テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

文字の大きさ
60 / 171
成長、彼の情

3-20

しおりを挟む








朝、護衛軍の三人がジェーンの寝室の前に集められた。

今日はジェーンの私物を後宮の方へ移す日だったが、ジェーンは相変わらず目を硬く閉ざしたままだった。


その移動を指揮するのはレグランド国王陛下の私軍の一人で、護衛軍はただの手伝いという編成のため護衛軍から集められたのは下っ端やたまたま暇があった者だったため、そこにはセスもいた。

「側室の方はもうこちらで手配をして従者に掃除させたので、寝室にあるテューリンゲン嬢の物をどんどん籠に入れて運んでくれ。」

私軍以外には着ない乳白色の軍服を着た男は、えんじ色の軍服を着た数人に指示を出す。

その指示に「はっ」と軽く返事をすると、それを聞き届けて私軍の男は部屋から出て行った。

「脱ごうぜ、厚い。」


私軍が出て行ってから、セスの2年先輩であるダーキンという男が厚そうに軍服を脱いで簡単なシャツになった。

ダーキンは決して美丈夫という部類とはいえないが、毛深く体格も良い汗が似合う様な男だ。

そう言えばもう夏も近くなってくるなとそこでセスは久しぶりに季節を感じた。


「そんな事言って、私軍の方が戻って来たらどうするんですか…。」

セスはダーキンとは歳も近いせいか案外打ち解けているらしく、特別畏まる事なく返事を返す。


「後輩に言われてるよ。くくく」


セスの少し後ろから、さっそく扉近くにあったジェーンの私物を持ち上げ始めた男が笑いながら顔を出した。

彼、モールもセスの2年先輩でダーキンと同期であった。
セスより年上だが身長がセスト殆ど同じのモールはそばかすがトレードマークで、若干のたれた目のおかげもあってか人に好かれる優しい男だ。

「うるせえな来ねーって!
あれは手伝わないって目してたからな絶対。」


ダーキンはぶつくさ言いながら、本当は今日は剣の訓練する筈だったのに、とぼやきながら大きな籠を部屋の中に入れる。
彼は練習馬鹿だった。

「まぁ…先輩の言いたい事は分かります。
俺も練習したかったんで。」

セスはダーキンの肩を持つ訳ではないが、先程の私軍の無関心そうな目はあまり気持ちのいいものではない。

ジェーンという少女はまだ目覚めていないと聞かされているので、尚更無関心そうな目はセスを何だか不快な気持ちにさせた。


「おっ!セス~。
悪い先輩に引っかかったらダメだぞ?」

モールが間髪入れずにダーキンを詰る。

見た目通りに単純な頭の構造をしているダーキンは、なんだと!?と気持ち良いくらいにモールに食って掛かった。


セスはそんな中が良さそうな先輩を見ながら、着々とジェーンの私物を籠の中へと入れていった。

思えばカスパルの尋問や捜査のせいでこんな整理をよく最近しているなと実感した。

こんな作業にまつわる出来事で良い事なんて思い浮かばない。

なんだか最近自分の仕事は縁起が悪いなと思いながら、早いところ終わらせてしまおうと手を早めた。















少し時間が経って、ジェーンの眠る一角以外の私物は全て籠に入れ終えていた。

あんなに言い争いながら仕事を怠っていたモールとダーキンも流石2年も先輩と言うところか仕事はとても早いコンビだった。

セスもこんなに早く進むとは思っておらず、失礼にも2人の先輩を見直したのだった。


「後は…テューリンゲン嬢の眠る一角だけだな。」

モールは気まずげに口を開く。


若い少女が寝ている間に部屋を片付ける気まずさはセスだけではなく、寝顔を無遠慮に見ることは妙に後ろめたくジェーンの眠る一角だけは足が重かった。

しかしこれも仕事なので、気まずくとも罪悪感があろうとも終わらせければならない。


「じゃあセス、お前はクローゼットの下着を詰めろ。
俺達は本や重いものを詰めていく。」

「分かりました。」

そう言ってから三人でジェーンの眠る一角に行き、そこで初めて三人はジェーンを目にした。


「…っ。」

「…うっわ、こいつは…。」


セスは思わず息を呑んでしまう。

そこには生きているのか死んでいるのか分からない血の気の引いた白い少女が薄い息をしながら横たわっている。
その長い髪も手入れがされていないせいか艶と呼べる部分はかけらもなく、頬もこけて遠くから見れば老人と言われても一瞬信じるほどだった。

セスは哀れだと思いながらも、やはり最近立て続けに縁起の悪い仕事ばかりだと、目覚めないジェーンを直視しながら思った。



その後はお互いにジェーンについては誰も口にはせず、それぞれジェーンをあまり見ない様に配慮しながら運ぶべき物を黙々と運んだ。


セスも男なので女物の下着には興味もあり興奮だってする。
しかし今のセスはジェーンの下着を可愛らしい装飾の施されたクローゼットから取り出して籠に入れながら、とても悲しい気持ちがあふれていた。


こんなに可愛いものに囲まれているのにジェーンはここが地獄に見えているのだろうか。

貴族だから何もかも満ち足りた生活を送れるのではないのだろうか。

貴族の生活を味わった事のないセスは他から聞いた貴族の贅沢な暮らしを連想させるが、すぐ側で死んだ様に眠るジェーンとその想像はどう頑張っても乖離していた。

「おいセス!終わったか?」

ダーキンはセスの様子をうかがう。

どうやらこの一角には元々そんなに物が置かれていなかったようだ。

「あ、すみません!
あと少しです!」

セスは急いで残りの下着を掻き集める。
と、そこでジェーンの寝室の扉が開く音が聞こえた。

「やっべ…!」


私軍の奴が帰ってきた!とダーキンは急いで脱いでいた軍服を羽織り、早くしろ!と急かすモールを無視しながらフックを止める。


しかし3人が思っている声とは違う声が耳に届いた。


「捗ってるか?」

武人らしい雰囲気を纏って愛剣を揺らしながら現れたのは三人の上司カスパルであった。

「たたた隊長…?!」


ダーキンは思わず逆に緊張が押し寄せ、素っ頓狂な声を出す。
それに合わせてモールも同じ様で慌てて背筋を伸ばした。

そしてセスも最後の下着を籠に入れてから背筋を正した。

「ど、どうされたんですか!」

モールが尋ねると、カスパルは軽く自身の首を触る。

カスパルの髪は若干湿っており、シャワーを浴びた後のようだった。


「あぁ、朝の訓練が終わったから様子を見に来た。」


そう言ってカスパルは三人を一度見てから、ジェーンの横たわるベッドの前でそっと立ち止まった。
その横顔はどこか悲しそうな重い感情が垣間見える。

「まだ…目覚めないか。」

ダーキンは遠慮がちに返事を返した。

「は、はい。ぴくりともしません…。」

ダーキンの言葉に「そうか…。」とだけカスパルは返し、隅に置いてあった小さな椅子を引っ張って軽く腰掛けた。




ジェーンの様子はカスパルが一度様子を見に行った時から変わっていない。

しかしお腹の中に命が宿っている以上このまま眠り続ける事はジェーンにとっても危険なこと。
しかしカスパルに出来る事は早く目覚める様にと願う事だけだった。


「この者は目覚めるまではここで眠らせておく。
移動する時のために、マントと、それから水とコップだけ傍らに置いておいてもらえないか。」


カスパルがそう言うと、少しの間を空けてダーキンが籠にかけ寄った。

マントもお茶セットも少し前に詰めたばかりだったらしく、すぐに取り出す事が出来た。


セスは予想外にジェーンを心配しているカスパルを見て些か驚く。
何か縁がある人物なのだろうか、それとも恋情があるのだろうか。

あのポケットに隠し持っていた押し花もこの少女から貰ったものなのだろうか。

しかし少女は国王陛下の子を、身籠っているというのですよ、隊長…。


「セス?もう詰めるのは終わったのか?」


カスパルの言葉にハッと我に返り、思っていた以上にカスパルを見つめ深く考えていた事に気付いて汗を流した。

「は、ははい!
終わりました!」

「そしたら籠を全て後宮に持っていってくれ。ダーキン、モール」


二人に指示を出しカスパルは立ち上がる。

ダーキンとモールも元気良く返事をしてから軽快な動きで籠を持ち上げた。
セスも慌てて先程自分が詰めていた籠を持ち上げ扉の方へと歩く。

カスパルも手伝うらしく重そうな籠を軽々と幾つも持ち上げているのを視界の隅に捉えた。

三人とカスパルが廊下に出ると、些か野次馬よろしい貴族達が集まっては遠巻きにジェーンの部屋を覗こうとしていた。


さすが噂立ったいるだけあり、皆はジェーンの様子に興味津々のようだった。

カスパルは一度籠を置いて、野次馬に知らしめるようにわざとらしく扉を閉める。

三人も大変居心地が悪かったので隊長の行動を心の中で称賛するも、貴族達はつまらない物を見る様な目でカスパルを睨んだ。

「行こう。」


カスパルの力強く低い一言で、止まっていた足が動き出す。










後宮はジェーンの寝室からは位置的に真反対な上に階も上な為、籠を持ちながら長い距離を歩く。

その道には様々な廊下を渡らなければならず、ジェーンの扉を閉めたところで宮廷中を大荷物で歩き回っては、移動しますと皆に告げるも同然であった。

どの廊下にも昼近くなっている宮廷内にはそこを行き交う貴族達が談笑をしており、噂好きな彼達は大荷物を運ぶ護衛軍を誰も声掛ける訳もなく奇異な目で眺め楽しんでいる。

ダーキンもモールも、セスもカスパルも必要以上に表情を崩さず、固い雰囲気で歩いていく。

そんな不可思議な空間でたった一人の声が聞こえて来た。


「カスパル?
今度は随分大荷物だな。」


その声は小風のもので、カスパルは固い表情を崩し前方を見やる。
そこにいたのは黒い制服を着こなす小風で、相変わらず飄々と感情の読めない目をしていた。


カスパルの後ろをついていた三人も小風の登場に、というよりかは小風の風貌に驚いているようだった。

三人はまだ東洋人を見た事がなく、凹凸の少ない顔立ちにシンプルな目つきはどう見ても異様な印象だった。


「そっちこそ、宮廷に呼ばれることが多いんだな最近。」


「事件の報告書を提出にね。
最近は街も物騒なもので。」


おまけにカスパルと仲が良さそうに話す小風に三人は不信感を隠せない。

カスパルは部下達が後ろに居た事をすっかり忘れていたらしく、慌てて後ろを振り返った。

「あぁ、すまない。
紹介しよう、こいつは俺の旧友の小…キンバリー。
憲兵なんだ。」

そうカスパルに言われ、三人はおずおずと自己紹介をするも、小風の顔立ちを奇妙な目で見続ける事を止められない。


小風も最初から、カスパルの部下らしい三人に不躾に奇妙な眼差しを向けられていたのには気付いているので何も言わない。
むしろ慣れているように飄々としている。

「セスです…。」

最後にセスが自己紹介をした。
セスはダーキンやモールよりも小風を不審そうに見つめる。

セスから見れば、正直小風のような東洋人らしい顔立ちは不気味だ。

感情の分からない陶器のようで、切れるような目つき、セスは奇形の者を見る様な目で小風を見つめた。

「…。
よろしく。」

随分不躾な視線だな。
小風もこの三人の中でセスが一番自分を気味悪がっている事を察する。

しかし人懐っこそうなこの少年はきっとカスパルを尊敬しているのだろう、ひしひしと伝わる訝しげな眼差しに気付かないフリだけして軽く挨拶をする。

しかしそこまで嫌な目を向けられるのも些か久しぶりで、小風の中でセスは悪い意味で印象に残った。


それはもちろんセスにも、言える事であった。










  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...