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特異の入廷者
2-13
しおりを挟む予期せぬ事件は、夜に突然起こった。
「はぁ………」
ジェーンはパーティー会場のホールの一番端にある大きな柱に、体を預けるような姿勢でもたれ掛かっていた。
パーティーは大盛況で声が響く程の広さの会場に人が溢れていた。
王妃の余計なお世話のせいで、したくもないおめかしをし、行きたくもないパーティーにいるという居心地の悪さでジェーンは何回と数えられないほどに溜息を漏らしている。
しかし王妃は王妃で心の底からジェーンへの気遣いしかないのだからことさら始末が悪い。
私は一体ここになにしに来たんだっけ……。
馬鹿みたいに煌びやかなドレスを見に纏う女達の浅はかさや馬鹿さが目について仕方がない。
なにより現在その馬鹿な女達と全く同じ姿でパーティーに佇む自分に一番苛立っていた。
エリザベス王妃は流石は国の母である立場なだけあり、沢山の者達に囲まれ談笑をしている。
お付きとして招かれたはずのジェーンが入り込む空間などはそこには到底無かった。
並べられた食事も殆ど手を付けず、お酒をまだ嗜むほど大人でもないので飲み物も取らないジェーンの姿は、まさに意気揚々と盛り上がるパーティーの中で空気と化していた。
今のジェーンにとって、位の高い男に色眼鏡を使うという悪知恵も意味のない事だと悟ってしまった故に行動に移す気も無く、不機嫌面で周りをただただ見る。
「失礼…」
ふと聞いた事のある声が会場の遠くの方から聞こえジェーンは反射的に顔をそちらへ向ける。
この声は、カスパル・ラザフォード…。
パーティーで辛うじて見つけた唯一の顔見知りはカスパルだけだ。
視線を向ければまさにカスパルが軽く会釈をしながら人の中を縫い歩き、出口の扉へと向かって行っているところだった。
まだパーティーは終わるような時間ではないというのにもう帰るというのか?
カスパルもジェーンがこのパーティーに出席してることなどきっと気づいていないのだろう。
つまらない気持ちになったジェーンはカスパルから視線を外そうとした。
「……?」
視線を外そうとしたその時、カスパルの丁度後ろに位置していた髪に沢山の装飾を施した厚化粧の娘が、カスパルの後ろで小さな紙に何かを吹きかけて折りたたみ、そのままスッとカスパルの後ろポケットに忍ばせたのだ。
ジェーンは目を見開き思わず声を出しそうになる。
しかし当のカスパルはそれに全く気付かず前の人だかりを避けることに集中しているようだった。
吹きかけた何かは、きっと香水だ。
恐らく夜のお誘いでも綴った恋文か何かだろう。
このような手口は実にいやらしい。あそこまで近付けるなら話しかけてしまえばよいものを。
不本意に見かけてしまったジェーンは未だ紙に気づかないカスパルに、油断して歩くなと文句をつけに行こうと、遠くのカスパルを見ながら足を早め始めた。
その時のジェーンには会場の雰囲気が変わった事も、その源である人物がジェーンのすぐ近くにいる者とも気づくことが出来なかった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ジェーンはあくまで不機嫌そうに、遠くなっていくカスパルを呼び止めようと声を漏らした時、肩に打つかる衝撃が走る。
「……っ」
急に誰かに打つかり、何よ!と苛立ち見るような目で肩の先をを睨みあげた。
そこで初めて辺りが不気味を通り越す怖さで水を打ったように静まり返っている事に気付く。
人々はしばしば動きを止めて驚愕の表情を浮かべていた。
「国王陛下、ご無事でしょうか…?」
不意に何処かから聞こえた粘ついた女の声にジェーンは、ああ…と血の気が引く。
ジェーンの肩がぶつかった相手はレグランド王陛下だったのだ。
「あの小娘、不敬罪だ……」
「陛下になんてことを……」
周囲から漏れる小さな言葉と突き刺さる視線にジェーンは唇を震わせる。
こんな所で目立ちたくなど無かったのに、よりによって何故この広い会場で国王陛下にぶつかるというのだ。
自分の運の悪さと不敬罪になる諦めが身体を駆け巡っていく。
疲れたようにぶつかった相手を一度も見ずに腰を一番低くしながら頭を下げた。
「……大変申し訳ございませんでした、国王陛下。
わたくしの不注意で陛下に触れてしまった不敬、どうかお裁きください。」
14歳にしては不自然なほど静かに、落ち着いた声で低く陳謝の言葉を述べる。
自分の目の前にいる国王の足元を見れば、履かれているブーツに宝石の装飾が施されている。
その後ろに垂れる長く赤いマントが少し揺れるのが視界に映った。
「顔を上げよ」
その言葉に姿勢はそのまま、まるで何かを請う貧しい者の姿のように顔だけをそっと見上げた。
初めて見る王は、威厳を表すようなもみあげから伸びる勇ましい金色の髭に優しさの感じられない、人を見透かす威力がある蒼眼がそこにあった。
ジェーンの顔は、焦る慌てるなどの顔ではなく、諦めと仄かに残る不機嫌な雰囲気が表情を作っている。
「ほう……」
その余りの反発感がありあまる少女の挑発的な眼差しに驚いたのは王の方であった。
王はその残虐的な視線でジェーンを遠慮なく見つめる。
身体は幼くとも彼女の眼差しはいやに大人びていると感じる。
何より国の最たる人間に直接そのような眼差しを向けるとは相当肝が座っていると伺えた。
王の目がとても面白い玩具を見つけたと言っているように光った。
「私の体は女ごときではどうにもならん。そうだろう?」
そうわざとらしく大きな声で言いながら広く大きな手でジェーンの肩を二回叩く。
そのわざとらしい演出に観客の人々はほっと安堵した表情に変わる。
流石陛下寛大であられる、と感嘆する者さえもいた。
「我が王よ、貴方様はなんて寛大だ」
その誰かの言葉に皆が頷き、緩和された空気にわらわらと円をなしてジェーンを見ていた野次馬は再びパーティーへと解散していった。
注目を無くしたジェーンは許されると思ってもいなかったため、借りを作ってしまったようで嫌だと、やはり不機嫌そうな顔を王へと向ける。
どうしても無意識に信用出来ないと警笛を鳴らすジェーンの胸の内は、もはやこの男に向かっては不機嫌な顔以外に出来なくなってしまっていた。
「お許しくださるのですか?」
その不躾なジェーンの問いに、王は先程とはまた違った例えがたい表情をしていた。
例えるならば飢えた肉食動物が獲物に舌舐めずりをする時に似ているかもしれない。
問いには答えず、ジェーンにしか聞こえないだろう小さな声で囁いた。
「今晩私の寝室に来い。」
その一言にジェーンはぎょっと反射的に王を睨むも既に王の視線は他へと外されていた。
「………」
ジェーンはしばし放心した後、あまりの屈辱に拳を握りしめる。
怒りで身体が震えないように唇を強く噛み締めた。
どこまでこの場所の者達は女を馬鹿にするのだろう。
寝室になんて行くわけが無いだろう。
中年にまで年老いた分際で14の身体を弄ぶというのか、気色が悪くて鳥肌が止まらない。
何が待っているのかだなんて明確で、さもお光栄なことだと言っているような余裕の笑み。
「……行く訳が…ないでしょ」
苦しく吐き出した怒りの言葉には誰にも届かなかった。
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