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無力の力
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しおりを挟む「おい、まだカスパルは目覚めていないのか?!」
怒号の様な声が扉の向こうから聞こえて来る。
執事はその言葉を、聞こえなかったそぶりで扉を開いた。
「陛下、お茶をお持ち致しました。」
そう告げながら執務室の端にあるテーブルに、慣れた手つきでトレイごと置く。
国王はちらりとトレイの方に目をやったものの、また直ぐに別の執事に目線を戻した。
「大した怪我では無かっただろう。
起きたら直ぐに私の専任護衛に着く様に通達しておけ!」
別の執事は執事の中では比較的若い男であった。
国王の申し出に困った様に頭を下げ続ける。
「医師からは頭を縫ったと聞いております…。
些か出血も多かった様で、その分目覚めも遅くなっているのではないかと申しておりました。」
国王は執務室の卓上を何度か掌で叩きながら執事を威嚇した。
「私は状況を聞いているんじゃない。
起きたら直ぐに私の元に着かせろと言っているんだ、いいな!
その間に私が暗殺でもされたらどうするんだ!
今から無理にでも起こせんのか!」
執事は再度深く頭を下げ「医師に直ぐに申し伝えてきます!」と一言慌てて直ぐに部屋を後にした。
お茶を運んだ執事は、今日の国王は非常に機嫌が悪い事を察し、いつも以上に押し黙りながらお茶をカップに注いだ。
様々な書面や報告書、議事録の積み上がった山の前で一つ一つ目を通しながら頭を悩ませている国王の前にお茶を差し出した。
やるべき事が溜まりに溜まり、連日深夜まで起きる国王の表情は険悪な眼差しを湛えていた。
「…カスパルと、何だったか…護衛軍で死んだ者以外には負傷者はいるのか?」
国王は先程の話の続きを、若い執事ではなくお茶を運んだ初老の執事に投げかける。
執事は内心驚きながらも平常を取り繕いながら回答する。
「い、いえ。
負傷者は特に耳に入ってきておりません。
…あとは、王妃陛下が部屋に籠られております…。
心傷があるやもしれません。」
その回答を聞いて国王は疲弊した様に一度縦に首を振った。
「奴はいつもの事だ。
外に出てこない方が色々と楽だ、そのまま放っておけ。」
「承知致しました…」
目の前の書類に署名捺印をし続ける手を止め、その装飾がふんだんに施された万年筆を掌で転がしながら国王は見つめる。
国王は王妃陛下を最初から愛してなどおらず、所謂政略結婚そのものだった。
しかし長く隣に居れば嫌でも伝わる正義感と人望。
その空気感は先代の国王であり現国王の父によく似ていた。
"私を見て学びなさい。"
"街の声をよく聞きなさい。"
生前厳しく散々そう言ってきた先代国王を、現国王は父とは認識した事がなかった。
父と認識するにはあまりに時間を共にしていなかった。
裕福な思考の母から何不自由なく愛され、欲しいものは何でも与えられた人生で、突然何処か違う世界に生きる父から厳しく叩き込まれたのでは、その言葉一つ一つを今ひとつ理解出来ず胸の蟠りだけが大きくなっていた。
先代の言葉は只の悪夢の様に、単なる嫌な思い出として国王の心に仕舞われている。
しかし王妃陛下のその正義感溢れる、堂々とした姿勢。
父に似ている眼差しを見ると、嫌でもその悪夢を思い出す引き金になっていた。
いつしか国王はエリザベスを遠ざけ虐げ厄介者として扱う程に。
国王にとっての女とは柔らかく優しく、そして艶やかで魅惑的だ。
今まで様々な侍女や従者に手を掛けて来たがその殆どが服従するかの様に国王の精を受け止めて来た。
国王はか弱い存在を虐げ征圧する征服欲に堪らなく虜になっていた。
いつしか、より下位な者を手酷く扱う事で愉悦の効果は増し、逆に対等な場所に立つ王妃に触れる事をより拒む形となった。
国王と王妃の不仲説は既に宮廷で知らない者はいない。
いたとしたらよっぽど世間から断絶された者だけだった。
「…そう言えばあの者はどうしているんだ。
あの若い、最近私の子を孕んだ…」
国王は今まで頭の隅にもなかったかの様な口振りで、執事に問い掛ける。
執事は流石にその程度の少ない手掛かりでは、国王の子供を身籠もる女は過去に数人居た事も含め、どの者を言っているのか皆目見当が付かなかった。
「申し訳御座いません…。
どの者でしょうか。」
「最近入廷した、あの年端も行かない田舎娘だ。」
年端も行かない娘という言葉に執事は未成年にも、遠慮無く手を掛ける国王陛下を諦めた表情で見つめながら、もしや、と口を開く。
「テューリンゲンの、ご息女でしたでしょうか…?」
国王も名前を覚えていない様だが、テューリンゲンという名前には覚えがあったらしくそれだ!と言いたげに万年筆を転がした。
「その娘だ。
子は順調か?」
「話は入って来ておりませんが、何も話が入ってこないという事は大人しくされているのでしょう。
子も、恐らく順調かと…」
国王はその回答に些か聞きたい事は済んだのか「そうか」とだけ答え、再び書類に署名を書き始めた。
「今度この私が直々に顔でも見せに行ってやろうか…」
とある街の一角の居酒屋、そこは昼は定食を振る舞い夜は酒を振る舞う街でも人気のお店だ。
その奥にある従業員用の扉と見紛う隠し扉を開けると、もう一つ部屋があり、其処はとある組織の集会場として使われていた。
部屋の中央に置かれているテーブルには酒とタバコと少しの食べ物、そして広げられた号外が置かれていた。
「絶対に許せねぇよ、増税なんて。
俺達の訴えは本当に何一つ届いちゃいないって事がこの紙で証明された。」
一人の男が拳を強く握りしめながら広げられた号外を睨む。
その部屋には男以外に約十数人、暗い夜の一室に集まっていた。
「おい!イリス連れてきたぞ」
一人がそう言いながら小さな扉を開けた。
男もここに来なければただの街人と変わりない格好の男である。
その後ろにはグレーの布で出来た帽子を目深に被る少年が後ろから入室してきた。
男は既に部屋に居た者達に、「イリスはこんな夜でも街を歩いて見回ってくれていたんだ。」と誇らしげに語った。
「イリス…!」
「状況は酷いわね。
こんな号外出されて私達も面目丸潰れだわ!」
イリスが現れた事によって場の空気は沈鬱な空気から一変し活気が蘇る。
イリスは勧められるままに中央にある椅子へと着席した。
「…状況は?」
皆とは打って変わって静かな口調のイリスは皆にそう問う。
他の皆はイリスに元気があまりない事も、全て号外に起因するものだと思っている。
集まったうちの一人の男が口を開いた。
「号外による増税の発表で街は怒りに満ちてる。
俺達と一緒に戦いたいって言って来る奴もかなり増えてきてる。
俺達の仲間は今数人捕まってるが、こっちも憲兵を取り込んでるから、武器さえ新たに入手出来れば五分五分の勢力かな。
それに、俺達には切り札がまだある。
…なるべく使いたくはないがな。」
「切り札?」
イリスは顔を上げて男を見上げる。
「ああ。
こっちにも捕虜は何人か居る、貴族の屋敷で働いてた連中だ。
それを使って俺達が本気である事を証明するのも手だろう?
だから今はぎりぎり生かしているが…俺達の本来の目的は王族を吊し上げる事だ。
…捕虜を使うことは効果的だろうか?イリス」
イリスは男の話から状況を把握する。
確かに男の言う通り、貴族の屋敷で働いていたからと言って、その者達も街の住人だ。
その街人をこちらの都合で処刑や拷問をした場合、信頼を得ていた筈の住民達から反感を買いかねない。
しかし住民の怒りも生優しいものではない。
こちらが躊躇している間に住民達が捕虜に直接手を下してしまうかもしれない。
怒りの先導に立っている事を示しつつ、貴族並びに王族への牽制のためにも、ある程度の見せしめは必要だろう。
何よりこのような不毛な小競り合いが早く終わる可能性も秘める、まさに切り札だ。
「…そうだな、こんな戦いは早く終わらせたい。
そのために必要な犠牲なら吝かではないな。」
イリスの発言から垣間見える過激的な思想に、皆緊張の面持ちでイリスを見るが、そのうちの一人が息を荒くして口を開く。
「そ、そうだ…!
俺達は税に苦しめられずに自由に生きたいだけなんだ。
そのためい王族を処刑台に立たせる事をずっと夢見て集まってきた!
それが早ければ早い程助かる者も多い。
俺はイリスの意見に賛成だ。」
その男が周りを見ながら高揚した様に拳を挙げる。
他の皆も静かに頷きながら拳を挙げ出した。
「お前の言う通りだな。」
「俺達は絶対に処刑台に立つ所を見たい」
「イリスは革命の象徴。あなたの言う事に間違いはないわ」
イリスも立ち上がり、表情は見えないが皆と同じ様に拳を挙げる。
「…皆、大切なものを守るために」
イリスが口を開くと皆は一様に嬉しそうにより一層拳を高く挙げた。その表情は勝利に目を輝かせている様だった。
「街を守るために!」
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