テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

3-29

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どれ程時間が止まるよう祈ろうとも時間は刻々と過ぎ、カスパルにとっては出席したくもない建国記念パーティーの時間へと移ろいで行っていた。

カスパルは静まり返った護衛軍本部隊長の執務室で静かに窓の向こうを見つめていた。
空は既に夕刻を終え、赤みがかった空が紫の絵の具に染められていくような、幻想的な夜の始まりを告げていた。

カスパルは式典に着用するため、隊長としての礼装用軍服と帽子を身に纏っていた為、身と表情から滲み出る屈強さにさらに磨きがかかり、威圧感だけで話し掛けることをも気負わせるような気配を纏っていた。


そろそろパーティーの時間だ。

しかし足は中々会場へ向く気になれず、執務室の窓に手をかけながら考えに耽っていた。


前回シムと会い話した際に、自分がシムへ向けている感情が何なのかを自覚した。本来であれば友人に向けるべきものではなく、同性に向けるべきものでもない類の劣情であることを思い知った。

しかしカスパルに伸し掛かる責任は重く、どう行動をしてもルージッド国にも護衛軍にもシムにも迷惑がかかることをよく理解していた。
シムを勿論大切に感じている分、現を抜かすことは出来ないのであった。

シムを自分の手で守れるだけの力や立場さえも今や剥奪されているも同然な中で、この国の異分子扱いになっている今の自分が構えば構うだけシムにも火の粉が飛ぶ可能性は十分にある。


「シム…」

自分がこの様な感情を抱いてしまって申し訳なさで、まるで懺悔するように一つ小さくシムの名前を口に出した。
レグランドでは同性を恋愛対象とすることは罪であると重々承知している分、カスパルはシムを巻き込まない為にもこの気持ちに鍵をかけるつもりでいた。


「ラザフォード様、そろそろパーティー開始のお時間で御座います。」

執務室に恭しく入室した宮廷内での召使いが頭を下げながらそう告げてきた。

カスパルはシムの事を考えるのを止め、表情を凛々しく正し「分かった。」とだけ伝える。
その言葉を聞いて召使いは再度静かに敬礼をして静かに退出して行った。

カスパルもその姿を見届け、もう一度軍服帽を被り直し、執務室を後にした。










パーティー会場へ赴くと、例年以上に拘って内装を手掛けたのか季節にあった花々や草木が飾られていた。
建国記念に相応しい煌びやかな仕様だ。

凡そ参加予定の者達はもう集まっているのか着飾った者達が密集しており、密集している者達はカスパルを見つけると一瞬口を閉ざした。

一瞬静かになる場内をカスパルは表情を変えず奥へと赴いて行く。
その背後では無言でじろじろと観察した後皆小さな声でひそめきあった。

「ルージッドのスパイってこの者よね…?」
「愛国心も持たぬ者が建国記念パーティーに来るなんて非常識な…」

嫌でも聴こえてくるその言葉達にカスパルは一切動じることはないが、表情はゆっくり死んでいく。

会場の奥には壇上になっており、より一層煌びやかな装飾が施されていた。


その壇上には式典の際でのみ拝見することの出来る国王陛下並びに王妃陛下のための椅子が置かれており、その椅子は両陛下は佇んでいた。

パーティーに赴いた者はまず皆一様に両陛下へ挨拶を行うため、その近辺は特に大変な人混みであった。
そのような混雑の中でも“ルージッドのスパイ”が通れば皆奇異の眼差しで面白いくらい道を空けて行った。
その真ん中を堂々と歩き、国王陛下の前まで辿り着くとカスパルは最高敬礼で傅いた。


「国王陛下並びに王妃陛下、この度はパーティーへのご招待誠に光栄なご配慮恐れ入ります。」

騎士が忠誠を誓う様な様で定形じみた感謝の言葉を述べる
現在のカスパルの評判を知ってか知らずか、あいも変わらず歳を食った威厳のある表情の中に残虐的な眼差しを称えて国王はカスパルを見つめた。

「苦しくない、楽しみたまえ。」

その一言だけ告げ、あとはカスパルに興味などないと言う様に次の挨拶を待つ者へと視線を流した。その様子を周りに立つ参加者達は固唾を飲み込み、カスパルの表情を伺った。

国王陛下に態度と言動で蔑ろにされているカスパルの表情は如何なものかと、野次馬達の目付きはそのように語っていた。

カスパルは国王陛下のたった一言を受け止めて姿勢を正しエリザベスにも軽い敬礼を行い立ち上がった。

一瞬だけカスパルとエリザベスは目線が合わさったものの、それはすぐに何方からでもなく逸らされ、カスパルは両陛下の前を後にした。
エリザベスもカスパルも嫌い合っている訳では勿論ないものの、其々が抱える問題に対して其々が合わせる顔を持っていないといった方が正しかった。


子供を産むことも出来ない年齢に達し国王からも疎まれている中で、ジェーンを守る事が出来ずに国王の子供さえも懐妊させられてしまっては一緒にテューリンゲンに行ったカスパルにとても顔向けなど心の準備が追いつかなかった。

カスパルに関しても、ひしひしと実権を奪われルージッドにも還して貰えず、スパイだと後ろ指を指されている状況ではあまりに格好がつかず、エリザベスの目を直視することが出来なかった。


そうしてすれ違った二人の気持ちは通じることなくこの夜で一番接近したその瞬間は、あっけなく過ぎ去る形となった。



しかしカスパルは他者よりも逞しい身体を持ち、頭一つ分は抜き出ている長身なので何処をどの様に歩いていても目立つ。
今のカスパルにとっては悪目立ちという言葉が相応しかった。

何処を歩いても目立つカスパルはジロジロと見つめられる中でのパーティー、大変居心地が悪いものの隙を見せる訳には行かず堂々たる武人の表情を保った。


そんな中、人を縫う様に駆けてくる足音に気付きカスパルは早い段階で振り向いた。

そこにはカスパルだけを見つめながらスタスタと駆け寄るセスの姿があった。

「セス?」


同じ色合いの軍服を着る若者が、上長へと駆け寄る光景は至って不自然ではないため参加者達はそこまで注目されなかったが、中にはカスパルのもとへ近寄ろうとパーティー会場を闊歩するセスの無礼な態度に些か眉を寄せる者も居た。
眉を寄せる者を視認したカスパルはこれ以上自身の部下を駆け寄らせる訳には行かないので、カスパルも自らセスの方へと歩み寄る。

セスは自身の元へ歩み寄り始めたカスパルを見て嬉しそうにはにかんだ後「隊長!」と声をかけた。


「セス、今は護衛中だろう。何かあったのか?」

カスパルはやや心配気にそう問いかけると、セスは少し姿勢を正して言葉を発した。やはり姿勢を正さあたり、カスパルの事を尊敬する上長であり未だに緊張する相手でもある事が伺えた。


「はい!本当は南西側のテラス前の警備だったのですが、隊長が入場されたのが見えて少しだけ持ち場を離れました…!」

そう元気良く、かつ健気に申し出る部下に困った様にカスパルは少し笑って見せる。

「俺への挨拶はいいから、持ち場を離れるな。」

それだけ言うと、まだ少年と青年の間を彷徨うあどけないセスの背中を軽く二度ほど叩き、持ち場の方へと向きを変えさせた。

向きを変えられながらもセスはカスパルを見上げ、少し不安気に言葉を続けた。


「あの、何かあったら自分達に仰って下さい。どんな事でも、隊長の為ならしたいので!」

「分かったから、何かあれば言いに行こう。
だからそれまでは持ち場を守っていてくれ。」

そう言ってセスを見送った。
一方セスは、カスパルと夜も話せた事が嬉しいと体現する様に、来る時よりも軽やかに持ち場へと戻って行った。








 
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