テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

3-3

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狭い石造りの自室に、薄い扉の閉じる音が響く。
扉を背にしシムはそっと立ち尽くしていた。


シムが立ち尽くしている前には、くたびれた布団が乗った小さなベッドがあり、その上に図書館で借りた5冊の本が積み上がっていた。

シムは庭仕事を終わらせた後、その本達を抱えて図書室に行きがてらカスパルに会えたらいいなと思っていたが、今のシムには図書館へ行く気は到底生まれてこなかった。

先程は小風に酷い対応をしてしまったと感じていた。
せっかく自分に会いに来てくれていたのにろくに会話をすることも出来ず、土産だけもらってしまった。
小風が今度訪ねてきた時は目一杯謝らなくてはと心に誓う。


先程シムは小風に言われた事で酷く動揺してしまった。

しかし皆男なら女に興味があるのは当たり前なのだ。
20代半ばは一番嫁を貰う適齢の歳であり、カスパルは加えて高名貴族で役職も任されているのだから、そういった話は時間の問題ということも少なからず頭で理解しているつもりではいた。

ただ小風に改めて女が好きと言葉にされた時シムは、やはり明らかに”ショックを受けた”という表現が正しかった。
ショックとは何なのだ。

シムはぎゅっと眉を寄せて自分の身体に手を回す。

シムはカスパルが不節操だと言われたことにショックを受けたのか。
女好きというところにショックを受けたのか。

結論はそのどちらでも無かった。
カスパルの隣に永遠にいていいと許される存在が、いずれ必ず現れるということにショックを受けていたのだ。

そうすればもう今までのようにこの身分の低いシムを気まぐれに構う時間も恐らくなくなる。それが寂しいと感じてしまったことが罪深いとも自覚していた。


「……愚か、だ……」


女でもなく対等でもないこの冴えない見た目の、ただの男が何を勘違いすればこんな事を思ってしまうのだろうと、シムは自分を責める。
隣に立つ未来のカスパルの嫁にやきもちを焼くなど、幼い少女が童話の王子様に抱く恋心じゃあるまいし。


こ、こい………?


「馬鹿な………っ」
自分の思い浮かべた例えにさらに頭を揺さぶられる勢いだ。
馬鹿な考えを、と頭で強く否定をすれば否定をする程カスパルの頼もしい暖かな笑顔が何度も浮かんでくる。

同じ男に、恋をするなどあってはならない。

なんて恐ろしく気持ちが悪い。
気持ちが悪いのにシムの心の中は行くべき解答に辿り着いてしまったような納得感が激震していた。

自分が女なりたいのではなく、カスパルを守りたいのでもなく、ただ一人の男として男のカスパルの側に置いてほしい。単純な願いがそこにあることに初めて気がついてしまった。

きっと自分は気が狂っている。
誰にも受け入れられないだろう。

こんな狂気的な感情を、カスパルに絶対に知られてはならない。
もしもカスパルがシムに会うことがなくなったとしてもこの感情は秘密にしなければならない。


「し……知られては、ならない……」


自分の罪を誰にも見せないかのように、零れ落ちた涙を見えないように手のひらを瞼に重ねた。












暗くなり始めた宮廷の大理石で出来た廊下に、足早に響く足音が縦断していた。

カスパルはその日も会議があり、妙に騒がしくなってきている城下の事も含め様々な議題を話し合っていた。

そのせいで今日カスパルは図書館へ寄ろうと思っていた予定が延ばされてしまい、自然と図書館へと急いでいた。
途中正門とは正反対の北側、教会のある方がよく見える廊下の一角で、ふと窓の外に視線を向けた。

もう外も暗く、うっすらとしか情景が見て取れなくなっているものの、シムの作り続けている庭は一望できた。

前回見た時より草木は増え、生命力が増した様に見えつつ整頓され始めているとも感じた。
それはまさに日々シムが真剣に見つめ合っている賜物である。
カスパルは自然と歩きながら口元を緩めた。

シムと出会い、交流を深める様になってからカスパルは随分と緑や自然を意識して視界に入れる事が増えたと感じた。
シムと出会ったおかげでカスパルは花を知り、自然が小さくそして大きく偉大である事も知った。


きっとこの宮廷でもそれに気付く者が現れることだろう、シムの手によって。
いやそうなってほしい、とカスパルはシムの横顔を思い出しながら願う。


カスパルは視線を前に戻し、次の曲がり角を曲がろうと顔を上げた。
その時、曲がり角の先からなにやら聞こえる話し声に気づき、カスパルは無意識に歩を緩める。


「………、で……様……」
「いや………は……ン様……う」


カスパルはその穏やかそうではない声色に、顔を引き締め曲がり角を曲がる。
声を顰めて話している二人の者はまだカスパルに気付いていないようであった。


「…ジェーン様……治……ます。」
「お相手は……、大変……た。ジェー…様……」

ジェーン…?
カスパルはすぐに挑発的な表情を作るまだまだ幼い少女の事を思い浮かべた。
ジェーンに何かあったのだろうか、そう言えば最近見かけていないと気付く。

人違いか?と思いつつも、様を付けられる地位の者に早々名前の同じ貴族もいないと思い、カスパルはかけ寄るように話し合う二人へ歩み寄った。

「ジェーンとは、ジェーン・テューリンゲンの事か?
何があったんだ。」









 

 
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