テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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特異の入廷者

2-14

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「シム……?」

小風はそっと友の名を呼びながら、自分達が使っている宿直室の扉を静かに開けた。



小風はカスパルを見送った後、石畳の道を逆に進みシムの捜索を再開させたのだった。

しかし目当ての人物の影を教会周辺で見つけることもできなかった。
他に目星もないのでとりあえず一度宿直室へと戻り、シムが入れ違いで戻っていないか確認しにきたのだった。


扉を開ければ案の定奥のベッドから寝息が聞こえ、小風はふぅと知らず知らずに安堵のため息を漏らした。

体を滑り込ませるように音を立てず中へと入れば、シムは上半身だけうつ伏せ状態に預け床にへたり込むような形で気持ち良さそうに寝息を唱えていた。

「……くく」


そのあまりの間抜けな寝相に自然と頬が緩んだ。
同時に、そんなになるまで頑張っていたのかと慈しみの眼差しでシムを見つめる。


小風はゆっくり近寄り、シムの脇に腕を差し込み抱き込むようにシムを持ち上げた。

小風の細長い腕は見た目よりも筋肉が付いているため、シムは軽々と持ち上げられる。
急な体制にシムの首がかくんと後ろに倒れるも、シムは全く起きる気配もなく小風に全ての体重を預け眠る。

これでは本当の赤ん坊だな。

小風は間近でシムの寝顔をじっと意味もなく観察した後、きちんとベッドに寝かせてやり毛布もかけてやる。

「お疲れ様、シム」


一度シムの髪に優しく触れてから小風は離れた。
シムはとても幸福な気持ちに満たされた。








その夜、シムは空を飛ぶ夢を見た。

とても気持ち良い風に吹かれて、シムは馳せる気持ちを抑えながらどこか急ぐように飛んでいるのだった。

シムの目的とする広く青い草原には、白い簡単なシャツ一枚を見に纏ったカスパルがこちらに優しく笑かけながら大きくそして男らしく手を振っていた。

こっちだ、こっちにおいで、と。

それにシムは嬉しい嬉しいと全身が喜んでいるのだ。
そして、あと少しで筋肉で硬く厚い、広い胸に飛び込む直前で目を覚ました。


「……か……」


まだ覚めたくなかった、と寝ぼけ眼でシムはうーんと毛布に顔をぐりぐりとなすりつける。


目の前の小風は既に起きており、宮廷に閉じ込められてからすっかり日課となってしまった読書に勤しんでいた。

「お、おはよう、小風」


「うん。おはよう、シム」


小風はたんたんと返事を返すとパタンと良い音を立てて本を閉じる。
「君が喜んで残業するような人間だと、昨日初めて知ったよ」

残業……とシムは心で復唱するも、なんと答えたら良いかわからず、辿々しく口を開く。


「考えてると、よ、夜に、なることが、多くて」


その言葉に小風はびっくりしたあと盛大にため息を吐き出した。
こんなに分かりやすい嫌味もまともに嫌味と判断できないのか。この男は本当に20半ばなのか。


「もういいよ。
僕は帰らない君を心配していたんだぞ」


小風は諦めて素直に言う作戦にシフトする。
それでシムもようやく理解出来たらしく、申し訳なさそうに頭を下げた。

「そっか…それは、ごめん、ありがとう」

素直に謝るシムを見ながら、元々怒るつもりでもなかった小風はそれ以上 この話題を続ける気も無かった。


「庭の良い策は生まれたのか?」


その言葉にシムは小さく頷く。

小風もそれに頷いてみせた。
それならば今日からこの男は動くのだろう。
庭になると途端に頑固で強い芯をちらつかせるシムは小風の心配を他所にまた引き続き頑張るのだろう。


「遅くなる前に帰って来ないと部屋の鍵を閉めるからな」

小風の精一杯の優しさの言葉なのだがその言葉はやはり嫌味たらしい台詞になってしまう。
自分の意地悪な言葉に小風はうーんと眉を寄せるが、シム閉められたら大変だと言うように勢い良く首を縦に振った。

「う、うん!」


小風がシムを締め出すなどあり得ないが、すぐに応えてくれたシムに小風は何故か嬉しい気持ちを抱いていた。






宿直室を後にしたシムは早速教会へと足を進めた。

「…」

長い廊下でシムは歩きながら、アベルから貰った黒い手袋を外した。

その手の甲には痛々しい傷跡が、雫を落としたように一点存在していた。

もうすっかり完治したそこは小さな丸に肌が引きつれた後があり、まさにハイヒールの切っ先と同じ大きさの傷だった。
この傷はもう一生消えることはないのだろう、とその周辺の肌の様子が語っている。

しかしシムはこの傷を負わせたジェーンを怒ってはいなかったし、恨んでもいない。
何故そんな事をしたのかはもう理解をしているつもりだし、誰しもむしゃくしゃしたり感情が昂ぶる事はある。
これは仕方が無い事故なのだと、シムはジェーンを許していた。




黒い手袋を軽く折りたたみ、よれたパンツの後ろポケットにねじ込む。

これから教会に行くのだからアベルからのお守りを付けて行くことは出来ない。
シムは先日のことを思い出し、確かに神聖な場所に手袋をはめて足を踏み入れたことは冒涜だったかもしれない、と悔いていた。



肌寒く使用人が行き交う朝の宮廷。その大きな廊下を渡り切り、教会へ向かう道に続く小さな裏口をカタンと音を立てて開ける。


そこをくぐり抜けると、石畳の道の遠くで鳥に餌をあげる最近見た人物を捉えた。


「…神父様……」


相手はまだこちらには気づいてはおらず、仏頂面のまま寄ってくる小さな鳥達にパラパラと何かパン屑のようなものを与えている。

こんな穏やかな朝の風景に自分が割って入っていいのかとても迷ったが、ここで待ち続けても途方もないのでそっと伺い足を進めることにした。



神父とシムの距離が半分ほどに縮まった時点でようやく足音に気づいたのか、神父はシムの方へと振り返る。

振り返りシムを視界に捉えた瞬間、とても嫌なものを見るような眼差しでシムを途端に睨み、シムは怯んだ。


「何しに来た!庭師め…よくもまたのこのこと…」

シムに攻撃的な発言を繰り返す神父に、シムは拳を握り締め勇気を出して神父に頭を下げた。


「こんな、朝に、すみません。
どうしても、聞いて欲しい、ことが、あります」


神父はシムの長く話す初めて見る姿に、吃り方が成人男性にしては多いこの男は障害を持っているのかと驚き、反論することをしばしば忘れた。


「ドリーさん、から伺い、ました。
虫が入って、来てしまったって……。
本当に、本当にすみませんでした」


同じ庭師であるドリーの不注意は確かに此方に非があるため、シムは真剣な眼差しできちんと神父に謝罪の言葉を述べた。


「……お前が、何故謝るんだ…!」

やっとの思いで出した神父の言葉は思ったよりも強張ったものになっていた。

こんなにも真剣に見つめられては話も聞かずに否定し続けるには、この罪のないただの庭師は背負う必要のないものまで背負わせてしまうからだ。

神父は堅物で他人にも自身にも大変厳しいが、長年生きてきた糧はきちんと反映されたとても人間らしく老人らしい人間であった。


「しかし神様の周りには、沢山の命に囲まれた、尊い場所であって、欲しいんです。
ドリーさんも、そう想って庭を、作ったことを、知ってほしいです。
そして私も、その想いを、大事にしたい。
人や生き物や、植物が、全部……全部共存出来るような、庭を私に、作らせてください!」


神父はシムと言う庭師のことを漸く理解してくる。
この男は障害者ではなく、おそらく極度の上がり症か吃り症なのだろう。

しかし吃りながらもこちらを直視し一生懸命伝えようと奮闘する姿は、挙動不審だがこの男なりの必死さの表れなのかもしれない。

ただ馬鹿にしてきているのかと思っていた神父は、考えを改め以前よりかは少し聞く耳を持つ姿勢を取り始めた。


「……そんなのは、理想論だ。
現にわしは虫のせいで、貴族の御令嬢を怖い目に合わせてしまったんだぞ……?」


シムもまだ自分の案にきちんとした自信が持てないのか、顔を少し曇らせるがこの禿げた庭跡をどうにかするしかないという気持ちが強く、少しの間を空けて再び口を開いた。


「私も、もっともっと、草について、勉強します。
共存出来る庭を、作るために、
一年だけ、時間をいただけませんか?」


お願いします。
シムは一言、しっかりと言葉にして頭を深く下げた。


お願いしますの一言は全く吃らず、朝の透き通った空気に響き渡るようだった。


神父は深く頭を下げるシムをまじまじと難しい顔で見つめる。

再び貴族の方々に何かあっては責任者として今度こそ自分に刑が下るだろう。
だが神は人間以外の尊い命にも寛大でいなければならない。そしてその全ての親である神に仕える者はまさに自分なのだ。

神父は皺だらけの硬い手をもう片方の手でさすりながら考えた。


「……か、考えておこう。」


そう短くぶっきらぼうに言うと頭を下げるシムとは反対の教会の方へと体を回し、足早に足を進め始めた。


「は、はい…!」


やはりすぐに許しを得ることは難しかったか。
それはそうだ、自分が本当に共存出来る庭を実現させられるのか、具体的な説明も出来ていないのだから。

加えて昨日の今日、まだ庭師に対して少しでも恨みを持つ者に、新米でしかも男の庭師を信用してくれという頼みは受け入れてもらえる可能性はとても低い。


明らかに落胆したシムの返答に、神父は一度ぎょっとしたように振り返るもすぐに顔を元に戻す。


「…もし一年の間で虫が一度でも教会に入ってきたら、考えるのを止めてすぐにでも熱湯をかけてやる。」


その言葉に今度はシムが頭を勢い良く上げる。

神父は一年間考えることで猶予をくれるという意味合いだったのか、とシムは顔が綻ぶ。
本当はお優しい方なのだ。
この人のことも怖い老人だ、と決めつける前に知ることが出来て良かった。

シムは今度は喜びの感情を言葉に乗せて口を開く。


「ありがとうございます!」

「………ふん」



シムは気付いていなかった。
神父がもう一度庭を任せたのは庭師を許した訳でも虫が来ても大丈夫な訳でもなく、ただシムの真剣さと一生懸命さに神父が久しい優しさを見せた事を。


そして数日後その話をミシア伝いに聞いたドリーは、あの頑固な糞爺が優しさを見せるとは!と言い大変驚いていたと、さらに数日後シムもミシア伝いでそれを聞くことになる。













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