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特異の入廷者
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しおりを挟む一階の歩き回っていた役人達が密かに騒ぎ出すのを小風は逸早く感じ取り、瞬時に状況把握に移る。
その瞬間、2階に繋がる階段から予想外の馴染みの顔が姿を現した。
いつも飄々とした小風も流石に目を見開き、どこか脱力したように呟いていた。
「どうして君がいるんだよ…カスパル。」
小風は困惑した表情で、まだ距離のある男を見つめる。
カスパルの姿を陽が出ている場で確認するのは軍事学校以来久しかった小風は、距離が縮まって漸く誰よりも飾り立てられた軍服の装飾でカスパルの役職や地位を思い知る。
あのような称号の付き具合は隊長クラスではないか…あの夜にもっと服を見ていればもっと不平不満を言ってやったのに、と小風は後悔した。
一方カスパルもある程度距離が近づいてから初めてそこに佇む者が小風であると気付いた。
この場所に居る人物はキンバリー・オーデッツのはず。
出向いた先に旧友が佇んでいた事態に一瞬カスパルも困惑した。
思えば、小風とカスパルは青年になってからこんな間抜けな表情でお互いを見やることしかしていない気がした。
「小風、どうしてお前がここに…」
カスパルの疑問を綺麗に流し、すっと姿勢を正した小風は目上の者にする軍人としての敬礼をして見せた。
頭を下げたまま何も答えない小風に、ますます困惑する隊長に、恐縮しきって見守りに徹していた役人がそっと言葉を添えた。
「こちらがキンバリー・オーデッツ殿でございます…」
カスパルは全く名前の違う旧友を訝しげに見つめた後、密かに目を見開いた。
何故不思議だと感じなかったのだろう。
彼と出会った軍事学校では異国間留学生という枠であったにも関わらず、母国ではなくこの国で憲兵隊に所属など、小風の目指していた形であっただろうか。
カスパルは当時確かに小風は卒業したら祖国に帰るものだと思って疑わなかったため、再開したあの夜は嬉しさが勝り何の違和感も感じることが出来なかった。
もしや…とカスパルは推論を巡らせ頭を一度振る。
もしや自分の旧友は、この国に良いように使われているのではないか、と小風の下げる頭を見つめる。
「…養子縁組か?」
自分で言葉を発してから些か厳しい感情がカスパルの中に流れ込んでくる。
もしそれが自分の立場だったら、王の犬めと罵りたくもなる。
否、恐らくもっと口汚く詰るだろう。
「はい。
8年前より、オーデッツ家からお名前を借りております。」
涼しい声で、まるでどうでもいいことのように小風は言葉を発し、頭を上げた。
「…そうか、お前が…。
キンバリー・オーデッツだったのか。」
カスパルの中では、なぜ早く養子縁組のことを自分に伝えてくれなかったのかと思う気持ちと、シムに充てがった者が偶然にも自分の信頼する旧友であったという喜びのような気持ちがせめぎ合う。
同時に、ん?とあることに気づいた。
「ということは、お前の出来た友達っていうのは、まさか」
小風は一応立場上ではカスパルより遥かに下位なため礼節を守ってはいたが、カスパルは始めから砕けた口調を改める気配がないので、小風も諦めたのか一つ咳払いをして姿勢を和らげた。
その2人のやりとりに、その場で仕事をする役人や軍人達はこの見慣れない東洋人は何者なんだ、隊長にそのような不躾な態度を!と、気が気ではないままそわそわと見守っている。
「ああ、そうだよ。
シムだ。」
カスパルはその名前に無意識に顔を綻ばせた。
小風も旧友の突然の笑顔に目を見開く。
「シムは今ここにいるか?」
突然急かすような声色のカスパルを訝しげに見つめながらも小風は頷いた。
「…ああ、いるが。
入り口のそばの…」
とても短い返答を聴き終わらないうちに、素早い速さでカスパルは小風を通り過ぎ扉の方へと駆け出した。
その突然の行動にさすがに驚いた小風や、恐ろしげに見守っていたカスパルの部下達は腰を抜かしかけながらカスパルの背を目で追った。
人々の雑踏の中でシムはぽつんと背を壁に預ける。
小風は自分の為に交渉しに行ってくれているのだから何も文句は言えないが、やはりこうも様々な雑多な空間はどうにも落ち着かない。
人の観察も止め、シムはどこを見るでもなく床のタイルをぼんやりと眺めていた。
「シム!」
突然その場所に力強く低い声が響いた。
その声で辺りは水を打った様に静まり、シムも予想外に飛び込んできた自分の名前に驚いて顔を上げた。
「シム。」
シムの前には、シムがこの宮廷に来てから何度も何度も思い出した、太陽の様に笑むカスパルが佇んでいた。
その姿を見上げながら、名前を覚えてくれていたなんて、とぼんやりと心臓の鼓動が早まるのと同時に、カスパルの変わらぬ心強いいで立ちに心を掻き乱された。
目の前のカスパルは本物なのだろうかと信じがたい動揺と、散々考えては苛まれた身分格差という厚い壁に、シムはカスパルの呼びかけに応えては無礼なのではないかと酷く混乱し目を泳がせる。
自分の身分はずっと低いのに。
名前を覚えてもらっただけでとてつもなく有り難い事なのに、彼は何故何でもないかの様に自分を呼ぶのだろうか。
何故そのような表情で自分を見てくれるのだろうか。
「元気だったか?」
カスパルの優しい一言にシムは思わず息を呑み、苦しそうな、どこか泣きそうな顔をカスパルに向ける。
シムはその太陽の様な表情に、声に心の芯が解けていくのを感じた。
それが堪らなく恐ろしく、しかし幸せで、自分でも分からずに涙が迫り上がってきそうだった。
何故こんなに自分は喜んでいるのだ、と自分が馬鹿に思えて仕方がなくなってきた。
「はい…」
ようやく返せたその一言は掠れてしまったが、しっかりと受け止めたカスパルは力強く頷き、さらにシムの方へと歩み寄った。
そしてカスパルはシムの目の前まで来ると、かつてテューリンゲンの庭でしてくれた様にぽんとシムの頭に手を置き、どこかいたずらっ子の少年の様な笑顔でがしがしとその頭を撫でた。
「ようこそ宮廷へ、シム」
その言葉に、もう身分や様々な問題を考える余裕はもうなくし、シムはたまらない嬉しさを乗せて満面の笑みをカスパルに向けた。
嬉しい!と心から叫ぶ様な無邪気で純粋な笑顔だった。
突然姿を表した王国護衛軍隊長に、皆は口を閉ざし見守るも、その隊長がいたく可愛がり、鋼のような武人カスパルの想像も出来ないほど優しい表情を一身に受ける相手は一体誰なんだと言う話に変わり、皆の視線はすっかりシムに集まっていた。
そして突然の旧友の行動に慌てて後を追ってきた小風も、思わず足を止めてシムの表情に戸惑う。
カスパルとシムが知り合いだった事も予想外だったが、シムはカスパルの前ではまるで子供の様に素直に感情を表情に変えるのだから。
シムは感情を表現する事が普通よりも劣っているのではないかと思っていたから余計驚いた。
そんな顔も、満面の笑みも小風にとっては見た事もない表情ばかりだった。
小風は面白くない、と心のどこかで黒い感情が湧きそうになるも、それも慌てて考えることを止める。
こんなにもシムが素直でいられる場所が宮廷の中にあって良かったとも、心から思っていたからだった。
「カスパル。
君…シムと知り合いだったんだね」
小風はやっと2人の空気に入れたと言わんばかりに言葉を発する。
その言葉にやっとお互いを見るのを止めた2人は小風を見やった。
「ああ。王妃陛下の護衛の地で偶然知り合ったんだ。」
カスパルは言いながらも、「あ!」と何かを思い出したように胸ポケットから小さく畳まれた布を取り出す。
布を開くとその中から小さな押し花が顔を出した。
「シム、ずっと言いたかったんだ。
お前がくれた花冠は今も俺の御守りだ。」
今度はシムが「あ!」と声を出し、カスパルと花びらを交互に見やった。
あの日、お別れの言葉を伝えられなかった自分が唯一の頼みの綱だった黒馬の足に括らせたのだった。
その花冠は、ちゃんとカスパルに届いていたのだ。
そして今まで持っていてくれた事に心が震えた。
「花が、喜んで、います…」
シムは心からそう思った。
植物の知識が浅いながら彼なりに花を愛でてくれたことに感謝の気持ちが溢れる。
カスパルはシムに対しても花に対しても真っすぐと見つめる事の出来る強く優しい人間なのか。
まさに自分の太陽の様だとシムは思った。
「ちょっと…」
再びお互いを見始めてしまった友人2人を、小風は全く面白くなさそうな声を発する。
自分だけ蚊帳の外とは全く面白くない上に、小風の知らない話が出て来るのだから更に面白くない。
拗ねた様に口を尖らせながら言葉を続けた。
「僕達一応図書館の入館許可貰いにきてるんだけど、シムに出してあげてよ。カスパル」
カスパルは勿論だ、と頷いた。
「許可は出そう。ただ時間制限はかけさせてもらう。
宮廷の夕食開始時間以降になってしまうが、それで構わないか?」
「じゃあ僕達の用事は済んだね、帰ろうシム。」
足早に告げる小風の長い手が伸びてきたかと思うとシムの腕を素早く掴み出口へと向かおうとした。
「え!」
その突然の行動に戸惑うシムに、小風は一度顔を近づけ耳元で囁く。
「シム、君は凄く目立っている。
これ以上ここにいるのはまずいよ」
小風の助言にシムは初めて周りを見渡せば、固唾を呑んで見守っていた皆が一様にシムへ視線が集中している事に初めて気がついた。
シムはハッとし顔を思い切り下に傾けた。
ようやく理解したらしいシムを引っ張り、小風とシムは出口へと向かう。
カスパルは遠ざかる2人を見つめながらどこかもどかしそうに自分の軍服を見た。
こんなに視線を集めてしまって、シムに酷な事をしてしまった。
まだまだ到底話し足りないが、このまま話し続けるのは今日はもう難しい。
もう既にいなくなった後の出口をもう一度見やり無意識に愛しげに目を細めた。
特異の入廷者.終
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