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成長、彼の情
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しおりを挟む揚々と戻って行くセスを見送ると、カスパルはまた一つ息を吐いてパーティーを巡回し始めた。
パーティーに招待を受けた以上欠席は無礼になる。
しかし望まれた招待でないことも重々承知しているカスパルはただ存在しているだけが業務と心得てひたすらに会場をゆっくりと彷徨い歩いた。
「ラザフォード様、少しお話よろしいでしょうか?」
不意に話し掛けられてカスパルはその馴染みのない声色に振り向く。
「私に何か御用でしょうか。」
長身であるため見下ろす形となる程、声を掛けてきた男は小さく若くも年老いても居ない中年の容姿だった。
その中年の男は血色の良い頬を笑顔で盛り上がらせ、まあまあと声を発しながらカスパルの背を軽く押しながら会場の端へと誘っていく。
カスパルはあえて周りには言った事はないあが、本来他人に触られる事も触る事も好まない性質の男であった。
それは隙を作らない武人として相応しい性質とも言えるが、今回はその性質が裏目に出てしまい、カスパルは眉を顰めながら背中に添えられた男の手を右手で掴む。
その厳しい表情と掴む手の握力が思ったよりも強かったのか、中年の男は素早い動きで手を戻しへらりと笑った。
カスパルへの恐怖を隠す笑顔であった。
「いやね、嫌に目立ってしまってはと思ったんですがね。
私はマールディン・モルレイと申します、一応貴族でして…と言っても父の代に爵位を頂いた2代目の新米貴族ではありますが…」
モルレイという名前に、カスパルは心当たりがあった。確かに名のある貴族では無いが、護衛軍の日々の業務である入国出国手続き書類でその名前を雇用主として良く目にする機会があった。
「モルレイ卿が私に何の御用なのでしょう。」
「あまり声を大にしては言えない事情なのですが、私共他国との生産輸入経路で経済的に大変貢献しているという事で爵位を頂いた経緯が御座いましてね。
今後もその商業貿易は続けていかないと利益が上がらない訳ですよ。
勿論ルージッド国も大変ご贔屓にして頂いている国ですので、もし貴方様が祖国にお帰りになる際は何卒…今後ともこの友好関係を深めて行きたいと、こうお伝え頂きたい訳ですな。
私は味方です!…必要ならば軍事力も集める事は出来ますので。」
「味方って…」
小声でニタニタと語る男にカスパルは絶句を通り越し言葉を詰まらせる。
自己の利益と損得で歩み寄る、味方とは最も程遠い非常に浅薄な言動である。
軍事力を用意することは立派な反政府活動であり、その責任をカスパルに背負わせようとすることさえ恐らく容易い。
カスパルは厳しい顔をした。
「私は貴方のような味方を欲しておりません。
…それに今の言葉は反政府と受け取れる重大な発言ですよ。
私がこのレグランド国護衛軍の隊長であることをお忘れなきよう。」
カスパルはモルレイを残し、足早にその場から去ろうと歩き出す。
モルレイは「カスパル様!」と少し声をかけるが、その名を口に出した途端周りの出席者がモルレイに注目する。
注目されて分が悪いモルレイもぎょっと顔を強張らせてそそくさとその場を後にした。
同じくパーティーに出席していたエリザベスの侍女であるナタリア・ラッセルとイブニス・バイロンは元来大変噂話が大好きな古参の侍女だった。
本日も彼女達は満足の行くまでジェーンの噂話を展開し(罵倒に等しい)振舞われる味の良いワインを楽しんでいた。
その二人とカスパルが一瞬会場ですれ違う。
二人は目配せだけしてカスパルを視認した。と、直ぐ後ろの方から「カスパル様!」と聞こえたかと思いきや発した本人はモルレイ卿だった。
「やだ、今のモルレイ卿よ!」
「成り上がりの貴族、パーティーに出席してるだなんて品位を疑いますわ」
イブニスはモルレイを見た途端楽しいものを見つけたと言う様に声を上げる。
その言葉に乗る様にナタリーも何度も頷いた後大げさな態度で侮辱をしていく。
「カスパルって今、噂されているルージッドのスパイじゃない?」
「まだ爵位は剥奪されてないらしいけれどね。
それにしても護衛軍の隊長だけあって、良い身体だわ…」
女性らしく噂話の話題はコロコロと変わりカスパルの話へと移って行く。
イブニスはカスパルを熱を帯びた目で眺める。
「陛下のお相手をするより、あの引き締まった大きな身体に抱かれる方がずっと気持ち良いと思うわ…」
「イブニス姉様はお美しいからあのスパイもきっと骨抜きね!」
「あら、ふふふそうかしら!」
カスパルは沢山の人がいる会場で詳しい話は聞こえてこないものの、時折甲高い声で楽しげに騒ぐ女性達の声だけが聞こえて来て一度振り返る。
そこには煌びやかな衣装を見に纏った如何にも貴族の御息女といった女性達が騒いでいた。
一瞬目が合ってしまい、直ぐに目をそらすも「こっち見てたわよ?やっぱり気があるのよ」という一言はしっかりと聞こえて来てしまい振り向いたことをとても後悔した。
あそこにジェーンがいたのならさぞ気苦労が絶えなかっただろう、と想像すればするだけ不憫と悔しさが込み上げてくる。
ジェーンはこの空気に染まることが出来なかったのだろう、あの中でつっぱねるジェーンを容易に想像出来た。
(駄目だ…会場を出よう…)
何処を向いても遠巻きに見られる。
利用しようとする者さえいる。
両陛下も手を差し伸べる事なく淡白な態度。
自身がここにいる意味はやはり全く見出せない。
どんどんとカスパルは心が死ぬ様な感覚さえしていた。
こんな所に居てはレグランドに対する僅かな恩義さえも忘れてしまいそうになる。
忘れてしまえばもうカスパルはこの国のために何かしなくてはと言う善良な心を思い出せなくなってしまう。
外の空気を吸って、頭をリセットさせ、何を一番に考えて守らなければならないのか自我を取り戻したかった。
カスパルは堂々とした足取りで出口まで歩き、入り口を守る護衛軍の部下に一つ頷いて外に出た。
部下達はその後ろ姿を不思議そうに眺めた。
そして遠くに座っていたエリザベスが悲しげに見つめていた。
外の空気は冬になろうと準備しているかの様に凛とした寒さに変わっていた。
カスパルは今日初めて深呼吸し、表情を和らげる。
その足取りは自然と教会へと向かっていた。
カスパルの疲弊した心を元に戻してくれる存在はシムであると、カスパルはもう知って居た。
教会の庭が宮廷の廊下から見えてくると、其処は月の光を浴びて一層厳格な雰囲気を纏った空間だった。
もう大分植え付けは終わったのだろう、形だけを見れば庭の知識のない者は既に完成しているように見えるほどだった。
「あれ、カスパルさん…?」
不意に後ろからよく知る、そして心から求めて居た声が自信を呼んだ。
ああ、この声で心が溶かされて行く。
カスパルは目元を和らげて振り向いた。
「シム」
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