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成長、彼の情
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しおりを挟む「そんなに寂しそうな顔をするな、シム。
また君に会うために遊びに来るよ。」
そう穏やかな表情でシムに告げ、小風は宮廷を後にした。
ちょうど図書館の入館許可が下りた一週間後ほどの事だった。
シムに宛てがわれる予定だった従者用の小部屋の用意が整った事と、保護観察の任が解かれた為に小風は通常業務をするべく、王都の城下町へと戻って行ったのだった。
シムはもう小風と寝屋を共に出来なくなる事や日課となっていた夜のたわいもない会話がこれからはないのだっと思うと、寂しい気持ちで堪らない思いだった。
しかし小風が宮廷を離れる際シムに行った言葉はしっかりと守られ、本当に頻繁にシムの顔を見に来たのだった。
そして遊びに来る度に城下町の状況や情報をシムに言って聞かせた。
情報に著しく疎いシムでも城下は今あまり治安があまり芳しくなく、暴動や貴族の屋敷の放火事件も時々起こっていることを知った。
小風はいつも遊びに来る際は城下で手に入れたらしい様々な物を手土産として持ってきた。
片手に収まる程度の量だが、食べ物だったり花や薬草の種であったりと、いずれにしてもシムのことを考えながら選んで持ってきているものに違いなかった。
そして今日も小風は片手に小さな紙の包み紙を持って宮廷の奥の教会の庭を訪れていた。
「シム」
細身で長身に加えて黒い憲兵隊の制服は不思議な雰囲気を醸し出し、目を引く。
そんな小風が軽やかに長い腕を振り、シムへと歩み寄った。
シムは庭の中心に踞り土を移動させているところだった。
小風の呼びかけにパッと顔を上げて素朴な顔が綻んだ。
顔や服に泥をつけたまま立ち上がり小風の方へと歩み寄った。
「小風!こんにちは。」
「今日の手土産は胡桃のクッキーだ。
どうせ君はまた昼を食べてないだろう?」
小風の言葉に図星を突かれたシムはどこかばつが悪そうに笑ってみせる。
そんなシムも小風は想定の範囲内らしく、いつもの事だけどな、と呟いてシムの格好をまじまじと見つめた。
「シム、今日はまた一段と汚いぞ。」
シムはその言葉に自分が思っていた以上に泥だらけになっていた事に気付き、急いで払い落とし始める。
そんなシムを小風は穏やかに見つめ、少し遠い場所に位置する庭を見た。
「精が出るね。完成まであとどれくらい?」
シムは泥の付く手で鼻を擦りながら顔を上げる。
小風の問いに考える様に首を傾げながら少し眉を寄せた。
「まだ、少しかかり、ます。
手入れを、しなくても機能する…ような庭を、」
シムは教会に添うように自然にその場と共存の出来る庭を目指していた。
しかしそれは簡単ではなく、徐々に形になってきているものの現実に出来ていなかった。
形にするためにまだまだシムは知識が常に必要だった。
小風は感心しながら視線をシムへと戻したが、小綺麗になっているどころか顔に新たに泥がついており、思わず吹き出して笑った。
「面白いな、本当に」
そう言いながらシムの泥の付いた顔をそっと自分の制服の裾で拭った。
「っあ、ありがと…」
まさか小風に拭われると思っていなかったシムは完全に気後れし蹌踉めくと同時に、こんなに近くに小風の顔が近くにあるのが新鮮だと感じた。
小風は拭いながら、ほんの少しだけ目元を寂しげに細め小さな声で問いた。
「あいつとは会っているのか?
カスパルとは」
シムは拭われながら小風を見上げる。
小風はカスパルに会いたがっているのだ、と勘違いをしたシムは顔を綻ばせ首を縦に振った。
「はい。時々、図書館でお話します。
きっと今日も!」
シムの言葉通り、カスパルは入館許可が下りた日以降、隙を見ては図書館にへ時々様子を見に来てくれる様になった。
カスパルも巡回中や用事のついでの寄り道のため長くは居ないが、シムはその少しの密会が嬉しく、踊るような気持ちが今も身体に燻っているようだった。
「ああそう」
小風は拭っていた手をパッと離すと、嬉しそうに笑うシムをなんだか見ていられず顔をそらす。
そんな小風の予想外の素っ気ない態度にシムは何か間違った事を言ってしまったのだろうかと不安げな眼差しで見つめた。
小風も小風でカスパルに嫉妬のような気持ちを抱いているせいか、この面白くない状況を少し掻き乱してやりたいという邪念が思わず口を動かした。
「でもシム、君は線が細いから気を付けた方が良いかもしれないな?
あいつは結構女好きだぞ。不節操な男だからな」
少しカスパルの評価を下げてやろうと、この間の女物の香水を纏っていた親友を思い浮かべながら話す。
だがしかしシムは男なので気をつける必要等全くないのだ。
すこし冗談のつもりで言い、シムの顔を見て小風は言葉を失い固まった。
シムは全く無意識に動揺の色を乗せて視線を揺らしていた。
「きっと、引く手数多、だろうから、」
しまった、という後悔と同時にシム自身も気づいていないであろう感情をうっすらと小風は感じ取ってしまう。
なんだその目つきは…まるであいつを…
シムは自分がその顔に映してしまっている感情の重大さにまだ気がついていない。
小風は気付かせてやるべきか、やめろと引き止めるべきか考えあぐねた。
しかし、やはり先に来るのはシムの心を自分の軽率な嘘で揺るがしてしまっている後悔だった。
「、…なんてね。嘘だよ。」
そう言うのが精一杯だった小風はもう一度シムの表情を見つめた。
シムは今の会話で、女性と一緒になるカスパルを想像して寂しいなどと一瞬でも思ってしまった自分をじわじわと自覚し、自身に対する嫌悪感や烏滸がましさで気分が悪く吐きそうになった。
身分の低い男のくせにカスパルと仲良くなったつもりになってそんな感情を抱くまで驕って、一体何を思い上がっているのか。
そんな醜態を小風にも暴かれたくないシムは、冷や汗を浮かべながら必死に言葉を発した。
「いや…でも当然ですよ、ね。
歳も、良い頃合いだし…」
俺も良い頃合いの歳だけど…
皮肉のように心のどこかで呟く。
結局無理矢理絞りだした言葉は余計自分を傷付ける刃になってしまった。
小風は見るからに動揺するシムを見て今は一人になりたいだろうと思い、少し鼻をすすってシムの背中を優しく撫でた。
「お腹が空いて気が沈んでいるんだ。
これを食べて休憩したらいい。
それじゃあまたな」
そう言って胡桃のクッキーをシムの薄い掌に握らせ、少し笑ってからその場を後にした。
シムは手足がすっと冷えて行く様な感覚を味わいながらも、小風のまたな、という言葉に少しだけ安心したのだった。
「…また……」
掌に握らされたクッキーだけが妙に暖かく感じた。
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