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無力の力
4-6
しおりを挟む地図は持った、一応ペンと紙も。
あとほんの少しのお金も。
小さな自室の狭いベッドの上で、ボロい布の鞄に少ない荷物を入れて、指を指しながらシムは確認して行く。
時刻はお昼頃を回っていた。
シムは昨晩図書館で文字の絵本と地図の絵本を無事探し当てることが出来、その二冊を持って自室に戻ると相当疲労が溜まっていたのかシムにしては珍しく昼近くまで熟睡してしまっていた。
早朝、誰も居ない時間を狙ってジェーンの体調を伺いに行こうと思っていたものの、とてもそれを実行する程の体力がシムか残されていなかった。
流石にこの時間では宮廷中賑やかになっている為、近寄るどころか廊下さえもシムは歩く事は叶わない。
カスパルの安否も未だ分からず、医務室にも近寄れない。
しかし宮廷内で存在感のあるカスパルにもし何かがあったとしたら恐らく噂が駆け巡るだろう、とシムは思っていた。
そして今その様な噂を聞かないという事は無事でいるのだろうと、医務室のある宮廷の方を一度窓から眺めながら思った。
誰にも会いに行けない。けれど今は仕方ない、と息を吐いて小さな鞄を肩にかけるとシムは自室を後にした。
小風から教わった従業員専用の出入り口へ向かうと門番は憲兵ではなく見慣れない白い軍服を着た者二人が立っていた。
今まで見かけた事のあるどの軍服よりも装飾や刺繍に拘りを感じる見た目であった。
門番にほんの気持ち程度頭を下げながら慎重に通過すると、シムに対して容赦無くじろりと目線を寄越す。
その突き刺さる視線にシムは緊張しながら下を見続け通過する。事件後警備を強化しているのだろうが、不躾なその視線にシムは生きた心地がしなかった。
突き刺さる視線に耐えながら門を超えると城下街の景色が開けた。
そこはシム一人で赴くのは初めてで、まだまだ見慣れない景色だった。
「ええと…」
シムは自身のバッグから借りている地図の絵本を取り出して広げる。
大きな絵は大きな城の絵を中心にして広がるように道筋や地区が簡略化して描かれている。
その絵と共に街や地区の名称も記載されていた。
しかし文字を読む事の出来ないシムはその文字を形で覚え、看板等がないか絵本と街を交互に見ながら探した。
最も大きな通りは事件前と変わらず活気付いており出店も多く見られた。
まるで前日の晩この街で爆発が何度も起こった事など夢だったのかと思うほど、行き交う人々も何事もないように笑い合い元気だった。
シムはそんな街の空気に呆けながらもゆっくりと進んで行く。
ゆっくりと進む大通りは行き慣れないシムも記憶がある。
小風と通った道だった。
そこをたった一人で通り過ぎて行くにつれて、連れ出してくれた小風や、私服の小風、これが美味しいんだと昼食を勧めてくれた小風。
その一つ一つの表情をぽつりぽつりと思い出し、悲しい気持ちが湧いてくる。
神父やカスパル、小風の安否を散々気にするあまり、シムは気が滅入っている自覚がある。
悪い方にばかり考え続け、ミシアの前で弱気な言葉を話してしまう自分自身に心からうんざりしていた。
きっと大丈夫、と考える強さをミシアから教わったばかりだ。
「小風は絶対、大丈夫…俺が、見つける。
待っててね」
自分に言い聞かせる様に雑多な大通りを通って行った。
その表情は一人の男として強い眼差しを持っていた。
と言いつつも、やはり憲兵の服を着た者達は街に誰一人歩いていない。
憲兵の詰所がどこかも絵本には流石に記されておらず、手掛かりが皆無なまま進む事は流石に非効率だとシムは頭を悩ませた。
誰かに聞くとしてもどの様な言葉や単語が逆鱗に触れるのか、怪しまれてしまうのか分からず、誰にも目を合わせられず絵本を胸に抱きしめる。
もともと人に対して気軽に話しかける事自体が非常にシムにとって敷居が高い。
しかし小風を探すためにはその様な事は言ってられない。
このままただ歩いていても拉致があかないので、シムは意を決して一つの出店の前で立ち止まる。
その出店は色々な果実が山の様に盛られた果実店で、その横の小さな椅子に新聞を読みながら客を待つ店主の初老の男が座っていた。
シムは声をかけようと、絵本を片手に恐る恐る口を開こうとしたその時、自身の下半身に違和感を覚え口を閉じる。
「…?」
下半身が突然締め付けられる感覚に襲われ、不思議そうに下を見下ろす。
するとそこには泣くのを必死に抑えている顔色で、シムの足に抱き着く小さな男の子がいた。
シムは突然どこからやってきたか見当も付かない子供が引っ付いている事に動揺し目を見開いた。
「君…?
どうしたの?」
シムは動揺しながらも上半身を捻り顔を伺おうと心配そうに男の子を見た。
男の子は3歳程の小さな子供だった。
しかし子供は顔を赤くしたまま尚も涙を堪える様に厳しい表情だけで言葉を発しない。シムは焦りながらも頭をかき考えた。
「君、迷子、なのかな?」
「……っ」
シムの二言目にもやはり口を強く閉ざし答えは返ってこなかったが、シムの足に抱き着く力は一層強さを増し、もしかしたら本当に迷子なのかもしれないと子どもの身を案じる。
「おいおい、商売の邪魔だよ!
他所でやれ他所で!」
すると目の前の出店の店主が広げていた新聞を閉じて面倒そうな手を払いのける様に振る。
そこでシムは出店の前で大分子供に気を取られていた事に気づき慌てて「すみません!」と謝りながら抱き着いたままの子供を見下ろした。
「お兄ちゃんと、一緒に探しに、行こうね。
ほら。」
シムはゆっくりしゃがみながら子供の目線に目を合わせ、優しく微笑みながら手を差し出して話しかける。
その優しげな眼差しと一緒に探してくれると言う言葉に幾分安心したのか、子供は何も話しはしないが強く一度頷いて小さな手でシムの手を取った。
シムと子供はで店の広がる大通りを取り敢えず真っ直ぐ進み、少し逸れた場所にある噴水に腰掛けた。
そこまでの広さはないものの開放的な雰囲気の広場だった。
シムは子供を座らせて顔色を伺う。
先程よりかは泣きそうな顔はしておらず、抱き着いておきながらシムの事を若干警戒した様に見上げていた。
その子供は焦げ茶の少し癖のある髪で、まだ幼児らしい丸い顔立ちだった。
「お兄ちゃんは、シムって、いうんだ。
君の名前、教えて、もらえるかな?」
シムは努めて微笑みながら首をかしげる。
大人の男を警戒している様でありながら、子供の手は隣に座るシムの袖を強く握っていた。
「……ラナダ……」
とても小さな声だが名前を教えてくれたラナダにシムは嬉しそうに笑った。
「ラナダ君、かっこいい、名前だね。
ラナダ君は、誰と逸れちゃったの?」
子供はシムの笑顔をまじまじと見つめる。
今まで子供という存在と接してきたことがなかったせいか、扱いの知識は皆無だが純真に見つめてくる瞳にくすぐったさを感じつつも綺麗だなとシムも見つめ返す。
「なかまと、はぐれたの」
ラナダは拙い発音で仲間と話し、仲間?とシムは首をかしげる。
「仲間って、お友達のこと?」
「うん、にいとかもいる。
まるいのがたくさんあるところいる」
「にい…?丸いのが沢山?」
シムはラナダの言葉がところどころ理解出来ず、言葉を復唱しながら困った様に眉を下げる。
ラナダはシムの復唱する言葉にそうだと言わんばかりに頷いてみせた。
恐らくラナダの記憶上で丸いものが沢山ある場所で、友達といつも遊んでいるのではないかと推測する。
しかし世の中には丸いものは溢れている。
その情報で見当がまるでつかない。
しかしラナダと出会った以上一緒に探してあげなければラナダが可哀想だ。
城下街は大きな街なため、こんなに小さな子供が迷子になったらそれはそれは心細いことだろう。
「よし、お兄ちゃんと、丸いのが沢山ある所、探そうね!」
シムはラナダを安心させる様に、元気付ける様に笑顔でラナダの頭を撫でる。ラナダはシムの優しい手と太陽の様な笑顔に警戒が溶けて行ききらきらと目を輝かせた。
「うん!」
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