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成長、彼の情
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しおりを挟む「ラ、ラザフォード隊長…!」
話し込んでいたのはどうやら宮廷付きの医者とエリザベス王妃の執事の男であった。
カスパルを見るや否や慌てた様に二人はお互いを見やる。
「ジェーンがどうかしたのか?」
カスパルのその言葉に二人はまたしてもお互いを見やり、どうやらカスパルに話して良いものなのか目で思案しているようだった。
しかし結局エリザベスはカスパルに言うかもしれないと執事は悟り、少しの間を空け重々しく口を開いた。
「ジェーン様が、ご懐妊されました…。」
「懐妊…?」
カスパルは全く予想外の返答に、思わず間抜けな表情で聞き返してしまった。
カスパルの記憶の中ではジェーンは未だ10代半ばの子供である。
女らしい身体付きに成長してもいない子供が、懐妊などと到底信じられない事だった。
「しかしジェーンは…まだ子供だぞ…」
絞り出すように恐ろしい言葉を口にするかの様にカスパルはエリザベスの執事に問いつめた。
「はい…。
なので、ジェーン様の悪阻は他の者よりも深刻でして、現在ジェーン様は絶対安静と医者に告げられております…。」
カスパルは頭を金槌で打たれた様な衝撃が走る。
悪阻が深刻かそうではないかが問題ではない。
あんな子供を妊娠させるような非道な男は一体誰なのかと、迫り上がる憤怒で両の拳がわなわなと震えた。
「王妃にはもう伝えたのか…。
相手は誰だ…!」
怒りで唇が震えそうになるも、なんとか抑えて短く言葉を発する。
そのカスパルの言葉に、深刻そうに眉を顰めた執事はさらに重い口を開く。
「目撃情報から仮定するに、おそらく…国王陛下かと…。」
エリザベス王妃の寝室は、日もとっくに落ちたというのに蝋燭の灯りが一本も付いていなかった。
エリザベスは暗闇の中で、大きな窓に向かってその先の何もない暗闇をただただ見つめていた。
その後ろ姿にはいつもの凛とした雰囲気は一切感じられず、ひたすら恐ろしげな静寂さを感じさせた。
そんな薄暗い部屋にノックの音が控えめに響く。
「エリザベス様、ラザフォード隊長がお見えになっております。」
エリザベスの寝室の警備をしている護衛軍の一人が扉の前からエリザベスに問いかける。
通しなさい、とだけエリザベスは低く言い、その言葉の数秒後カスパルが扉を開け中へと入ってきた。
「エリザベス様、……何故です。」
その声色から十分すぎる程に伝わる怒りで、低く静かに説いた。
何故、ジェーンを守れなかった。
何故、陛下を止められなかった。
何故、分かるまでにこんなにも時間がかかった。
ジェーンはまだ子供なのだ、それを守るのは一番近くにいたエリザベスの仕事だったはずだ。
次々にエリザベスを攻める言葉が頭に込み上がってくる。
しかしそれと同時にカスパルも分かっていた。
その言葉がどれも全て、カスパル自身をも攻める言葉なのだということを。
エリザベスと同じくらいにカスパルも十分責任があったはずであり、それを全うできずジェーンを辛い目に遭わせてしまった自分に何より怒りが収まらないのだ。
そのためエリザベスを責め立てる言葉が込み上げるも言葉にできず、何故、という曖昧な言葉しか口から出てこなかった。
エリザベスはカスパルを見ようとはせず、いまだ窓の外の暗闇を見つめていた。
その背中は、とても言葉にならないと語りかけているようだった。
「…くそっ…」
カスパルも痛い程にエリザベスの心を理解していた。
エリザベスは正式な妻として隣にいながらも子宝に恵まれず、自分の身体一つで国の存続が危ぶまれている中、レグランド国王は次々とうら若き貴族の娘達に手を出し、挙げ句の果てにはジェーンの様なまだ未発達な子供の身体を弄んだのだから女としてのエリアベスを十分に愚弄していることと変わりない。
これ以上何もエリザベスに言う事が出来なかった。
ジェーンと同じ程、この目の前のエリザベスも深く傷ついているのだ。
「…過ぎた言葉を…申し訳ございません…。」
カスパルは先程怒りに任せて何故ですと言ってしまったことを詫び、静かにその場を後にした。
カスパルはエリザベスの寝室の扉を閉めながら、自分が強くならなければと強く強く自分の心を殴った。
自分が強くなり受け止める事で、ジェーンもエリザベスもこれ以上深く傷つく事の無いように支えて行きたい。
それは、カスパルがエリザベスに感じている大きな恩がそうさせているだけに過ぎず、レグランド国王への怒りは到底拭うことは出来ない。
カスパルは陛下の事を考えただけで未だに拳が震えそうになる衝動を堪える。
許さないぞ、国王…
カスパルはぎりっと強く睨みつけながら暗くなった廊下を歩き去った。
エリザベスはカスパルが退出したことを感じ、そっと後ろを向いたまま肩を小刻みに震わせた。
「…っ…、」
エリザベスは一生懸命声を押し殺しながら目を強く強く瞑り、激しい嗚咽を繰り返した。
エリザベスは王妃でありながら国王に愛されたことはなく、国王の考える事は常に分からなかった。
そんなエリザベスを侍女が馬鹿にするように陰口を叩いていることも知っている。
あまつさえエリザベスの近くで国王に抱かれた話を自慢する者さえいる。
それでも、ジェーンはまだ子供なのだから気にかけているつもりだった。
自分の考えは実に甘かったのだ、今となっては全てどうしようもなくなってしまったのだ。
エリザベスは申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになるのと比例して嗚咽をかみ殺し続けた。
「…っごめ…なさ…っ…、ごめん…さいっ……」
エリザベスの身体は、いつの間にか姿を現していた月に青白く照らされ、その身体はさらに小さく見えた。
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