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特異の入廷者
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しおりを挟む小風とシムは総司令部のある大きな塔の大きな扉の前に立っていた。
小風は扉の取手に手を置き、やや緊張気味に固まる横の青年へと視線を映す。
「交渉は僕がするから、シムは横の壁に寄りかかっているんだぞ。
例え変な奴に絡まれても相手にするな。いいね?」
まるで母親が子供に問いかける様に言う。
実はこの言葉も、たどり着く前に3回は口にしたものだった。しかし小風はどうしてもシムの事が心配で心配で仕方がなかった。
なぜなら総司令部のあるこの巨塔は、この国中枢の役所でもあり、中規模以上の地主や貿易など大きな商いをする商人、様々な役職の軍人や他国の使者など、多岐に渡る者達が行き交う場所だからであった。
小風としては本当ならばシムを横に置いた状態で交渉をしに行きたいところだが、本人がそばに佇んでおいて一言も発さないのは些か印象が悪い。
これもシムの為を思ってだ、と苦肉の策を練ったのである。
「うん、分かったよ。」
何度も忠告を受けているにもかかわらず、シムはうんざりする素振りは見せず、言われるたび素直に頷いたのだった。
扉を開けるとまさに様々な者が行き交っている。
遠く向こうには目当ての窓口が見えた。
シムは初めて踏み入れる塔の雰囲気に息をのんだ。
一方小風はこの場所に居心地の悪さをひしひしと感じていた。
この総司令部を運転している母体は国直属の護衛軍であり、ここは護衛軍の巣窟だからであった。
小風は適当な壁際までシムを誘導させ、軽く身なりを整えながら「それじゃあ行ってくるよ。」と言い残し雑踏の中へと消えていった。
シムは一人、壁際に寄りかかりながら忙しなく動き回る塔の中の人々に目、目が回りそうになりかけて下を向いた。
自分はテューリンゲンの屋敷を出て以降、新しい事やものを知る機会が圧倒的に増え、あたふたと感じる事も常だ。
今日連れてきてもらったこの場所も、田舎育ちのシムにとっては群を抜いてシムの頭が追いつかないような場所であった。
だが不思議な事にその場を行き交う人を目で追い続けていると、自然と徐々にだが凡その判断がつく様になってきていた。
まず、商人らしき人物は基本的に煌びやかである。
他国からの使者は不思議な色合いに、着こなし。特徴的なペンダントや装飾品を着けていることが多い。
テューリンゲンでは見かけなかった不思議な目の色の人も多い気がした。
そして何より頻繁に行き交う者は軍人達だった。
何かを報告する為、今飛び込む様に塔内に入ってきた人は黒く動きやすそうな無駄のない装飾。
シムはこの軍服はよく知っている。
小風がいつも身に纏う物と同じ、ということは今入ってきた彼は憲兵隊で、街で何かが起きたのだろうか、と思案する。
そして最も多く見かけるのが、えんじ色の軍服を身に纏い、憲兵隊が持っている剣よりも無骨で長い剣を持っている軍人達であった。
シムはその色の軍服にも覚えがあった。
そう、それはカスパルの軍服だ。
だがカスパルの軍服はもっと色々な物が付いていた気がする。
隊長という役職はやはりとても位の高い役職なのだと再確認したシムは、なぜか気分が沈んだ。
(カスパルさんは…ここの人達を…きっとまとめる、人だ)
なんて凄い人なのだろう。
同じ様な歳の、同じ男でこうも違うものなのか、シムは自分の細汚い服に触れる。まるで自分がカスパルとは全く違う生物のように感じた。
カスパルはこのような自分に向かって優しく笑いかけるのだ。
それがかけがえのない有り難い事なのだとも再認識する。
どうしてこんな所で、もう話す事もない遠い存在の者を考えて落ち込まなくてはならないのだ。
とシムは壁に体重をさらに預けて項垂れた。
自分が恥ずかしい生き物の様に思えて仕方がなかった。
「それで…庭師の図書館入館の許可申請ですね…。」
「はい、今取り組んでいる庭に薬草を用いたいらしく、この国の知識の中枢である図書館を利用させて頂きたいのです。」
あまり芳しいとは言えない反応を示す窓口の役人に、小風は淡々と許可を求める。
まあ…自分が役人でもそうだろうな、と小風も予想内の反応に特に焦る事もせずに話を続けた。
「勿論条件はいくつ呈示して頂いても構いません。
こちらも貴族の方々や役人が使用する日中は控えますし、生物の棚以外には近づかない様にしても結構です。
それならどうでしょうか?」
小風のああ言えばこう言う作戦が功をなしたのか、すっかり空気を作られてしまった役人は徐々に自分で判断がつかなくなり席から立ち上がった。
「…只今上の者に確認して参りますので、少々お待ち下さい。」
「お願いいたします。」
涼しい顔で見送り、小風も一度席を立ってシムの姿を遠くから伺った。
何だか項垂れているように見えるが、一体何があったというのだろうか、と小風は少し眉を寄せた。
「すみません、少し伺いたいのですが…」
窓口のある階の一つ上階、護衛軍が連絡や通信を行う、所謂護衛軍の連絡室の扉が開かれた。
皆引き締まった身体でありながら、とても頭の回転が早そうな者達が揃って忙しなく業務を遂行している。
「どうしました?」
そのうちの一人の護衛軍が書類から一度目を離し、頼り無さげに佇む役人へ目を向けた。
「あの、庭師が時間制限付きで図書館へ入館できる許可が欲しいと…キンバリー・オーデッツという者が来ておりまして…」
その言葉に書類を置き、眉を寄せた。
「庭師の図書館への入館…?馬鹿げているだろう。そんなの…」
言葉を言いかけたところで少し遠くに座っていた男が「おい!」と声をかけ立ち上がった。
その顔はどこか張りつめた様に焦った顔をしている。
「オーデッツの件は直々に隊長に伺え。」
「はい?こんな件、隊長の耳に入れる程じゃないでしょう」
笑いながら電話番の同僚を馬鹿にした様に言う。
そんな男に役人も「ですよね」と同調する様に苦笑いを浮かべた。
「いいから!
そうした方が良い。」
男は強ばった顔でそう言ったきり、静かに再び席に着いた。
護衛軍の男は馬鹿馬鹿しいと呟きながらも、役人をしばし待たせ隊長室直通の連絡パイプの蓋を開けた。
「こちら連絡室。確認事項あり」
『どうした』
程なくして自分の護衛軍隊長カスパル・ラザフォードの声が返ってきた。
相変わらず低く固い怖い声であった。
「は。
たった今役人が庭師を時間制限付きで図書館への入館を許可して欲しいとキンバリー・オーデッツという者が来ているらしく、却下が妥当ではありますが念の為隊長のご指示を仰ごうかと思いまして…。お忙しいところ申し訳ございません」
連絡口の向こうの男は少し考える様に言葉に間を空ける。
そして予想外の言葉が続いて出た。
『許可しても構わないじゃないか。時間制限がついているんだろう?』
その返答に酷く動揺し、はあ?!と声を荒げながら席を立った。
周りで働く同じ護衛軍の同僚達も一旦手を止め、訝しげに男を見つめた。
「しっ、しかし従者の分際です!許されません、不敬では…!」
『植物の知識を得たいだけなのだろう?今行く。』
来る、だと?
恐ろしい言葉を残し、無情にも連絡パイプの蓋は閉じられたようだった。
「や、やはり却下ですよね!
今伝えてまいります、お手を煩わせてしまって申し訳ございませんでした…」
役人は下らない質問に対し怒られたのかと思い、そそくさとその場を後にしようと言葉早に背を向けた。
「い、いや…隊長が降りてこられる…。」
男自体も自分が粗相を何かしていないよな、と何度も今のやり取りを思い出しているが全く思い当たらなかった。
しかし自分の電話一本で隊長を召還してしまう事態になってしまったのだ。
共に働く同僚達も何が起こったのだと緊張が走っていたが、先程助言した男だけはやはり庭師に対し過敏なのかと溜息をつくだけであった。
肝心のカスパルは、シムにべったりと張り付いているらしいキンバリー・オーデッツとかいう高名貴族がどんな奴なのかを確かめる為だけだったのだが、些か隊長を尊敬しつつも怖がる部下達をさらに怖がらせる事態になってしまった。
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