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成長、彼の情
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しおりを挟む新米の庭師と地方貴族の侍女が入廷したらしいと噂が立ってから早くも3ヶ月が経とうとしていたある昼下がり、日差しが良く入る宮廷の廊下では3人の侍女達が一つの扉の前でこそこそと楽しげに話を交わしていた。
3人は皆綺麗に着飾り華やかな色合いのドレスを身に纏っている。
「おサボりにはこれぐらいがきっと丁度いい薬になるわよ」
「第一、新米がこんなに長い間わたくし達に仕事を押し付けてお咎めなしは虫が良すぎるものねぇ。」
お互い意地の悪い笑みを浮かべながら、それぞれの手には重そうな汚れた麻の袋が握られていた。
「いくわよ」
3人のうちの一人が短く告げ、残りの二人もそれに合わせて頷きながら勢い良く目の前の扉を大きく開く。
扉を開け3人の侍女が一歩踏み入ったすぐ先で、持っていた麻の袋を逆さにし中身をぶちまけた。
麻の袋から飛び出てきたのは大量の生塵だった。
生塵は嫌な強烈な異臭を放ち、濁ったへどろと共に絨毯を一瞬にして汚す。
「ジェーン!
いるのでしょう?ほうら、仕事を作ってあげたわよ!」
「あらあら臭い臭い、貴方の部屋はこんなに不潔なのかしら?」
二人の侍女は尚も袋を逆さにしながら、とても楽しそうに笑いながら声を上げる。
しかし1人の侍女は妙な異変に気付き、笑うことを止め部屋を見渡す。
黙りこくった仲間に気づいた二人は訝しげに視線を寄越した。
「どうしたのよ?
今更止めましょうなんて言わないでしょうね」
固まる侍女は小さく首を横に振るも視線は尚も部屋の奥に注がれる。
「生塵ではない臭いがするわ……」
そう言いながら一人が恐る恐る部屋の奥、ジェーンのベッドのある方へと進んだ。
そんな仲間を残りの二人は着いて行くことはせず、その背中を緊張したように見つめた。
その瞬間奥からつんざくような侍女の悲鳴が部屋の中に充満し、待機していた侍女も突然の悲鳴に連動したように悲鳴を上げる。
「きゃ…きゃあああ!!!」
突然の非常事態に3人は転がり出るように大急ぎでジェーンの部屋から飛び出た。
「お、王妃様に伝えましょう…!」
息を切らしながら重いドレスの裾を一生懸命持ち上げて必死に駆け出した。
エリザベスはテラスで侍女達が楽しそうにカードゲームに勤しむ姿を無言で見守っていた。
そのエリザベスの姿は何処か心ここに在らずとも言える様な表情だったものの、その微妙な変化に気付く侍女はその場にはいなかった。
エリザベスの頭の中にはジェーンへの心配が佇んでいた。
ジェーンはエリザベスが招いた国王の帰還パーティーから態度が少しおかしい部分があったのは気づいていた。
あのパーティーで国王に接触してしまったことについては国王が不問として事なきを得たことも報告をされているので、それに関して問題は解決されたはずだが数日はジェーンを気にかけていた。
しかし彼女はエリザベスの気遣い虚しく、数日の間焦燥の色が見え続け、そして4日目以降は不意に体調不良を訴え姿を現さなくなった。
ただ、王妃という立場は中々に付き纏うもので起床から夕食までは宮廷の誰もが立ち入ることの出来る公室で皆に慈しみを振る舞うことが国政に参加出来ない王妃としての重要な仕事のため、一日の大半に自由がない。
エリザベス個人の気持ちとしてはジェーンの部屋に自分が日中出向きたいところだが、公務を蔑ろにする態度と取られる危険性もある。
さらにはエリザベスが一侍女に過ぎないジェーンに目をかけ過ぎていると疑われれば、他の者の複雑に絡み合った力関係も揺らぎかねない。
中々に行動することが出来ない自分の代わりに、この3ヶ月間何度かは使いの者をジェーンへ向かわせたが、その彼らもどうやら立ち入ることは出来なかったようで尻尾を巻いてエリザベスの元に戻ってくるだけであった。
しかし最近になって、そっと放っといて彼女の気が休まるのであれば、その時間を与えることも良いのかもしれない、とエリザベスは次第に思い直していた。
侍女達の話を聞くまでは。
「またイブニス様の勝ちだわ」
ぱらぱらと先程まで大切に握りしめていたカードをばら撒きながら、一人の侍女がわざとらしい溜息を零す。
そんな彼女に、侍女の中で最も上位のイブニスは意地悪そうに微笑みかけた。
「この遊戯はコツがいるの。何度お相手してもいいけれど結果は同じね、きっと」
イブニスの言葉に他の侍女達も悔しそうに声を漏らしあった。
侍女同士の和やかな笑い声が響き、今日のテラスも平穏な空気が流れる。
そんな穏やかな空気を打ち破ったのは一人の王妃付きの執事の足音だった。
執事は代々王族に仕えてきた貴族出身の初老の男性であり、普段何かの連絡が王妃宛に届けられた場合のみ王妃に話しかけ、それ以外では王妃が要望を伝えそれに従うのみの影の従者である。
そんな執事が、今日に限ってやや早歩きの様に王妃めがけて歩いてきていた。
執事をまるで存在しないかのように振る舞う侍女達を縫って歩き、王妃へと静かに敬礼をする。
王妃も最初こそ穏やかに見つめていたものの、執事の緊急を要した雰囲気に何かを感じ取ったのか姿勢を正し少し緊張感のある眼差しを向けた。
「どうかしたの?」
執事は敬礼の姿勢から頭を上げ少し困った様に眉を寄せた。
「はい、王妃様…。
侍女お二方、メイリア様アンナ様から、たった今ジェーン様のご様子がおかしいと…大層慌てた様子でいらっしゃいまして。」
ジェーンという名前に眉をぴくりと動かせエリザベスは首を傾げてみせる。
「そう…。
それで何と?」
執事は周りの侍女にあまり聞かれない様少し顔を寄せ小声で続きを話す。
「それが…悪魔が、憑いていると。
混乱した様子で声を荒げられておりました。」
その執事の言葉にエリザベスは思わず目を見開き何かを発しそうになった口元に手を添えた。
エリザベスは、頭の中でやはり放っておくのはいけなかったのだと自責の念と動揺が渦巻いたものの、冷静を装って静かに口元に添えていた手をそっと離した。
「……神父と、それと医者も呼んでちょうだい。
貴方もジェーンの部屋へ行って、どのような状況か見てきてちょうだい。いいわね」
「…承知致しました。」
初老の執事は険しい表情で深々と頭を下げた。
そんな姿をエリザベスは険しい表情でただただ見つめた。
執事は急いで神父の元へと急いだ。
協会は宮廷の裏側に位置する、煌びやかな装飾を惜しげも無くあしらった宮廷と対の建物のように潔癖で厳格な建物である。
その協会を護り仕える神父、その名はベイジル。
厳格な建物を守護するに相応しい妥協を許さない厳しいご老体である。
つい昨年程、宮廷付きの庭師と一悶着あった彼が最近再び庭を作る事を許可したようだと風の噂で執事の耳にも入っていた。
長い宮廷の廊下を渡り、裏口の扉を音を立てて開けば、まさにお目当ての人物ベイジルが建物の前に佇んでいた。
そしてその傍らに見慣れない細身の青年も見て取れる。
執事はやや早歩きで協会までの石の道を歩き、その足音に今まで何だか和やかに会話をしていたベイジルと細身の青年が不意に執事の方へと振り向く。
「ベイジル様」
執事は二人からやや離れたあたりで深く頭を下げる。
ベイジルは腰の曲がった身体を執事の方へと向き直り口を開いた。
「確か…王妃様の執事だったか。」
「作用で御座います。
ご用がおありのところ理由をお伝えできず申し訳ないのですが、一緒にご同行願えないでしょうか…」
少し顔を上げベイジルを見れば、その隣で植物を握った青年が状況を把握出来ていなさそうな表情で執事を見つめていた。
そんな青年をベイジルは一度見やり、また今度に教えろ、と少しぶっきらぼうに言い放ち執事の方へと歩み寄り始めた。
「いいだろう。」
皺だらけの手で自身の身なりを整える。
執事はそれを見てから再度頭を下げ、青年を置いて宮廷内へと急ぐ。
あの青年はもしかしたら新しい庭師だったのかもしれない、と少しだけ考えながら。
日も大分落ち、夕食も済ませたエリザベスは客間にジェーンの異常を訴えたとされる侍女二人、メイリアとアンナを呼びつけた。
「先程貴女達は私の執事にジェーンの件を教えてくれたわね。
執事に言った話を私にも教えてくれないかしら」
エリザベスの真剣な眼差しに、思っていたよりもエリザベスはジェーンを心配していたことを充分に感じ取れ、メイリアとアンナはお互いに目を合わせ何故二人がジェーンの部屋に赴いたかは黙っておこうという黙談が交わされる。
エリザベスはそんな目を交わし合う二人をじっと見つめ、ジェーンに友好的な気持ちがあまりなさそうだというのもまた見て取れたが論点は今回そこではないため触れないことにした。
「……はい、王妃様…
わたくし達は、新米のジェーンが心配で二人で様子を見に行こうということになりました。」
「しかし、部屋に入ってみると異臭がしたので…奥に入ってみると、その…」
侍女二人は思い出したように声を震わせてその先を言いずらそうに俯いた。
そんな反応にエリザベスは優しく促す。
「入ると?」
「ゆ…床に何箇所も、吐瀉物が…」
一人の侍女は思い出してしまったのか自分も吐きそうな顔色で口に手を持っていく。
そんな侍女を見かねたのかもう片方の侍女が唇を震わせながら続きを話した。
「ベッドも、絨毯も汚れていて…ジェーンはその奥で倒れていたんです…!
すごく、細くなって…すごく…」
そう訴える彼女の表情はまるで自分が意地悪をした事への懺悔も含まれているかの様に必死だった。
吐瀉物や細くなったと言う単語にエリザベスは思わず眉をひそめる。
こんな状態にも自分は気軽に見舞いに行く事すらも出来ない事が歯痒かった。
「話してくれて、ありがとう。
もう下がって大丈夫よ」
エリザベスは頭を抑えながらなんとか笑いかけ、二人を出口へと促す。
だが侍女二人はエリザベルの顔を見たまま動こうとしなかった。
「…あの、ジェーンは病気なのですか?」
エリザベスはこっちが聞きたいとばかりに首を振った。
「今、医者に診てもらっているの。」
その言葉を聞いた侍女は、これ以上エリザベスが何かを話すことがない事を察し、そっと膝を一度折り静かに退室していった。
「はぁ…」
アリザベスは自分の身体を摩りながら大きな窓へと身体を向ける。
ジェーンをそんなになるまで放っておいたのは、紛れもなくエリザベスである責任だ。
守ると言っておきながら、テューリンゲン夫妻に偉そうに幸せを願うかなど問いておきながらこのざまだ。
エリザベスは歳若い人間一人さえ自分で守る事が出来ない歯痒さで苦悩の表情を浮かべた。
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