テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

3-40※(怪我表現あり)

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オーデッツ家、それはレグランド国の古くからある貴族の一つである。
先代と先先代の国王統治時代に、近隣諸国との芸術品に関する外交で名を挙げた由緒ある名家であった。
オーデッツ家は長いこと中々子宝に恵まれず、かと言って貴族特有の薄汚い策を取るほど一族の名前に執着している者も奇跡的にいなかったため、武術に秀でた異国の少年を数年前に養子として迎えたのだった。

その少年の旧名は小風といい、この国でその名前は発音が難しいため”キンバリー”という名を与えた。





オーデッツ家は主に外交に携わる一族のため屋敷は宮廷から最も離れた、大門の側に屋敷を構えていた。

小風は痛む横腹を庇いながら出来る限りの全速力で屋敷へと向かった。
先程強く打ち付けた際に、恐らく肋骨が数本骨れたのか、息をするたびに軋む痛みが走った。


このまま人間の足で走ったところで屋敷に何時に着くのか考えるだけで絶望し、小道を抜けて大通りへ出た。


群衆は相変わらず右往左往に走り回る。
爆発音も様々な場所で幾度も地響きとともに鳴り響いている。
大通りの喧騒は宛ら最早戦地の様相だった。



大通りの脇に停められている貴族遣いの馬車の操縦士は、皆一様に縄で縛られ放り投げられているか絶命していた。

主人のいなくなった馬達が手持ち無沙汰に落ち着かない様子でいた。

小風はそのうちの一頭に近寄り、馬車に括り付けられていたベルトを外して行く。
自由になった馬のロープを引っ張り両腕に力を入れて飛び乗る。

「ぐっ…」

飛び乗った衝撃で折れた肋骨が軋み息を詰まらせるが、冷や汗を垂らしながらなんとかロープを持ち直し力一杯振り上げた。


馬はロープの衝撃で全速で勢い良く駆け出す。
目の前にはどこもかしこも街の者だらけであったが、小風の操縦と馬の持ち前の反射能力で避けながらも大門付近を目指した。








屋敷の目の前まで辿り着くとそこ小風の知る屋敷の景色がまだあり、馬を走らせたままその勢いで屋敷の門を通り抜ける。

「キンバリー様…!?」

「街ではなにが?!」

通り抜ける際に驚いた様子で門番の二人が小風に声をかけて来たが、小風は後ろだけ振り向いて大きな声をかけた。

「今直ぐその服を脱いでそこから逃げろ!!」

貴族の屋敷の門番だと服で選別されたら逃げた先で嬲り殺されるのが目に見えている。
先程の街からの爆発音が聞こえていたのだろう、門番は小風の顔を見合わせた後直ちに服を脱いで下着だけで門から離れて行った。

本来この様な事態であれば貴族の屋敷から離れる事など決してあってはならないが、その屋敷の養子息子が逃げろと言ってくれるのであればそちらに従う方が懸命であった。

屋敷の前まで到達すると直ぐに馬から降りて大きな扉を開ける。
そこには屋敷に従事するメイドや召使いがキンバリーを迎えた。


「おかえりなさいませ、キンバリー様…!」

「外は、どうなっているのでしょうか!」

駆け寄り敬いつつも皆動揺していた。
やはり屋敷の中に居た者達もこの暴動に気がついておりながらその場を離れられずにいた事が伺えた。

小風は痛めた骨に呼吸を阻害されながら、苦しそうに息を吐いて口を開いた。

「街で暴動が起きている。
パーティーで貴族の不在を狙った貴族達の屋敷の襲撃だ。
ここも時間の問題だ、皆直ぐに目立つ衣類は脱いでこの屋敷から脱出するんだ!」

小風の言葉を聞いた瞬間皆は恐怖に顔を強張らせた。
「なんてことでしょう…!でもどこから」
「裏口があるわ、いつも買い出しする時に使う小道から出ましょう!」

「正門以外ならどこでもいい、とにかく急ぐんだ」

小風の指示が終わるか終わらないかのタイミングで門の方からけたたましい爆発音がし、屋敷中の窓硝子がガタガタと恐ろしく鳴り響いた。

「きゃー!!」

「急げ、急いで逃げるんだ!」
小風は逃げるメイド達の頭をその長身で庇いながら裏口へと押しやっていく。
皆も爆発の音に頭を抱えながら急いで裏口へと向かった。


小風は逃げる後ろ姿を見守りながら誘導しながらも、窓の外を伺う。
もうこの屋敷まで目と鼻の位置だ。
辿り着かれてしまったら群衆に太刀打ちが出来ない。


まだ部屋に人が残っていないか、豪華な階段を駆け上って行く。
その時小風の背後の窓が音を立てて割れ、火のついた爆発物が屋敷の中に投げ込まれ来た。

爆発物は物凄い音を立てて四方に飛び散り、豪華な絨毯やカーテンが燃え始める。
小風は飛び散る破片から身を守りつつ、爆風に耐えながら階段を登った。


「皆逃げろ!!今直ぐ窓から木に飛び乗るんだ!
着ている上着は脱ぐんだ…げほっげほ!」

炎上する屋敷の中で煙を吸い込み激しく咳き込みながらも逃げ遅れている者達を誘導した。

オーデッツ家で調理を担当していた一人の従者が、小風に駆け寄り咳き込んでふらつく小風の体を支えた。

「キンバリー様も逃げてください…!
死んでしまいます!!」

小風は従者に支えられながら、疲弊した表情で頷いた。

「すまない…」

小風と従者は正門とは反対の近くの窓へと向かう。
その窓はまだ無傷で、窓から見た先もまだ奇跡的に群衆はいなかった。


従者が窓を開けるも、小風は従者の背中を押し、先に飛ぶ様に誘導する。

「先に行け、僕は一人で大丈夫だから。」
「キンバリー様…!いけません」


小風は頑なに先に飛ぶ様に強く指示をする。
この屋敷で自分以外に被害者が出る事が何より恐ろしかったからだった。

バイロン家の門番の無残な死に様に、止められない自分を強く悔いていたからだった。


その時には既に背後は火が燃え広がり、高価な絨毯も内装も元の色がわからないほど轟々と炎上していた。

「行け!!
行くんだ!早く!!」

今まで出したことのない様な声を張り上げ、小風は心を鬼にして目の前の従者を強く突き落とした。
突き落とされた従者は近くの木に思い切り落下し、背中を豪打するもなんとか怪我負わず上体を起こした。


「キンバリー様ー!!
早く飛び降りてください…!!」

従者は焦った様に声を張り上げ、両手を開いた。

小風は従者を見ながらゼエゼエと苦しく息をした。
骨折に加え火事の煙を吸い込んでしまい、もう勢い良く飛ぶ力が残されておらず、窓に手をついていないとずるずるとへたり込みそうなくらいだった。

「ここまでか…」

自分の死を意識し、苦しく咳き込みながら静かに目を閉じた。



もし自身が死んだ後もカスパルやシムは生きていて欲しい。
自身にはきっと出来ない分、カスパルにはシムをずっと見守っていて欲しい。

大切な者達を残して逝く事は無念極まりないことなのだな、と意外にも冷静な自分がいた。

徐々に白い靄に包まれるように薄れそうになる意識の中で、小風の本能はまだ死にたくないと必死で争う。

「キンバリー様ー!!!」

先程突き落とした従者の声が小風の耳を劈く。

小風はその声にもう一度目を開き、最後の力を振り絞ってふらりと自身の身体を窓の外へ投げた。







 



 
 
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