テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

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「はぁ……。」

数日後、カスパルは自身が充てがわれている司令塔の執務室で頭を抱え重い溜息を零していた。

その部屋にはカスパルだけではなく、レグランド国王陛下の右腕と称され侯爵の爵位を持つラッセル卿とその部下2名、そして急遽手伝いが必要とのことでカスパルの部下であるセスがいた。

「これでは仕事も出来ません、ラッセル卿」

カスパルが頭を掻きながら眉を寄せて苦言を伝える。
カスパルは今、ラッセル卿の指示の元他国へのスパイ行為を裏付ける証拠や、隠蔽や偽造工作等をした証拠が無いかと仕事部屋のありとあらゆる書類を引っ掻き回されて捜索されていた。

もちろんそのような抜き打ちは寝耳に水だったカスパルにとって、仕事の進捗は深刻だ。

「おや、私の指示は即ち国王陛下の…ご指示なのだよ?
まだ陛下はラザフォードを疑っておられる故、細やかな調べ物はさせていただかねばなるまい」

うんざりとするカスパルを何でもないかのようにラッセルは見ながら、その初老らしい皺のある指先で部下達に手際良く指示を出して書類を引っ掻き回してゆく。

同じく指示を出されているセスは、最も敬愛する上司カスパルが大切に保管している書類を出しては、ラッセルが後でじっくり見るという名目の箱に入れる作業をとても申し訳無さそうに行っていた。

いくら掘り返されたとしても証拠などある訳もない。
しかしカスパルの仕事を妨げ忠誠心を疑われ続ければ、流石のカスパルも流石に良い気分のままではいられない。

しかし先ほどラッセルの言い放ったことも事実。
ラッセルの指示は即ち国王陛下の指示という言葉も認めざるおえない為、返す言葉も見つからずにいた。

「それに君は次の定例会議には同伴を許されていないそうだね、そのような今の君に、仕事なんてあるのかね?」

明らかに馬鹿にした物言いに対して、カスパルは一度拳をぐっと握り感情を押し殺して冷静に返事をした。

「私が抜けたからとて、陛下を護衛する部隊を編成しなければなりません。
商人や他国の者も、毎日訪れるのです…」

「そうか。では君はもう退出してもらって構わないよ。」

カスパルの言葉を遮るように挑発の色をのせたラッセルの言葉がカスパルを攻撃する。

「別に君がここにいなくても支障は全くないのでね。
せいぜい、君の爵位をお取り上げにならない国王陛下に感謝をしながら、部屋から出たまえ。」

ラッセルに目で扉の方を指され、カスパルの大きな身体は強張るが、諦めたようにラッセルに一礼をして扉の方へと向かう。

そんなカスパルを見て、ラッセルに従わざるをえないセス慌てて一緒に扉の外へと出た。

「た、…たた隊長!」

ついてきたセスにカスパルは一瞬目を見開きながらもすぐに困った笑顔になり、セスの方へと向き直った。

「悪いな、手伝いをさせてしまって。」

セスは気さくに話しかけてくれる上司カスパルに向かって、一瞬頬を紅潮させるも急いで慌ただしく首を横に必死に振る。

「とっ…ととんでもないです!!あの、…」

極度の緊張からなのか焦りからなのか定かではないが、相変わらずセスはカスパルに対して挙動不審だ。
とんでもなく吃る姿は、なんだかシムのようだな、と彼を重ね少し口元に笑みが生まれる。

言葉を続けようとごもごも口を開閉する部下に「…どうした?」とカスパルは幾分優しい声を出して促してやる。

「き、今日は…くく訓練の日です!
訓練場で皆、隊長を、おおおお待ちしてますので!!」

そう元気よく伝えきったと思いきや、自分の尻尾を追いかける犬の様に機敏な速さで部屋へと戻っていった。

「これからどの人間に着くか、君も考えた方がいいと思うがね。」

その部屋からはセスに対するラッセルの言葉が隠しもせず漏れ出て来たが、その部屋にもう行けないカスパルにとって行くべき場所は今訓練場しか残されていなかった。









訓練場までの道は、まだ日も高いだけあってか宮廷に住まう貴族達や従者達とすれ違う。

カスパルも伯爵の爵位を持つ貴族であるが、ルージッドの刺客らしいという噂は恐ろしい速さで一人歩きし、カスパルとすれ違う人達は皆遠巻きから奇異の目でカスパルを見ては何かを囁き合った。

今レグランドにとってルージッドは宗教での決裂が理由のために最も関係悪化した近隣諸国と言える。

芸術学、歴史を重んじるルージッドにとって神への信仰も重んじられてきた。
故にレグランドとは宗派が違う為、規則や祈りの形式も異なるのだが、今までは神の名の下にこの周辺国は団結をしていた。

しかし今回ばかりはレグランド国王の神を軽んじる発言や、改宗する等の均等を崩す振る舞いの連続に信頼の糸は切られてしまった。



ルージッドも友好の印として優れた人材をレグランドに人材貿易をしたが、今はその者たちに対して帰還命令が発足されているのも事実だった。
しかしレグランドにいるルージッド国民の何人かは重要な国家機密を有する人間もいる為、国に軟禁し人質のように保有し続け冷戦状態となっているのが現状。その代表的な例がカスパル・ラザフォードだった。

それを奪還すべく戦争をけしかけられるか、慎重に国交を続けてルージッド国民の全員を帰還させるか、同じくルージッドも思案している次第であった。

カスパルはその肩書き以外にも、国王を守る護衛軍の統括、体格も武人の鏡、美丈夫と、目立つ存在でもあった為に余計に煩わしい噂に火がついているかもしれなかった。






訓練場に辿り着き、無骨で所々傷ついている大きな扉をカスパルは片手で開ける。

そこには模擬剣を持ち汗で身体を光らせた護衛軍のカスパルの部下達が驚いた様に扉の方へと顔を向けた。

「…隊長……!」

歓迎されていないだろうか、とカスパルは噂の事を思い苦い気持ちになる。
当然ここにいる全員が知っているだろう噂だ。

「…精が、出るな」


しかしカスパルも予想外なほどに、部下達は無邪気な笑顔になり、扉へと模擬剣を捨てながら集まって来た。

「隊長!尋問から戻られたんですね!」
「ラッセル卿の事など気になさらないでくださいね。」

「セスの奴、ちゃんと伝えてくれるか心配だったんですが…」

次々に労いの言葉を掛けられ、さすがにカスパルも驚きから表情を変えられずにいる。

「ここに来る様、セスに頼んでいたのか…?」

その言葉に皆はお互いを見ながら、まるで秘密を喋りたくてしょうがない子供の様に笑いあう。

そんな彼等にカスパルはますます首を傾げれば、最初に駆け寄ってきた部下の一人が口を開いた。

「私達は強くなる為に護衛軍に入ったので、ラザフォード隊長が隊長の職を降ろされた時は、一緒に辞めて故郷に帰りますと言いに行ったんです。」

「私達全員です、隊長。」

そう誇らしげに笑いかける部下に今度こそカスパルは目を大きく見開いた。
そうしなければうっかり涙が流れてきてしまいそうだからだ。

「……お前達……」


そんな事を言ってしまって、本当に全員が解雇になってしまったら食い扶持のない者もいるだろうに、馬鹿なのか仲間思いなのか、隊長に対する部下の忠誠心の本気を受け取ってしまったカスパルの心は熱い何かが溢れ返って震えた。

カスパルがまだ伯爵でいられているのもここの全員のおかげなのかもしれないと、誇らしくも上に立つ者として酷く情けない気持ちになる。

「そんな事まで言わせてしまって…本当にすまない。」

やっと出てきた言葉はただの謝罪となった。

本当は後先考えない部下達を叱り、先の危ないカスパルに味方をして火の粉を被ったらどうするのだと諭すべきなのだが、護衛軍という味方はカスパルにとってとても心強すぎた。

しかし部下達は照れ臭そうに笑い合って模擬剣を拾い直した。

「私達もまだ隊長にしごかれたいんですよ。隊長!」

そう言って誰かが模擬剣をカスパルに投げて渡す。

「……そうだな。
俺ぐらい強くなってもらわないと心配で死ねないな」

その言葉に皆がひえ~と悲鳴の様な声を漏らしてみせるが、その場にいた誰もが楽しそうに笑い声を立てる。


そしてカスパルも、太陽の様な笑みを浮かべて模擬剣をしっかり握り直したのだった。











  
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