テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

3-12

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「あ、あの!
この市場に、グレアム、はありますか?」


いつのまにか小風を置いてシムは、そこの区画の店主らしき女に声をかける。
相変わらず厳つい男への緊張癖は凄まじいのに、逆を言えば年上の女性には天性の可愛がられる才能があるかもしれないと小風は顎に手を当てながら自由に動くシムの後を追った。

「グレアム~?
あるに決まってるじゃないの、あっち!」

そんな質問をされる事が心外かのように笑い、黄色い花が集められている場所を指差した。
どうやら少なくともこの市場の中では、グレアムはポピュラーな品種なのだろうと考えながらシムは店主に向かってお辞儀をした。

その後に続き小風も軽く店主に会釈をし、シムを追った。

「…?」

女の店主はどこか怪しげな眼差しに変わり、2人の背中を眉を寄せて見つめた。

「小風、これだよ!
グレアム。」

案内された通りにシムお目当てのグレアムはあり、若干もう時期が過ぎたのか咲いている莟は少ないものの、小風に見せられたと言う達成感でシムは満面の笑みである。

満面の笑みにあてられたのか小風はどこかバツが悪そうに頬を染め、シムの頭に自身の手を置いた。

「可憐な花だな、カスパルから一番対極の存在のようだ。」


カスパルが花を愛でるところなど想像も出来ない。
しかしカスパルとシムが再会したあの日、奴の胸ポケットからは小さな花の御守りの様なものが現れていたな…と思い出して小風は変なものを見たように眉を寄せた。

「そんなこと、ないよ?
花は…強いんだ。か…カスパルさんに、そっくりだと、思うよ。」

そう言って尊敬する様にそこにあるグレアムを傷つけない様掌で撫でる。

そんなシムの姿は、小風からしてみればただの初恋をしたての幼児にしか見えていなかった。

「はぁ…」

こんなにあからさまでよくお互いに友情の枠に止まっていられるものだと、神が与え忘れたとしか思えない二人の鈍感さに頭が痛くなる思いだった。

「…な、なに?」

いきなり後ろから聞こえてきた小風の溜息に、シムはぎょっと目を向けながら不安そうに声をかけてくる。

「いや?
…どうしても僕の中で花を愛でるカスパルが気持ち悪いだけだよ。」

シムにあまりここで知り合いがいなくて良かったと小風は強く思った。この三人だけの秘密にしておけそうで、運がいいとさえ小風は思った。

「それ、カスパルさんが、可哀相だよ。」

シムは小風の気も知らず、ここにいないのに気持ち悪いといきなり罵声を浴びせられたカスパルが少し面白かったようで、口に手を当てて面白そうに喉を鳴らす。

今日のシムは良く笑っていた。


「…僕にも思い出の花、あるよ。」

小風はシムを見下ろしながら、優しげに目を細めてそう言った。
シムは小風の不意に見せる優しげに細める目が好きだった。

「そうなんだ!
ある?ここに」

小風はその問いに、何気なく腰に手を充てながら眉を八の字にして横に首を振る。

「東洋の花だからここにはないよ。
見せたかったな、君に」

ここにないと告げればシムはあからさまに落胆し、八の字の眉が伝染した様に同じ顔をした。

「”桜”っていってね、君がここに来る少し前くらいの…春が見頃なんだ。」


「さくら…」


聞いた事のない独特な発音の名前にシムは物珍しそうに復唱をしてみる。
一方小風はポケットに閉まっていた片方の手を出して、手でだいたいの大きさを表してシムに見せる。

「これぐらいの小さな花が、僕の頭のずっと上まで伸びた木にびっしりと咲くんだ。」


シムは小風の手と頭を見上げ唸る。
異国の花は頭で想像する事は難しい。

「全然…想像、出来ない。」

困っているシムを見下ろしながら、言われなくても想像出来ていないことなど伝わっているのにと口角を上げる。
小風も今日はいつもよりも少しだけ良く笑っていた。

そんな小風を見上げながらシムは想像をする事を止める。


「故郷に、帰りたい?」

その質問に小風はふと微笑むことを止める。

好きでここに居る訳ではない事は前に聞いて知っていたシムは、言った後になって随分と気の使えない質問だったと自分の口を悔いた。
しかし小風はシムの思っていたよりも不機嫌にもならず、何ともない様なしぐさで口を開く。

「そうだね、帰りたいかな。」

「……。」

そう言って再び表情を和らげる小風の姿が、何故かシムの心に強く強く焼き付いた。

小風はなんだか真剣に凝視してくるシムを不思議に思いながら、もう癖づいてしまったかのように片手を頭に乗せようと持ち上げる。


「ちょっとあんた達さ…。」


シムと小風の後ろから不意に馴染みのない声がかけられ、シムは思わず肩を跳ねさせ、さすがの小風もはっと後ろを振り向いた。
そこには先程グレアムの場所を示してくれた女店主が腕を組みながら、どこか周りの人から2人を隠す様に立ちはだかっていた。


「なんですか」

やっと小風が返答を返す。
女店主は一度周りを見渡し自分達を見ている者がいないかを確かめた後、再び小風に目を向けた。
その目はあまり友好的ではない眼差しをしていた。


「ちょっと確認の為に聞くけどね、あんた達そういう仲とかじゃあ…ないよね?」

その質問に反応をいち早く示したのは今度はシムであった。
シムはぎょっと目を見開き、そういう仲とはなんのことを指しているのだろうと小風を見上げる。

小風も同じく目を見開いたが直様にこりと笑い、シムを見返す事はなかった。

「そんな訳ないでしょう。
ただの友人ですよ。この街はまだ慣れてないらしいから僕が案内をしてるんです。
いきなり何を言われるかと思えば…はは」

小風はいつもよりもずっと軽快に喋り、まるで人のいい好青年のようだった。
そんな小風の態度も、そんな質問も最初から訳が分からないシムは不安げに2人を見返すばかりだ。


「そう…?
そうならいいけど、面倒事は市場に持ち込まないでよ…?
こんな所に憲兵が来たら商売どころじゃないからね。」

ぶつぶつと不満げに周りを見て、女店主は先程の場所に戻るべく背中を向ける。
しかし背中を向けた途端すぐに振り向く。
またしてもシムは肩を震わせ女店主を見やった。

「それとあんまりくっつきすぎない方が良いね、あんた達」

それだけを言って、今度こそ先程の場所へと戻っていった。

「あ、あの…」

シムはとりあえず小風に声をかけるも、帰ろう。と短く小風に言われ半ば無理矢理腕を掴まれて、最初に通ってきた細い路地へと引っ張られた。
小風の顔には感情がなく、水面下では自分のシムへの気持ちに蓋をしながら、やはり女は勘が鋭い生き物だなと皮肉げに思った。


シムは小風に強引に引っぱられて歩きながらやはり声を掛けなければと思いシムも強引に声をあげる。

「あ、あの…!今の、なんで、あんな」

大きめな声は誰もいない細い路地で響き、その声を聞く小風は思わず立ち止まってシムの肩をぐっと両手で引き寄せる。

小風はシムの耳に口をつけんばかりの近さまで屈み、秘密事を話す様に静かに低くシムの耳に小風の声を聞かせた。

「こんな事は言いたくないけど、この国で同性愛は罪だからだ。
この国の神はそれを許さないからだよ。」

初めてこんなに小風の顔が近くにあるにも関わらず、シムは小風の言葉にすっと手足が冷たくなる感覚が分かる程恐怖の感情が溢れる。

「………。」

殆ど息の様に溢れた声を、小風はシムの匂いを感じながら聞く。

「ばれたら憲兵に通報される。
ばれたら、ね。」


それだけを言って小風の顔はシムから離れていくが、まだシムの両肩には小風の両手が置かれていた。

見下ろしたシムの顔は大変強ばっており、おそらく今その頭にはカスパルを想う気持ちが混乱を招いているのだろうかと考える。


「シム」

「…え…?」

シムは顔を強ばらせながらも小風にやっと目を合わせた。


「聞いてたか?
ばれなければいいんだからな、シム。
君は僕の大切な友人だ。
分かってる。」

そう言って意地悪く口角を上げてみせた。
その言葉は、完全にシムが向けるカスパルへの気持ちを分かっていなければ出ない言葉なのだが、今のシムはそれに気付く余裕はなかった。

「…あり、ありが、とう。」

シムはあまり動揺しまいとぎこちなく笑ってみせる。
小風はシムの肩の力を抜いてやる様に一度ぽんと叩いた後、手を離し今度はゆっくりと歩き始めた。


「さあ、帰ろう。
カスパルにお土産買い忘れたな。」


そう言って小風は先程の事など何でもないように微笑む。
しかしシムの心の中の恐怖は消えず渦巻いた。









 
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