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成長、彼の情
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しおりを挟む「シムにも一人で抱え込ませてしまった。
辛い思いをさせてばかりで俺は本当に不甲斐ないな…。
…ん?」
カスパルは自分の中で抱き込んでいる身体が硬直していることに気付き、腕を緩めシムの顔を覗き込む。
そこには茹で蛸の様な顔に驚愕の表情を湛えており、カスパルは思わず吹き出した。
この顔は自分が抱き着いたことに気付いていなかった顔だろう。
自身を慰めるために無意識に抱きついてしまったのだろうと、カスパルはそこまで予想がついてしまいくつくつと笑った。
シムも目の前のカスパルの肩が揺れている事に気付き、カスパルから離れて見上げる。そこには手で顔を覆って笑うカスパルがいた。
「すみません…!
でも、笑わないで、ください!」
カスパルは相当可笑しかったのか、目元から少し出た笑い涙を指で拭う。
どうりでおかしいと思ったのだ。
シムが自分から抱き着くなど本来の彼の性格からしたら有り得ない。
咄嗟に自分で抱きついておいて挙動不審になるシムがおかしかった。
分かりやすく疎く、そして純朴な目の前の青年にカスパルは悪戯心がくすぐられた。
「シムは誰にでも抱きつく癖があるのか…。
俺はシムを抱きしめられてとても嬉しかったが…」
カスパルは考える様な仕草で言う。
その行動は完全に好意を抱く者にしか見せないカスパルの戯けた態度だった。
しかしシムは言葉の通り受け取り、焦る様に首を思い切り横に振って否定する。
「そんな癖、な、ないです…!
今のは、カスパルさんが、苦しそうに、見えて、…だから…本当に!そんな、ことは!」
最早軽いパニックに陥るシムにカスパルは笑い、シムの栗毛の髪を優しく救った。
シムの髪は潤いはなく女性のそれとは程遠いが、それよりもずっとごつごつと硬いカスパルの掌からしてみれば柔らかい髪だった。
「冗談だシム。
でも嬉しかったのは本当だ。
…有難う。」
カスパルは優しく目を細めシムを見つめる。
シムはカスパルのその太陽の様な暖かい眼差しを受け止め、パニックが徐々に落ち着いていった。
シムはカスパルに触れられる度、経験した事のない幸福を感じていた。
頭を撫でられる事も抱きしめられた事も、そこから伝わるカスパルの体温でシムの中心は甘いお菓子の様に蕩けてしまいそうだと感じる。
カスパルが側にいるだけで、シムは自分に最初から備わっていなかった自信のようなものが身につくのであった。
とても不思議な感覚であり、言葉に表す術がない。
それでもカスパルと話している時の妙な気恥ずかしささえ悪い気分ではなかった。
「か、カスパルさんは、どうして、そんなに俺に、優しくしてくれるん、ですか。」
カスパルの優しさはあまりに大きくてシムの胸を苦しくさせる。
しかしシム以外にはそこまで優しい部分を見せない男である事も、入廷してから薄々と気が付いていた。
シムに無限の優しさを与えてくれる、それに甘えてしまいそうになるのだ。
シムの質問を受けてカスパルは少し目を見開いた。
その言葉は駆け引きでも何でもない。
ただ純粋にシムから出てきた問いである事がまざまざと感じられるとともに、自身の好意は伝わっていないと言う事も手に取るように分かった。
今はそれでいい。
この会える状況が崩れなければいい。
カスパルはシムを見下ろしながら男らしく笑って見せる。
「何故だろうな?
…優しくしたいからだな。」
カスパルの実に潔い回答にシムは困りつつも、恥ずかしい質問だったかもしれないと心の中で悔い下を向いて焦った。
そんなシムを覗き込む様にカスパルは微笑みながら顔を近づける。
「シム?」
耳元で囁いた瞬間、
突然、地響きの様な振動と轟音が辺りを包んだ。
「っ!」
シムは突然の爆音に足元のバランスを崩し、後ろに体を傾ける。
「シム!!」
カスパルはシムを急いできつく抱き込み傾倒を防ぐ。
それと同時に再び同じ轟音がすぐ側で鳴り響いた。
大砲が直ぐそこに撃ち込まれたような激しい衝撃だった。
シムはカスパルの胸に抱き込まれながら耳を強く押さえた。
突然の出来事に全身の血がサッと引いていく。
カスパルはシムを強く抱き込み、その身を守ったまま衝撃音のした方を厳しい表情で睨みつける。
先ほどの優しげな眼差しはすっかり消え失せ完全に護衛軍の顔をしたカスパルがそこに居た。
(大砲か、爆撃か、他国からの敵襲か、反乱か)
即座に頭の中で状況を整理し、城下目下辺りで何かが爆発している事を判断する。
(空が明るい、爆弾か、爆弾と一緒に発光弾も投げられたか)
カスパルは抱き込んだシムを一旦離し、言い聞かせる様に同じ背の位置まで体を屈め血の気の引いたシムを見つめる。
カスパルの両手はシムの冷たい両手を優しく握りしめた。
「シム、よく聞いてくれ。
シムの側に居てやりたいが、俺は皆を守りに行かなければならない。
必ず迎えに行く。
俺が来るまで裏口から教会に入ってじっとしているんだ。
いいな?」
シムは体験した事のない恐ろしい状況下で一人きりになる不安と恐怖で顔を思わず強張らせるが、カスパルが言葉を伝えながら使命感を持っている姿勢と悔しさを滲ませるその表情に、シムは強く目を瞑る。
カスパルの担う仕事は護衛である。
自身が今出来る事はカスパルを安心して向かわせる事だけだ。
シムは恐怖を飲み込み、静かに目を開いて無理矢理微笑む。
「皆の所へ、行ってください。
俺は大丈夫です。」
シムは非力だが弱い人間ではない。
その強い眼差しに、カスパルは苦しそうに笑いもう一度抱き締めた。
「ごめんな、ここでお前を守れたらいいんだが…」
シムも離れがたいカスパルの背中に一度手を回して抱きしめ返す。
そして直ぐに押し離した。
「行ってください…!」
押し離されたカスパルはシムを強い眼差しで見つめたまま頷いた。
轟音と地響きが再び大地を揺らす。
カスパルは重く動き難い正装の上着を脱ぎ捨て、全速力でパーティー会場へと向かった。
とんでもない速さであっという間に消えて行くカスパルの背中を見つめ、次の爆発音が鳴る前にシムも走って教会の裏口へと向かった。
「くっ…!」
教会の裏口の前まで辿り着いたところで再び爆発音が鳴り響き、びりびりと伝わる振動で教会の天井からパラパラと外壁の欠片が落ちる音が聞こえた。
直ぐに裏口から入り、扉を閉めて側の冷たい壁に寄り掛かってうずくまった。
一人で避難するには広すぎるその場所で、シムはもうそこにはいない女神の像に両手を胸に当て強く握りながら祈った。
女神様、どうか…皆を、お護りください。
どうか、カスパルさんをお護りください。
女神像の消え失せた教会で、シムはその晩不穏な爆発音を幾度も耐え凌ぎながら祈り続けた。
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