テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

4-7

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「丸いもの、丸いもの…」

「まるいもの!まるいもの!」

シムはラナダを歩かせ続ける事を危惧し、背中におぶって歩みを進めた。
丸いものと呟きながら辺りを見渡し歩くが、背中に抱き着くラナダはそれが何かの歌だと勘違いしたのか大変楽しそうに復唱していた。

ラナダの子供らしい元気さに、シムも同じく楽しい気持ちになってくる。
子供は不思議だと感じながらシムもラナダの体温で身体を温められていた。

「丸いものって、時計とかかな?
それともお皿、とか?」

「ちがうよ!まるいものだよ!」

「じゃあ……クッキー?」

「ちがうよー!」

歩き回りながらどんどん背中のラナダに質問を投げかける。
それをラナダは遊びと思い楽しそうに返した。
今のところ惜しい質問は一つも無く、目安は何もわからなかった。

しかしシムも一般より知識があまり無い事は自覚しているので、自分の知らない丸いものが溢れるこの街を歩き回ってヒントを見つけるのが一番いいと判断していた。

それにしても街は最初に見た景色や雰囲気と違わずどこを歩いてもやはり活気付いている。

未だ比較的大きな通りしか歩いていないせいか、治安の悪さは微塵も感じられなかった。

ミシアには気をつけろ、と言われていた手前シムは肩透かしを食らった様に拍子抜けすらしていた。






歩き続けてから数時間、事態は歩き始めから何ら進展はせず、太陽も傾き始め空が黄色くなり始めた頃流石のシムも焦り始めた。

ラナダも安心した上に疲れもあったのだろうかシムの背中に揺られ少し経った後こくりこくりと夢の世界へ旅立ってしまった。

子供一人の体重は全く苦にはならないが、重要な証人からの返答が期待できない今、シムはただ街を散歩しているだけになってしまっている。

一応ラナダが起きたら聞こうと思い目に入った丸いものは覚える様に心掛けているものの、いつ目覚めるかも分からないラナダを起こそうか考えあぐねていた。
背負っているため顔は見えないが自身の背中で安心しきって眠る子供にシムも優しい気持ちになってしまい、どうしても今ひとつ起こすと言う選択肢に踏ん切りが付かない。

「でもこのままじゃ、夜になっちゃうしな…」

ため息をつきながらも道を進む。

進む道も長らく進んできた甲斐がありその道の終着が目に見えてきていた。

道の終着地点には巨大な石造りの壁と巨大な門、その門は閉ざされている。
シムはその景色には見覚えがあった。

「あ!この門は…」

目を見開きながら食い入る様に見る。
小風が誰かに連絡を取っていた場所、小風の同僚の憲兵に見下ろされた場所、此処はシムが初めてこの街に踏み入れた門だった。

という事は記憶が正しければその門の傍らには憲兵の詰所がある。

シムは漸く手応えのありそうな場所を見つけられ些か笑顔になり、ラナダを起こさない様にしながら早歩きで向かった。



門の付近は先程通った道よりもかなり人の行き交いも少ない。
ここに来て初めて治安の良くない場所にまで知らずに到達していた。
しかし肝心のシムは目の前の記憶のある門に完全に気を取られてしまい、治安の事はすっかり頭から落ちていた。



門の前まで漸く辿り着くと、その門は遠くから見た感じよりもずっと固く閉ざされていた。
この門が閉まるとまた全然違う雰囲気なのかと圧倒される。

その門の傍らにある詰所の周りには人の気配はなかった。
と言うよりも詰所の窓や扉が全て木の端材の様なもので雑に封鎖されていた。

「っ…」

憲兵が行方不明と聞いてはいたが、実際詰所が無残な状況を目の当たりにした事で、改めて憲兵が全く機能していない事をまざまざと感じ取り言葉を失う。

そしていつかの小風が、自分は門で検問をするのが仕事だと言っていたことを思い出す。
その小風の職場がこの様な有様になっている事に、どきりと嫌な音を立てて心臓が鳴る。


ここに立ち止まっていても手掛かりは見出せそうにない。
シムは来た道を戻ろうと後ずさった後振り返る。
そこで初めて自分の居る場所が治安が良くないという事に気が付いた。


シムの目の前には浮浪者の様な風貌の汚れた年配が、見慣れないシムを伺い見る様に集まりかけていた。

その浮浪者の中には肌の色が暗めでシムにとってあまり見た事のない顔形をしている者達までいる。


(…まずい、ここは治安が悪いんだ。
気がつかなかったなんて…!)


シムは不穏な風貌の者達が明らかにこちらを見ている事に足が震えそうになるも、未だ自身の背中で安心して眠るラナダを思い、固唾を飲み込みゆっくりと足を動かした。


恐らく集まって来た者達は金目のものが無いか探っているのだろう。
大通りから離れた街の一番端には生活を維持出来なかった者達が影の様に屯ろしている事を身を以て学んだ。

生憎シムはお金になる物は何一つとして持っていない。
しかしラナダに危害が出る前に、足早に壁に沿って早歩きで立ち退いた。



自分を追ってくるかもしれない状況だが、振り返る余裕はなく、只々壁を左に据え早く歩く。

通り過ぎていく壁にも先ほど集まって来た者達と同じ様な浮浪者が座り込んだり寝転がったりしていたが、その者達は先程の者よりも集まる元気さえないと言う様にシムには目をくれなかった。



シムの急いだ早足にラナダも揺さぶられ、漸くまだ眠そうに眼をこすりながらも夢から覚めた様だった。

「ん……にいちゃ…」

まだ寝ぼけているだろうラナダはむにゃむにゃと口を開閉しながらシムを呼ぶ。
シムは漸く起きたラナダにほっと息を吐きつつも安心出来る状況ではまだ無かったので、少し困った様に微笑みながら小声で返事をした。

「おはよう、もう少し歩くから、待っててね」


ラナダはシムの言葉を聞いて再び背中に擦り寄り眠りそうに眼を閉じかけた。
しかし閉じかけたラナダの目は何かを捉えた瞬間目をぱちりと開いてあ!と身体を動かした。

「にい!にい!」

突如後ろで動き出したラナダにバランスを崩しそうになるも何とか持ちこたえ、ラナダが指を指す方向を向いた。

「にい?」

そこはこれからシムが向かう方向の道の先、数人の小さな背丈の影が走って来ているのが視認できた。

「あれが仲間?
にい、なのかな?」

動くラナダを背負いながら立ち止まって小さな影を見つめる。
その影達はみるみる内にこちらに駆け寄って来ており、徐々に鮮明に風貌が分かるようになってきた。

「にいーーー!」

ラナダはシムの背から大きく両手を振り嬉しそうに声を出した。そのラナダの声に反応する様に駆け寄る人影の一人が何かを振り回して反応を返す。
何か棒を持っている様だった。

「ラナダーーー!!」

そのうちの一人がラナダ、と名前を呼び返しシムもラナダを知っていることが確認できた。

「ラナダ君、よかったね!」

シムは嬉しそうに微笑みながらしゃがみこみ、背負っていたラナダを解放する。
ラナダはシムから飛び降りると駆け寄る数人の元へと駆け寄っていった。

シムはしゃがみこみながら走り去っていくラナダの背中を見る。
結局何も手掛かりは見つけられなかったが奇跡的に鉢合わせることが出来た。
シムは心から安心した様に微笑む。

「おい、金があるなら置いて何処かに行け。」

上から聞こえた言葉にシムは見上げる。そこには先程集まってきていた者達がしゃがむシムを見下ろしていた。

シムは追いつかれていた事への恐怖と、しゃがみこんでいる事で逃げることが出来ない状況に言葉を喪う。

「ー……」

しかし言葉は出ないものの、シムは幾分荷が降りた様に穏やかな表情で見上げる。

既に守るべき背中の存在は自身から離れた。
危害が及ぶとしても自分一人だけが痛い思いするくらいなら別に良い。
子供が傷つけられることだけは絶対にあってはならない。


いまいち反応の薄いシムの表情に痺れを切らした数人がシムの肩に手を置き取り押さえようと力を入れる。

「痛…!」

シムは尻餅をつくも、その手に抗う様に対抗する。
しかし数人の浮浪者とシムとでは力の差は歴然としたものがある。
必死に抵抗する様に強く睨みつけながら自身も浮浪者達の動きを制止させようと手を伸ばした。


「離せてめぇー!!」

けたたましい子供の甲高い声と空中で棒が通り過ぎて行く。

シムが上を見上げた頃には目の前の男は大きな音を立ててシムの肩から手を離していた。











 
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