継いだ黒い手袋をそっとさすりながら、シムは神父を想った。
「シム、君はいいのか?
君の大好きな庭を嫌う奴のことを考えて腹が立たないのか?」
小風は小さな林檎をかじりながら、シムのベッドの向かいに置かれたベッドの上で胡座をかいている。
シムはその向かいで同じくベッドの上で膝を抱き込みながら小風に視線を送った。
シムは今日一日にあったことを、ここで暇をしていた小風に報告したらこの一言をくらった。
「お、怒ってない、けど…、悲しくはある。
どこが嫌、なのかなって、気になるんだ。」
本当にただそれだけのために先程からベッドの上で思案するシムを小風は無言で見つめる。
どこまでも真っすぐで、まるで幼児なのかと疑う程のシムの純真っぷりに、小風はこれ以上問いても意味がないことを悟り、食べ終わった林檎の芯を捨てながら溜息を吐く。
「こっちにおいでよ、シム」
シムはまだ難しい顔をしながらも、抱いていた膝を解き小風の方へと歩み寄る。
小風はシムの座るスペースを作り招き入れる。
小風は細く長い指を、シムの少し栄養の行き渡っていないかさついた髪に絡ませた。
「あまり気にするな。
明日その、ドリーという庭師に聞いてみればいい。」
髪を好きにさせていたシムだったが、少し雰囲気の違う小風に首を傾げ小風をゆるゆると見上げた。
「しゃ、シャオファン…今日優しいです。
どうか、した?」
小風はその質問に些か目を開く。
本人にしてはそんなことを言われるのは予想外だった。
シムに対して甘くなってしまっているのも完全に無意識だったからである。
小風は少し考えた後何事もない様に口を開く。
「友達は優しくするものだからだ。
だから僕は君に優しくしたい。」
そう言いながら再び長い指でシムの髪をゆっくりと優しく梳いてやる。
しかしシムはそんなことはお構いなしに目を見開いて小風を見つめた。
「と、とも…だち…」
シムにとって初めての友達と呼べる存在の誕生に、何とも表現しがたい浮足立つ気持ちを抱く。
友達とはこうして触れ合い、お互いに優しさを与える。そんな存在ということを学ぶ。
「君は本当に赤ん坊のような男だな。」
そういって小風は初めてふふっと柔らかく微笑んだ。
小風の笑顔に、シムは心の中で東洋の顔は涼しく冷たい印象だったものから、実はとても暖かい表情を浮かべる事も出来るのだと考えを改めた。
「わ、笑っている方が、良いよ」
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