45 / 171
成長、彼の情
3-5
しおりを挟む「また侍女が身籠ったそうだぞ…。」
「お相手はまたしても陛下だそうだ、王妃様もお可哀相な方だ…。」
ジェーンの妊娠が発覚してから数日後、カスパルと執事の会話を盗み聞いた第三者、もしくは医者や執事が忙しなくジェーンの部屋を行き来する場面を目撃した者かが、ジェーン妊娠の噂を瞬く間に広めた。
昼下がり穏やかなはずの廊下も水面下でひそひそと話題沸騰だった。
エリザベスも数日前から体調を崩していると発表され、寝室から姿を現してはいなかった。
それが尚更ジェーンの噂に拍車をかけていた。
慌ただしい宮廷内を、一人長身の黒い制服を身につけた男、小風は辺りを見渡しながら歩いていた。
三日前、シムにカスパルに対しての気持ちを薄らと気付かせてしまってから、小風も小風なりにシムをそっとしておいてやろうと気遣い、会いに行くのを控えていた。
しかしいつまでもそんな事を言っていてもしかたがないので、今日小風はシムに会いに来ていたのだった。
(…凄い噂の飛び交い様だな…。
城下町の治安が悪くて大変だと言うのに、貴族は妊娠の噂で大変、ということか。
お気楽なことだ)
小風は目を輝かせて噂話をする貴族達を馬鹿にした様に眺めながら、教会の庭を目指した。
今日も小風は一件の処罰に当たってからここに来ていた。
貴族の屋敷が平民によって放火され全焼した事件を、小風の所属する第3部隊総出で犯人を捜索していたが、貴族よりも平民の数の方が圧倒的に多い城下町では、街全体で犯人を擁護している雰囲気すら感じられる程誰も犯人に関しては口を割る者はおらず、捜査は難航していた。
それに加えて、最近特に自分の所属する憲兵隊の中にもレグランドの情勢や国王の振る舞い、行政に不満を抱く者が増えていることが小風は気がかりだった。
その意見は概ね小風も共感できるものの、噂では貴族に敵対する平民に武器を横流ししたり情報を売る憲兵隊までも現れだしているようだった。
発覚すれば直ちに処罰されるような行為だが、処罰をする憲兵隊側も同僚を完全に否定できない部分もあり、今の憲兵隊は非常に脆い状況にあった。
革命が起きるのではないか。
小風はもう随分前からその予想を抱き続けていた。
しかし今まで国の敵になるような事をしてこなかったのは、祖国にも帰れない一人の東洋人である自分に職を与え、不自由なく過ごさせてもらっている恩義であり、何よりカスパルやシムがこの国にいる限り自分が国を裏切る様な事は出来ない、と小風は苦虫を潰した苦い顔で考える。
小風はハッとし頭を軽く振った。
今日はシムに会いに来たのだからもう仕事の事は考えたくない。
シムの気持ちを掻き乱してしまったのだから、今日は友人として沢山シムの話を聞いてやろう、と静かに深呼吸をした。
庭にたどり着くと、思っていた通りにシムが庭の中心で薬草を黙々埋め葉を選定しているところだった。
「シム」
小風が呼びかければ、シムはぱっと顔を上げ若干目を見開く。
会いに来てくれると思っていなかったのか、嬉しそうに口が緩みそうになるも、カスパルへの気持ちがばれていないかと不安になりすぐに口がへの字に戻る。
なんと小風に声をかけて良いかわからず、意味のない吐息の様な声しか出ない。
「…、……。」
そんなシムの様子に小風は思っていた以上に混乱させてしまったのかと困ったように笑った。
あえてこの間の事は話題には出さないと決めていたので、自然に近寄り軽く微笑む。
そんな小風の表情に、シムもいつも通りの小風の雰囲気を感じ意味の無い緊張を少しほどいた。
「……し、小風…」
「煮詰まってるだろう。
どうだ、僕と少し城下町に遊びにいかないか?」
小風は優しくシムの頭に手をかけ髪を梳く。
シムはびくっと肩を震わせながら、遊ぶ…と言葉を漏らす。
シムは今まで遊ぶような友達はいなかったので、遊ぶというお誘いにどう返答をしていいものか迷った。
遊ぶとはどんなことをすればいいのか全く検討がつかない、そもそもシムには遊ぶほどの金もない。
小風に迷惑をかけてしまうのではないかと不安になる。
「えっと……、…」
ありありと返答に困っているシムを上から見守りながら思わず吹き出す。
そんなに考えなくて良いだろうに、この男はなんて真面目な赤ん坊なのだろう。
「くく、そんなに考えなくていいよ。
僕が誘いたいと思っただけなのだから、君は僕にエスコートされればいいんだ。」
なぜか可笑しそうに笑いながらシムを見る小風に、ますます不思議に感じるも、朗らかに微笑む小風を見上げながらどうやら嫌われていない、先日のことを気持ち悪いと思われていないようだとシムは心の底から安心し涙が出そうになる。
小風はシムにとっては色々気にかけてくれる大切な友達であり、いなくなってしまうのはとても恐ろしいことであった。
しかし小風の言ったエスコートという事も理解が出来ず、エ、エスコート…とまたしても声を漏らす。
分かりやすく分からないと主張してくるシムを愛しそうに目を細めて見ながら、シムの手を優しく取った。
「僕について歩いていれば楽しいと言うことだよ、シム」
「カスパル様、わたくしはこれで…。」
昼だと言うのに全ての扉が閉まった何もない白く暗い部屋の小さな木椅子にカスパルは腰をかけていた。
医者の従者の女は白い服に身を包み、カスパルに一礼をしそっと扉を閉め退出をした。
カスパルは一度ありがとう、とだけ返事をし、目の前の死んだように横たわる少女をじっと見つめていた。
カスパルはあの夜から数日、自分の身の回りの用事を一旦片付けて今日やっとジェーンの見舞いへとやっと訪れる事が出来ていた。
昨日カスパルは審問にかけられた。
審問と言っても、宮廷に住むレグランド国以外の出身者が最近行われており、他国のスパイをしていないか簡単に査定する内容に過ぎないものの、カスパルは有する情報も多く機密情報も多く含まれることから、カスパルの審問は些か長いものになった。
その原因としては定例議会の際にルージッド国の王とカスパルが数回話を交えているところを目撃されているせいで、情報を流していないかと疑われているようだった。
もちろんカスパルはスパイなど全く身に覚えのないことだが、古い貴族衆の中には、他国の人間がレグランドで高い地位に立っている存在が面白くないと思う者も少なくなく、難癖を付けてきては否定をするという不毛な審問が繰り広げられた。
そんな貴族派の者が国王にもカスパルの審問の件を話したらしく、不安要素を拭いきれないという理由で、今後の遠征や近隣諸国との定例議会への護衛は当面カスパルを起用しないという内容の電報が今日届いたばかりであった。
カスパルの立場は徐々に確実にこのレグランドという国の宮廷内で悪くなっていた。
それはレグランドの不安定な政治、宗教不一致からなる戦争か不満を募らせた平民の反乱か、淀みだした国の雰囲気と比例するようにカスパルは静かに発言権を無くしつつあった。
しかし、死んだように白い顔で眠り続けるジェーンを薄暗い部屋で眺めるカスパルの目はとても落ち着いていた。
自分の立場よりもこの子が心配だ、と眉を潜めた。
こんな国の状況で国王への支持も下がる今、この幼い身体の中にはまさに国王の子供が育っている。
無事に産めるだろうか、ジェーンは無事でいられるだろうか。
せめて目を覚ましたジェーンが安心してここで産めるくらいにはしっかりしていたい、と自分を叱咤激励する。
「はぁ…。」
カスパルはシムの事を考える。
シムにジェーンの事を伝えるべきか。
おそらくジェーンとはテューリンゲンの屋敷以来顔を合わせていないだろう。
シムはジェーンに興味などないかもしれないし、ジェーンがシムのことをどうとも思っていない雰囲気を思い出すと仲が良いとも思えない。
シムなら、今のジェーンに対して何を思い、なんと言葉をかけるのだろうか。
しかしシムも今は大切な時間を過ごしている。
最近あまり会えていないがこの間図書館で話をした際は、庭をやはり頑張っている話をしていた。
薬草の特性を活かして虫を何とかできないかと悩んでおり、一緒に薬草の図鑑のページを捲った記憶が蘇る。
シムはせっかく今集中して庭と向き合える貴重な時間を過ごしているのだから、余計な心配を自分が寄越すことはないだろうとカスパルは結論に至る。
いずれ嫌でも必ず耳に入ると時は来る。
その時が来て知れば良い。
所詮早く知ったところで、男という生き物は妊娠には関われない。
何の力にもなれないのだから。
まさに今の自分であるとカスパルは少し拳を握る。
こんなに小さい身体で受け止めた男の本性はどんなに辛かっただろうかと、想像も出来ない惨さにカスパルは胸を痛めた。
「……」
カスパルは無意識にシムの姿を思い出し、無性に会いたいと、行き過ぎた感情であることにも気付かず目の前の少女を見つめ続けた。
23
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~
TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】
公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。
しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!?
王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。
これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。
※別で投稿している作品、
『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。
設定と後半の展開が少し変わっています。
※後日譚を追加しました。
後日譚① レイチェル視点→メルド視点
後日譚② 王弟→王→ケイ視点
後日譚③ メルド視点
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる