テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

文字の大きさ
36 / 171
特異の入廷者

2-13

しおりを挟む




予期せぬ事件は、夜に突然起こった。


「はぁ………」

ジェーンはパーティー会場のホールの一番端にある大きな柱に、体を預けるような姿勢でもたれ掛かっていた。

パーティーは大盛況で声が響く程の広さの会場に人が溢れていた。
王妃の余計なお世話のせいで、したくもないおめかしをし、行きたくもないパーティーにいるという居心地の悪さでジェーンは何回と数えられないほどに溜息を漏らしている。


しかし王妃は王妃で心の底からジェーンへの気遣いしかないのだからことさら始末が悪い。

私は一体ここになにしに来たんだっけ……。


馬鹿みたいに煌びやかなドレスを見に纏う女達の浅はかさや馬鹿さが目について仕方がない。
なにより現在その馬鹿な女達と全く同じ姿でパーティーに佇む自分に一番苛立っていた。



エリザベス王妃は流石は国の母である立場なだけあり、沢山の者達に囲まれ談笑をしている。
お付きとして招かれたはずのジェーンが入り込む空間などはそこには到底無かった。

並べられた食事も殆ど手を付けず、お酒をまだ嗜むほど大人でもないので飲み物も取らないジェーンの姿は、まさに意気揚々と盛り上がるパーティーの中で空気と化していた。


今のジェーンにとって、位の高い男に色眼鏡を使うという悪知恵も意味のない事だと悟ってしまった故に行動に移す気も無く、不機嫌面で周りをただただ見る。


「失礼…」


ふと聞いた事のある声が会場の遠くの方から聞こえジェーンは反射的に顔をそちらへ向ける。


この声は、カスパル・ラザフォード…。
パーティーで辛うじて見つけた唯一の顔見知りはカスパルだけだ。


視線を向ければまさにカスパルが軽く会釈をしながら人の中を縫い歩き、出口の扉へと向かって行っているところだった。
まだパーティーは終わるような時間ではないというのにもう帰るというのか?

カスパルもジェーンがこのパーティーに出席してることなどきっと気づいていないのだろう。
つまらない気持ちになったジェーンはカスパルから視線を外そうとした。


「……?」

視線を外そうとしたその時、カスパルの丁度後ろに位置していた髪に沢山の装飾を施した厚化粧の娘が、カスパルの後ろで小さな紙に何かを吹きかけて折りたたみ、そのままスッとカスパルの後ろポケットに忍ばせたのだ。


ジェーンは目を見開き思わず声を出しそうになる。
しかし当のカスパルはそれに全く気付かず前の人だかりを避けることに集中しているようだった。

吹きかけた何かは、きっと香水だ。
恐らく夜のお誘いでも綴った恋文か何かだろう。

このような手口は実にいやらしい。あそこまで近付けるなら話しかけてしまえばよいものを。


不本意に見かけてしまったジェーンは未だ紙に気づかないカスパルに、油断して歩くなと文句をつけに行こうと、遠くのカスパルを見ながら足を早め始めた。



その時のジェーンには会場の雰囲気が変わった事も、その源である人物がジェーンのすぐ近くにいる者とも気づくことが出来なかった。

「ちょっと待ちなさいよ!」


ジェーンはあくまで不機嫌そうに、遠くなっていくカスパルを呼び止めようと声を漏らした時、肩に打つかる衝撃が走る。


「……っ」



急に誰かに打つかり、何よ!と苛立ち見るような目で肩の先をを睨みあげた。


そこで初めて辺りが不気味を通り越す怖さで水を打ったように静まり返っている事に気付く。
人々はしばしば動きを止めて驚愕の表情を浮かべていた。


「国王陛下、ご無事でしょうか…?」


不意に何処かから聞こえた粘ついた女の声にジェーンは、ああ…と血の気が引く。
ジェーンの肩がぶつかった相手はレグランド王陛下だったのだ。


「あの小娘、不敬罪だ……」

「陛下になんてことを……」


周囲から漏れる小さな言葉と突き刺さる視線にジェーンは唇を震わせる。
こんな所で目立ちたくなど無かったのに、よりによって何故この広い会場で国王陛下にぶつかるというのだ。


自分の運の悪さと不敬罪になる諦めが身体を駆け巡っていく。
疲れたようにぶつかった相手を一度も見ずに腰を一番低くしながら頭を下げた。


「……大変申し訳ございませんでした、国王陛下。
わたくしの不注意で陛下に触れてしまった不敬、どうかお裁きください。」


14歳にしては不自然なほど静かに、落ち着いた声で低く陳謝の言葉を述べる。


自分の目の前にいる国王の足元を見れば、履かれているブーツに宝石の装飾が施されている。
その後ろに垂れる長く赤いマントが少し揺れるのが視界に映った。


「顔を上げよ」


その言葉に姿勢はそのまま、まるで何かを請う貧しい者の姿のように顔だけをそっと見上げた。

初めて見る王は、威厳を表すようなもみあげから伸びる勇ましい金色の髭に優しさの感じられない、人を見透かす威力がある蒼眼がそこにあった。


ジェーンの顔は、焦る慌てるなどの顔ではなく、諦めと仄かに残る不機嫌な雰囲気が表情を作っている。


「ほう……」

その余りの反発感がありあまる少女の挑発的な眼差しに驚いたのは王の方であった。

王はその残虐的な視線でジェーンを遠慮なく見つめる。
身体は幼くとも彼女の眼差しはいやに大人びていると感じる。
何より国の最たる人間に直接そのような眼差しを向けるとは相当肝が座っていると伺えた。

王の目がとても面白い玩具を見つけたと言っているように光った。


「私の体は女ごときではどうにもならん。そうだろう?」


そうわざとらしく大きな声で言いながら広く大きな手でジェーンの肩を二回叩く。


そのわざとらしい演出に観客の人々はほっと安堵した表情に変わる。
流石陛下寛大であられる、と感嘆する者さえもいた。


「我が王よ、貴方様はなんて寛大だ」


その誰かの言葉に皆が頷き、緩和された空気にわらわらと円をなしてジェーンを見ていた野次馬は再びパーティーへと解散していった。


注目を無くしたジェーンは許されると思ってもいなかったため、借りを作ってしまったようで嫌だと、やはり不機嫌そうな顔を王へと向ける。
どうしても無意識に信用出来ないと警笛を鳴らすジェーンの胸の内は、もはやこの男に向かっては不機嫌な顔以外に出来なくなってしまっていた。


「お許しくださるのですか?」


その不躾なジェーンの問いに、王は先程とはまた違った例えがたい表情をしていた。
例えるならば飢えた肉食動物が獲物に舌舐めずりをする時に似ているかもしれない。

問いには答えず、ジェーンにしか聞こえないだろう小さな声で囁いた。

「今晩私の寝室に来い。」

その一言にジェーンはぎょっと反射的に王を睨むも既に王の視線は他へと外されていた。

「………」

ジェーンはしばし放心した後、あまりの屈辱に拳を握りしめる。
怒りで身体が震えないように唇を強く噛み締めた。

どこまでこの場所の者達は女を馬鹿にするのだろう。
寝室になんて行くわけが無いだろう。
中年にまで年老いた分際で14の身体を弄ぶというのか、気色が悪くて鳥肌が止まらない。


何が待っているのかだなんて明確で、さもお光栄なことだと言っているような余裕の笑み。


「……行く訳が…ないでしょ」


苦しく吐き出した怒りの言葉には誰にも届かなかった。















しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...