テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

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「女神像がない教会なんて、この国の…いやこの近隣諸国含めての宗教から大きく逸脱している。」


小風の緊迫した硬い声色に、シムは理由無く感じ取っていた不安が形となって押し寄せて来た様に強張らせた。

小風さえも緊迫する様な場所を見てしまったんだという恐怖は、小風を心から頼りにするシムにとっては更に大きな恐怖となる。

逸脱していると言ってもここは宮廷であり、宮廷の貴族だけが祈りを捧げられる教会なのだ。
その中心とも言えるべき教会が逸脱しているなど、

「この国は…どうなって、いるんだろう…」


シムは震える唇で小さく溢す。
その言葉と震えた唇は、シムが恐怖を感じていることが小風に伝わるには十分だった。

小風は黙り込み状況をもう一度整理した後、シムを安心させる様に表情を和らげる。


「いずれにしても、実質的には僕達に影響が出るのはもう少し先なのかもしれないけどね。」

そう言いながらシムの肩に触れる。

小風から見れば小さく細い肩に小風は言い知れぬ保護欲を感じる。
それが果たして独占欲に変わり得る感情なのか、それとも既に変わっているのか小風さえも分からない。


大丈夫とシムに言いながらも、小風は頭の中で警鐘が鳴り続ける。


シムが発見したことは間違いなくこの国の凶兆。

ましてや政治に左右されるべきではない不可侵領域である神を違えることは一大事だ。意味もなく女神像も神父も消える筈は決してあり得ない。



「小風…」

それでも不安が拭えないシムは肩に置かれた小風の手をぎゅっと握る。
小風はシムの行動にもう一度笑顔をのせそっと握り返した。


「大丈夫だって。そんな不安になっていたら身が持たないだろ?」









ゆっくりと歩きながら話しているうちに漸く教会の庭が見えてくる。

小風はシムの作り上げる庭が好きだった。
頼りなくおとなしく吃る彼も、庭に関しては職人であることをこの庭が表現していた。

幻想的で厳格、植物一つ一つから強く感じる命達が夜に耽る白い月に照らされて一層の美しさを放っている。
そんな庭を作ったただ一人の男がこのシムであることに心から尊敬していた。


幼少期は唐という東国で暮らした小風にとっては植物を大切にし、葉一枚にも美しさを見出す、静と動の共存を叩き込まれたし日常的にも馴染み深い文化だった。


「…本当に綺麗だ。」


小風は思わず一言口から溢れる。
シムは見上げて、何に対しての言葉なのか見当が付かず首をかしげた。

返答が返ってこないシムを一度見やり、言葉が伝わっていなかったことに気付いた小風はもう一度口を開いた。


「君が作った庭のことだよ。
本当に綺麗だな。」

まるで深く息を吐くようにもう一度庭を賞賛する。
その言葉にシムも一瞬目を見開き、静かに微笑んだ。

「嬉しい、ありが、とう。」

面と向かって褒められる事をこの人生でろくに経験していないシムにとっては、こう言った賞賛に対して返す言葉を持ち合わせていない。
そのため意味もなく溢れる笑顔は抑えられないまま、子供の様な言葉を口に出す。
そんな自身を幼稚だと恥じた。


少し見上げる形で庭を見つめる小風を盗み見る。

はじめこそ常に冷静な声色に飄々とした態度で心情を伺う事に緊張した面もあったものの、親しくなるに連れて小風の本当の姿が今横にいる姿なのだとシムはもう既に理解していた。

小風は友を心から大切にし、気にかけ配慮出来る賢さ、祖国やこの国、小風に関わる人達に対して常に敬意を表する、とても優しい男だ。

優しすぎるあまりか、それとも今まで機会に恵まれなかったのか感情を表に出すことは上手な方ではない。

この優しすぎる男小風をシムは心から信頼していた。


「シム、僕も見に行ってみても大丈夫だろうか?教会を」

小風の一言にシムは一気に現実に引き戻されて、小風の見やる庭の方を見る。
小風はいつの間にか庭からその先に仄暗く佇む教会に視線を移していた。


「大丈夫、だと思うけど、俺は本当は入っては、いけないんだ。
だから…一緒には」

シムは宮廷内の召使いよりも位の低い庭師であるため、本来貴族のみが祈る事が許される教会に入ってはいけないのである。
先程は咄嗟に入室してしまったが、そう2度3度と入ることはとても気が引けた。


小風は飄々とした態度で、分かっていると言わんばかりに一つ頷いた。

「ああ、僕だけが入ればもし見られても憲兵の見廻りだとでも言えば済むだろう。
君は教会の側で待ってくれていれば大丈夫。」


そう言いながら小風は歩みを進める。
シムは急いで小風の後を追った。







教会の扉は先程シムが出た時と同様に、鍵らしいものは掛かっていなかった。

無用心な…小風は扉ののぶを回しながら呟く。

もう外もすっかり暗い夜だ。
無施錠はいくら宮廷内とは言え管理不行き届きそのものである。しかし主である神父ベイジルが居ないのが理由だろう、それ以外には考えられなかった。


小風は扉をそっと開け、中を見ると外よりも暗い冷たい空間が広がっていた。勿論人の気配もないが、暗すぎる為少し空虚を見つめ闇に目を慣れさせる。

徐々に見えてきた室内を見渡しながら中へと入った。
シムはいよいよ中に消えていく小風を息を殺して見守る。



「…これは」

小風は教会の講堂の奥に備えられた何もない祭壇の前で目を見開いて足を止める。

シムの言う通り女神像が鎮座している筈の祭壇は空虚であった。
全身の血がサッと引いていくのを感じた。

祭壇の表面を見やればそこには半円の様な形で他の表面とは色が違う場所が伺える。
そこに女神像が確かに置かれていた形跡だった。


はじめから女神像がない教会ではなく、神父が去った事が女神像の件に関係している事が濃厚だろうと冷静に分析しつつ辺りを見渡して他の部屋に繋がる扉を確認する。


一つずつそっと開いてみるも、殆どが書庫や物置、懺悔室であった。
ただ一つだけ書斎の様な部屋に繋がる扉があった。

中に入ると古そうな机と椅子、空の棚などが点在していたがあまりに物がないため、ここがかつて本当に書斎なのか判別するには難しい。

しかし丁寧に片付けられたのだろう、綺麗な部屋の状態に、荒々しく追い出されてはないのだろうと察する。
その仮説が正しかった場合、神父も同意の上で去ったのかもしれない。

それならば尚更何故シムに何も言わずに出て行ったのだろうか。


小風はなるべく教会の中の物には触れない様に心がけ、静かに教会を後にした。

教会の扉からすり抜ける様に出るとそこにはシムが不安そうに佇んでいた。


「やっぱり女神像がないね。
なくなって時間は経ってなさそうだったけど。」

小風は取り急ぎ状況だけ説明し教会の扉を閉めた。


「あまり無理矢理に追い出された様には見えなかったけど、これでは神父がどこに行ったかまでは分からないな。」

「そう…、
小風、ありがとう。」

無理矢理ではない事にシムは一つ息を吐いた。

やはりシムに対して何も言わずに去って行ったことは悲しいが、それよりも神父の無事を案じていた。


「今は僕もこれしか言えないが、僕は君より身軽に動き回れる。
僕も探ってみて何か分かったらすぐにシムに伝えに行くよ。」

小風の優しさから出る言葉に、シムは感謝を込めて頭を下げる。
神父の事など関係のない小風にとって、シムの為だけに動くと言ってくれることに頭が上がらない。


「本当に、ありがとう。
さっきも、塔で一人でいたままだったら、不安でいっぱい、だった…。
小風が、いてくれて、…良かった。」

シムは言葉の通り心の中を占めていた筈の不安は、小風の優しさに溶かされ落ち着くことが出来た。


小風もシムの言葉を聞き、自身でらしくないと思いつつも頬が緩まるのを止めることは出来なかった。








 
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