テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

文字の大きさ
76 / 171
成長、彼の情

3-36

しおりを挟む






カスパルの表情から笑顔が消えた。


「シム…。」


シムの放った言葉にカスパルは目を見開く。


その一瞬の時間の中でカスパルは瞬く間に思考を巡らせた。

神父の事とは辞職し退廷した事を既に知っているのか。
しかしその事を既に知っているならば改宗の事も既に知っているということだろうか。
街のこととは、恐らく反政府の動きを知っているのだろうか。
情報経路は小風か、従者の間での噂か。

そして何よりジェーンの事。

ジェーンについては貴族にも正式な事は伝えていない機密事項の筈である。

貴族達はあくまで噂を伝達し合っているに過ぎないが、シムがそれを偶々聞いたと言うのだろうか。
もしそうだとしても他人の噂で”知っている”とシムは断言する男だろうか。

ジェーンの事を把握している内部の者が情報を外に対して漏洩させているのだろうか。
だとしたらそれは一体誰だ。

順を追って確認しなければと思いつつも、やはり未だに信じられない気持ちを抱きながら口を開いた。


「……まさか、そんなにシムが知っていたとはな…。
神父とジェーンについては誰かが情報を漏らしていないか…役職上確認しておきたいんが質問してもいいか?」


そう言いにくそうに話すカスパルに、シムが今度は少し目を見開いた後少しだけ困ったように笑って肩を上げてみせる。

「誰かから聞いた、話ではないです。
…俺から、話していいですか?」


神父は人に見送られながら退廷している訳でもない。
ジェーンに至っては自由が許されていない。

シムは暗い色を目に讃え静かに話し始めた。
その表情には未だ残る悲しみが滲み出ている。


「神父様の事は、さっき知りました。
…最近お見かけ、しなかったので、教会に行ったら、女神像も…神父様もいなかった。」

教会の方に顔を向けながらシムの寂しげな瞳は月の光で涙の様に光っている。

「庭を、ちゃんと完成した庭を、見せたかった。
とても悲しいけれど、きっと一番辛いのは、神父様、なのでは、ないでしょうか。
荷出しを手伝ったのも、護衛軍の人達だって、厨房の方、から聞きました。」


突然何の知らせもなく姿を消した神父に対しての悲しみや寂しさと葛藤しながらも神父を想うシムに、カスパルは胸が締め付けられた。


「…神父についてはシムに関係する話なのに、話すことが出来ずすまなかった。」


シムは慌てて首を横に振り心配そうにカスパルを見上げる。
「責めてる訳じゃ、ないんです、カスパルさん。」

困った顔にカスパルは少し微笑んで見せる。

「神父の事は俺も何とかしたかったんだが国の大きな動きの前にもうどうにもならなかった…。
だからせめて荷出しはこっちでやると願い出たんだ。
だが…それも俺は今立場があまり芳しくないせいで神父の荷出しを直接は手伝えなかった。
だから俺の部下が荷出しを全部したんだ。」

俺が直接手伝いたかったんだが、と呟きカスパルはあらぬ方向を見つめた。

あらぬ方向を見つめるのはカスパルが自身を責めている時に無意識にする癖の様なものだった。


シムはそのカスパルの横顔を見上げ、シムも同じく胸がぎゅっと締め付けられ痛んでいた。

この人は今、自分を責めている。
シムもまた無意識にカスパルの癖を見抜いていた。



男に好意を抱くと言うことがこの国でいかに罪深いことなのか、それを密やかに自覚してしまっている自分の取る行動や言動でどんな影響が起こるのか、シムは何度も考えて何度もこの気持ちをしまっておこうと決意していた。

しかし今、不思議と全て頭から抜け落ちていく。
気がつけばシムはカスパルの方へ手を伸ばしていた。

シムの手はカスパルの袖を掴み、自分に引き寄せる様にして抱き寄せた。

カスパルさん、そんな顔しないで。


その想いだけが頭を占領する。
カスパルに抱きついている事を理解しないまま、シムは反射的にカスパルの引き締まった胸に頭を埋めた。


「神父様のこと、悲しいけど、いいんです。
それで、俺が誰かを、責める事はできない。
ジェーン様のことも、たまたま、宮廷内で会ったのを、部屋まで、送ったことがありました。
その時、色々聞いて、驚いたし、怒りが湧いたけど、ジェーン様の気持ちを知ることが、出来た。
カスパルさんはそうやって、沢山の事を一人で秘密にしてくれて、いたんですよね。
凄く、苦しかった、ですよね。」


きつく抱きつくシムに、カスパルは呆然と目を見開いた。

自身の胸に埋まるシムの身体は暖かく、カスパルの心を優しく優しく包み込んでいく。


カスパルはシムが自分の味方でいてくれる限り、大丈夫だと思えた。
どんな過酷な道になろうと、例え悪者になろうと、シムをこの手で大切にしたい。

それ程にシムのことを、


「苦しんだって構わない…シムが俺の側に居てくれる限り。」

カスパルは堪らず抱き着いてくるシムの身体を、シムよりもずっと大きな腕で抱き込んだ。

抱き込んで分かるシムの暖かさを全身で味わった。
この世界が万が一ひっくり返り、自分が目の前の人間に愛を唱えても許される世界が来たら、カスパルはシムに毎日だってしつこい程に愛を唱えたい。

カスパルは抱き締める事でより一層堪らない感情が溢れ出た。

「か、カスパルさん…?!」

今度はシムが目を見開く番だった。


シムは抱きしめ返された事で、初めて自らカスパルに抱き着いた事に気付き即座に硬直する。

自分は何てことをしてしまったんだろう。
男が抱き着くなど、優しいカスパルではなかった場合払い飛ばされていたっておかしくない。
ただただその苦しそうな顔を安心させたいと一心で抱きついたことを今更とんでもないことをしてしまったと目を白黒させる。


それなのに目の前のカスパルは強くシムを抱きしめ返してくれている。
混乱し過ぎたシムには、すぐには理解し難い事態であった。








 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...