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成長、彼の情
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しおりを挟む宮廷の渡り廊下の様子が騒がしい。
庭仕事に没頭して身体を丸めていたシムは、ふとその騒がしさに気付き、思わず渡り廊下の方へと視線を向けた。
そこにはシムのよく知る護衛軍の軍服を身に付けたが体格の良い男達が、何かを楽しげに言い合いながら軽快に司令塔へと向かっている途中だった。
「…凄い人達……」
思わずそう呟いてしまう程の迫力のある一団。
当たり前だがあちらはシムに気づかない。
彼等は一様に、言ってやったな!驚愕していたな!など興奮冷めやらぬといった雰囲気で笑い合い、建物の中へと吸い込まれていった。
シムは彼等の去っていった後を無言で見つめる。
その瞳にはカスパルの着ている軍服、という気持ちの方が圧倒的に残り、無意識に胸だけはドキドキとさせていた。
(……ちがうちがう………)
自分の勝手に高鳴る心臓に心の中で喝を入れたシムは、軽く頭を振ってから側に置いてあるウサギ草の株を持ち上げた。
小風と初めての遊びに出かけた後、その足でミシアの所まで赴きすぐに今日見つけたウサギ草について手に入らないかと懇願をした。
必死に説明をするシムの姿は何だか面白かったようで、ミシアは人の良さそうな顔にさらに皺を作ってケタケタと笑った。
仕入れの担当はメダなの、と言いながらメダの場所を教えてくれた。
ミシアは慈愛に満ちた眼差しでシムを見送った。
そして何とかメダに交渉を頼み、今日やっとウサギ草が宮廷に到着した。
教会を囲うように植えたいというシムの要望を叶えるのならば大量の株が必要になり、メダもはじめは難色を示したがそれだけのものを作る価値のある土地であることも、上司のメダはシムよりも分かるため、しょうがないね!と太い身体を揺らしながら頼もしげに言った。
そんなメダの優秀な仕事ぶりは、まさに今シムの目の前にきちんと並べられている大量のウサギ草の株が十分に物語っていた。
今度はそれを周りに植えるシムの出番だ。
シムは着実に理想の庭に近付く気配に、とても胸が高鳴っていた。
ウサギ草は店主が言っていたように最初に根付かせるのが大変な薬草なので、ここからシムは慎重な技術の腕試しになるが、それさえも今はとても楽しみに思っていた。
と言ってもまだ教会を中心とすれば、役4分の1程しか植終わっておらず、何とか日のあるうちに終わるかどうかという所だ。
今日は天気もとても良いため、シムの栗色の少しぼさっと乱れた髪は、太陽に透かされて小麦の様な綺麗な色味になっていた。
「精が出るな、小僧」
「神父、様!」
泥だらけで株を植え続けていたシムの傍らにはいつのまにか教会の主である神父が、相変わらず気難しい顔で杖をつきながら立ち止まっていた。
気難しい表情ながらも、自ら話しかける程にはシムを徐々に認め出しており、シムもそんな神父に穏やかに微笑んで見せられる程には神父を信頼していた。
「この、薬草は、虫を寄せない、んですよ。
元々は、高山に生えている、草だそうです。」
「ふん!そうでなきゃ困る。」
神父はシムの説明を最後までしっかりと聞き、成る程と言う顔をしながらもツンツンとした態度でシムを通り過ぎ、教会へと向かって行った。
シムは神父の後ろ姿を見送りながら少し可笑しそうにふふっと笑い声を漏らす。
素敵なお方だ、お世辞なしにシムは神父を想っていた。
今日は何だか人をよく見送っている気がする、と何気なく思って再び作業を開催させたのだった。
「……ふぅー…」
炎天下の作業にいつの間にかシムも全身汗だくになっていた。
シムは泥だらけの腕で頬の汗を拭い、顔に新たな泥を塗りつけた。
夕暮れもすっかり過ぎ紫色になり始めた空の下で、シムは漸くウサギ草を植え切ったところだった。
思っていたよりもこの株は深く土を掘り下げなければならず、想像してよりも重労働だった。
毎日庭を弄り慣れているシムも今日ばかりは体力を大分消耗していた。
シムは暗くなった空を見上げ、早く部屋に戻ろうと辺りの作業道具を乱雑に掻き集めて持ち上げる。
(今日は図書館に行かないと…)
どことなくカスパルへ向ける自分の隠すべき気持ちを薄ら自覚してからというもの、小風に街に連れ出されたりウサギ草の構想を実現させたりと、色々とあってしばらく図書館に行けずにいた。
しかしシムの部屋には借りて読み終えたまま放置してしまっている本が数冊あるので盗んだと思われても嫌だった。
自室に戻る道を辿りながら、シムはどうにもそわそわとしてしまう。
心臓を中心に身体中がとてもざわざわと痒い感覚に近いのだが、それとも違う気もする、といった状況だ。
カスパルさんに、会えるだろうか。
そう考えると不安とも期待とも言えない感情で頭がぐらぐらになりそうで、会えるか会えないかは必死に考えないようにしてはいるものの、やはり頭の中はカスパルのことを考えてしまう。
いやいや、あの方は忙しいのだから…もう日も落ちたのだから…一生懸命もっともらしい理由を心の中で並べる。
部屋に着くと作業道具を隅の壁に掛け、軽く自身の服の土をはらってから借りていた本を手に取る。
部屋を出て長い廊下を暫く歩くと、貴族も通る装飾の豪華な廊下と合流し、その先に図書館は存在した。
その豪華な廊下にシムが居ることはどう考えても場違いだった。
シムの通る時間は貴族も夕食中か済ませた後なのでそこを通る貴族は殆どいないのだが、それでも誰かにすれ違ってしまったらと不安になるのだった。
今日とて同じく不安と気まずさでシムは豪華な廊下の一番端を申し訳なさそうに音を立てないように渡り、漸く図書館の扉の前に辿り着く。
一度取っ手を掴みながら、カスパルさんがいたらどうしよう、とやはり先程と同じことを同じ様に考えこみ、頭を振って取っ手を握る手に力を込めた。
「……よ、よし」
シムは勢いよく扉を開けて中へと入る。
室内は誰もいないことを物語るように蝋燭の一つも灯ってはいなかった。
シムは肩を落としてしまう。
いや、当たり前じゃないか、と自嘲気味に心で呟いてみたが自分のツッコミの言葉がさらに心に刺さった。
シムは蝋燭の横に置いてあるマッチ箱から一本マッチを取り出し、自分の服で火を付けてから一角の蝋燭を灯した。
本を返しに来て、本を借りに来ただけなのだからその用事をこなさなければ、と気持ちを切り替える。
持っていた本を、灯りで幾分明るくなった室内の本棚へとひとつひとつに戻していった。
棚に戻していきながら、やはり文字を覚えてみたいなと考える。
シムが借りる本はどれも図鑑で、どうしても意味が知りたい場合はミシアやメダに見てもらっているからだった。
シムにはさっぱり分からない文字の羅列を目でなぞるように見つめていく。
文字とは難しいのだろうか、組み合わせて意味を作っていくなんてまるでパズル遊びの様だ。
シムは借りた本を全て戻し、新しい図鑑を引っ張り出しては開き、引っ張り出しては開きを繰り返して、テーブルを徐々に埋めていった。
ウサギ草の薬草としての部分で、煎じて飲むと身体を温めるという作用が、はたして長い目で見ても毒になりうる可能性はないか確かめたかったため、色々な図の記された文献を広げるが、やはり文字が読めないせいできちんとは把握が出来ない。
ただ、シムの憶測では図解を見る限りウサギ草の茎はもしかしたら在来種の香辛料に近い成分なのかもしれないと考えているが、それもまだ憶測の域を脱していない。
高山植物と言うことはあまり水は与えないほうが良さそうなのか、と考えながらペラペラと本を捲りながら考えこむシムは、ふと扉の方から音が聞こえたように思い、ページを持ったまま扉の方を見やると、そこには長身のカスパルが立っていた。
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