テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

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シムは食堂を出た後、どこへ向かえばいいのか分からず馬鹿の一つ覚えのように俯きながら護衛軍本部の司令塔へと向かっていた。

食堂の女の言ったことが事実であったとしても簡単に受け入れる事が出来ず、シムは嫌に高鳴る心臓の音を身体の中で感じる。


この国はどうなってしまっているのだろう。

変わり映えしない毎日がこれからも続くものだと思っていた。
それが随分な平和ボケである事を痛感する。

庭にばかり思考を費やし、世間の常識は空っぽだった今までの自身の人生を心から恥じた。
こんなみっともない男など、この宮廷中を隈なく探し歩いてもシム以外に該当者はいないだろうと。

近隣諸国と分け隔てなく信仰していた女神の像が撤去されている衝撃はシムの心の中にも非常に嫌な予感を齎しており、如何に常識が欠落したシムであってもそれが国にとってあまり吉兆ではない事は察する。

こんな時にカスパルも小風も、テューリンゲンにいるアベルもいない。
たった一人で暗くなった宮廷内を歩く自分自身が非常に寂しい存在であると自覚すると同時に、いつから他の人に頼らなければ心の平穏を維持出来なくなってしまったのかと自身の弱さに心を苛まれた。

それでもシムの中に存在する弱く子供な自分は、自分に何一つ教えてくれなかったカスパルへの責任転嫁がふつふつと沸いては消えた。



そして暗い中で塔まで辿り着いた時に大きな扉はきっちりと閉じられており、それを見た瞬間今まさにパーティーをしている事を思い出した。

「そうだった…、さっきまで分かってたのに……」


シムは自分の馬鹿さ加減につくづく嫌気がさし、つい気持ちが言葉として出る。
俯いたまま頭をかいて元の道を辿り庭に戻ろうとした瞬間、馴染みのある声に呼び止められた。


「シム?シムじゃないか。
どうしてこんな暗いのに1人で…」


「し…小風」


小風は何時もの飄々とした顔を少し驚かせシムに近づいた。相変わらず背が高く、黒が良く似合う涼しい見た目は夜によく似合っていた。

シムは驚き目を開いて暫し言葉を詰まらせたが、その間は小風を拒否しているものでは決して無く心からの安堵から生まれてくる間だった。
小風は本当に心配そうに眉を寄せながら、シムの肩や頬を撫でた。

その小風の大きく長い指にシムは無意識に張り詰めていた息をゆっくり吐き出す事が出来た。

「こんなに冷えて…。
風邪でも引いたらどうするんだ。」

小風は自分の着ていた憲兵の羽織を脱いではシムの肩にかけた。
そこでシムは初めてよれた汚いシャツ一枚で夜までうろうろと徘徊していたことに気付き恥ずかしさで唇を噛む。
その羽織からは先程まで着ていた小風の温もりがそっと詰まっていて、早くも芯から温まる気がした。


「小風こそ、どうしてここに?」


「報告書を提出しに来たんだ。今日はパーティーがあるけど数名は残っているはずだったんだ。
だが、誰もいなくてね。僕も考えていたところだ。
シムは?」

小風は手に持っていた書類をひらひらとシムに見せてみせる。それは中々に薄くはない簡易冊子でありそれだけで日々の仕事が簡単ではなさそうな事だけでも伺えた。

シムはここで何をしていたか説明しようとして口を開きかけ、そしてそっと閉じた。
自分でもここで何をしていたのかあまりに幼稚に思えてしまい、言葉が詰まる。


「俺は、…」

神父を見かけないので彷徨っていただけだ。

今まで人脈を築いて来れなかったことが祟り、こんなところまであてもなく来ただけであることが惨めですぐに口に出せない。

そんなシムを察してか、小風は書類を脇に挟み少し目元を優しげに和らげてシムの背中にそっと手を添えた。


「もうここに用事がないならあの庭まで送るよ。少し歩こう」

小風は幾分柔らかい声でシムに声を掛ける。
シムは小風が気を使ってくれていることも勿論わかった上で感謝と謝罪の意味を込めて深く頷いた。

「有難う。」






庭までの道はもう暗く、きっととても一人では心細いことだったろう。
しかし今は小風がシムと並んで歩いてくれている。
シムの気持ちは不思議と落ち着いていった。


「僕には君がいつもよりも落ち込んでいるように見えるよ、また庭の事で何かあったのか?」

小風は切り口を変えてシムの異変について問いかける。
シムは落ち着いてきた心で、打ち明けやすい問いかけに感謝をしながら口を開いた。


「俺の作っている庭は、教会の庭なのに、…神父様が見当たらなくて。
周りに聞いてみたら、辞めたって…。
それに、護衛軍が、荷出しを手伝って、去ったと聞いて、司令塔に…行ってみたんだ。」

シムは相変わらず吃り癖で何度もつっかえながら話す。
その真剣さに小風はシムがどれ程動揺しているかを察した。


「それであの塔にね…。
あいつ…、カスパルは何も?」

シムはカスパルという名前を聞いてさらに苦しむように眉を寄せて頷いた。
シムの動揺の核心を突く質問でもあった。


「何も…そんな話は、なかった。
俺は…カスパルさんに」

…信用されていないだろうから。



続きの言葉は声にするには悲しすぎてしまい言葉を途切らせた。



小風はゆっくり歩きながら真顔で少しの時間無言になって考える。

「…あいつの擁護をしたい訳じゃないが。
きっと君を不安にさせたり心配をかけさせたくなかったから言わないでいたんだろうな。」

「…え?」

シムは顔を上げて小風を驚きの表情で見上げた。
そこにはシムの心を恰も見透かしているように、少しだけ微笑む小風がいた。


「カスパルという男は、そうやって全て背負って自分だけで苦しもうとするところがある。
それだけ君を大事に思っている証拠だと、僕は思うよ。」

小風はその言葉をゆっくりとシムの心に届くように声に出した。

それは心からシムを同じく大事に思う小風の、友達としても違う感情からも元気になってほしくて出た言葉だった。
シムが救われるならば今この言葉を伝えられる自分だけの責務だとさえ思った。

「小風…」


シムも先日の花市場での件以降、小風には自身の罪深い感情を知られてしまっている。
しかし罰する対象に値する自身の事を心から心配し許容してくれている小風に対して目を見開いた。


「だからもしカスパルと会ってもあまり責めないでやってくれ。
きっとあいつ、自分を責めすぎて暴走しそうだから。」


小風の優しさは女々しく弱ったシムの心を完全に吹き飛ばす。

何故そこまでシムに対して無償の優しさを与えてくれるのか、シムは申し訳ない気持ちと感謝の気持ちで目頭がじわりと熱くなる感触がした。


「小風、…有難う。」

もっと感謝を伝えたくともシムに伝えられる言葉は短いものだった。
それがシムにとって大変歯痒く思うが、もとより口数の少ない小風は十分だと言わんばかりにその短い言葉を受け止め少し微笑んだ。


「神父は何故辞めたんだろうね。
まだ動けない程足腰が弱っていた訳でもないんだろう?」

小風が不思議そうに呟く言葉にシムは先ほど自身の目で見てきた教会の景色を思い出した。


「教会が、おかしかったんだ。
女神像がなくて、取り払われたような、跡があって。
女神像がない教会なんて、聞いたことがないよね?
宮廷の教会には、女神像がないもの、なのかな…?」

シムは話しているうちにどんどんに言い知れぬ嫌な気持ちと不安が表情に現れる。

その覚束ないシムの言葉を小風は聞いていくうちに、シムの気持ちがまるで伝染したように緊迫し動揺した様に眉を強く蹙めた。



「…いや、そんな事は有り得ない。」







 

 
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