テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

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シムは小風を信頼して頼り、その気持ちが伝わる瞬間小風はいつもくすぐったい様な誇らしさと嬉しさで心が満たされた。


シムに必要だと思われている事は居心地が良かった。
小風は今まで誰かに必要とされたかったのかと思う程に、それは小風の心を溶かして行った。



「君に必要とされる事が僕は何より嬉しいよ。」


心から出た言葉を口にし、小風らしからぬ暖かい表情で微笑んだ。
その目つきはまるで愛しいものへと向けられる眼差しにだったが、小風自身はそれに気付いているかは定かではなかった。

シムはその甘い目に目を逸らし、奇妙な気恥ずかしさに見舞われた。




そんなシムを見て小風は少しほの暗い気持ちが一滴二滴と広がっていた。

小風にとってシムはすっかり大切な存在となった。
自身が守ってやりたい、頼りにされたいと思う範疇に気持ちは拡大していっていた。

しかしカスパルもまた小風にとっては大切な存在であった。
小風にとって唯一のかけがえのない旧友だ。



小風はカスパル程鈍感ではない為、自身のシムへ抱くこの感情がただの友情ではなくなってしまっている事は薄々と感じていた。
しかしその感情に名前を与えたら最後、大切な旧友と対立する事が免れない、大切な存在をなくすかもしれないという事を恐れていた。

考えたくもない方向で考えてしまうと、小風は自身の感情に向き合う勇気を持てなかった。


小風はこの人生、自身が選ぶ事で払わなければならなくなる代償を気にして生きてきている。
この国で生きると決めて祖国を切り捨て、名前を切り捨ててきた。

旧友と想い人との天秤に勇気だ湧かない自分に嫌気がさしかけたところで、小風は切り替えるように頭を少し振り考えをやめる。



「君を庭まで送り届けて教会も見れたし、いい加減僕もこの報告書を誰かに渡しに行くかな。」

忘れかけていた書類を示すように少し片手を上げる。
その動作にシムは申し訳なさそうに頭を下げた。


「そうだった…小風も、仕事の途中だったのに、ごめん。
色々、ありがとう。」

「いや、全然構わないよ。
憲兵なんて僕でなくとも代わりがいる仕事だから、適当にね。」


軽愚痴を叩いて小風はシムの謝罪を否定した。

そうは言っても小風の憲兵での仕事ぶりは適当とはかけ離れた真面目な勤務態度である。
シムは激務であろう憲兵という仕事をする小風を尊敬しつつ、何故憲兵になったのかと疑問に思った。


「小風は、どうして憲兵に、なったの?」

純粋な疑問に首を傾げて見せれば、小風も釣られるように首を傾げながら頭をかいた。


「んー、どうしてだろうね。
僕にオーデッツの名をくれた方がこの国の貴族だから、この国にいる限りは手に職を付けなければと思い入隊したんだけど。
楽しくもないが僕の性格には合っている職なんじゃないかな。」


楽しくもないが。ともう一度繰り返す小風にシムは少し苦笑しながら頷いて小風の言葉を聞いた。

シムは何かを自分の中で結論付けたのか一人納得した様な表情で口を開いた。


「優しい小風は、憲兵が合っているのかも、しれないね。」


その余りに意外な感想に、小風も流石に押し黙りシムの言葉を理解しようと頭をひねった。

優しくない、加減を知らないなど賞賛とは思えない言葉を星の数程言われているが、逆に優しいと言われて理解に苦しんだ。


「優しいらしい僕に憲兵が合うって…どういう事だ?」


小風は頭を抑えながら尋ねる。

頭の中でいくら考えたところで答えが出ないので、本人に聞いてしまった方がすっきりするだろうと諦めた小風は答えをシムに委ねた。

シムは当たり前の事を話すように微笑んだ。


「憲兵は、街を色んなものから、守るでしょう?
悪い事をした人も、もっと悪いことを、しないように、止めてあげてるでしょう?
優しい小風に、俺は合っている、気がするよ。」


「……僕に…」


小風は目を見開いてシムの言葉を受け止めた。


思えば小風は少しでもレグランド国に、オーデッツ家の役に立てる様、治安の維持に携わる憲兵に入隊した事をすっかり忘れていた。

気づけば目の前の仕事に、人間関係に追われて忙しい時間を何とかやり過ごしてきた小風はシムと出会って自分と言うものを考える時間が増えた様に思えた。


人と話す楽しさや、会いに行く楽しさ、故郷の国の事、そして憲兵に入った事。
全て蓋をして埃がかぶっていた感情が、色を取り戻す様に小風の心の中でそれは暖かく暴れ回った。


そうだったよ、シム。
僕はこの国に貢献したかったんだった。



それを言わずとも分かってくれたシムの目を見つめていたら感情が溢れ出てきそうになった小風は慌ててあらぬ所へと視線を泳がす。

どうしてシムは一つ一つ小風の心を暖める事が出来るのだろう。
自分でも気付かなかった欲しい言葉をシムはくれるのだろう。


いきなり視線を泳がせる小風にシムは何か気に触る事を言ってしまったのかとみるみると不安げな表情になった。

「あ、あの、でも、仕事が大変なのに、軽そうな事、言ってごめん…」


突然謝りだしたシムに小風ば慌てて首を振った。

「いや嬉しいよ。
なんだか嬉しくて、吃驚してしまっただけだよ。」


小風は少しだけ笑って見せ素直な言葉を述べたが、こんな短い言葉ではこの嬉しい気持ちをやはり伝えきれず歯切れが悪くなる。


「僕は、」

シムが暖めてくれた自分の気持ちに素直になってもいいだろうか。
この気持ちに名前を与えてもいいのだろうか。


「し、小風?!」

小風はシムをそっと自身の胸に抱き込んだ。

腕の中のシムは突然の小風の抱擁に身を強張らせる。

小風はシムの骨ばった身体つきを感じながら、シムの耳に口を寄せた。

「僕は、君の言葉でどうしようもなくいちいち喜んでしまう。」


静かにシムの耳にだけ届く様に低く伝え、直ぐに身体を話し何事も無かったように離れた。



「それじゃあ、書類を届けてくるよ。
シムもあまり遅くならないようにな。」


書類を片手でひらひらと見せながら元来た道へ足を向けた。あまりにさっぱりした挨拶だった。


「あ、う、うん…。」

シムはまだ身体を強張らせたまま、何とか上擦りながらも声を出した。



みるみるあっという間に暗闇に消えて行く小風の姿をシムは呆けたまま唯見つめた。
頭が追いつかなかったが、先程小風に抱きしめられた事を徐々に理解して行く。

あまりに突然の事に驚いてしまったが、小風が自身の言葉に如何に喜んでいるのかを分かりやすく表現した小風にシムはやはり優しい人なのだと再確認する。

優しい友の体温を間近で感じ、とても暖かいと思い出しながら小風らしい清潔な衣類の匂いも思い出す。



「俺も…小風の言葉は、いつも嬉しいと、言えなかったな。」

シムも先程小風から貰った庭への賞賛の言葉を思い出し、庭を眺めた。


"本当に綺麗だ"


思い返すと胸が暖かくなる。
今までシムは作って来た側であったためどうしても手元にばかり目が行き、落ち着いて全体像を見ていなかった気がした。

庭は草木一本一本が集まり初めて庭が機能する事を小風はシムに思い出させてくれた。



シムは小風が綺麗だと眺めた場所まで戻り庭を眺めた。
暗く音のない夜の外廊下で、シムの作り上げた庭は確かに優しく月の光に包まれて幻想的な風景を醸し出していた。

ここまで作り上げてきた感慨深さと、やはり神父に完成した姿を見て欲しかったと寂しい気持ちが混ざり、月の光がより一層肌寒く見えた。




その時、遠くの方から足音の様な音が聞こえてきて咄嗟にシムは振り返る。
暗闇であまり鮮明に見えないが、身分の低い自分が廊下で歩き回る姿を貴族に見られてはならない。
慎重に近くの廊下に身を寄せて隠れる様に伺い見た。

暗がりからシムとは反対方向の廊下から背格好のしっかりした男が歩いてきた。

この先の道は教会しかない。
この男は教会に向かっている?こんな夜に何故?
シムは注意深く目を凝らした。


その時、月の光に照らされて少しだけ男の姿が照らされる。

橙色の軍服に短髪、このしっかりとした背丈は見覚えがあるどころか、シムの心の中に常にいる人物だった。




「あれ、カスパルさん…?」


建物に響かない様に静かに問いかける。

男は月の光の中で男らしく、そして一軍人らしく振り向いた。
そこには安堵と愛情の笑みを浮かべて。



「シム。」






  

  
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