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成長、彼の情
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しおりを挟む夕方の光に包まれた赤い庭で、シムは今日も今日とて草木に黙々と向き合っていた。
庭師の仲間達の話によると、その日の夜はどうやら宮廷内で建国記念パーティーが開催されるらしく、シム以外の人間達はいつもとリズムが違う様に慌ただしく動き回っていた。
しかしシムはパーティーに関する臨時業務は特になく、こうして教会の庭に従事している。
最初こそ自分に特別な仕事が割り振られなかったことに少なからず寂しい気持ち抱いたが、自分が任されている庭で草に触れた瞬間から頭からパーティーのことはすっかり消えるほど集中し、あっという間に夕方にまで時間が経っていた。
シムが現在手掛けている宮廷内にある教会の庭はもう殆ど植え終わり、素人の目から見れば未完成だとは思われないところまで仕上がって来ていた。
あとやるべき事はこの大地に植えた植物達がきちんとそこで水を吸い上げ光合成をし、根付く為の最後の手入れと調整となる。
(もう大分出来てきた)
シムはふと額に浮かぶ汗を腕で拭い、顔を上げる。
そこには長い間想像し続けた庭が広がっていた。
テューリンゲンの庭では花を専門として来たため薬草の類は一からの勉強となったが、他の庭師の先輩達や本を読んでくれたカスパル、厳しくも気長に見守ってくれた神父、シムをいつも案じてくれた小風、ずっと皆と作り上げて来たつもりでいたシムは胸に熱いものが込み上げきた。
(俺はなんて恵まれているんだろう、
沢山の愛情を栄養にずっとここにあり続けて欲しい)
シムは心からそう願った。
幼少期を過ごしたテューリンゲンの片隅の教会で修道女の老婆達がよくしていた祈りを真似て庭に向かって両手を組む。
これが心からの祈りというものだろうかと一人静かに思った。
シムの日常はすっかりこの庭で日々を過ごし、その姿を神父のベイジルが教会の扉に立ち見守られている日々となっていた。
そう言えば今日はベイジルの姿が見えない事に気付きシムは首をひねる。
ベイジルは最初こそ怒りをぶつけてくる老人だったが、ただ不器用なだけで本来は筋の通った神父である。
あの後も彼なりの分かりにくい気遣いをシムに寄せてくれたことをシムも感じ取っていた為、今となっては大切な人の一人となっていた。
今日はすれ違ってもいない、休みの日だろうか。
一度考え出すとどうにも気になってしまい思わず教会に目をやる。何時もと変わらず教会の扉は閉まっている。
様子を伺うように扉の取っ手に手を掛けてから、慌てて手袋を外して後ろのポケットに押し込んだ。
以前手袋をしたまま入り、怒りを食らったことを思い出したからだった。
まだシムの手の甲にはくっきりとジェーンに踏まれた際の傷跡が残っていた。
「ベイジル、さん?」
そっと声を出しながら少し開けた扉から顔を覗かせる。教会の中は冷たくそして暗く、少しの声も拾うように教会内で反響していった。
思った以上に反響で声が大きくなり、慌てて口をつぐむ。
しかし帰ってくる返事もなく、シムは慎重に中に入る。
夕方だろうが中は夜の様な暗さで目が慣れず、なかなかどんな様子か窺い見る事が出来なかった。
暫くして目が慣れてくると同時にこの部屋は祈りを捧げる広間である事に気付き、神父の書斎を探した。
どの部屋の扉も同じ木製の作りの為片っ端から全てゆっくりと開けて行き、最後に開けた部屋がどうやら書斎の様だったがそこには机と椅子とソファーと棚、そして簡単な文具が置かれているだけでとても誰かの書斎と呼ぶには物が少なすぎる空間だった。
「神父、様、、?」
どこにも居ないベイジルに突然不安になり、シムは開けた扉を閉めてそっと最初の部屋に戻る。
ベイジルは何処かで休暇でも取っているのだろうか。
それにしては荷物が全てなくなっているように見受けられるのはおかしい気がする。
しかし何も聞いていないシムにとっては突然ベイジルがいなくなる事の推理がまるで出来ない。
その時ふと祈りの場にある筈の像がない事に気づく。
それは壇上に必ず掲げられている女神の像で、近隣諸国含め信仰されている統一女神。
その像を見た事がない者はこの国には誰も居ない程生活に密着した女神像であった。
その女神像がこの教会内にはない、否、取り払われている形跡がある。
壇上に向かって規則正しく長椅子が連なるその場には、その皆が視線を向けるべき壇上が空虚だ。
シムは大変奇妙で恐ろしい空間の様に感じ出した。
この教会は一体何を信仰するためにあるのだろうか。
今まで教会の中を見る機会がなかったシムは頭が混乱から抜け出せない。
しかしベイジルは大変熱心な神父であった。
その彼がこの空間を良しとする訳がない事に気付き、改めてやはりベイジルは何処か違う場所に行ったのではないかと考える。
勝手に居なくなるなんて、そんな訳…
完成に向かう庭を楽しみにしていたのはシムだけでなく勿論神父ベイジルも同じことだった。
シムも完成した庭を見せたいと強く思っていた。
その分だけシムはショックを受け、悲しみの感情がこみ上げる。
それでも事実を受け入れ難いシムは、教会を出て誰かにベイジルのことを聞かねばと思った。
教会を出ると夕焼けていた赤い空はもう夜が始まりを告げていた。
朝晩重宝している従業員用の食堂まで早歩きで向かうと、カウンターにはいつもの威勢良く対応するふくよかな女は居らず別の者が立っていた。
シムはあの女の人ならば人の入れ替わりに詳しいのではないかと期待して来たが、初めて見るカウンターの者に戸惑ってしまい入り口で足を止める。
しかし付近から掛けられた声は馴染みのある声だった。
「あら坊、もう夕飯かい?」
その声にシムは振り向くとまさに探していた人物がシムに向かって景気よく笑いスプーンを振っていた。
「あ!」
思わず声を上げて駆け寄るシムに食堂の女は何か勘違いをしたのか首を横に振った。
「嫌だね、サボってる訳じゃないよ?
遅いお昼を取ってたのさ。」
ふくよかな女は空になった木製の皿をスプーンでトントンと叩いた。
シムも疑っていた訳ではなかったので慌てて首を振り返す。
「いや!そんな、疑ってない、です。
あの、少し聞きたい事があって…」
シムが吃りながら言葉を伝えると、女はスプーンを置いて顎に手をやった。
「何のことだい?私に分かるならいいけどねぇ。」
「はい、えっと…教会にいらっしゃる、神父様が、居ないみたいで、何か、ご存知ないでしょうか…。」
シムが神父ベイジルの名前を出した時、女は少し目を開いた。
「神父さん?神父さんならクビになったよ、確か」
「え…!」
シムは驚愕のあまり息を呑み口を手で抑えた。何故ベイジルが辞めさせられなければならないのか全く見当がつかないからだ。
「うーん、私もねぇ、あまり良くは知らないんだけど。
噂では改宗があるかもしれないとも、神父さんが入れ替わるとも聞いてるねぇ。」
改宗にしろ入れ替わるにしろ、ベイジルが去る時何故シムに一言声を掛けてくれなかったのか、それだけが悲しく寂しく目を伏せた。
「…そ、そうだったん、ですか…」
ふくよかな女も流石に悲しみの色を見せるシムに頭をかき、どうしたものかと案じた。
「でも荷出しなんかを護衛軍さん達が手伝った筈だから、聞いてみる価値はあるかもねぇ。」
護衛軍という単語にシムは顔を上げる。
それはカスパルが統率する軍に間違いなかったからだ。
ならばカスパルはなぜシムに何も伝えなかったのだろう、恐らく知っていたはずなのに。
悲しく暗い気持ちが渦巻き続ける。
「…分かりました、どうも、ありがとうございます。」
ショックを受けつつ礼だけはなんとか伝え、食堂の出口へと向かった。
女はシムの後ろ姿を見て、何か不味いことを言ったかと心配した。
きっと宮廷を離れることも告げられてなかったんだろうと察し、もう一言背中に掛けようと思っていた時にはもうすでにシムの姿はなかった。
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